PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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64:Viorence only for the two.

 

 

 あの日も、雨が降っていた。

 

 大会の帰り道。

 八十稲羽では耳にする事の無い都会の喧騒が今も耳に残っている。

 

 

「今日も疲れたね~」

 

 

 共に1つの事に挑んできた。姉妹でオリンピックに出れたら、なんて夢を語った事もあった。

 しかし何時からか、私達姉妹は同じ志を掲げなくなっていった。

 

 私は、すみれの前を歩いていた。

 すみれは、私の後を歩いていた。

 

 昔の様に肩を並べて歩く事は無くなった。

 

 

「…………」

 

 

 すみれは何も答えない。

 影を顔に落とし、その赤い前髪で視界で塞いでいた。

 

 何時もの事、と言えば何時もの事ではあった。

 

 丁度、中体連の大会に出始めた頃だったか。

 常に一緒だった私達に、それぞれの変化が表れ始めた。身体的にも、勿論精神的にも。

 

 身体的な成長は、私の方が早かった。

 身長が伸び、身体つきも大人へと近づいた。

 自分で言うのもなんだが、やはり新体操という競技をやっている以上、見栄えがある程度必要になってくる。そういった意味では、私はすみれの一歩先を行っていた。

 

 精神的な成長は、すみれの方が早かった。

 それは自分の気持ちと上手く折り合いをつけてやっていくという面でもそうだし、夢に対して現実的に考える様になったという面もあるだろう。

 

 だから、私達は分かり合えなかった。

 

 

「……なんで私、失敗ばかりなんだろう。今日も、ダメだったし…………」

 

 

 ポツリポツリとすみれから零れる愚痴。

 彼女の言う通り、今回の結果は散々だった。

 

 

「急に背が伸びて視点が変わったからだって。すぐ、慣れるよ」

 

 

 事実である。

 私に遅れてすみれも身体的な成長が見られた。しかも急に。

 平衡感覚がモノを言う競技である以上、身体に変化が起きれば当然、今まで通りにはいかなくなる。

 だから、これは仕方のない事だ。

 

 

「…同じように練習しているのに、優勝するのはいつもかすみだけ。私は何時までもかすみに追いつけない……」

 

「────それは」

 

 

 やめてくれ。と心の何処かで私が叫んだ。

 

 それは私の方だ。

 すみれは私の欲しいモノを持っているではないか。特別な居場所を。

 

 ならせめて、新体操だけは。ここだけは私の特権にさせて欲しい。

 新体操だけが私の武器で、追いつけない私の唯一のアピールポイント。

 

 それを私から奪おうとしないで。

 

 

「追いつけないのは、私の方だよ」

 

「────え?」

 

「すみれは昔からそう。私が欲しいものを持っている。トロフィーなんかとは、比べ物にならないくらい、温かいものを」

 

「……トロフィー、なんか…?」

 

 

 落ち込んでいたすみれの顔に、明らかな怒りが浮かんだ。

 

 

「私が欲しくてたまらないものを、かすみはそんな簡単な言葉で切り捨てるの!? 自分には才能があるからって、高を括って……!」

 

「こんなの持ってた所でしょうがないよ。そうでしょ? 人の気持ちまでは手に入れる事が出来ないんだから。その点、すみれは良いよね。だって自然と昔からそれを手にする事が出来たんだから」

 

 

 すみれには、私の気持ちなんて分からないよ。

 

 

「────っ。もういい」

 

「あっ……」

 

 

 そこから先の事は朧気だ。

 もっと言葉を選んで言えば、きっと結果は違ったのだろう。

 しかし、口から出た言葉は消すことは出来ない。

 

 すれ違う人達に目もくれず、すみれは逃げる様に走り始めた。

 フラフラとした足つきで、人に肩をぶつけながら。

 

 

「すみれっ! 待って……! 危ないよ!!」

 

 

 彼女を止める為、追いかけた。

 遠くに見える背中を必死に。

 

 

「待ちなさい!」

 

 

 もう少し、あとほんの数メートル。

 

 

「すみれっ!」

 

 

 身体的な能力は私の方が上だ。開いていた差も、見る見る縮まっていった。

 あと数センチ。手を伸ばせば、届きそうなそんな距離。

 

 場所で言うと丁度、横断歩道に差し掛かった辺り。

 

 

 ドン。

 

 

 と大きな衝撃と耳を劈くブレーキ音が響き。

 

 

「────え?」

 

 

 すみれの身体が宙を舞った。

 

 

 

 

 

「────そんな」

 

「思い知ったわ。世界はままならず、辛いことばかりだって」

 

 

 私は分からなくなってしまった。

 雪雫への気持ちと、すみれへの憧れ。

 それらの感情を向ける先を全て無くしてしまった私の心は、様々な感情に掻き回された。

 始めは妹を失った喪失感と罪悪感が私を蝕んだ。

 毎日毎日、夢で事故の光景を見て、脳内にあの時の音が反響して。

 しかし、次第に私の考えはある方向へ傾倒していった。

 

 

「あのとき死んだのはかすみの方。すみれはこうして生きているって」

 

「…なにを、言って………」

 

「そうでも考えないとおかしくなりそうだったの。妹を死に追いやってしまった罪悪感。日常が壊れてしまった喪失感…。そしてそれらを感じながらも何処か好機と考えてしまった自分への嫌悪感。かすみという個がそれを生むなら、殺してしまった方が楽になる」

 

 

 かすみとすみれ。どちらかが居なければ、もしかしたら雪雫の視線は全て一つに向かうのではないか。

 そう、ふと考えてしまったことがある。

 一度そう考えれば考えるほど、それは白紙に垂らした墨汁のようにジワジワと心に広がっていき、その汚れは落ちることなく、こびりついた。

 

 あまりにも醜悪で身勝手な考えに、自己嫌悪から嘔吐したこともある。

 しかし、しかしだ。

 精神的な限界を迎えた今となっては、私がすがり付く先は幼馴染みで、特別な存在である雪雫だけだった。

 彼女さえ、雪雫さえ手に入れる事が出来れば、私はまだ、かすみ(すみれ)はまだ立ち上がれる。

 

 

「すみれは私の欲しいものを持っている。それなら、必要無いのはかすみの方。身勝手で、醜悪で、いつまでも子どもな私。私を殺して、私は欲しいものを手に入れるの。その為の認知世界。その為の現実世界の上書き」

 

「………でも、貴女は私にかすみと名乗った」

 

「…どうかしてるよね。かすみを殺すと決めたのに、さ。髪も赤に染めて、カラコンも入れて、目元のほくろもメイクで隠してたのに……。思惑通り、貴女は最初にすみれと言ってくれたのに、それが堪らなく嫌で。ホーント、ままならないなぁ」

 

「それは、まだかすみが生きてるから」

 

「─────何?」

 

「かすみの言い分はわかった。でも、理解は出来ない。貴女がしているのは、生命への冒涜に他ならない。嘘で塗り固めた現実を押し付けて、その人達の人生ごと上書きするなんて、許される行為じゃない」 

 

 

 雪雫の鋭い視線が、私を射抜く。

 

 ああ、そんな顔もするんだね。

 

 

「何が言いたいの?」

 

「目を覚まして。すみれは死んだ。かすみは生きている。それは揺るぎない現実。そこから目を逸らす行為は、その2人への冒涜に他ならない」

 

「………は?」

 

 

 一瞬、頭の中が真っ白になった。

 この子は、何を言ってるんだろう。

 

 私が、目を逸らしている?

 こんなにもすみれの死を悼み、罪悪感に苛まれ、悩み悩んで出た行動に対して、冒涜、だと?

 

 ああ、なんてなんてなんてなんて無知で憎たらしい(愛らしい)のだろう。

 今まで何も知らなかった癖に。ついさっき、真実を知った癖に。

 やはり、彼女は特別だ。

 だって人の気持ちがわかっていない。

 さながら、機械仕掛けの冷たい天使の様ではないか。

 

 

「あはっ、はははは……! なにそれ、何も知らなかった雪雫が私に説教? 遠くに行っちゃった癖に………!!」

 

 

 思わず声を荒げて、感情のまま雪雫に言葉を浴びせる。

 

 

「だから今、私はこうしてかすみの前に立っている。貴女の本音を、気持ちを受け止める為に」

 

 

 釈然とした様子で、そう一息に言い切る雪雫。

 いつだって彼女はそうだ。自分の心に従い、決してブレる事が無い。頑固でそれでいて絶対的。そう、彼女は何時だって世界の中心だ。

 

 ああ、憎たらしい(愛らしい)憎たらしい(愛らしい)憎たらしい(愛らしい)憎たらしい(愛らしい)……!

 

 メラメラと胸の中で陽炎のように獣の様な情欲が燻る。

 

 こうなってしまっては、最早言葉では分かり合えないだろう。

 傷をつけたくなかったけど、致し方ない。無理矢理屈服させるのも、楽しそうだ。

 雪雫の意思など関係無し。無遠慮に踏み込み、犯し、蹂躙する。私の思いのまま。その細い首に輪を付けて、その四肢を鎖で繋げて、私に跪かせる。

 元々はそうする予定だった。

 それが、暴力という形になっただけ。些細な違いだ。

 

 

「言葉では伝わらないのは百も承知。ぶん殴ってでも、目を覚まさせる。だって、私はかすみとケンカ、しに来たから」

 

「やれるものなら、やってみなよ!!」

 

 

 

 

 

『セツチャン、1人で大丈夫クマ……?』

 

 

 クマさんの弱々しい声が耳に届く。

 

 

「……まぁ、信じるあらへんやろ。なに、失敗したとて死ぬ事はない。かすみやらいう嬢ちゃんの態度を見るに、な」

 

「先程も言いましたが、これは彼女達にとって必要なプロセスであります」

 

 

 同郷の友であり幼馴染。

 そういう近しい関係でありながら、しばらく疎遠だったという彼女達。

 思春期真っ盛りであり、尚且つ環境の変化が激しいこの時期、しっかりと向かい合って話す時間が必要だ。

 ましてや、その擦れ違いが今回の件を引き起こした要因の1つであるなら、なおさら。

 

 

「道が違えば対話をする。道を踏み外した友に対しては時に拳を握ってでも止める。そうではありませんか? 2人とも」

 

「……まぁ、せやな。耳が痛いわ」

 

『ク、クマ……』

 

 

 どの道、芳澤かすみにとっては部外者である私達が行った所で、本音は引き出せないだろう。それが私情や私怨の類であればなおさら。

 で、あるならば明らかに執着を見せた雪雫本人に任せるのが良いだろう。

 

 

「さぁ、彼女は雪雫さんが相手してくれています。シャドウを掃討しつつ、私達はこの世界の核を探しましょう」

 

「と、言うてもなぁ。こんな瓦礫まみれじゃ探すにも……」

 

『手掛かりナシクマ?』

 

「いえ、そうとも限りません」

 

 

 天上楽土の頂上。刈り取るもの(死神)と対峙する少し前。

 足立透……の情報体は確かにこう言っていた。

 

 

 重要なのは上では無く下。

 

 

 確かに下にはこの空間があった。第7スタジオ「禍津稲羽市」。

 彼が示した、マップに存在しないスタジオ。

 

 しかし、ここがこの世界の根幹、という訳では無いだろう。

 そうであれば、あんなこと言う筈が無い。

 

 

「スタジオはさほど重要では無い。足立透の言葉を全て信じるのなら、ここよりさらに下に、スタジオ以外の別の空間があるという事になります。それも、このイセカイの根幹に関わる何かが」

 

「地下に別の空間って……。不思議の国でもあるんかいな」

 

「さぁ…。仮にそうだとしたら、まずはウサギさんを探すのが賢明でありますね」

 

 

 

 

 

 天城雪雫は知っている。

 身体の使い方を、本能的に知っている。

 

 バランス、呼吸、力の加減……自分の四肢をどのタイミングでどの様に動かせば、効率良く力を出力できるか。

 脳から身体へ、その行動を取るための命令が行き渡るそのタイムラグまで。

 

 言語化は出来ない。

 身体の構造を全て熟知している訳でも無い。

 

 しかし、本能的に彼女は知っている。

 そうでもなければ、誰よりもその小柄な身体で、誰よりも効率的に敵を殲滅出来る訳が無い。

 

 それを人は才能と呼ぶだろう。

 知識は無く、それを裏付ける経験も無い。ただ何となく分かるだけ。

 まさに神から授けられた天賦の才。

 

 

「すばっしこい……!」

 

 

 まるで漫画や映画で出てくる忍者やアサシンの類だ。

 目で追うのがやっと。それほどの速度を保持したまま、的確にこちらの隙を突いてくる。

 

 大鎌による薙ぎ払い。

 それを頭を下げて避ければ、次に飛んでくるのは、彼女の膝。勿論、避けて位置が低くなった顔面目掛けてだ。

 

 雪雫と私の身長の差は約30cm。

 こういう場合、彼女にとってその差は脅威以外の何ものでもないだろう。だって、どう足掻いた所でリーチの差は埋まらないのだから。

 

 だが、だからと言って雪雫がそれで怯む訳では無い。

 わざと大振りな攻撃を繰り出し、それを避けさせる事でリーチを詰める。そして追撃。 

 

 

「ホント、怖いよ、雪雫は!」

 

「………!」

 

 

 いざ戦闘となれば、容赦なく繰り出される攻撃の数々。

 加減、という言葉が何処かに行ってしまったのではないか。そう思わず考えてしまう様な猛攻。

 

 しかし、だからと言って喰らってやる訳では無い。

 

 

「っ!」

 

 

 顔面目掛けて飛んできた膝に、自身の肘を寸前で突き立てる。

 骨と骨のぶつかり合い。当然、身体に走る衝撃も半端無い。しかし、顔面にまともに喰らうよりは遥かにマシだ。

 

 

「アハ、素敵な顔!」

 

 

 苦痛で僅かに歪む雪雫の顔。

 現実世界では見る事の無い、本気の表情。

 素敵素敵素敵素敵。

 

 

「お返し!」

 

 

 勢いが止まった雪雫の身体を一蹴。

 丁度、お腹の部分に当たった彼女は、その衝撃のまま飛んでいって──と思ったら空中で姿勢を正し、宙返りの要領で地面に着地した。

 

 

「素敵。私が審査員だったら、今の満点あげちゃう」

 

「……ケホッ………どうも」

 

 

 軽く咳き込みながらも、まるで何事も無かった様に立ち上がる。

 なるほど、やけに手応え無いと思ったら、当たる寸前の所でガードしたらしい。大方、鎌の柄の部分を私のヒール部分に合わせたのだろう。

 

 

「厄介だなぁ」

 

「それはこっちの台詞」

 

 

 そう軽口を叩き合う2人の少女。

 その言葉とは裏腹に、それぞれの赤い瞳には容赦の色など、とうに消え失せていた。

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