PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
「落ち着いたか?」
「……少しは。まだ、混乱してるけど」
結果的には足立透に助けられ、スタジオ「天上楽土」から脱出した一同は、唯一シャドウの気配が無い場所…テレビ局のエントランスで腰を落ち着かせていた。
雲よりも高い塔の頂上から地上に向けて真っ逆さま。半ば無理矢理それぞれの各々のペルソナをクッションにする形で、クレーターを作りながらも着地。アイギスは平然としていたが、ラビリス曰く「生きた心地がしいひんかった」とのこと。
「さっきの、大きいシャドウは?」
「………申し訳ございません。私達も全て説明出来る材料を私達は持ち合わせいないのです。分かっている事は、アレは唐突に現れ、命を刈り取るもの…」
『5年前にアダッチーも引き連れていたクマね…』
「シャドウワーカーの見解では人類が持つ残虐性、或いは死への興味がシャドウとして体現したものとされています。全体の個体数も不明。高い殲滅能力もさることながら、明らかに知性に基づいた行動。基本的に戦闘は推奨されていませんね」
「……今は
「………………」
皆の視線から逃げる様に、雪雫は苦々しい顔をしながら顔を横に向ける。
「彼女の事、教えてくれませんか?」
「………………」
雪雫は俯いたまま、何も答えない。
『……セツチャン…。クマが代わって説明してもいいケド、パニックしてるのはクマも同じクマ……。それに、セツチャンの口から言った方が良いと思うヨヨヨ…』
直接的な関りがあったわけでは無いが、クマは芳澤かすみを知って居る。
当時の雪雫と良く一緒に居た姉妹の姉の方…くらいの認識ではあるが。
クマの言葉に観念した様に溜息を吐き、ゆっくりと雪雫は言葉を紡ぎ始める。
「………芳澤かすみ。それが、彼女の名前。歳は私と同じ。中学まで、学校一緒だった、私の、友達」
「芳澤、かすみ…か」
ラビリスは噛みしめる様にその名を復唱すると、アイギスの方に視線を投げ、彼女もその意図を汲み取ったのか頷きを返す。
「……ダメですね。シャドウワーカーの登録、確認出来ません」
「それはそう。だって、かすみが、こんなことする訳……!」
「本来の彼女にそんな力は無くて、別の誰かに操られているだけ。って言いたいんか? ……雪雫、友達を信じたい気持ちは分かるけどな。今のウチらはそれを判断する材料が無いのは忘れんといてや」
「姉さんの言う通りです。少なくとも、先程の状況を見るに、彼女がこの事件を仕掛けた側なのは明白。限りなく黒に近い存在……。つまり容疑者筆頭候補です」
そんな事、改めて言われなくても雪雫にも分かっていた。分かっているけど、その事実を誰かに否定して欲しかっただけだ。
だってそうでなければ、友人を敵として処理しなければならなくなってしまう。そんな残酷な事を行える程、雪雫はまだ大人では無い。
『……えっと状況を整理すると…アダッチーはただ利用されていただけで…、それを後ろで操っていたのがカスミチャン…?』
「正しくは足立透の情報体…ですが。そうですね、ペルソナ能力を取り上げたと証言がある通り、彼女が意図的にあの足立透を作り上げたのでしょう」
「目的は?」
「………いくつか候補は浮かびますが、結局はどれも推測。確たる証拠は存在しません。……雪雫さん、仮に。仮にですよ。彼女が今回の件を引き起こしたとして、何か思い当たる動機はありますでしょうか?」
これかな。と思い当たる節はある。
しかし、それが直接事件に結び付くかどうか、今の雪雫には判断出来ない。それをこの場所で、知る術は無い。
「…………動機…。そんなの、本人に聞かなきゃ分からない」
素直にそう答えると、アイギスは満足気に笑みを浮かべて頷き、雪雫の両肩に手を添えた。
「そう、そうです。ここでウダウダ考えた所で、分からないものは分からないのであります」
「疑問があるならその答えを自分で探さなあかん。知りたいことあるなら、手ぇ伸ばさなあかん」
『クマ達もそうやって乗り越えてきたクマ!』
「……でも、その為にはかすみを…」
「…………もしや雪雫さん。真実を得る為には彼女を敵として取り除く必要がある、とか思ってます?」
「へっ?」
素っ頓狂な声が、雪雫の口から漏れる。
どうやら図星の様だ。
「……呆れた。戦闘の時は柔軟やのに、どうしてこないな時だけ機械的なん? 別にウチらは、真正面から障害を取り払えなんて言うてへんよ」
「前に進み続ける必要はありません。時には迂回するのも必要なプロセスです。問題解決への最短ルートを算出するのは心を持たない機械の仕事…。しかし、私達は違うでしょう。私達にはペルソナを行使する力が、つまり同一の心があります」
「……………なら、どうすれば」
分からない。不器用な雪雫には分からない。
だって、今ままで全て正面から解決してきたから。
パレスの主も、そこら中を闊歩するシャドウに対しても。
程度の違いはあれど、最終的に障害に対しては常に非常に、効率的に機械的に処理してきた雪雫にとって、そこから先は未知の領域だ。
「彼女は友人でしょう。ならばすべきことはただ1つ、…………ケンカであります」
「────へっ?」
またしても素っ頓狂な雪雫の声がエントランスに木霊した。
▼
全体に血糊を塗りたくった様な赤黒い空。眼下に広がる瓦礫の町。終末を指すのはこの事か。
そう思わず考えてしまう程、何処までも廃れた世界。
禍津稲羽市。
足立透が言っていた第7のスタジオだ。
「……………」
周りで蠢くシャドウの気配に警戒しながら、ウィッチは進む。
奥へ、奥へと。
瓦礫の山を乗り越え、ひび割れた地面を跨ぎ、時には倒れた家屋を薙ぎ払って。
そうして辿り着いた懐かしい場所。
自身の通っていた小学校があった場所。
その区画に学校が建っていたと示すものはただ1つだけ。他のモノは文字通り瓦礫と化している。
その最後の1つは周りの惨状とは打って変わって傷一つすら無く、新品同然だった。まるで、その部分だけ別世界の様な。
そんな机に腰を掛けて、ブラブラと足を遊ばせる赤毛の少女は、少女を一目見た途端、口角を三日月の様に吊り上げた。
「嬉しい。1人で来てくれたんだ」
「…かすみ」
マスクの奥で光るお互いの赤い瞳が交差する。
「マスク、取って。直接、顔みたいな」
私も取るからさ、と。かすみは言った。
ん。とウィッチは……いや、雪雫は短く返した。
そう、かすみの言う通りマスクは要らない。
だって、今ここでは正体を隠す必要は無いのだから。少女はただの雪雫として、かすみに会いに来たのだから。
「凄いよね。イセカイって。地下にこんな世界が広がっているなんて。端から端まで歩いてみたんだけど、現実の稲羽と全く同じ」
「それは違う。現実はこんなに荒んでない」
「……そうかなぁ。………ねぇ知ってる、雪雫? ここの禍津稲羽市って元々は町の人達の心を反映したものなんだって。っていうことはさぁ。実はみーんな、心の中では
「ここはスタジオ。ただの再現。過去の事実であって、今じゃない」
クマから話は聞いている。
それぞれのスタジオは、実際に過去の事件でクマが足を踏み入れ、探索した場所を再現したものであり、ハリボテの様なもの。
5年前はその領域にそれぞれ核の存在を担う人間が存在し、その人間の心から作り出されたものである以上、今回のスタジオに人の心は介していない、と。
「ふふっ、冗談だよ。マジで返さないでよ。もう、雪雫は昔から真面目なんだから」
「────どうして」
「んー?」
「どうしてこんな事を?」
「………どうして、か」
かすみは肩を竦め、やや自嘲気味に笑みを浮かべた。
「貴女がきっかけって、言ったらどうする?」
「────私?」
▼
その大きな眼をさらにまん丸と大きくして、赤い瞳を揺らす愛しい人。
「そう、雪雫」
思わず口角が上がる。
我ながら意地悪いとは思う。しかし、それを隠すつもりはない。だって、私の一挙手一投足で表情を変える彼女が可愛らしいから。
かすみは机から飛び降り、雪雫にゆっくりと近づく。
「私ね、雪雫の事が好きなの。好きで好きで好きで、どうしようもないくらい大好きなの」
一切の聞き漏らしがないように、一言一句ちゃんと届くように。
彼女の小さい耳に口元を寄せ、肩を撫でながら言う。
ああ、何時からかは分からない。
自覚したのは間違いなく小学生の後期。しかし今思えば一目惚れだったかもしれない。
あの、初めてクラスが一緒になったあの日────。
「最初は一方的に眺めるばかりだった。窓際の席に座る貴女を…。でもふとしたある日、私と雪雫には接点が出来た。───すみれのお陰ね」
あの時は嬉しかったなぁ。
初めて彼女の瞳に私が映ったとき。
雪雫の世界に、私の存在が許可された様な気がして。
「次第にその接点は確かな関係へと発展していった。すみれを交えた3人で遊ぶように、一緒に居るのが当たり前の日常になったよね」
毎日が楽しかった。
今までの生活って何だったんだろうって、思わず思ってしまうほどに。
モノクロの世界が色付いていく様な、そんな感覚。
「その頃だよ。私が雪雫への気持ちを自覚したのは。そして、それはすみれも一緒」
「…………」
雪雫は何も答えない。
しかし僅かに端正な眉が動いた。まるで、心当たりがあるように。
「ははっ、何か覚えがあるのかな。すみれが告白でもしてきた?」
「それは───」
「そして、雪雫はそれに応えなかった」
雪雫の瞳が揺れる揺れる。
明らかな動揺が、見て取れる。
「──ホントに分かりやすい。でも、そっか。あの子は前に進めたんだ。凄いなぁ……」
私とは違って。
「私は怖かった。気持ちを伝えることで、何かが変わってしまうんじゃないかって。当たり前に一緒に居ることが、無くなってしまうんではないかって。でも、その考えが間違いだった」
変化が怖くて、子どもの様に無垢なままでありたくて。
そうして進むことを止めた私は1人世界に取り残された。
「昔からすみれが羨ましかった。あの子は、私に出来ないことを平然とやってのけた。自覚は無かったようだけど」
気付けば、雪雫へ歩み寄っていた。
気付けば、雪雫と仲良くなっていた。
気付けば、雪雫から慰めをもらっていた。
気付けば、雪雫の興味をその一身に集めていた。
「私も努力した。すみれに負けないように、新体操に打ち込んで。勉強も頑張って。でも────」
私の手元に残ったのは、優勝トロフィーの冷たさ。
すみれの手元にあったのは、
「気付いたら、雪雫の側に居たのはすみれの方だった」
私はあの子になりたかった。
内気で引っ込み思案。しかしながら、何処か人を惹き付ける魅力があるすみれ。
「私達には新体操があった。それは物心が付いた時から当たり前にあったシンプルな世界。結果を残せば上々。そうでなけれ散々。でも、そんな単純な世界はいつの間にか雪雫によって書き換えられた」
優勝しても心の何処かは渇いたままだった。鏡に写る瞳の奥で冷めている自分が見えた。
だって、芳澤かすみは天城雪雫の元に居ないのだから。
「私は結果を残せば残すほど、癒えることのない渇きに悩まされた。私とは逆に、成績不振である筈のすみれは、何処か楽しそうだった。そうだよね、だって雪雫の側に居れるんだもん」
「それは違う。すみれは悩んでた。新体操に上手く向き合えないって。すみれだって、全部が楽しかった訳では───」
「知ってるよ。……でもそういう事じゃないの、雪雫。大事なのは自分に素直になれるかどうか」
そう、結局はそこなのだ。
私は何かと理由をつけて逃げ出した。
ただ、それだけ。
すみれは自分の気持ちを伝えた。そして、それは残念ながら実る事は無かったが、それでも前に進めた事には変わりない。
結局、心のままに行動するのが一番だってこと。
私はそれが出来ず、すみれはそれをした。
だから、あの聖域で笑って居れた。
「けれど、それに気付いたときには雪雫はもう追い付けない遠いところに行っちゃってたけどね」
これを機に忘れてしまおうか。何度もそう考えた。
どうせもう手遅れだ。
私の傍に居た彼女は、今やみんなの人気者。もう、私が知る彼女では無い。
そう、思おうとしたのに。
自然と、雪雫の歌を聴いていた。
ミュージックビデオを毎日観て、不定期で行われる配信も観に行って。昔のままの顔で、声で、瞳で。こちらに語り掛けてくる雪雫が居た。微笑んでくれる雪雫が居た。
その時ほど今の現代技術が憎いと思ったことはない。
だって、忘れたくても忘れさせようとしてくれないのだから。
「それでも結局、雪雫を忘れられなくて、いつまでも貴女は私の特別で。その叶うことのない気持ちと、すみれへの憧れとコンプレックスを抱いたまま……。今年の春。雪雫が東京に引っ越した直後に」
すみれが死んだ。