PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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65:I can't lose yet.

 

 

 雪雫が積極的に距離を詰め、かすみがそれを見て対応する。

 それが基本的な構図だ。

 

 雪雫にとって、体格の差はどうしてもデメリットとして働く。故に彼女は攻め続ける。

 かすみが攻撃に回れば、じわじわと押されてしまうのは明白だから。

 加えて。

 

 

(かすみのペルソナがまだ見えていない)

 

 

 この状況においての最大の不確定要素。

 彼女がどんなペルソナを有し、どの様な能力を持っているか。

 それが判明するまで悠長に待っても居られない。かといって、それを恐れ手を緩めれば、そこが致命的な隙となる。

 

 だから、雪雫は攻め続けるしかない。

 

 

(最高…! 雪雫がこんなに積極的に……!)

 

 

 かすみにとって、今回の勝負の結果を急ぐ意味は無い。状況的には彼女が有利だからだ。

 

 かすみは知っている。雪雫がどんなペルソナを内に秘め、何が得意なのか。何故なら、この世界の行動をずっと監視していたから。

 加えて、仮に雪雫に負けたとて、この世界の仕組み自体が変わる事は無い。何なら、このまま戦いを引き延ばして()()を待つ手だってある。

 

 しかし、そうしない理由が彼女にもある。

 

 

(なら、私も答えないと……ねっ)

 

 

 それは雪雫の全ての意識がかすみに向いている事。

 かすみが思い描く世界に、この後に待っている日常に雪雫が居るのは当然の事。しかし、それは自身に屈服した雪雫であって今の敵対した彼女では無い。

 長年に渡って積もり、屈折したかすみの心は、それだけでは乾きは潤わないのだ。

 

 天城雪雫という少女を、全身全霊で、余すことなく、堪能したい。

 本能から溢れ出る欲が、今のかすみを動かしている。

 

 つまり、攻勢に出れないのではなく出ないだけ。

 

 芳澤かすみは知っている。

 身体の使い方を、経験則で知っている。

 

 自身の身体の可動域、限界、特徴、癖。

 どう動かせば、最大限パフォーマンス発揮できるか。

 その為の感情の、メンタルの制御まで。

 

 長年向き合ってきた自身の身体。蓄積された経験と知識。

 それが、彼女の身体能力の裏付けとなっている。

 

 そうでもなければ、雪雫の行動を見てから対応出来る訳がない。

 

 長年の経験と知識が、僅かに雪雫の才能の先を行っている。

 だからかすみは勝負を急がない。

 このまま続けても、自分が勝つのは明白だから。

 

 

(やっぱり───)

 

 

 しかし、それに気付かないほど、雪雫も甘くは無い。

 

 数にして、数十回目の攻防。

 丁度、振り下ろした鎌の刃がかすみのレイピアによって止められた時。

 

 彼女がチラリと上を向いてからレイピアを握る手の力を込めたのを見て、雪雫は確信した。

 ほんの数秒だけ、早く対応されている、と。

 

 

「どうしたの? ボーっとして」

 

「───っ!」

 

 

 雪雫に生まれた僅かな隙。

 拮抗していた刃の境界が、僅かに揺らいだその時、かすみは大鎌を弾き、そのまま雪雫を組み伏せる。

 

 弾かれた大鎌は綺麗に宙を回転し、2人から数メートル離れた地面に突き刺さった。

 

 

「凄いよね、ペルソナって」

 

 

 冷たい地面に顔を押し付けられた雪雫に、かすみの言葉が振りかかる。

 

 

「普通だったら大怪我するような攻撃もちょっと痛いだけ。ハハ、お陰様で今、私凄く楽しいよ。雪雫は?」

 

「……楽しくない」

 

「…そっか。私との初めて位、楽しんで欲しいんだけどな」

 

「───楽しい訳、ないよ」

 

 

 ギョロリと不気味な程に綺麗な金色の瞳が、かすみを射抜く。

 

 

「だってまだ、かすみのペルソナ()、引き出していないもの」

 

 

 雪雫が口角を上げたその時、かすみの身体に嫌な感覚が走る。

 全てを圧し潰してしまう様な重圧。いくつもの呪詛が折り重なった様な、重苦しい雰囲気。

 

 

(……まずいっ!)

 

 

 咄嗟に彼女の本能が警鐘を鳴らした。

 しかし、僅かに気付くのが遅い。

 

 確かにかすみの方が有利だろう。

 だがそれは、肉弾戦に限った話だ。

 

 経験に勝る知識なしと言う様に、2人には僅かな、しかしながら明確な差がある。それは先程の近接戦闘でも、そして───。

 

 

「──ペルソナ」

 

 

 ゆっくりと、雪雫の口がその名を告げる。

 霧の様な黒い何かが、2人の前に現れる。

 

 かすみに経験がある様に、雪雫にも経験がある。それはペルソナ使いとしての経験。

 

 

「アリス!」

 

 

 その名を告げた瞬間、2人の少女は黒い闇の中へ飲まれていった。

 

 

 

 

 

 

 かすみがペルソナ使いとしての経験が雪雫より無いのは事実だが、かといって致命的に遅れを取ってしまう程無い訳でも無い。

 初めてこの世界に訪れた時、ある程度は自身の力も試したことはあった。

 だから使い方も、弱点も彼女は理解している。

 しかし───。

 

 

「…はぁ、はっ………」

 

 

 初めてかすみの顔が明確に歪んだ。

 自身の胸を抑え、冷汗を流しながら荒い呼吸を繰り返している。

 

 

「やっと、出したね。ペルソナ(本音)

 

「…うるさい」

 

 

 何時もと変わらない涼しい声で、地面に突き刺さった得物を抜きながら淡々と語り掛ける。

 それが、かすみには堪らなく悔しかった。

 

 先程まで少女達を包んでいた闇はすっかり晴れ、空間を支配していた重苦しさもすっかり消えた。

 代わりに残っているのは僅かに濡れた地面と所々に散らばる氷塊、そして僅かに漂う冷気くらいか。

 

 

「出さざるをえない……。その状況を作ったのはそっちの方なのに。普通、自分ごと攻撃する?」

 

「そうでもしないと、出してくれなさそうだったから。──綺麗な()()だった」

 

「……っ」

 

 

 ペルソナは言わば、自分の心の写し鏡。

 その心の在り方で姿形は変化する。

 

 世界に、そして自分自身にすら嘘を吐いて「すみれ」として生きていこうと決めた「かすみ」にとって、自分のペルソナは忌むべき存在そのものだった。

 ───まるで弱い自分そのものだったから。

 

 それはかすみが捨てて来た姿だ。それはこれから創られる新しい世界には不要のモノだ。それは、天城雪雫が知らなくてもいい自分だ。

 しかし今、知られてしまった。

 

 雪雫が放った闇で見えなかった。なんて事は無いだろう。

 だって彼女は、この状況でわざわざ言葉を選んで言ったのだから「歌声」と。

 

 

「かすみに合わせて、さっきまではペルソナ出さなかったけど、もうやめた」

 

「……手加減してた、ってこと?」

 

 

 パンパンと、怪盗服に着いた土汚れを払いながら、せせら笑いを浮かべる雪雫。

 かすみの神経を逆撫でする様に。

 

 

「──だって、一方的な戦闘はケンカって言わないでしょ?」

 

 

 瞬間、雪雫に目掛けてレイピアの剣先が放たれた。頬を僅かに翳めるように、戦意を削ぐ目的で放たれたであろう、正確な突き。

 それを彼女は軽やかに受け流す。鎌の柄で凶刃を滑らせ、踊るような柔らかい動作で。

 

 

 虚空を突いたかすみはすぐさまに次の攻撃へ移る。自分の経験と知識を活かした、通常だったら反応出来る筈の無い……。

 

 

 

「ジャンヌ」

 

「っ!」

 

 

 ペコリと雪雫が頭を下げたと思えば、かすみ目掛けて飛んでくる巨大な旗。

 彼女に応じて現れたペルソナが放った攻撃は、見事にかすみの脇腹にめり込み、その勢いのまま彼女は吹き飛ばされる。

 辛うじてその形を保っていた民家に直撃し、轟音と共に瓦礫として突っ込んだかすみに降り注ぐ。

 

 そんな光景を見ながらも、雪雫は調子を崩さずゆっくりと口を開いた。

 

 

「言ったでしょう。ケンカをしに来たって。ただ暴力を振るえばいいってもんじゃない。私は私のまま、ここに来ている。ペルソナを出さない(嘘を吐いた)まま、勝てると思わないで」

 

 

 瓦礫に腰掛け、今も尚埋まっているかすみに向かって語り続ける。

 

 

「私が用あるのは芳澤かすみ。都合の良い様に思い描いた、芳澤すみれじゃない」

 

 

 返事は無い。

 しかし死んだ訳でも意識が無くなった訳でも無いだろう。

 ペルソナ使いというのは、ある程度戦えるように頑丈に出来ている。そうでも無ければ、怪盗団なんて命がいくらあっても足りはしない。

 

 

「……さっきから、黙って聞いていればさぁ…」

 

 

 かすみの声と共に、雪雫の頬をなぞる冷たい空気。手足の先から凍えそうな、喉を突き刺す様な冷気。

 

 

「遠い世界の存在が、知った様な口聞かないでよね」

 

 

 雪雫の目の前に、一本の光の柱が現れた。

 その出現に伴って、文字通り瓦礫の山が氷解していく。

 

 

(……ペルソナか)

 

 

 何も無くなった空間からのそりと、赤い髪を揺らしながら起き上がるかすみ。

 髪の隙間から垣間見える瞳からは明確な敵意と怒りの様子が伺えた。

 

 

「あの人以外に興味なんて無い癖に。私の事なんてどうでもいい癖に……! 今更、私の世界へ踏み込んでこないでよ!!!!!!!!」

 

 

 明確な拒絶が、歌となり、波となって雪雫に襲い掛かる。

 

 

「マーメイド!!!!」

 

『──────!』

 

 

 そう歌だ。

 先程も、アリスを出した時も聴こえた歌。

 

 明確な言語は無い。しかし、何か感じる部分はある。

 世界への嘆きを、己の呪詛を、新しき世界への祝福を。

 それらをかき混ぜて煮詰めた様な、そんな歌声。

 

 

「ペルソナ」

 

 

 襲い掛かる水と氷塊の波を、アリスが放った呪いが相殺していく。

 それでも尚、こちらの体温を奪う冷気が、かすみの意思の強さをまざまざと証明している。

 

 

「……もう、私も手加減しない」

 

「…………」

 

 

 次第に歌が止んでいき、それに伴って雪雫も防御を緩めていく。

 視界が晴れ、初めて明確にペルソナを引き連れている彼女の姿が明らかになった。

 

 

「ここまで分かり合えないなんて、正直思わなかった。……もう分かってもらう必要も無い。手足を捥いででも、私達のモノにする」

 

「……私達、か。出来はしない。貴女みたいな嘘吐き何かに」

 

 

 鋭い視線の先。

 かすみの背後に漂う人魚姫。

 

 美しい容姿、あどけない少女の姿。

 一見、普通の人間に見えるがその鱗を携えた太ももから先の尾と、手先のヒレが、彼女が人外だとこちらに訴えてくる。

 

 

 マーメイド。

 古くから世界各地で伝承が残り、それぞれの解釈が存在する空想上の生き物。

 童話においては悲劇のヒロイン。神話においては誘惑の魔物。そして、凶兆の象徴。

 

 いずれにおいても共通して語られるのはその美しい歌声。

 童話では王子の興味を惹き、神話ではそれを聴いた航海者を難破させる。

 

 人々を惑わし、新しい世界に惹き込もうとする彼女にピッタリの───。

 

 

「マーメイド!!!!」

 

「っ!」

 

 

 そうかすみが声を荒げた瞬間、雪雫の頭上に現れる光の輪。

 ヘイロー。天使が頭につけているような、神々しさの、祝福の象徴。

 

 

『────』

 

 

 それが雪雫の頭上にいくつも現れ続け、段々とその輝きを増していく。

 

 

「コウガオン!」

 

「まず──」

 

 

 それぞれの輪の中から、光が降り注ぐ。それはアリスが苦手とする祝福属性の魔法。眩い光の数々が、雪雫に向かって降り注ぐ。

 

 

「…ジャンヌ!」

 

 

 避けても避けても次々と現れるヘイロー。

 一撃一撃が必死の攻撃。

 このまま喰らってはひとたまりも無いだろう。

 

 そう判断した雪雫は、攻撃が途切れる一瞬の間に、アリスからジャンヌへペルソナを切り替える。

 

 お互いの弱点を補う様な性質を持つ2体のペルソナ。

 ジャンヌは降り注ぐ光を難なく弾いて───。

 

 

『────!』

 

「なっ……!?」

 

 

 瞬間、雪雫に向かって放たれた黒い塊。

 嘆きの声に乗せられた呪力は、確実に雪雫の身体を打ち抜いた。

 

 

「………くっ!」

 

 

 思わず身体が倒れそうになるも、何とか踏み止まった雪雫。

 朦朧とする意識の中、かすみを視線から外さない様、構え直す。

 しかし、彼女の追撃は止まらない。

 

 

「そう…らっ!」

 

「っうぅ…!」

 

 

 先程のお返しと言わんばかりに、かすみの回し蹴りが雪雫の脇腹へ。

 彼女の全体重を乗せた一撃。

 小柄な雪雫にとって、それは意識を刈り取るのに値する衝撃だ。

 

 ふと、視界が暗くなる。

 平衡感覚を失い、自分の身体が地面を転がっているのすら知覚出来無い。

 

 それでも。

 

 

「あー本当にいい気分。いつも澄ましてる雪雫が、私の手でこんなに表情を浮かべて───へぇ……」

 

 

 それでも、雪雫は立ち上がった。

 その細い首を必死に動かし、荒い呼吸を繰り返して。

 

 

「まだ、立つんだ。ペルソナの弱点突かれて、まともに蹴りも入れられたのに」

 

「………だって、ぁ…認める……訳には…」

 

「………………」

 

 

 朦朧としていた視界が、正常に戻っていく。

 荒かった息が、落ち着きを取り戻していく。

 打たれ強いジャンヌに切り替えていたのが功を為したのか、まだ身体は動く様だ。

 

 

「…さっきも……言った。貴女の、やっている事は、2人への冒涜…って!」

 

「何を偉そうに……」

 

「死んだすみれを生きてる事にして、代わりにかすみを死んだことにする、だっけ? ……ふざけるのも大概にして! 今まで歩いてきたすみれの軌跡を、これからのかすみの人生を、何だと思っているの!?」

 

 

 雪雫は叫ぶ。声を感情のまま荒げる。

 

 

「ならどうしろっていうの!? 思い通りにならない世界に嘆きながら生き続けろって? 楽な方に逃げる事の…何が悪いって言うのよ!?」

 

「その道は決して楽じゃない!!!」

 

「なっ……」

 

 

 かすみにとって、こんな雪雫は見た事無かった。

 いつも自然体で、感情の表現が下手糞で、何処か浮世離れした雪雫が、まるで等身大の人間の様な───

 

 

「いくら周りを上手に騙せても、自分自身を騙し続ける事は不可能。そんなの、人間が出来る事じゃない。嘘を吐くっていう行為は、自分の精神をすり減らす行為に等しい」

 

「…私は平気。だってその覚悟があるから──!」

 

「なら何で、あの時すみれと間違えた私に、かすみって訂正したの?」

 

「………それは…」

 

 

 雪雫が八十稲羽に帰って来た翌日。かすみと再会したあの時。

 確かに彼女は、すみれの名を口にした雪雫に、訂正した。

 自身の名を、僅かに動揺を見せながら。

 

 

「結局はそこが人の限界。嘘を吐くっていう行為の末路。貴女は、それを一生続けるつもりなの?」

 

「……………」

 

「友達として、そんな行為をさせる訳にはいかない。死んだ彼女の痕跡を、消す訳にはいかない」

 

 

 だから雪雫は、倒れる訳にはいかない。

 




実はマーメイドが雪雫のペルソナという没案があります

メガテンのマーメイド、可愛いよね
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