PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
小学6年生になった。
とうとう小学校生活も大詰めだ。
しかしながら、最高学年になったとて、私達の生活は変わらない。
相変わらず雪雫と遊ぶときは私とすみれを合わせた3人だし、彼女への気持ちをすみれに打ち明ける事はしなかった。
単純に怖いのだ。
気持ちを伝える事で、今の関係が、私達を取り巻く世界が変わってしまうのが。
きっと、すみれも同じ気持ちなんだと思う。
今の私達は言わば冷戦状態。
お互いがお互いの気持ちに気付いていつつも、関係を維持したくてそれを話題に出さないし、雪雫に悟られるような行動も起こさない。
何だかんだ、居心地が良いのだ。
もどかしさはあるが、それでいて心地良い。
いつまでもこんなぬるま湯に浸かって居られたらいいな、って思う。
◇◇◇
雪雫から語られる話は何時も刺激的だ。
私達にとっては未知の、高校生たちの織り成す世界の話。
雪子さんは女将修行を本格的に始めたとか。
千枝さんは警察になる為に日夜カンフーの修行に打ち込んでいるとか。
強面の完二さんはお手製の編み物を実家で売り始めたとか。
小学校では聞かない、少し大人の世界の話。
中でも印象的だったのがりせさんの話で、どうやら芸能界復帰に向けて色々と準備を進めているらしい。その為に東京の方へ出向き、ここ八十稲羽を空ける事も多くなったとか。
そんな話を、少し眉尻を下げながら話していたのをよく憶えている。
「芸能界か……」
そんなうわ言の様な雪雫の言葉が、耳に残った。
ジュクジュク。
◇◇◇
ゴールデンウィークに突入した。
世間にとっては待ちに待った大型連休。しかし私達にそれを楽しんでいる暇は無い。
というのも、連休中に大きな大会が控えているからだ。
小学生の枠で出れる最後の春の大会。
有終の美を飾る為、当然ながら両親もコーチも、そして私達姉妹も気合が入る。
手を抜くつもりは毛頭ない。
連休中はみっちり新体操に時間を充て、最後の最後まで調整を怠らないつもりだ。
……心残りがあるとするならば、雪雫と遊ぶ暇が無いこと位だが、彼女は彼女で何時も通り、大会を見に来てくれるらしい。会えない分、その日に私達の全力のコンディションを魅せようと思う。
まぁ、雪雫は雪雫で例の……ええと、鳴上さん…だったかな。あの堂島さんのお家のお兄さんと雪子さんやりせさんと過ごすらしいし、寧ろ丁度良かったのかもしれない。
◇◇◇
ゴールデンウィークも早いもので後半。
無事に大会も終わり、私達は結果を残すことが出来た。私は優勝。すみれも3位になる事が出来た。お互い最大限努力して勝ち取った結果だ。最後の最後に良い経験が出来たと思っている。
しかし、心の残りというか、非情に惜しい部分もあった。
というのも、雪雫が大会当日来れなかったのだ。
後から雪子さんに体調不良と説明され、雪雫からはもうそれはそれは酷く泣きそうな顔で、というよりもう泣いていたと思う。兎に角、必死に謝られた。
別に誰も悪くないのだから良いのに。
まぁ直接見せる事が出来なかったのは残念だったが、両親が録画していた動画は一緒に観たし、会えなかった分の時間を埋める為にお泊りもした。
考えてみれば、雪雫と共に一夜を明かしたのはこれが初めての事だった。
一回寝たら全然起きない彼女を面白がって、すみれと一緒に悪戯したのは良い思いでだ。
完璧。とまではいかなくとも、良い連休を過ごせたな。
◇◇◇
時折、雪雫が難しい顔をする様になった。
それはもう眉間に皺を寄せて、何かをひたすら考え込む様な、何かを思い出そうとしている様な。そんな顔。
「──おーい、雪雫?」
「……………」
その時の雪雫はいくら話しかけても反応を示さず、ずっと顎に指を添えたまま。
物理的に悪戯……脇腹つついたり、首筋をなぞったりすれば、それはとてもとても可愛らしい反応を返すが、図書室でやる様な事ではない。
黙りこくったままの彼女の視線の先。一冊の本。
「……ピラミッド? お墓の?」
何となく彼女の声が聞きたくなった私は隣へ席を移し、彼女が睨めっこしているページで一番に目に入った単語を読み上げる。
私に気付かなかったのか、ピクリと肩を震わした雪雫が愛らしい。
「何でまた急にエジプトの本なんか…。もしかして、雪雫は学者さんにでもなりたいの?」
「え、あ……。その…」
キョロキョロと居心地悪そうに赤い目を動かす彼女。
雪雫にしては珍しい反応だ。怪しい………。
彼女の逃げ場を塞ぐ様に身を乗り出して、顔をじーっと見つめていると、次第に観念した様に溜息をした。
「え、っと……。その…、曲作りの、参考にって……。そう、おもって………」
あーなるほどー。曲作りかー……。
「え、曲作り!?」
「しっ。声が大き……」
2人して司書さんに怒られた。
・
・
・
ゴールデンウィークに合わせて八十稲羽に戻って来た久慈川りせさん。無事に復帰を果たし、順調にその地位を確かなものにしていっている最中の帰郷。
そんな折に雪雫は聞いたらしい。
キラキラとした舞台、ファン達の声援とその表情。
彼女にしか見る事が出来ない景色。
私達にとって遥かに遠い世界。
私達とこうして関わる様になった遥かに前から、りせさんと雪雫は付き合いがあったという。
元々昔からそういう話は聞いていて何となく興味はあったらしいが、気持ちが固まったのはこの間のゴールデンウィーク。
楽しそうにそれを話すりせさんを見て、雪雫も目指したくなったんだって。
「そうなんだ。へー凄いねぇ、雪雫!」
心の底から感心した様に、すみれは両手を合わせた。
「それなら私達も応援しないとね! 雪雫がりせさんと同じ景色を見れるように」
同じ景色が見れる様に、か。
すみれの言葉に少しの違和感を感じた。
果たして本当に、雪雫はその景色に興味があるのだろうか。
彼女は確かにそう語った。同じ景色を見たいと。眉尻を下げ、赤い瞳を潤ませながら。家主が不在の家で1人留守番するネコの様に。寂しそうに。
誇らしげに語るのならまだ分かる。立派な夢だ。
しかし、その時の雪雫の言葉に説得力は感じられなかった。まるで、それが薄っぺらい建前の様な。そんな感覚。
本当は、彼女の本音は。
久慈川りせの見ているモノを見たいのでは無く、久慈川りせ自身に見て欲しいのではないか。
自分とは遠い世界に行ってしまった幼馴染に振り向いて欲しくて、同じ世界で一緒に過ごしたいのではないか。
かつての私みたいに。
そうだ、きっとそうだ。
そうでなければ、あんな寂しそうな表情をしながら、頬を赤らめる筈が無い。
「今度、3人で神社にお願いしに行こうよ。それぞれの夢が叶うように!」
そう言うすみれに対して、私は返事を返す事は無かった。
ジュクジュク。
◇◇◇
中学生になった。
私服は制服へ変わり、小学校から知って居る男の子たちの声は段々と低くなっていき、男女それぞれの身体的特徴も顕著になってきた。すみれと同じだった私の身長も彼女を置いておけぼりにする様に急に伸びた。
変化、という現象が、昨年まで子どもだった私達を襲う。……まぁ、世間一般的には中学生も子どもだろうけど。
あれだけあった自由時間も、中学生になればそれはタスクを行う時間へと変貌した。
定期的にあるテスト、増える課題、勉学以外の学校内での活動。そして私達の場合は新体操も。
文句は無い。充実もしている。しかし未だに環境の変化についていけていない自分も居る。
そんな私だから、余計に雪雫が恋しくなった。
正真正銘の不変のオアシス。
小学校4年生の頃から変わらない容姿。1人だけ時間が止まってしまっているのではないか。そう思ってしまう程変化が無い。
本人は気にしていたが、私はそれが堪らなく嬉しかった。
変わらないものの大切さ、とでも言うのだろうか。
雪雫は中学生になっても相変わらず誰とも関わらない。本人にはそんな気さらさら無いだろうが、またしても彼女の居る教室の隅は聖域と化していた。
そしてその領域に踏み込むのは私達姉妹だけ……なのだが、やはり忙しさに追われ、前ほど彼女と過ごす時間も多くは無い。
お互いに、それぞれの時間が増えたのだ。
雪雫は最近、曲作りに熱中しているそうだ。
写真を見せてもらったが、自室にはギターやベースを置き、防音もしっかりしている。最新のパソコンなんかも用意して、パッと見はもうその道の人の作業場そのものだった。
◇◇◇
練習の休憩中、チームメイトからとある動画を教えて貰った。
なんでも、最近学校で流行っているらしい。
世に出回っている既存の曲をカバーし、それをSNSや動画共有サイトに動画としてアップする形式らしい。
あまりにも強くお勧めされたものだから、イヤホンを取り出してそれを再生する。
「…………あ…」
耳を打つ心地良いソプラノボイス。身体の全身を包み込んでくれる、柔らかい歌声。脳に直接語りかけてくる様な深い表現力。
今はまだ粗削りだが、それでも光るものを感じさせる魅力があった。
それに加えて、よく耳に馴染むこの声は───。
(───雪雫)
動画に顔は出ていない。彼女の歌声は一度も聴いた事が無い。
しかし私が間違える筈も無い。
これは、この人は天城雪雫だ。
もうこの頃既に、雪雫の背中は私より遠い所に居た。
◇◇◇
もう当たり前のように彼女のカバー動画は30万再生を越すようになった。
SNSでも彼女の話題を見ない日はほぼ無い位、雪雫の人気は爆発的に高まっていった。
その人気急上昇の理由の1つに、彼女らしい生真面目さがあるのを知った。
何でもカバーをする際に、その著作者にわざわざ許可を貰っているらしい。許可が出れば動画を上げ、許可が貰えなければそれはそれ。
清廉潔白で純真無垢。
それが今の彼女を指す言葉であり、その言葉通りの安心感が推せるポイント(チームメイト談)
最近はギターやベースを演奏している様子を動画として投稿し始めた。
1度、ライブ配信の最中、流れで演奏することになり、実際にしてみた所、練習の参考にしたいから動画に上げて欲しいというリクエストが続出。自分も良い練習になるから、と2つ返事で了承した。
そんな彼女の動画やライブ配信を、合間に合間に観るのがいつの間にか日課になっていた。
あまり一緒に居れなくなった分、そこから雪雫を補給したくて。
気付けば私は、また彼女を遠くから眺める生活を送り始めた。
◇◇◇
雪雫の顔がとうとうバレた。
と言っても、何か重大な事件に巻き込まれたとか、炎上したとか、そういうものでは無い。
本当にたまたまだ。
何時も通りのライブ配信中、突如起きた地震。そこまで大きくなかったと記憶している。
しかし、回していたカメラのバランスを崩すには十分だったようで。
ガタンと音を立てて倒れてしまったのだ。ちょうど雪雫の顔が映る角度で。
「……あ」
と事の重大さを何も理解していなさそうな雪雫の声が印象的だった。
そしてその後も中々に見もので
「バレちゃった」
とわざわざカメラを拾って自身の顔をアップで映しながら、そう言い放った。
その時のコメントの流れはあまりにも早くてもうよく分からなかった。
ただ事実として、今回の一件で雪雫のファンがさらに増え、
久慈川りせ:ああああ、雪ちゃん!!!!!
お忍びで配信に来ていた久慈川りせが思わずコメントしてしまった事が切っ掛けとなり、彼女達の関係性が明るみに出た。
◇◇◇
その日以降、雪雫と久慈川りせは開き直ったかの様に、その仲睦まじい姿を世間に晒すようになった。
お互いの動画への出演、SNS(主に久慈川りせ)の投稿、雑誌の記事に至るまで。
彗星の如く現れた歌姫と、今をときめくトップアイドル。
その相乗効果が、さらに雪雫の人気に拍車をかけた。
そんな彼女達を見て、私の心の中が静かにざわついた。
何とも言えない焦燥感に駆られ、居ても立っても居られない。そんな考えが身体中を駆け巡った。
(私は、何をしているんだ──?)
久慈川りせと楽しそうに話す雪雫の顔を見て、その顔にかつての自分達の姿を重ねて、呆然と考える。
かつての私は、確かにそこに居た。
彼女の隣に私は。
しかし今は?
ただただ彼女を眺めるばかりで、何もしていない。
雪雫の見た目が変わらないから、私達の取り巻く環境も変わらないって、そう思い込んでいた?
現状に満足して、ただただ足元だけを眺めて、前へ進もうとする雪雫に気付かなかった?
……いや、気づいていたけど、それを見なかったフリをしていたのか。こうして、画面の奥の彼女で満足することで。
一度はそこにあった特別が、今はあんなに遠くに───。
・
・
・
翌日、私の足は自然と雪雫の居る教室へ向かっていた。
何がタスクに追われてだ、何が変わらないものの大切さだ。
何かと理由を付けて、私はただ変化が怖くて逃げていただけではないか。
早く、早く早くはやくはやくはやく。
あの子に会いたい。
また昔みたいに遊ぶ約束して、そしてまた、昔みたいに───。
「あ、かすみ」
彼女のクラスの扉を開けた瞬間、自身の名を呼ぶ声が聞こえた。
声の主は妹であるすみれ。
「────」
すみれは聖域に居た。机を挟んで雪雫と向き合っていた。
いや、聖域に居たのはすみれだけでは無い。今まで、雪雫に見向きもしなかった小学校からのクラスメイト達、中学校から新たに加わった学友達。
そんな彼女達が、まるで当たり前のように雪雫に話しかけていた。
それに対し、雪雫もぎこちない様子で返答し、時折すみれがフォローを入れる。
何気ない風景だ。
何気ない光景だ。
何気ない日常だ。
それが私にとっては堪らなく
(───嫌)
そう思った。
だってそうだろう。
あそこは勝手に土足で踏み入れて良いものでは無い。
気安く他人が、触れて良いものでは無い。
彼女は、私の特別なんだから───
◇◇◇
雪雫がそうなるのも時間の問題だったのだろう。
元々、不思議と放っておけない何かはあったし、非凡な才能に溢れていた。
様々な活動を通し、順調にその知識と技術を貯め込んだ雪雫が生み出した一曲は瞬く間に話題を呼び、とうとうカバーでは無く、クリエイターとしての才能を世に知らしめた。
久慈川りせを始めとする沢山のアーティストと関わり、その才能とセンスを認められ、その度にSNSは湧いた。
まぁ後は知っての通りだろう。
現役学生アーティストとして各メディアに引っ張りだこ。
各種分野でその才能を惜しみなく発揮するマルチアーティストとして、その名を轟かせた。
教室の隅で、窓の外をつまらなそうに眺めていた少女が、今では───。
(……ああ…やはり雪雫は特別だ)
だってもう、背中すら見えない遠くまで行ってしまったのだから。