PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
延々と続く坂を下りに下り、辿り着いたその終着。
何か罠でもあるのかと警戒を怠らなかった一同だったが、結果的にはそれは杞憂に終わった。
数百、数千、数万……無数の鳥居をくぐり抜けた先にある開けた空間。
その中央に男は居た。
「なんや拍子抜けやなぁ。ここまであっさり来れたで?」
ラビリスが男に向かって挑発する様に口を開いた。
対して男はそれに乗る事も無く穏やかに微笑む。
「言っただろう、考えて欲しいと。戦う必要なんてない。その証拠に道中、シャドウに襲われなかっただろう? 僕はただ理解して欲しかったんだ。僕が行おうとしている事を。新しき世界への行く末を」
「それであの記憶ですか。貴女が留美なる女性を想い、そして絶望した……。同情を引こうとでも?」
「…まさか。僕はそこまで狡猾じゃないし、図々しくもない。ただ、バックボーンを知って貰っている方がこれから話す内容に説得力を持たせられると思ってね。……さて、僕の目的は言うまでもない。楽園の創造だ。人々から苦痛を取り除き、それぞれが理想の生活を、想い想いの人生を謳歌出来る、そんな世界」
恍惚とした表情で空を仰ぎ、両手を掲げる丸喜。
「留美は僕の恋人だった女性だ。明るくて家族想いのいい子でね。大分振り回されたけど……楽しかったよ、凄くね。……でも、そんな楽しい日々も永遠じゃなかった。彼女の家族が殺された。犯人は何でも無い押し込み強盗さ。生活に困り、金目当てで襲ったらしい。理不尽だよ。あんなに明るくていい子だったのに……。その事件以来、留美は塞ぎ込んでしまった。全てから心を閉ざし、生きているのに死んでいる様な……言葉は乱暴だが、数年前にあった廃人化みたいに。まぁ、それも無理も無い、大好きな家族をいっぺんに失ったんだ。それを見て僕は誓ったんだ」
留美の様な被害者が生まれないようにしようと。
「既に認知世界、というのが在る事は薄々分かっていた。そこに触れる事が出来れば、その世界の主の認知を変化させる事も出来ることも。……結局、科学的な証明は出来無いままだったけどね。しかし望みはあったんだ。研究を続け、それが叶えば」
「犯罪者の認知を改変して、その犯罪性そのものを無くすことが出来る」
「そう正しく、雪雫さんの言う通り。さらに突き詰めれば、留美の見ている世界も変える事が可能かもしれない。一心不乱だった。何日も研究室に籠り、論文を何回も書いては捨て……。次第にそうしているうちに幸いにも興味を示すものも現れた。それは桐条の研究チームであったり、精神科の先生であったり、色々とね。多額の援助金の話も持ちかけられ、研究の躍進も見込めた。そんな時期だ、留美の家族を殺した犯人が逮捕されたのは」
一度どん底を味わった者にとって、転機というのは蕩ける様に甘い出来事だ。
当然、丸喜とて例外では無い。
「喜びで打ち震えたさ。だって長年の努力が報われる寸前だったのだから。当然、病室の彼女にも報告した。研究が進みそうなこと、鼻で笑われていた認知訶学が認められた事。そして、犯人が捕まった事」
「……ですが、留美さんは」
「我ながら浅はかだったよ。事件が切っ掛けで塞ぎ込んだ彼女に、あろうことに事件の話をしてしまうなんて。……知っての通り彼女は取り乱した。恋人である筈の僕にすら恐怖を抱き、暴れに暴れて。その時、僕は理解したよ。彼女にとって、過去の人間との繋がりは只の足枷に過ぎないって」
そんな時だった、彼の声が聞こえたのは。
「…彼?」
「留美を見て心が折れそうだった僕に……、ああ今思えばある種の防衛本能だったのかもしれないね。君達の言葉で言う所のペルソナ能力さ。彼には特別な力がある様でね。人の認知に介入出来る、言うならば改変出来る能力を宿しているんだ。僕はその能力を便宜上、曲解と呼んでいるよ」
「…認知世界への介入を強く望んだ貴方の意思の表れ……でしょうか」
「そうかもしれないね。まぁ最初は半信半疑だったさ。でもその認識もすぐに改める事になった。」
「まさか、アンタ……」
「ああ、使ったよ。その改変能力を。過去に蝕まれ苦しんでいた留美にね。家族は初めから存在せず、僕と言う恋人も、事件に繋がる彼女の記憶を全て捻じ曲げた。するとどうだろう、彼女は元の朗らかな素敵な女性へ元通りさ。……僕の事はもう覚えていないけどね。しかし僕はそれで良かったんだ。彼女が幸せなら、それで」
その後の人生は割と単調だ。
再び研究に戻ったものの、急にそれを中断する様に言われ、援助も打ち切られた。
それでも諦めきれない僕は、こうしてカウンセラーとして働きつつ、細々と個人で出来る範囲で研究を続けている。
「そして───」
「そして、私は先生に会った」
「そう、始めはかすみさんのご両親からの紹介だった。妹を失い塞ぎ込んでしまった娘を助けて欲しい、と。彼女と関わっていく中で理解したよ。妹さんへの強いコンプレックス、雪雫さんへの執着心。それらが拗れに拗れ、苦しんでいる事を」
「初めは先生のカウンセリングを受けながら日々の生活を送っていた。でも、それだけじゃダメだった。学校生活は満足に送れず、大会の成績も悪くなる一方。だから先生は私に言ってくれた。実家に帰って一度ゆっくり休んでみても良いんじゃないかって」
それが今年の春の出来事。
「そうと決まれば僕はすぐに八十稲羽に向かった。所謂下見だね。彼女が穏やかに、何の不安にも晒されずに療養出来るか。そうして街で過ごしているうちに気付いたんだ、とある世界の存在に」
「八十稲羽の裏側、もう1つの世界。即ちこのマヨナカテレビ局、ですね」
「最も気付いたのは彼、だけどね。最初は疑問だったよ。渋谷の……メメントス、と言っていたかな? その世界があるのは知っていた。当然、彼が感じ取っていた。しかし介入しようにも出来なかった。何時も何かに邪魔されてしまうんだ。だから疑問に思ったんだ。何故この片田舎に独立した意思の集合体が存在するのか。そしてそれが何故
「……それで? 偉そうに玉座に踏ん反り返っている割には、随分のんびりしてたみたいやけどな」
「はは、耳が痛いよ。そう色々下準備が必要だったからね。最初に異世界に踏み入れた時、今のようにテレビ局が建っている訳でも無く、ただの何もない空間だった。あるのは微かに感じるこの町の住人の意思。だから僕はまずそれを紐解いた。その過程で知ったのが、君達の様な他のペルソナ使い、そしてシャドウワーカー。特にシャドウワーカーの存在は脅威だった。幾度と無く異変に立ち向かい、解決してきた特殊部隊。当然、僕の障害になると考えた。だから、まずは敵対勢力の排除に努めた。集合無意識からの影響を受けない……言わば確立した自我を持つ終えるペルソナ使い達の侵入を、そしてこの町から追い出す為に現実世界とイセカイの境界線を曖昧にした」
「……なるほど。現実世界を異界化させてしまえば、それは貴方の支配下に置かれるのと同義。ペルソナ使い達に貴方の世界に滞在する資格を与えなかった」
『ク、クマ? つまり?』
「イセカイナビを持っていない人は、ペルソナ使いであろうとメメントスに侵入出来ない。それと同じ」
『な、なるほどクマ……』
その異界化の結果として生まれたのが連続殺人事件や霧、そしてマヨナカテレビ。
八十稲羽の人々の記憶に鮮明にこびりついた、過去の事件。
「障害を取り除けば後は時間の問題だ。事件を繰り返せば繰り返すほど、現実と異界の結びつきは強くなっていく。つまり、世界そのものの強度が上がる。そうなれば曲解による改変は色濃く現実世界へ反映され、世界は───」
「貴方の思い通り………。」
「元々、芳澤さんがペルソナ能力を有していたのは知って居た。恐らく、妹さんが亡くなった時に芽生えたんだろう。だから僕は彼女に声を掛けた。治療を必要とする患者であり、それながら世界に嘆いた同志として」
「……後は知っての通り。先生にお願いして町の人々全員に私はすみれと思い込ませた。私にとって都合の良いロールプレイをする様になった」
全ては順調だった。
誰にも悟られる事無く邪魔者を排除し、住民達も異界に馴染み始める。そういう認知を与えた。
「だけどそんな折に、君達が現れた。アイギスさん、ラビリスさん、クマ君……だったかな? まさか君達の様なペルソナ使い達が居るなんて思わなかったよ。集合無意識に帰属しない完全なる非人間。僕の敷いたルールに縛られないワイルドカード。それを知った時は驚きでいっぱいだったさ。しかし納得もいった。当面の敵は君達3人だと、そう思っていた。だけど───」
「……雪雫さん、ですね」
「そこに天城雪雫という少女も加わった。あろうことにこの町で生まれ、この町で育った普通の人間。その筈なのに」
「…………」
「君の事は知っていた。芳澤さんから聞いていたからね。芳澤さんの歪みの原因であり、願いの先に居る少女だというのも理解していた。だからまずは彼女に接触して貰った。…まさか、自ら正体を明かすとは思っていなかったけどね。…後は知っての通りだよ。この世界に侵入し、芳澤さんと対峙して、今こうして僕と向き合っている」
さて、と丸喜は手を叩く。
「これが僕の全てだ。僕はこの世界を利用して新しい世界を作る。今は小さな箱庭だが、それも時間の問題だ。現実での強度が増せば増すほど、このイセカイは下へ下へと拡大し、根付いていく。次第にメメントスに衝突するまでに広がりを見せるだろう。そうなれば僕の目的は達成だ。地中で絡まり合った根っこはお互いに水や栄養を流し合うという。つまり融合するんだ」
「つまりこのまま放置すればこの町だけに留まらず意のままに……」
「勘違いしないで欲しいのは決して僕は君達を害そうとしている訳では無い。寧ろ救おうとしているんだ。考えてみて欲しい。例えば幼くして両親を亡くした少女、例えば虐めにより傷つき人間不信に陥った少年。それらを救えるようになるんだ。苦痛そのものを
ギリっと軋む音が聞こえた。
雪雫だ。
あの表情の変化に乏しい雪雫が、歯を砕けんばかりに噛みしめ、その小さな肩を震わせていた。
「ふざけないで!!」
男の声を、少女の声が一蹴した。
「……………」
「貴方のしている事は善意の押し売りでしかない! それはその人の未来を奪う行為に他ならない!!」
雪雫は知っている。
一度犯した過ちに向き合い始めた男達を。
母親の死を苦しみながらもそれを受け止め歩き始めた少女を。
妹と死別し歪んだ気持ちを真っ直ぐにぶつけて来た幼馴染を。
彼ら彼女らに救いが与えられる。
なんて甘美な響きだろう。
しかし実際には?
それは、更生の機会を奪う行為だ。
それは、歩みを止める行為だ。
それは、相互理解の機会を奪う行為だ。
それは、必死に現実に向き合っている人間達を侮辱する行為だ。
「……雪雫………」
「貴方の世界なんて、貴方の自己満足でしかない。貴方は、自分の都合の良い世界を見たいだけだ!!」
「……何を…」
「人を見ている様で何も見ていない。今の貴方は目の前の甘い汁に飛びついているだけだ。本当に救いを与えるなら、停滞させるのではなく共に歩むべきだ!!!」
雪雫の金色の瞳が丸喜を射抜く。
決して丸喜には屈せず、丸喜の世界を否定する強い意志を帯びた瞳。
「個人の裁量で世界を変えるなど、傲慢にも程があるぞ人間!!!」
「…………」
雪雫が構えた。
それに連なる様に、3人も各々の武器を構える。
結局、この場に居る全員分かり切っていた事だ。
この話はずっと平行線で、分かり合う事など無いと。
そして、それはこの男も。
「やれやれ…戦いは苦手なんだけどな」