PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
それは世界を殺す呪い。
崩れていく、壊れていく、潰えていく。
男が描いた夢が、理想が。
たった一人の少女が煉り合せた、人々の意思によって。
ああ、そうか。と男は理解した。
彼女こそが人類の代弁者なのだと。
自分は只、身勝手で自分本位な我儘を押し付けていただけだと。
世界が崩れていく音を聞きながら、男はそんな事を考えた。
「……でも…」
有効的な戦力として使役していた死神達は巻き込まれ死に絶えた。
アザトースを使役する力も残っていない。その証拠に、服装も元のモノに戻っている。
「それの……」
崇高だと考えていた理想はただの傲慢でしかなく。
思い描いていた楽園はただの幻想へと成り下がった。
「それの何が悪い……!」
だがしかし、男は諦める事をしなかった。
「っ、丸喜先生……!」
震える身体に鞭を打ちながら、男は立ち上がる。
息は絶え絶え、指先一本すら動かす気力も無い。にも関わらず、男の目は死んでいなかった。
「幸福を求めて何が悪い…。傲慢の何が悪い……! 人は幸福を求める生き物だと、そう言ったね……。なら! 僕にだってその権利はある筈だ!」
男の敗北は既に確定している。
世界の崩壊は既定路線だ。
にも関わらず、男は明確な敵意を持って少女を見つめる。
「それでも僕の理想が間違いと言うのなら、君の言い分が正しいのなら…! 否定し続けてみろ! 奇跡を起こしてでも、僕を殺してでも!」
その瞬間、再び男のペルソナが顕現する。
先程と同じでは無い。それは明確な進化だった。
バラバラだった触手は1つのモノとして収縮し、やがて巨人の形を作る。
アダムカドモン。
男はそう名を告げる。
「さぁ、否定してみせろよ……! 天城雪雫!!」
男は存外、物分かりが良い方では無い。ただで退く訳にはいかない。その段階はとうの昔に通り過ぎている。
それは最早、意地以外の何ものでも無い。
その意地が、男に更なる進化をもたらした。
「………なら…、何度でも…………。貴方は…間違って………」
対する少女は限界だ。
その瞳に世界は映っておらず、言葉を絞り出そうとしても空気が口から漏れるだけ。既に大鎌を握る力すら失い、もう一歩すら動けない。
「私は───」
そしてついにその意識は途絶え───。
「ハハ……」
男はそれを見て乾いた笑いを漏らした。歓喜か、はたまた失望か。
ゆっくりと倒れていく雪雫を見て、肩を震わす。
「ハハハハハハハハ!」
なんだ、結局はその程度か。
そんな程度の少女に、自分は負けたのか。
笑いが止まらない。止められる筈が無い。
だから男は嗤った。己の力不足と、小さな理不尽に。
だが、その嗤いもすぐに止まる事となる。
「あ──」
「アンタら……!」
アイギスとラビリスが、声を漏らした。かすみはその顔に驚愕の色を浮かべた。
「ハハ、ハ……?」
少女は世界を壊した。完膚無きまでに、破壊した。それは間違いない。
しかし、世界はそれで終わりにはしない。
破壊の後に、しかるべき創造を。荒れ果てた荒野の中に芽生える、若草のように。
普遍的で当たり前の事。
しかしながら、この場においては間違いなく、奇跡と言う他ない出来事。
「───雪ちゃん」
倒れる少女を抱き留める温かな手があった。落ちていく意識に呼び掛ける優しい声があった。
当然、既に少女の意識は無い。届いている筈が無い。
しかし、聞こえていないにも関わらず、少女の顔は穏やかなモノに変わっていた。
「よくもまぁ…、人の妹にここまで───」
少女の為に怒る者が居た。
「雪雫ちゃん、お疲れ様」
「後の事は気にせず、ゆっくり休んで」
少女の戦いを労わる者達が居た。
「こっからは俺達の番だな!」
「何時までも後輩に任せちゃおけねーもんなぁ!」
「クマもやる気マックスだクマ~!」
少女の代わりに立ち上がる者達が居た。
「────よく頑張ったな、雪雫」
少女の意志を受け継いだ者が居た。
「…まさか、そんな筈───」
この場に居る筈の無い存在。この世界が形成されたその時、排除された男にとっての危険因子。
かねてからこの町に存在していた、ペルソナ使い達。
銀髪の青年は、その感触を懐かしむ様に右手を前に伸ばし、その名を告げた。
「伊邪那岐大神」
◇◇◇
8月21日 日曜日 晴れ
あの時は本当にビックリした。
つい5日ほど前になるか。
雪子の妹である雪雫の帰郷に合わせて、久しぶりに八十稲羽に向かおうかと思った矢先、直斗から一本の電話。
曰く、またあの町で事件が起きている。しかも今回はクマ以外誰も残っていない、と。
こう何度もあると、遂には自分の体質なのではないかと勘繰ってしまう。
事件あるところに俺あり…、みたいな。
まぁ今回に関しては事件の中心って訳では無かったのだが───。
「事件の中心に我あり…。なるほど中々興味深い考察。いえいえ、決してバカにしている訳では。ワイルドという特別な素質を持つ貴方ならば、そういう事もあるでしょう。今回は違った、それだけです。お気になさらず」
いや、別に気にしてはいないが……。
「いやはや、これは失礼いたしました。姉上の客人にとんだご無礼を。不肖、エリザベス。心より謝罪を申し上げます」
本気で言っているのか、それとも茶化しているだけなのか。今一判断出来無い表情で淡々と告げる彼女。
頭にポツンと乗せたハット。青いノースリーブのワンピース。切りそろえられたショートボブ。白い髪、黄色い瞳。
人間離れした造形の自称エレベータガール。エリザベス。
過去の事件でたまたま知り合った、よく分からない知り合い。
今こうして対面で話しているのも不思議で仕方ない。
しかも場所が惣菜大学なのだから尚更だ。
「そうですね。貴方様が疑問に思うのも当然でしょう。何故、貴方の担当であるマーガレットではなく、私が。しかも現実世界で……。そうお思いでしょう。まぁ簡単な話、私が今、絶賛職務放棄中であるからですね」
「………そう、なのか……」
そう自信満々に言われると、どういう反応していいのか分からなくなる。
「どうやら今のベルベットルームは他の客人をもてなすのに忙しい様子…。ですので私がこうしてわざわざ旧い友人に───」
「他の客人…? 雪雫の事か?」
「まさか。現状、あの子が客人になる事は有り得ません。しかし、今回の話の中心は雪雫さんです。貴方もそれを聞きたいのでしょう?」
他の客人というのが気になる所ではあるが、聞いても教えてくれないだろう。
それに自分の経験を当て嵌めるのなら、ベルベットルームの客人になる以上、何かしらの意味があってなる筈だ。ここで俺が首を突っ込んでしまえば、その客人の為にならないかもしれない。
間接的にではあるが、ここでの経験があって今の俺があるんだから────。
話が少し逸れた。
彼女の言う通り、俺が聞きたいのは雪雫の事。
より正確に言うならば、彼女が召喚したとあるペルソナについて。
「今回の事件、人間のペルソナ使い達はこの町に入る事が出来なかった。そういう結界の様な物が八十稲羽を包んでいた」
「ええ。しかしそれは唐突に破壊された。より正確に言うならば、そのルールを制定していた世界の基盤そのものが崩壊した。他でも無い、雪雫さんが行使した力によって。───伊邪那美大神ですか。力を司る者としては非常に心躍りますね」
「……あれは、雪雫のペルソナなのか? 俺にはとても───」
雪雫がペルソナ使いなのは知っていた。
過去、とあるゴールデンウィークに起きた事件、そこで判明した事実。
しかしながら、彼女のペルソナは全く違うものだった筈だ。加えて、昨日感じた力、あれは確実に───。
「いえ、あれはペルソナではありません。正真正銘の神。貴方達が過去に対峙し、マリーの中へと帰っていったものと同一です」
「なっ……」
言葉を失う。
あの事件の真の黒幕。初めて対峙した神そのもの。
一時は人の歪んだ願いを真実とし、実質的な崩壊をもたらそうとしたあの神が───。
「ご安心を。過去の様な事は起きません。これにつきましては、変に人気が出てしまい、遂にはこの町に顔出す事すら困難になった社会の歯車、お天気お姉さん久須美鞠子こと、マリーより言伝を預かっています。まぁ言いたい事は自分で言えという事で、私なりの言葉に直させて頂きますが」
「…マリーが?」
「彼女は土地神として、この町の人々の意思を統括し、守る者として、その力の一端を切り分けて置いていた。今回はたまたま、丸喜拓人なる人物に主導権を握られてしまいましたが……。兎も角、彼女はこの町を常に守っていました。その力の一端を、雪雫さんが拾ったのでしょう」
「それで雪雫が伊邪那美を……」
「しかし雪雫さん由来の力ではありません。あれは後天的な力。言うならばRPGで言う所の召喚獣。あくまでも一時的なドーピングに過ぎず、もう彼女に行使することは出来ません。そもそも自分の身に神を降ろした事すら覚えていないと思います」
「それなら……。だけど、大丈夫なのか? その、一時的とは言え、神様を宿したんだろう? 何か、影響とか……」
エリザベスは手元のビフテキ串を口へ運びながら、俺の問いに答える。
「悪神なら兎も角、今回のはマリーの一端。そんな厄介なモノは持ち込まないでしょう。それに───」
「?」
「天城雪雫なら特段問題も起きませんよ。アレはそんなヤワじゃないので」
▼
冷房が付いているのにも関わらず、思わず暑いと愚痴を零したくなる様な猛暑。起きている自分でこれなんだから、きっと目の前で眠りこけるお姫様にとってすれば、それはより顕著だろう。
温度を下げて思う存分冷風に当たりたいところだが、どうにも旅館は節電月間らしく、それを許してはくれなかった。畜生。
言う事を聞かないと後が怖い為、渋々暑さと戦いながら彼女を見守る事、小一時間。
「……んむぅ…」
彼女の、天城雪雫の重い瞼がゆっくりと開かれた。
「暑い…」
真っ赤な双眸をキョロキョロと動かしながらも、げんなりとした様子で呟き、上体を起こす。
「おはよう、雪ちゃん」
やっと再会出来た愛しい人。
最後に会ってからまだ一週間ちょっとしか経っていないのに、私にとってはそれが永遠のように感じられた。
「───りせ」
耳を打つ心地良い音色。湧き上がる幸福感。自然と口角が上がる。
「………ぅ…」
私の顔を見るや否や、瞳を潤ませて言葉を詰まらす雪雫。
寂しかったのだろう。気丈に振る舞っていたのだろう。それもその筈、久しぶりに帰って来たと思ったら故郷はあんな状態、しかも誰とも連絡が付かなかったのだ。まだ15歳の彼女には酷な話だ。
だから一杯甘やかしたかった。その準備がこちらにはあった。
故に、こちらに飛びつくような素振りを見せたものの、そして止めてしまった雪雫を少し残念に思った。
もうそれは蕩ける様に甘い抱擁をして、何ならさりげなくその首元に唇を当てちゃったりとかして─────。
「……身体、ベタベタする」
と、思ったがそれはまだ時期尚早。
いくら雪雫と言えども、花を恥じらう乙女な年頃。汗を気にするのも致し方ない。りせはその辺りの理解があるアイドルだ。
いやね、りせ的には別に良いんですよ。だって雪雫って良い匂いするし? 何なら少し汗ばんでいた方が何か大人の色香というか、アダルティな感じがしてげふんげふん。
………兎も角、りせは理解のあるアイドルだ。とりわけ雪雫に対しては。決して、自分の欲を優先して彼女を辱めるなど……決して…。
…………………………………………………………………それも良いな。
いやいや。いやいやいやいやいやいや。
そんな事はしない。それはまだ早い。待て、堪えるんだ。
兎に角、再開の抱擁は後回し。
まずは雪雫の身体を清めなけらば。
どうしようかなぁ。私は朝風呂入ったしなー。
まぁ何度入っても気持ち良いし、私もまた一緒に入ろうか───。
「拭いて、身体」
なぁ……ってええええええええええ?
「え、お風呂、じゃなくて良いの?」
「当然入る。でも後で。まず、拭いて。その後に、抱きしめて。お風呂はその後」
なんだこの可愛い生き物は。
もしかしてアレか。温もりが欲しいあまりに最低限の事だけ済まして、取り敢えず目の前のご褒美を受け取っちゃおう的な、我慢出来無い系乙女の我儘か?
………良いでしょう! りせは取り分け望みを叶えるアイドルだ。
そうと決まれば早速、タオルを────用意してきました。人肌の体温位の、ホカホカのやつ。
それはもうもうダッシュで。罫線の間に持ってきましたとも、ええ。
「……ん」
今目の前には雪雫の細足が私に向けられている。
構図的には従者が主に忠誠を誓って足にキスを施す、みたいなあのエッチな構図。あれってゾクゾクするよね、え?私だけ?
まぁいいや。ともあれ、雪雫は言葉通り全部私にやらせるつもりらしい。
だって背中ならまだしも、脚なんて自分で出来るじゃん。でもやろうとしないもん。
え、良いんですか。雪雫様のおみ足を、この私が拭いてしまって!?
最終確認として恐る恐る彼女の瞳を見上げ──、あ、早くしてと、そう言っている。
イエス、ユアマジェスティ!
小さな足を手に取り、ゆっくりと丁寧に、傷つけない様に拭いていく。
片足が終われば当然ながらもう一方も。
抵抗なく滑っていくその様が、なんと心地良い感触か。
足が終われば当然、その上も。
いやでも流石に自分でやるだろうなぁ───。
「次」
と思っていたら雪雫が寝間着を脱ぎ始め、最終的にはすっぽんぽん。
いやもう一生忠誠誓いますお嬢様。
腰、お尻、臀部、丁寧に丁寧に。
時折彼女から漏れる息が、やけに脳内に響く。
あ、やばい。頭がクラクラしてきた。
いやいや、待て待て。冷静になるんだ久慈川りせ。雪雫の裸何てもう何百何千と見てきただろう。スキンシップだってしてきた。
だから落ち着け、胸よドキドキするな。これじゃあまるで経験の無い男のソレだ。
りせはもう大人だ。少なくとも雪雫よりは大人なのだ。大人とは余裕がある生き物。私は雪雫をリードする立場にあるのだ──。
「………はぅ、」
終わった。終わった途端、思わず声が漏れる。
自分に言い聞かせながら、されるがままのお姫様を脳内フォルダに焼き付けつつも、長い様で短い、拷問にも似た誘惑の時間が終わった。
だから油断していた。
終わった余韻に浸っていた為、気付かなかった。未だ裸のまま、ベッドに腰掛けたままの小悪魔に。
「ご褒美」
「え……? うわっ!」
勢い良く腕を引かれ、ベッドに引きずり込まれる。
彼女が下で私が上。所謂、押し倒した様な状態。
薄い胸を上下させて、やや頬を赤らめた雪雫の顔が良く映える。
「りせ、来て」
「う、うん……」
その細腕が私の首へゆっくりと回される。
雪雫という引力に、身体全体が引かれていく。
何でもない抱擁だ。何時もやっているものと変わり無い、ただのスキンシップだ。
「……雪雫…」
私も彼女にならって、自分の腕を雪雫の背中へ回す。
そう、これは頑張った彼女への労いの───
「………りせちゃん…?」
ふと、声が聞こえた。
出所は部屋の出入り口付近。恐る恐る視線を向ければ、そこには
「人の妹にぃ、何してるのかなぁ?」
鬼が居た。
「ちっ」
「待って! 違う! 今回のは本当に違う!! 不可抗力!!!!!!!」
「この…万年発情アイドル!!!」
何はともあれ、再び騒がしい日常が始まる