PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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66:Welcome back.

 

 

『────』

 

 

 名を呼べば応じてくれる私のペルソナ。遠い世界を夢見て歌い続けた悲しき乙女。

 そんな少女の歌声が、響く。

 

 

『────』

 

 

 目に見えない旋律はやがて魔力の塊となり、雪雫に向かっていく。 

 

 時には、全てを拒絶する絶対零度の氷として。

 時には、全てを惑わせる深淵の闇として。

 時には、全てを祝福する輝かしい光として。

 

 

『────』

 

 

 雪雫のペルソナの事は聞いている。そして実際にその目でも確認した。

 

 ジャンヌ・ダルクは光に強いが闇には弱い。

 その一方でアリスは闇に強いが光には弱い。

 

 それならば、雪雫のタイミングに合わせて、私はそれらを使い分ければ良い。

 そういった意味では、私のペルソナは彼女に対して相性が良いのだろう。冷たい海に潜む悪魔であり、凶兆の象徴であると同時に瑞兆の象徴。様々な側面を持つ彼女らしい特性だろう。

 一長一短の雪雫の力に対しては、私の方が確実に有利───

 

 

(──のはずなのに……!)

 

 

 足を絡めとる氷海は、彼女の姿すら捉える事が出来ず。

 光を飲み込む暗黒は、彼女を惑わせる事は叶わず。

 暗闇を照らす祝福は、彼女の耳には届かず。

 

 力の塊ごと大鎌で両断され、時にはその手で弾かれ、果てにはその四肢の先にすら触れることすら出来なくなった。

 

 

「捉えた」

 

 

 いつの間にかに眼下に迫った雪雫を前に、僅かに足が後退する。

 

 

「……何で…!?」

 

 

 おかしい。おかしいおかしいおかしいおかしい。

 さっきまでは、本当にものの数分前までは、こんな事は無かった筈だ。

 

 確かにペルソナ使いとしての経験は劣る。

 しかし、それだけだ。

 

 身体の反射は私が上。ペルソナの切り替えにどうしてもラグが発生する以上、一手余分に行動出来るのも私。

 1つ1つは対応されたとしても、組み合わせさえすれば、必ず何処かに綻びが、隙があった。

 そこを確実に突けば、その隙さえ見落とさなければ……!

 

 

 鋭利な刃物が、鈍い輝きを携えてこちらに顔を向けた。

 下から上へ向けた、逆袈裟斬り。

 

 

「っ」

 

 

 咄嗟に私はレイピアを雪雫に穿った。

 加減など考える余裕も無い。彼女の顔を狙った、正確無比な剣先。

 

 別に雪雫を殺そうとか、そういうのじゃない。

 ただ、このまま突っ込めば、無事では済まないぞ。という警告だ。

 

 彼女の反射神経なら。これを見てから後退する位は容易だろう。

 また、距離を開けてくれるだろう。

 そんな確信を持った行動だった。

 

 しかし、私の予想は大きく外れる事となる。

 

 

「甘いよ」

 

 

 瞬間、雪雫は身を翻す。

 レイピアの剣先は雪雫の顔では無く、彼女の白い後ろ髪を掠め、彼女はレイピアを一瞥する事無く、私の顔に手を伸ばす。

 

 

「マーメイド!」

 

 

 眼前に迫った小さな手、しかし大きさ以上の脅威がそれにはあった。

 だから、私は咄嗟に自身のペルソナを呼ぶ。物理攻撃が得意な部類では無いが、それでも足止めにはなるだろうと。

 

 呼ばれた彼女はすぐさま自身の尾を雪雫に向かって振り下ろす。私に伸ばされた細腕に向かって。

 

 

「だから甘いって!」

 

 

 だがそれも突如現れた聖女に阻まれる。

 十二分の余裕を持って対応出来ていた筈の私が、後手に回っている。

 

 

「アリス!」

 

 

 役目を終えた聖女が消え、再び現れたのは金髪の少女。

 それがひとたび指を振るえば、雪雫の手の平に、私の目の前に、現れる呪力の塊。

 つまり、零距離での呪怨属性の攻撃。

 

 

(……やば)

 

 

 そう思った時にはすでに遅し。

 そのまま放たれた魔法は、見事に私を捉えてそのまま吹き飛ばす。

 しかし、致命傷では無い。まだ、私は戦える。

 

 自由が効かない空中で、受け身を取れる位には身体は動く。

 

 

「……あぁ、もう!」

 

 

 着地のタイミングに生まれる僅かな隙。

 それを見逃すまいと言わんばかりの追撃が、さらにかすみを追い詰める。

 防ごうとしても、避けようとしても、そのタイミングを僅かにずらされ、テンポを掴めない。

 

 

「あは、」

 

 

 じわじわと押されていく中、かすみは悟った。

 やはり雪雫は特別だと。

 

 戦闘開始時点では、確かにかすみが有利だった。彼女の経験が、雪雫のセンスを上回っていた。

 だがこうして攻められ続けている現在、その構図は最早成り立っていない。

 

 人は学習する。

 失敗を次の機会へ活かそうと、自分自身へ経験としてフィードバックし、アップデートを重ねる生き物である。

 

 つまり単純な話だ。

 雪雫が人間である以上、当たり前にある機能。

 ただ単に、そのアップデートが早いだけ。

 かすみの長年の経験を上回る程の速度で、刃が交わる度に繰り返されている。

 

 

「アハハハハハハ!」

 

 

 それはまさしく天才と言うべきだろう。

 たった数十分の積み重ねで、10年以上の経験をひっくり返されるのなら、もう笑うしかない。

 

 

(違う、何もかも違う)

 

 

 住む世界が違う。見えている景色が違う。流れている時間が違う。

 私と彼女の間には絶対的な壁がある。

 どうしようもなく、隔絶している。

 

 そんな雪雫だから、かすみは惹かれた。

 そんな雪雫だから、分かり合えなかった。

 

 貴女が凡人だったのなら、どんなに良かった事だろう。

 

 そう、何度思った事か。

 

 

「やっぱり───」

 

 

 それはかすみにとってすれば、雪雫を象徴する言葉。

 赤い少女と白い少女、それぞれの世界の境界線として、聳え立つ壁そのもの。

 

 

「やっぱり、貴女は特別だよ! 雪雫!!!!」

 

 

 憧れにも似た執着。もしくは嫌悪。

 かすみから初めて、その言葉が雪雫に向けられた。

 長年積み重ねてきた、積もりに積もった愛憎。

 

 

「─────私は」

 

 

 雪雫の頭の中で、特別という言葉が反響する。

 それは少女にとって、到底許される言葉では無かった。

 

 少女はずっと隔絶された世界の住人だった。

 生まれ持った身体が、育った環境が、取り巻く人間関係が、そうさせた。

 

 しかし今思い返せば、隔絶世界での生活はそう長く無かった。

 最も大きい要因は、やはり様々な人との出会い。

 久慈川りせ、武見妙、鳴上悠、エトセトラエトセトラ。彼らは雪雫を特別扱いなどしない。等身大の、同じ人間として接してくれる。

 ───勿論そこにはあの姉妹も含まれている。

 

 それが雪雫にとって堪らなく居心地が良かったのだ。彼女にとって、それは手放せない矜持そのものだ。

 だから、かすみの放った言葉は、雪雫にとって決して受け入れられるものでは無い。

 

 芳澤かすみの口から、語られていい言葉では無い。

 

 

「私は特別なんかじゃない!!!!」

 

 

 その時、吹き荒れる強風がかすみの身体を煽る。両足で立つのがやっとな程の疾風。

 雪雫の感情の昂りに呼応して、今も尚、彼女を中心に吹き荒れる。

 いや、正確には、彼女の後ろに佇む少女の姿をした魔人だろう。

 

 

「特別じゃない。私も、かすみも。特別なんて言葉、簡単に言っていいものじゃない……!」

 

 

 彼女が言葉を発する度に、重々しく両肩にかかるプレッシャー。

 それは次第に目に見える形で、黒い稲妻として雪雫とアリスを取り囲む。

 

 

「遠くへ行っちゃったのはかすみの方。言葉一つで物事を簡単に片づけないで。私から2人との思い出(かすみとすみれ)を奪わないで……!」

 

「………!」

 

 

 雪雫の赤い瞳から、涙が零れ落ちる。

 瞬間、彼女達を中心に影が伸びる。光さえも飲み込んでしまう様な漆黒。特別を嫌悪する、雪雫の感情を表した様な漆黒。

 それはじわじわと広がり、やがて町の一角を飲み込んだ。

 

 

「それでもかすみが特別に縋るのなら、私はそれを否定する。そんな境界線、引く必要は無い。だって──私達は友達でしょう」

 

 

 地面が揺れる。

 押しかかる重圧によって、瓦礫が塵と化していく。

 辛うじて形を保っていた家屋が音も無く崩れていく。

 

 

「そんな当たり前の事を、私達を隔絶する世界なんて───死ね」

 

 

 積み重なった呪言が、魔人の指先から放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみれの気持ちに、私は応えられない」

 

 

 とある日の放課後。

 彼女がいつも居る教室の隅。

 雪雫は僅かに眉を下げながら、そう言った。

 

 

「────そう、だよね」

 

 

 分かっていた事だった。

 だって雪雫には雪雫の好きな人が居るから。自覚があるかは分からない。しかし久慈川りせと一緒に居る時の雪雫の表情を見れば誰だって分かる。

 

 しかし分かっていた事ではあるものの、こうして面と向かって言われるのは流石に来るものがある。

 必死に堪えようとしても、涙が思わず湧き上がってしまう。

 ダメだ、こんなの。優しい雪雫を困らせるだけだ。

 

 

「…………ん」

 

 

 雪雫は何も言わず、ハンカチを私に差し出す。

 ごめんなさい。とか言わない辺り、やはり彼女は優しいのだろう。

 

 当然の事だ。

 だって自身の本心のまま、等身大の雪雫のまま向き合ってくれた結果なのだから。

 それで謝罪でもあったりしたら、私に諦めが付かなくなってしまう。まだ一縷の望みはあるのではないかと、勘違いしてしまう。

 

 彼女の在り方は何処までも優しく、そして残酷なのだ。

 

 

「…ありがとう」

 

 

 だからこのハンカチは決して特別な意味を持たない。

 雪雫がそうしたいから、しただけの行為。

 これを私は、特別なんて思ってはいけない。

 

 

「……………」

 

 

 雪雫は多くを語らない。

 私が落ち着くまで、ただ当たり前にそこに居るだけだ。

 

 きっとこの後、何時も通りに一緒に帰る事になるだろう。

 明日以降、何事も無かった様に、些細な日常で盛り上がるのだろう。

 

 だって雪雫は雪雫のまま、私に向き合った。

 私は私のまま、彼女に想いを打ち明けた。

 その間に色眼鏡など無く、意志の相違も無い。

 

 ただただ残酷なまでに平等なだけだ。

 それだけ、雪雫が久慈川りせに向ける感情が大きく、大切なものだと。

 そういうことだろう。

 

 で、あるならば、この恋にも諦めが付く。

 全力を出して、持てるものを全て尽くして負けた後の試合の様に、清々しい気分にすらなる。

 

 そういった意味では、私と雪雫の関係は一歩進んだと言える。

 彼女への好意をひた隠しにして過ごしてきた今までよりも、これからの方がよりありのままの自分として向き合っていけるだろう。

 そこには一切の淀みは無く、邪念も無い。

 

 正しい友人として、彼女の傍に居る事が出来る。

 

 

「……帰ろっか!」

 

「ん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ましてまず目に入ったのは、真っ赤な空だった。

 鮮血を水に垂らし、薄めたような赤い空。

 

 

「起きた」

 

 

 耳に届く心地良い鈴の音。

 手前に焦点を当てれば、こちらを見下ろす赤い瞳。

 

 

「………雪、雫…」

 

「ん」

 

 

 背中や腰から伝わる冷たくて硬い感触に対して、後頭部から感じる少し低めの体温と人肌の感触。

 所謂、膝枕というやつだ。

 

 きっと、こんな状態で無ければ、私は卒倒していた事だろう。

 

 

「………私は、生きて…」

 

 

 最後に意識があった時に感じた重圧。

 まさに一撃必死の、喰らえばそのまま死んでしまいそうな程の攻撃に感じた。

 だから、生きている事が不思議だった。

 

 ありのままの感想を言えば、雪雫は不服そうに眉を顰める。

 

 

「…む、あんなの、人に向けて放つ訳ない」

 

 

 そう言われ、周りに目を向ければ、倒壊した町がより悲惨な状況になっていた。

 町として形が残っていた部分は瓦礫へ、瓦礫だったものは塵へ。

 今私達がこうしているこの場所も、最早元の形など見る影も無い。

 

 

「……ここ、私の席。懐かしい」

 

 

 雪雫がふと、地面に転がっている拉げたパイプを手に取ってそう言った。

 一瞬、彼女が何を言っているか理解するのに時間を要したが、すぐに私も合点がいった。

 

 ああ、そうか。

 あの聖域は──

 

 

「壊れ、ちゃったか」

 

 

 他でも無い、彼女自身の手で。

 

 

「………壊れないものなんて無い。変わらないもの何て、無い。あれがかすみの執着の証なら、壊れて良かった」

 

「……ひっど。それが傷心した友達に言う言葉?」

 

 

 

 雪雫の物言いに、思わず笑ってしまう。

 それは単に、私に逃げるなと、現実に向き合えと言っているに等しい。

 ちょっとは優しくしようとか、思わないものか。

 

 

「うん。だって、それを壊す為に戦ったんだもん」

 

「……………そうね」

 

 

 回復してくれたのか、それとも手加減してくれていたのか。

 僅かに痛みを感じるものの、動けない程では無い。

 そんな身体を起こし、溜息を1つ。

 

 負けた。

 完膚無きままに。

 経験でも勝てず、ペルソナを引き出しても勝てず、それでいてこちらを労わる余裕すら雪雫にはあるのだから、完敗としか言いようが無い。

 

 しかし、何処か清々しい。 

 どうしようもなく手が届かなかったのに、どうしようもなく分かり合えなかったのに。

 今ではその結果が、ストンと胸に落ちる。正に溜飲が下がるというものだ。

 

 

「………これから、どうするべき──わっ!?」

 

 

 どうするべきだろうか。そう独り言を呟こうとした途端、雪雫に抱きしめられた。

 いや体格差的には、抱きしめられたというより、飛びついてきた、が言葉として正しいか。

 

 兎に角、彼女の白い髪が頬を撫で、ふわりと柔らかい香りが鼻腔を擽り、その低めの心地良い体温が私へ伝わる。

 

 

「……良かった…本当に。私の友達ようやく会えた………!」

 

「……うん」

 

 

 雪雫は心底安心しきったような声音で囁く。

 何度も何度も、私の名前を呼んでは、その拘束を強めていく。

 

 私の願いは聞き届けられることは無かった。

 「私の友達」という言葉からも分かる様に、雪雫が私の好意に応える事も無いだろう。

 

 それだと言うのに、私の心の重荷は嘘みたいに軽くなり、渦巻いていた激情も霧散した様に感じる。

 

 

「……ははっ」

 

 

 これはもう笑うしか無いだろう。

 結局、私に足りなかったのは、私達に必要だったのは、こういう本音でぶつかる場だったのだ。

 

 

 

「──────」

 

 

 温かく小さい背中に腕を回し、ただいまと一言呟いた。


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