PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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6:Why would she…?

4月15日 金曜日 曇り

 

 

 一人の少女が、屋上に立っていた。

 

 

「…………」

 

 

 運が良ければ、苦しまずに死ねるほどの。運が悪ければ、もしかしたら苦痛を伴うかもしれない、高くも低くも無い絶妙な高さ。

 

 

「杏……」

 

 

 少女、鈴井志帆は唯一の親友である、心優しき少女の名前を小さく呟く。

 

 楽しい日々だった。

 特にこれと言った功績も残していないし、学園の中心に居た訳では無いが、それでも彼女と過ごす日々は穏やかなで、温かだった。

 

 しかし、その平穏な日々に影が差した。

 

 

「…もう、無理だよ……」

 

 

 湿気を含んだ生暖かい風が、彼女の黒髪と頬を撫でる。

 それが昨日の出来事を思い出させる。

 

 心残りが無い訳では無いが、それ以上にもう、疲れてしまった。嫌になってしまった。

 

 

「さよなら」

 

 

 少女は一歩。

 足場の無い空中へと足を踏み出し、重力に引かれて落ちていった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 校内に響くサイレンの音と、困惑する生徒の声。そして、時折聞こえるカメラのシャッター音。

 

 

「貴方達は教室に戻りなさい!」

 

 

 授業中にも関わらず、野次馬の如く取り囲む生徒達に対し、真は声を荒げる。

 そんな彼女の行為も意味をなさず、担架に乗せられる鈴井志帆を一目見ようと、野次馬は減るどころか増える始末。

 

 

「……………」

 

 

 そんな中、この場に一早く駆け付けた少女、天城雪雫は不機嫌そうに眉を顰めながら、担架の傍らに佇んでいた。

 丁度、生徒達から向けられたカメラの視線を遮る様に。

 

 

「志帆!!!」

 

 

 ガヤガヤと騒ぎ立てる生徒達の群れをこじ開けて、二つ結びの髪を揺らしながら彼女達の元へ一人の少女が駆けつけた。

 息を切らしながらも、悲痛に満ちた顔で鈴井志帆を見つめる高巻杏を、雪雫は一瞥し、小さく語り掛ける。

 

 

「友達?」

 

「………うん、凄く大切な」

 

 

 彼女が他の生徒と同じく、只の野次馬であれば、雪雫はこの場を退かなかっただろう。生きているとはいえ、一人の女子生徒が重体なのだ。無神経に騒ぎ立てるにしては、あまりにも事が大き過ぎる。

 しかし、そうでない事は、息を切らした少女の顔を見れば分かった。

 

 

「そう」

 

 

 雪雫は短く返事をし、鈴井志帆から一歩離れ、杏にその場所を譲る。

 

 

「……ごめん、私…もう………」

 

 

 杏の存在に気付いたのか、先程まで閉じられていた鈴井の目は開かれ、か細いながらも言葉を紡ぐ。

 

 

「受け入れ先は、ある?」

 

「栄都大学病院の病室が受け入れを――」

 

「っ! ……そう」

 

 

 病院の名前を聞いた時、一瞬だけ、片眉をピクリと動かしたものの、少しホッとした様子を見せる雪雫。

 

 

「教職員のどなたか御一人、来ていただけるとありがたいのですが……」

 

 

 救急隊員にそう言われ、雪雫は周りに集まった教員一人一人に目を配る。

 心配そうに、不安そうに、こちらの様子を見つめているも、ただそれだけ。

 教頭と校長はお互いの責任を押し付け合い、鈴井の顧問である筈の鴨志田は不在、川上の姿も見えない。

 

 

「………私が一緒に――――」

 

 

 大人達の押し付け合いに嫌気を感じつつ、口を開いた雪雫だったが。

 

 

「行きます!」

 

 

 その声は一人の少女、高巻杏に遮られた。

 

 

「………」

 

 

 一般生徒である彼女に、任せて良いものか。と一瞬考えたものの、鈴井志帆にとっても彼女が一緒に行った方が、精神的にも楽だろうと結論付けて、救急車に乗りこむ杏を見送る。

 何も出来なかった自分の不甲斐なさに唇を噛み占めながら。

 

 

 

 

同日

秀尽学園生徒会室

 

 

「………………」

 

「雪雫、手を止めない」

 

 

 納得いかないといった表情で、不機嫌そうに顔を顰める雪雫に、真は叱責を飛ばす。

 手元にあるのは、あの騒動の後、各学年の各クラスを対象に集計したアンケート。

 学校生活に不満は無いか、悩みは無いか、――――いじめは無いか。

 

 

「……どうして、真がやらなきゃいけないの?」

 

「どうして、って頼まれたからじゃない」

 

「…………」

 

 

 そう、頼まれた。

 生徒会として、生徒会長として、学内に起こっている問題の究明、解決に努める様に、と。他でもない校長に。

 

 

「……勿論、無視したくはない。……でも」

 

「…………雪雫が言いたい事は分かるわ」

 

 

 頼まれた、だけなら文句は無い。

 しかし、あろうことか校長は、頼むだけに飽き足らず、あくまでも一生徒の集まりである筈の生徒会に、その問題を全て押し付けた。

 口振りは丁寧だったが、内容を要約すると。

 

 私達は色々忙しくて対応出来ないから、良い報告を待っているよ、だ。

 

 

「やっぱり、納得いかない」

 

 

 文句を垂れつつも、止めていた手を動かして一枚一枚、漏れが無いように慎重に目を通す。

 

 

「―――ん」

 

 

 全て一人の生徒が書いたのではないか、と思ってしまう程、似通った回答が続く中で、とある一枚のプリントが雪雫の目に留まる。

 

 

 何でこんな大きな問題に気付かなかったの? 生徒会の意味無いじゃん。

 

 

 アンケートの一番下に設けられた自由記入欄。

 そこに書かれた一文。

 

 

「どうかした?」

 

「………何でもない」

 

 

 これを見つけたのが真じゃなくて良かった。

 そう思いながら雪雫は、そのアンケートを問題無しと判断した紙束に加える。

 生徒から寄せられた()()()()()()()を、一人胸中に仕舞い、雪雫は再び手を動かす。

 

 日が完全に暮れるまで、最終下校時刻のギリギリまで、二人は黙々と、心を曇らせたまま。二人は作業を続けた。

 

 

◇◇◇

 

 

4月16日 土曜日 晴れ

 

 

「ここは内科は内科でも、心療内科では無いんだけど……」

 

「患者のメンタル面を支えるのも、医者の仕事」

 

「今回のは貴女の病気と何の関係も無いじゃない」

 

 

 日も傾き始め、目を顰めてしまうほどの眩しい夕日が差す時間帯。

 四軒茶屋にひっそりと佇む、武見内科医院の診察室で。女医と患者は軽口を飛ばし合っていた。

 

 

「はい、ハーブティー。飲めるわよね?」

 

「ん。ありがと」

 

 

 今日も今日とて、人っ子一人訪れる事の無かった武見内科医院に、フラッっと来客が。

 学校帰りの雪雫である。

 

 何時も通りに診察室へと通し、何時も通りにカルテを取り出した武見だったが、雪雫の目的が診察では無い事に気付く。

 珍しく疲れた様子を見せる彼女に、どうかしたか、と聞いた所、少女の口から紡がれたのは、昨日の学校での出来事だった。

 

 

「……人に甘えたいなら、もっと適任が居たでしょうに。ほら、あの子……、りせちーだっけ?」

 

「りせは今日、来ない」

 

「じゃあ、貴女のお姉さん」

 

「……心配、掛けたくない」

 

「それで私って……、人脈少なすぎない?」

 

 

 彼女が特に用も無く、ここに訪れる時は相場が決まっている。

 寂しい時か、疲れている時だ。

 

 天城雪雫は普段の様子からは想像出来ない程、甘えたがりだ。

 彼女との距離が近ければ近いほど、その人物に対してそれは発揮される。

 

 普段、彼女の傍には久慈川りせが居る為、その気持ちが他の者に向く事はそうそう無いだろうが、今日はその限りでは無いらしい。

 案外、面倒くさい少女なのだ。

 

 

「こう見えて、私も暇な訳じゃ―――」

 

 

 診察室の壁の向こう側。

 つまりは待合室の方から、来客を知らせる音が響く。

 

 

「ほら」

 

「……タイミング、悪い」

 

「どうする? 裏で待っていても良いけど」

 

「ううん、帰る。迷惑は掛けられない」

 

 

 ハーブティー、ごちそうさま。と呟き、自身の荷物を纏めて、脱いでいたブレザーに腕を通す。

 

 

「お大事に。あまり、思い詰めないでよね」

 

 

 そう言いながら診察室の扉を手を掛けて、見送るように待っている武見の前を通り過ぎ、待合室へ一歩足を踏み出した時。

 

 

「あ……」

 

「ん……」

 

 

 見知った顔が見えて、雪雫は思わず足を止めた。

 待合室で待ちぼうけを食らっていたのは、彼女と同じ様に学校帰りの雨宮蓮。

 

 今後に控える戦いに備える為、怪しい薬を売っているという噂の武見の元に訪れたのだが、雪雫はそんな事知る由も無い。

 

 

「ハイハイ。狭いんだからそんな所で足を止めないの」

 

 

 ドアの前で立ち止まる雪雫の背中を押して、武見も診察室から出てくる。

 

 

「ビックバンバーガーの……」

 

「天城、さん」

 

 

 なんでこんな所に。

 二人の頭の中には純粋な疑問が浮かんでいた。

 

 

「何? 知り合い?」

 

「学校の、先輩?」

 

「何で疑問形なのよ……」

 

 

 はぁ、と溜息を吐きながら、武見は観察する様に、品定めする様に、彼の足から頭まで、視線をゆっくりと動かす。

 

 

「天城さん、何処か悪いのか?」

 

「……遊びに来ただけ」

 

「遊び半分で病院に来るの止めなさい」

 

 

 持っていたバインダーで軽く雪雫の頭を叩く武見を見て、蓮は仲が良いのだろうか。とぼんやり考える。

 

 

「…先、輩……、はどうしてここに?」

 

「えっと…、薬が欲しくて……」

 

 

 釈然としない蓮の言い方に、小首を傾げる雪雫の後ろで、武見は興味深そうに彼を見つめる。

 

 

(薬、ねぇ……)

 

 

 少年の言う薬。

 果たして普通のモノか。それともオリジナルか。

 どっちにしろ、診察室に通せば分かるだろう。

 

 

「ほら雪雫。早く帰りなさい。話はまた聞いてあげるから」

 

「………ん」

 

 

 彼の様子を見るに普通の要件では無さそうだと判断した武見は、雪雫に帰るように促す。

 単純に診察の邪魔だったか、それともトラブルに巻き込みたくなかったからか。

 本心は本人にしか分からない。

 

 兎も角、雪雫は言われるがまま、少し寂しそうな表情をして、診療所を後にした。

 

 

「彼女は――――」

 

「昔、ちょっと縁があってね。……そんな事より、訳ありでしょ。診察室へどうぞ」

 

 

 武見に案内されるまま、蓮は診察室へと足を踏み入れる。

 今後、何度もお世話になるであろう、見た目だけは普通の診察室の、取引現場へ。

 

 

 

 

 一人で住むのにはだだっ広いリビング。

 四人が並んで座ってもまだスペースが残るほどの大きなソファ。

 60インチのテレビの光だけが照らす暗がりの中、ソファに座った雪雫はぼんやりと映し出された映画を観ていた。

 

 りせが居れば、一緒に映画を楽しむ事も出来たのだが、生憎今日は仕事。

 配信やゲームをする気分でも無かった為、何となく好きな映画を再生してみたものの、雪雫の気分は晴れない様子だ。

 

 

「………自殺、未遂…」

 

 

 屋上から飛び降りたであろう鈴井志帆の、担架に乗せられた時の様子がフラッシュバックする。

 ()()()幸いにも命がある。前と違って、死んでいる訳では無い。

 しかし。

 

 担架に人を乗せ、救急車に運ぶ姿が、記憶にある光景と全く一緒だった。

 今から五年程前の、故郷で起きた凄惨な事件。

 

 僅かに身体を震わし、羽織っているワイシャツをさらに身体に寄せる。

 りせが部屋着代わりに着用しているものだ。

 

 僅かに残るりせの香りに包まれて、落ち着きを取り戻した雪雫は、映画を眺めながら、その身体をソファへと倒す。

 

 

「寂しいな」

 

 

 少女の呟きは、映画の音に掻き消され、誰にも届く事は無かった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 時刻は皆が寝静まった丑三つ時。

 タクシーを降り、久慈川りせは慣れた手付きで鍵を取り出し、マンションのエントランスへと踏み入れる。

 

 渋谷駅から少し離れた、出来たばかりの賃貸マンション。

 雪雫が東京に出てくる際、彼女の家として、りせの名義で借りた、一般的には高級と言われるマンションだ。

 

 雪雫が住むのは五階の角部屋。

 あまり高い所が得意じゃない雪雫にとっては、その位の高さが丁度良いらしい。

 

 

「流石に寝てるよねぇ…」

 

 

 時間も時間なので、このまま自宅へ帰っても良かったのだが、何となく雪雫の様子が気になり、足を運んだ次第だ。

 

 

「お邪魔しまーす……」

 

 

 鍵を回し、ゆっくりとドアを開く。

 家の中は殆ど真っ暗で、照らすのは廊下を僅かに照らすフッドライトのみ。

 

 足音を立てないようにゆっくりと廊下を進み、寝室の扉を開ける、が。

 

 

「あれ? いない……」

 

 

 僅かに見えるベッドの上の布団には、人が居るような膨らみは無い。

 静かに扉を閉めて、りせは廊下を進む。

 

 雪雫の作業部屋、客室、トイレ、バスルーム。

 いくつかの扉を通り過ぎ、リビングへ続く扉に手を掛ける。

 

 そこまで近づいて、リビングから僅かに音が聞こえる事に気付いた。

 

 

「雪ちゃん、起きてる……?」

 

 

 そっと扉を開いて最初に目に入ったのは、映画が垂れ流されているテレビ。

 雪雫が好きな、中年男性のチームがお化けを退治するといった内容の、少し昔の洋画。

 

 

「雪雫?」

 

 

 しかし、ここからでは雪雫の様子は見えない。

 この時間に一人で出掛けるという危ない事はしないだろう。だとするならば――。

 

 りせは確信した様子で、ダイニングテーブルの上に鞄を置き、テレビの前のソファを覗き込む。

 

 

「嘘――――」

 

 

 そこには予想通り、雪雫が居た。

 皺が出来てしまう程、ワイシャツを握りしめて、子猫の様に丸まって、眠っていた。

 

 

「可愛すぎる……」

 

 

 年相応のあどけない寝顔。

 ソファの上に散らばった綺麗な白髪。

 そして、縋る様に握り締めている自身のワイシャツ。

 

 

「え、えー? こんな光景見たら、仕事帰りのお姉さんでも元気になっちゃうぅ……。雪雫は私をどうしたいのかな、これってOKってこと?」

 

 

 可愛らしい光景に悶えるりせは、「あ、そうだ」と思い付いたようにスマホを取り出してカメラを向ける。

 

 

「取り敢えず、良いよね…。自慢するくらい、許してくれるよね……」

 

 

 最近のスマホのカメラは便利なモノで、ほんのわずかな光源だけでも綺麗に写真が撮れる。

 テレビから漏れ出る光に照らされている姿をカメラに収め、口角を上げた。

 

 

「またコレクション、増えちゃったなぁ♪ さて―――」

 

 

 思わぬ収穫をフォルダに仕舞ったら、後を残すのはこの可愛い生き物。

 据え膳食わぬは女の恥……。

 少し違うが、割と寛容になってきた今の時代。言葉を変えても問題は無いだろう。

 

 とうとう、踏み越えるか。法律を。

 僅かに震える手を伸ばし、寝ている雪雫に触れた時に、りせは気付いた。

 その頬に、涙が乾いた跡がある事に。

 

 

「………ずるいなぁ」

 

 

 ふつふつと心の底から湧いていた気持ちはすっかり身を潜め、彼女の顔には微笑みだけが残される。

 起こさない様にそっと、膝裏と背中に回し、雪雫を横抱きにする。

 所謂、お姫様抱っこだ。

 

 

「朝まで私の抱き枕決定だからね。雪ちゃん」

 

 

 彼女の首を撫でながら、りせは静かに寝室へと向かう。

 明日は日曜日で雪雫に学校は無い。りせも珍しく、何の予定も入れてない日だ。

 二人の時間を邪魔する要素は、何一つ存在しない。

 翌朝、完全に日が昇るまで、二人の少女は抱き合ったまま、目を覚ます事はなかった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 すやすやとワイシャツを握りしめながら丸まって寝ている写真がSNSにアップされ、大きな反響を呼ぶのは、また別のお話。




15日の出来事。

杏がペルソナ能力に目覚めた!
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