PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
8月27日 土曜日 晴れ
薬品と消毒液の入り混じった匂いが漂ういつもの診察室。
世間一般的には苦手とする意見が大多数を占めるだろうが、雪雫はその限りでは無い。寧ろ好きな部類だ。
だって──。
「はい。ご要望の日焼け止め。いつもより強めのやつね」
彼女、武見妙が医者であるなによりの証拠なのだから。
「ホントに行くの?」
「行く」
「泳げない癖に?」
「…………ぅん」
その医者である筈の彼女は何処か小馬鹿にした様子でふっと息を漏らした。
「……失礼な反応」
「ごめんごめん。貴女にも出来ない事あるんだなーって改めて考えたらさ、ね? ……ふふっ」
武見から見て天城雪雫は才能の塊そのものだ。
実際に、活動を始めてからまだ間もないのにも関わらず今や日本を代表とするアーティストだし、教養もあるし、運動神経も異常なくらい良い。
まぁ一般常識とか感性とかが僅かにズレているというか抜け落ちている面はあるが、それがかえって彼女の非凡な様子に拍車を掛けている。
病に蝕まれ、1人では何も出来なかった頃を知っている身からするならば、余計に今の彼女が輝いて見える。
しかしそんな彼女でも水には勝てない様だ。
「にしても不思議。貴女くらい身体が動くなら、普通に泳げそうなのに」
「練習なんてした事無いもん」
「アイドルのダンスを1回見ただけで完コピした人が何を言ってんだか」
彼女ならば見様見真似で泳げる筈だ。
だってそうするだけのモノを持ち合わせているのだから。
なのに出来ない。いや、しようと思わない。か。
なら彼女の飄々とした態度とは裏腹に思ったよりも話は複雑なものかもしれない。
(内面的な問題、か)
考えられるのはそもそも水が怖いパターン。
過去に溺れたことがある、または映画かドラマで水難シーンを見てそれが脳裏に焼き付いている……がベターなケースか。
(まぁでも臨床心理は専門外だしなぁ)
ある程度は齧った事がある。
しかし、この子が悩み……として意識しているかは分からないが、どちらにせよ「天城雪雫」が1人で解決出来無い事柄だ。素人の私が下手に取り掛かるよりもプロに任せた方が良い。
チラリと少女を一瞥する。
「…………?」
目と目が合い、可愛らしくコテンと首を傾げている。
(………まぁ、事前に相談しに来ただけマシか)
聞けば明日は海に行くらしい。そう、あの子達…怪盗団のメンバーで。
見た所、行く事に関しての憂いは無い。ならば、彼女にとっての泳げないはさほど大きな悩みじゃない筈だ。
あるとしたら友達の前で見栄を張りたいとか、可愛らしい虚栄心くらいだろう。
「ま、日焼けには気を付けることね」
「ん」
変な邪推はやめよう。
あの病状に伏せていた少女が今はこうして友達と海に行くまでに元気になった。
それでいいじゃないか。
「あ、そうだ」
あれこれ考えてすっかり忘れていた。
「はいこれ。今年の健康診断書と前の……退院時のやつね」
それは彼女のパーソナルデータがあれこれと書かれた書類。
身長、体重、血圧エトセトラエトセトラ。
所謂乙女の秘密、というやつだ。
「ありがと」
手渡された書類をいそいそと鞄に入れ、雪雫は立ち上がった。
どうもこの後、友人達と水着を買いに行くらしい。
「…あ」
部屋を出る直前。ドアノブに手を掛けた雪雫が思い出したかのように声を上げた。
「水の中でも呼吸出来るようになる薬出して」
「ある訳無いだろ、バカ」
◇◇◇
8月28日 日曜日 晴れ
揺れる水面。
煌めく砂浜。
頬を撫でる潮風。
そして圧倒的までの人口密度。
「いや…多すぎだろ……」
モルガナが若干うんざりした様子で吐露した。
「まぁ…日曜日……だからな」
そして日曜日の前には8月最後の、という言葉が付く。
つまりはピーク。怒涛のピーク。
皆同じ様に、夏の終わりの思い出を作りに来ているのだ。
「分かってねぇなぁ、モルガナさんよっ」
予想以上の人の多さに戸惑いを感じていると、この場に居る中で唯一そんな様子を見せる事無く、寧ろ気分が高揚した様子の竜司は得意気に口を開く。
「この人の多さが良いんじゃねぇか。なんつーか、活気ってやつ? そういうのが楽しんだなぁこれが」
それに。と続ける
「こんだけ人多けりゃよ、居るとこには居るもんだぜ? すげー可愛い姉ちゃんとかさ。こう一夏のアバンチュールってやつ? 始まっちゃうかもな~!」
「このモンキー…浮かれすぎだろ……」
「モデルになりそうな人材が居ると良いんだが……」
祐介よ。
多分竜司はそういう意味では言っていない。
しかし竜司の男子高校生らしい思考も理解出来る。
こういう場に来た以上、気になった異性との交流に淡い期待を持ってしまうものだ。
実際、遠目からチラチラと視線を感じる時もある。……まぁ大方、花火大会の時と同様に祐介に注がれているものだとは思うが…。
「ていうかあいつら遅くね?」
「仕方無いだろう。女性というのは時間が掛かるものだ」
この場に居ないあいつらこと、怪盗団女性メンバー。
更衣室の辺りで別れてからかれこれ20分。
まぁ想像は容易に出来る。
俺らと違って着るものも多いし。それに双葉も居る。きっと彼女にとって初めてだらけの経験だろうから。
「来たみたいだぞ」
祐介の視線の先。
人混みを掻き分けながらこちらへと向かってくる4人の少女。
「お。おぉ……」
「あ、杏殿…! お美しい……!!!!」
竜司とモルガナが感嘆の声を漏らす。
まぁ無理も無い。それくらい彼女達が纏う雰囲気は華やかなのだから。
「………うん。いいな」
蓮もその伊達メガネを光らせ、感慨深げに頷いた。
美女。と言っても過言じゃない。寧ろ、その一言では語りつくせない程の魅力が彼女達にあった。
「ごめんごめん。更衣室めっちゃ混んでてさぁ」
ブロンドの髪を揺らしながら手を合わせる高巻杏は流石と言うほか無かった。
圧倒的なプロポーションに加え、花柄の鮮やかな水着。派手な部類に入るデザインだが、決して浮いている訳では無く、上手く彼女と調和されている。
「それにしても凄い人ね…。想像以上だわ」
こういった場所に慣れていないのか、少し戸惑いを見せる新島真。
普段のそのスレンダーな身体付きを惜しむことなくアピールしている。しかしかと言って彼女のイメージを崩す事無い純白の水着が眩しい。
「陽キャだ……。陽キャが沢山居る…」
真の背中に隠れ、怯える子猫の様に身体を震わす双葉。
内向的な性格とは裏腹に、黄色基調とした明るいカラーリング。快活な印象を受けると共に、彼女のオレンジ色の髪と良くマッチしている。
「あつい」
そしていつの間に買ってきたのか、アイスを咥えた上にその手にかき氷を持つ白髪の少女。
「………あんま、変わらねぇな」
竜司の言葉に思わず男達が頷いた。
「失礼な反応」
「いやぁ…だって……」
確かに華やかだ。
その黒を基調とした花柄のデザインは白い少女に映えているし、キュっとしまったウエスト周りは彼女のスレンダーな身体付きを強調している。
しかし───。
「怪盗服とそんな変わらなくね?」
雪雫の水着はワンピースタイプ。
剥き出しの肩や腕、スカートの裾から伸びる脚など、目を奪われる箇所はあるが、露出面積の話をするならば、怪盗服(インナー)とそう変わりはない。
「む。竜司はりせチョイスに茶々を付ける気?」
「りせさんは何て言ってたの?」
「そう安々と雪雫の露肌を見せる訳にはいけませんって」
「……過保護過ぎんだろ…」
「あと見たかったらこの前出た雑誌を買えって」
「営業すんな」
普段とのギャップを求めていた竜司…もとい男性陣にとってすれば確かに地味かもしれないが、それはまぁ勝手に期待した向こうが悪い。
雪雫はこれで満足なのだ。何せりせが選んだものなのだから。
それに──
「私はここに勝負しにきた。あんなビキニじゃ動きにくい。バレーコートは何処?」
「考え方がストイック」
・
・
・
天高く少女が舞った。
丁度太陽の位置と重なり目視するのは困難となる。
大きく振りかぶった腕の先には、丸い影があった。そう、ボールだ。
そのまま彼女は腕を振りかざし、ボールをアタック。
それはさながら弾丸の如く。
狙いは正確無比そのもの。
こっちチームのそれぞれの立ち位置、身体の角度、死角、身体の可動域。
それらを全て計算に入れた射撃。コーナーギリギリを狙った鋭いスパイク。
終わりは呆気なかった。
抵抗らしい抵抗も出来ず、そのまま試合は終わりを迎え───
「ナイススパイク!」
「いぇーい」
真の軽快な声と雪雫の呑気な声が響いた。
「強すぎんだろっ!!!」
竜司の嘆きと抗議の目がハイタッチしている少女達に注がれる。
「こっち3人。そっち4人。人数不利。その上で兵器が2人。無理ゲーじゃん!」
「失礼。まるで人が化け物みたいな物言い」
「そうよそうよ」
雪雫と真、抗議の声を上げるが竜司の言うことは最もで、チームメイトである杏の瞳には若干の同情が浮かんでいた。双葉に至っては「プロだ…プロが居る……」と震えて固まってしまっている。
まぁ何分、2人にスパイクを打たせれば得点率は驚異の90%強。真に至ってはボールが出しちゃダメな音と衝撃波のオマケつき。ぶっちゃけ目で追えない。ブロックに回っても事前に相手の動きを予測してはコート中を駆け回りボールを拾う徹底ぶり。そして何故か砂浜の上であるのにも関わらず、普段の俊敏性に衰えは見えない。女性陣を目当てに勝負を仕掛けようとしていたチャラ男達も思わず委縮して退散してしまう程の大立ち回り。
チートである。
「少なくとも雪雫と真は別けた方が良さそうね」
「えー」
「私は別に構わないわよ」
「よっしゃあ! ぜってぇ勝つ!」
そして始まった怪獣大決戦。
竜司はそれに巻き込まれ、哀れにもビーチに散っていった。
・
・
・
バナナボート。
それは海に浮かぶ1つの果実。
複数人で跨り水上バイクに振り回される事でスリルを味わう海上アトラクションの定番。
「いいの?」
「いいの。1人で待っていても退屈でしょ」
視線の先で湧き上がる悲鳴と波。
今蓮達は海上でスリルを味わっている真っ最中。
「……ありがと」
ペタリとビーチに座り込み、引いては返す波に足先を少し浸からせながら、雪雫は小さく微笑んだ。
「本当にダメなのね。海」
「人は陸で生きる様に生物的にデザインされている。わざわざ祖先は海から陸へと進出したのに、現代の私達が海へと適応しようとする行為は不毛だと思う」
「はいはい。分かった分かった」
やれやれと真は出来の悪い妹を見るような目で首を振る。
しかしその表情は何処か優し気だ。
「ま、良いんじゃない? 出来る出来ないは人それぞれだし」
真は少女の肩に腕を回し、なだめる様に抱き寄せた。
「意外。泳げるようになるまで特訓させるタイプだと思ってた」
「お望みならそうするわよ?」
嫌です。嘘です。真様。
ビクンと肩を弾ませながら雪雫は激しく首を振って否定する。
「冗談よ。大体何でも出来る貴女が出来ないって珍しく根をあげている…。本当に怖いんだなって思って、さ」
流石に怯える子相手に無理強いは出来ないわよ。
そう微笑む真。
あれ、双葉の時は割と無理強いしていた様な…。と雪雫は一瞬思ったが、口には出さなかった。
きっと真なりの匙加減とかがあっての事だったのだろうから。それが今回の件は物差しを加味しても出来ないと判断しただけ。
新島真という少女は、雪雫が思っている以上に人の事を良く見ているらしい。
それが雪雫にとっては心地良い。
りせと居る時とはまた違う種類の。故郷の友人達も、姉とも違う。
「ありがと」
雪雫はそう言い微笑んだ。
▼
気付けば夕方。
太陽が遥か遠い地平線に沈んでいっている。
ビーチバレー以外にもスイカ割りをしたり、芸術コンビがとんでもない砂の城を作ったり、竜司がオネエポリスに連行されそうになったり。
本当に色々な事をした。
「そろそろ帰らないとね」
人もめっきり減り、昼とは違った穏やかな時間が流れる浜辺。
「双葉も人混みでしっかりしてたし、楽しかったね!」
杏の言葉に全員が満足気に頷く。
元々今回の海水浴はメジエド事件解決の打ち上げ兼、双葉のトレーニングの集大成でもあった。
ずっと引き籠り、人との関りを絶っていた彼女が、年頃の少女同様に楽しめたのだから、大成功と言えるだろう。
そんな双葉は今、1人座り込んで海を─その先の沈みゆく太陽を眺めている。
「私ね──」
そしてポツリポツリと言葉を紡ぎ始めた。
「私ずっと、お母さんが死んだのは自分の所為だと思ってた」
「───うん」
双葉が殺した。
幼い少女が大人達に揃って言われた言葉。
その所為で双葉の認知は歪み、罪悪感に苛まれ──。
後は蓮達の知っての通りだ。
だってそれはパレスで見た光景そのものなのだから。
「でも違った。お前達が身体を張って正してくれた。お前らは良い奴だ。そして──お前らと一緒に居れば、お母さんの死の真相──悪い大人達に繋がる気がする」
母、一色若葉の死の裏。
認知世界の研究をしていた彼女を襲った不幸な事件。そしてその成果を奪って悪用している誰か。
双葉はそれを知りたい。
「怪盗団に入りたいのは、超個人的な理由だ。…ダメか? 足手纏いか?」
そう聞く少女の瞳は言葉とは裏腹に力強いものだった。
絶対に信念を曲げるものか──そんな意志が宿っている。
「寧ろ大歓迎だ。な、モナ?」
「なんでワガハイに聞く? 役立たずって言いたいのか?」
「実際、お前より役に立ってたじゃん」
「何だとこのモンキー!」
最早、風物詩と化した竜司とモルガナの言い合い。
誰も気に留めた様子も違和感を覚える様子も無かった。
「………モナ?」
──1名を除いて。
「こんな怪盗団だけど、改めてよろしくね」
「アイツらはほっといて、双葉のコードネーム決めちゃおうよっ」
しかしそれも一瞬だけ。
真と杏の言葉に思考は遮られる。
双葉と言えば、サイバーパンク感漂うボディスーツに謎の飛行物体を形をしたペルソナ。天才的なクラッキング技術。
「ハッカーは…違うわよね」
口に出してみたは良いものの、何処と無く犯罪者っぽいのでボツ。
真は1人、首を傾げる。
「メカ?」
「パソコン?」
「やだ」
続く杏と祐介の……特に祐介の提案に対して双葉は力強く否定を返す。
「なら、まんまゴーグルで良いんじゃね?」
「却下。猫、センス無し」
「ざまぁ」
まぁ確かに特徴的と言えば特徴的だが、お気に召さなかった様だ。
「雪雫は? 何か良いのある?」
「………シェル?」
たっぷり時間を置いて捻りだした言葉。
紆余曲折。様々な思考が巡り巡っての提案。
雪雫の考えに思考が追い付かず、皆一様に首を傾げた。
「シェルって…貝殻よね?」
「あー…。なるほど。私は意図が分かったぞ雪雫。確かにサイバーでパンクな名だ。ゴーストが付けばより良い。センスはあるが……うーんそうだな、無しだ。貝殻に閉じ籠る…引き籠りのイメージが強い。私はもう以前の私では無い」
「そう」
全滅。
どれもしっくりこないらしい。
「蓮は?」
そしてバトンは雪雫から蓮へ。
ここはしっかりとリーダーに決めてもらう必要がある。
「そうだな……。──メガネ、だ」
「それお前だ」
本気で言ったのか、ツッコミ待ちだったのか。
まぁ恐らく蓮の事だから後者であろう。
「双葉自身は、何が良いの?」
「ん………。……ナビ、だ。勝利に導いてやる」
頼もしく宣言するナビに、皆同じように微笑みを返した。