PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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60:You are special to me.

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

 聞き慣れた規則正しい音が構内に響く。

 始まりと終わりを告げる鐘の音。

 前者であれば憂鬱な気分に、後者であれば爽快な気分へ。

 

 今回の場合は後者、終わりを告げる音だ。

 

 そそくさと教科書やら文具を片付けるクラスメイトたち。

 

 放課後はどうするのだろう。興味はあるが気にはならない。

 だって大体想像出来たから。

 

 やんちゃなあの男の子は友達と外で遊ぶのだろう。

 大人しいあの子はきっと自宅で本でも読むのだろう。

 真面目な委員長は図書室で宿題をしてから帰るのだろう。

 

 なんてことはない。

 日々、みんなと関わっていれば、話していればわかることだ。

 

 特段、仲が良いとか家族ぐるみの付き合いがあるとか、そういうのではない。

 自然にそうなっていただけだ。ただ、気付いたらみんなの円の中心に居ただけ。

 

 昔から運動が得意だった。勉学だってさほど困ったことはない。

 小学校という環境は酷く単純なもので、その2つさえある程度出来ればそれだけで注目が集まる。

 やれリレーのアンカーをやってくれ、やれ勉強を教えてくれ、やれ委員会に入ってくれエトセトラエトセトラ。

 人によってはそういうのが煩わしく感じることもあるだろう。でも、私はそういう風には思わなかった。

 引っ込み思案の妹が居たからか、それとも元来そういう性格なのか。まぁどちらにせよ、私は快活で積極的な部類の人間だと思う。何も知らない子ども時代は特にそれが顕著だった。

 

 しかし、そんな私であっても決して踏み込めなかった領域が存在する。

 それが苦手だったとか、興味が無かったとか。決してそういうマイナスイメージは持っていない。

 寧ろ逆だ。

 

 ならばなぜ、踏み込めなかったか。

 答えは単純で、それをしてはいけないと思ったからだ。

 

 それは正しく、高嶺の花だ。

 それは正しく、エデンに生えた禁断の果実だ。

 それは正しく、穢れを知らない天使そのものだ。

 

 汚してはいけない。あれは踏み込んではいけない禁足地だと。子どもながらに直感したのだ。

 

 窓際の席で、いつもつまらなそうに外を眺めていた。艶やかな黒髪を持つ少女。 

 

 名を、天城雪雫。

 

 彼女の席があった教室の窓際の一番後ろの席は、まさに聖域そのものだった。

 

 

 今でも覚えている。

 あれはそう、小学2年生の時。初めて私が、彼女と同じクラスになった年だ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 今日も彼女の世界は変わらない。

 

 クラスメイトどころか、教師ですら彼女と会話をする事が殆ど無い。

 授業中であろうと、休み時間であろうと、放課後であろうと。彼女に話しかけようとする存在は1人も存在しなかった。

 

 まぁ無理も無いだろう。

 元々身体が弱く学校も休みがち。最近では学校に来る方が珍しいくらい。しかしながら、それでいて他の誰よりも勉強が出来て、加えてあの美貌だ。

 

 正直、恐ろしいとすら感じる。

 それは周りのクラスメイトも、教師陣ですら同じことを思うだろう。

 

 その瞳は私達に見えないものを見ているのでは無いか。

 その思考は私達の想像にも及ばない考えを持っているのでは無いか。

 

 圧倒的な全能感。

 そもそも立っているステージが違う。私達とは前提から、根本的に違えている。

 そう、思わせる程の存在感だったのから。

 

 もうすぐ、授業が終わる。

 今日の彼女も相変わらず、つまらなそうに窓の外を眺めるばかりだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 今日、彼女は学校に来なかった。

 きっと隣町の大きな病院に行っているのだろう。

 

 教室の隅の聖域は少女の姿が無いにも関わらず誰も近寄る事は無く、彼女の話題を口にする者は誰ひとりとして存在しない。

 

 私以外、彼女の存在を認識出来ていないのではないか。

 

 不敬ながら思わずそう思ってしまう程に、教室の風景は変わらない。

 

 その一画だけ、彼女の存在だけ、世界から切り取られたような、別世界が広がっている様な。

 そんな考えがぼんやりと脳裏に浮かんだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 今日も彼女は学校に来なかった。

 彼女が休んでからもう早いとこで2週間程か。

 

 相変わらず誰も話題に上げる事は無かったが、彼女の身体の事を考えると何となく想像が付く。

 入院、というやつだろう。

 

 彼女本人から語られた事は無いが、噂では随分と身体が弱っているらしい。

 神様から溢れんばかりの才能と、人並外れた美貌を貰っても、時間までは貰えなかったらしい。

 

 その事実が、彼女の存在の希薄さにますます拍車をかける。

 触れれば壊れてしまいそうな。容易く斃れてしまいそうな。

 

 ああ、誰も彼女に関わろうとしない訳だ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 今日も休みだった。

 学校の雰囲気も相変わらずだ。誰も彼女の話題を出さず、私達の世界は何も滞りなく回っている。

 

 ここまで来ると人知れずその存在が消えてしまったのではないか。

 そんな考えさえ脳裏に過ぎるが、誰も近寄ろうとしない聖域の存在が、そんなことは無いと私に教えてくれる。

 

 

「…かすみ、最近元気無いね……。どうしたの?」

 

 

 学校から帰り、新体操の練習に向かっている最中、妹のすみれが私にそう言った。

 

 

「──元気、無い…? そうかな?」

 

 

 正直、すみれの言葉は的外れと思った。

 食欲はあるし、頭も回る。今日だってテストの点は良かった。それに身体も動くし、新体操へのやる気も十分。

 コンディションとしては万全と言っても良い。

 

 そんな私が元気が無い?

 

 

「何だろう、何処か上の空っていうか……。兎に角、変!」

 

「変って……」

 

 

 要領の得ない妹の言葉に苦笑を返しながらも、最近の出来事を思い返す。

 テストは常に上位をキープ。委員会も特に問題は起きず、新体操に至ってはこの間入賞する事も出来た。

 

 正に順風満帆。私の世界は常に滞りなく───。

 

 

「───あっ」

 

「かすみ?」

 

 

 世界……。そうだ、彼女を暫く見ていない。

 何時もつまらなそうにしている少女。別世界の住人でありながらも、私の世界にとっての当たり前な風景となった、そんな少女を。

 

 

「おかえり~! 寂しかったよう~!!」

 

 

 その時、ふと少女の声が聞こえた。

 

 

「あれは──」

 

 

 目を向ければそこには2人の少女。

 1人は近隣の中学校の制服を纏い、赤みがかった茶色の髪の毛を揺らしている。

 もう一方の少女は、白く清潔なワンピースに対して艶やかな黒髪を携えている。

 

 

「……暑い」

 

「まぁまぁそう言わずに~!」

 

 

 制服の少女…、八十稲羽に住んでいる者なら知って居るだろう。片田舎から突如として表れたジュニアアイドル。じわじわと人気を集め、将来的には大成間違い無しと太鼓判を押されている。そんな少女。

 その久慈川りせが、もう1人の小柄な少女に飛びつき、少女は少女で文句を言いつつもそれを受け入れている。何時も無表情だったその顔を、僅かに綻ばして。

 

 

「あれは…。久慈川りせ…さんと、天城さん? 良かったね、かすみ。退院したんだね」

 

「……………ふぅん」

 

「かすみ?」

 

 

 ジュクジュクと、心が音を立てていたのを今でも覚えている。

 私の知らない少女の一面。決して触れる事など許されない、神聖な存在。

 そんな彼女が、ごく普通の、年相応の少女の様な顔を向けていた。

 

 

「そんな顔も出来るんだ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 あの顔が頭から離れない。

 普段の姿からは想像の出来ない朗らかな、安心しきった様なふんわりとした笑み。

 

 あんな顔、初めて見た。

 いつもはつまらなそうに、何にも興味を示している様子が無い彼女が、あんな風に。

 

 

「………はぁ」

 

 

 形容しがたいモヤモヤが、胸中に蠢く。

 意外な一面を見れて嬉しい。しかし、心の何処かで落胆している自分も居る気がする。

 

 

「どうしちゃったんだ、私」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 学年が1つ上がり、小学3年生になった。

 風に揺れ、宙に舞う桜の花びらがそれを祝福してくれている様な、そんな季節。

 

 今回もまた、妹のすみれとは同じクラスにならなかった。

 お母さん曰く、同級生姉妹はどうしても離れ離れになってしまうらしい。それぞれの成長の為とかなんとか。まぁそれはいい。どの道、練習とか家で会えるし。

 それよりも重要なのは。

 

 

(今年も一緒だ……)

 

 

 渡された名簿の上の方の名前。

 私の興味を掴んで離さない少女、天城雪雫。

 

 きっと、今年もまた彼女を眺める一年になるだろう。

 そう、思っていた。

 

 ・

 ・

 ・

 

「残念だね、かすみ。雪雫さん、学校来なくて」

 

「んー……」

 

 

 ストレッチの補助をしてくれているすみれが、眉尻を下げてそう口を開く。

 

 

「折角、また同じクラスになったのに……」

 

「…そうは言っても仕方ないでしょ。身体悪いんだから…」

 

 

 新たな学年の生活がスタートして早いもので3週間ほど。

 話題の彼女は未だに学校に姿を見せない。

 なんでも、春休みからずっと隣町の総合病院に入院しているらしい。来月の頭からは東京の病院に移るんだとか。

 

 

「良くなるといいね」

 

「……そうだねぇ…」

 

 

 この1年間、私は彼女の姿を見る事は無かった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 また1年が過ぎた。

 私達は小学4年生になり、下と上からの板挟みにあう中途半端な時期。

 

 また恒例のクラス替え…はあったが、片田舎の小学校ではそうそう新鮮味も生まれない。そもそも2クラスしかないのだ。毎年行う意味が果たしてあるのだろうか。

 そんなことを思いながら教室に入った時、一年振りの別世界が広がっていた。

 

 

「あ………」

 

 

 何時もの教室の隅、窓際の一番後ろ。

 窓から差し込む光が、その容姿を一際輝かせていた。

 

 教室全体がざわついている。誰もが皆、今の私と同じように彼女に視線を送っている。

 

 誰だ、あいつ?

 転入生?

 

 口々にそう語っていた。

 まぁ無理も無いだろう。それほどまでに彼女の容姿は変わっていたのだから。

 

 艶やかな黒髪はシルクの様な白髪に。

 深海の様な深い黒い瞳は、宝石の様な赤色へ。

 

 元々人並外れた雰囲気が、さらに増していた。

 まるで、もう同じ生き物じゃないのではないか。とそう思ってしまう程に。

 

 でも、それでも私は、私だけはわかる。

 だってずっと彼女を見てきたのだから。

 

 そうだ、今更何を驚く事がある。だって元々、彼女は特別なのだから。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 また、彼女を眺める日々が始まった。

 

 容姿が変わったからと言って、特段彼女の世界が変化することは無い。

 相変わらず授業中は外を眺めているし、表情も常に一定だ。

 

 大きな変化があるとするならば、体育の授業に出る様になったことと、学校を休むことが殆ど無くなったことだ。

 

 体育の時は驚いた。

 まさかあそこまで動けるなんて。病弱、というイメージがすっかり板に付いていたもんだから。

 元々、運動神経は良いのかもしれない。

 

 バスケ、サッカー、バレー、器械体操エトセトラエトセトラ。

 何をやらせても様になったし、全てにおいて一定以上の活躍を見せていた。

 ……水泳だけは休んでいたが。水が怖いのかな?

 流石に体力は無い様で、割とすぐに息切れを起こしていたが、あの様子を見るにすぐにそれも解消されるだろう。最近では彼女の姉…確か雪子さん……と久慈川りせさんとランニングしている姿もチラホラと目撃されているという。

 

 それは彼女が完全に快復した何よりの証拠であり、大変喜ばしいものなのだが、それが余計に彼女と私達の間の壁を強固なものにした。

 

 文字通り「何でも出来る」ことが証明されたからだ。

 今までの彼女で、唯一と言っていいほどの弱点が、人間らしさを感じられていた部分が、今の彼女には無い。

 放っておいても大丈夫だろう。彼女は強い。特別な存在だ。

 そんな考えが、より皆の心に刻み込まれた。

 

 だから、彼女の世界は変わらない。

 相も変わらず教室の隅の席は誰も近寄ろうとはしないし、そこを遠くから眺める私も変わらない。

 

 不変の存在。

 それが当時の認識だ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 翌年。

 とうとう小学校における上級生。

 最高学年に向けての心構えとかを、口酸っぱく言われる様になる時期。

 

 私が彼女を認識してから初めての出来事が、私の身体に衝撃を落とした。

 

 

「……別クラス…?」

 

 

 自身のクラス名簿に彼女の名前が無い。

 何度見返しても、何度その文字を探しても、彼女の名前を構成する漢字が一文字も見つける事が出来なかった。

 つまりは。

 

 

「あ、今年は私が一緒だ」

 

 

 決して同クラスになる事が無い妹、すみれ。自ずとすみれのクラスに彼女が居る事になる。

 

 

「……か、かすみ…。そんな険しい顔しないでよ…」

 

「……してないよっ!」

 

 

 自分でもビックリするくらい、大きな声が出たらしい。

 すみれも目を丸々と開き、周りの生徒達も訝し気な目でこちらを見ている。

 

 

「………そんなに気になるなら、話しかけちゃえばいいのに」

 

「……誰に?」

 

「そりゃあ、天城さんに」

 

 

 私が天城さんに話しかける。

 そんな烏滸がましい事、考えた事も無かった。

 だってそうだろう。彼女は私達と明らかに違う。見えている風景が、生きている世界が、全くの別物の筈なんだ。

 敬う事があるにしろ、話しかけようなんて。まるで対等の存在の様な、友達の様な真似、許される筈が──。

 

 

「何それ。変なの」

 

 

 言葉に漏れていたのか、それとも態度で察したのか。すみれが思わずと言った様子で噴出して笑みを作る。

 

 

「すみれは彼女の事知らないから───」

 

「知らないって、そんな訳無いじゃない。だってほら、私1年生の時は同じクラスだったんだよ?」

 

「じゃあ、すみれは話しかけたことあるの?」

 

「そ、それは無いけど……」

 

 

 ほら、見た事か。

 話した事も無いのに、私みたいに見ていた訳でも無いのに。知った気になって。

 

 そんな顔をしていると、すみれは不服そうに頬を膨らませて

 

 

「普通の女の子だと思うんだけどなー」

 

 

 うわ言の様に呟いていたのを、良く憶えている。

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