PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
75:New semester.
9月1日 木曜日 晴れ
流れが変わった。逆風はいつの間にか追い風へと至った。
世の中の話題の中心は怪盗団だ。
「怪盗団マジヤバくない!? もう目が離せないつーか───」
同じ制服に身を包んだ、少し派手な風貌の女子生徒は鼻息を荒くしてそう語る。
いや、彼女だけではない。
学校でも、電車でも、街中でも。怪盗団の話題をシャットアウトする方が難しい位に何処もかしこもその話題で持ちきりだ。
世論の大多数は怪盗団を肯定する意見が占め、その存在を否定する意見はマイノリティとして肩身を狭くしている。
明智吾郎などがその際たる例だろう。
彼は徹底的に怪盗団に対して否定的な意見を貫き通している為、今では晒し者状態。
蓮曰く、時折ルブランに現れる彼の顔は疲弊してボロボロで、何処か寂しそう。だそうだ。
一時は直斗の再来としてもてはやされていた彼がそうなのだから、余計に少数派閥は声を上げにくいだろう。彼と同じ轍は踏みたくないだろうから。
よって、私達の目に映るのも耳に届くのも、肯定的な意見が大半だ。
だからその分、怪盗団への期待値も高い。期待値が高い分、それに応えられなかったときの跳ね返りは目も当てられない。
「んで、これからどうするよ? また大物狙うか?」
「それもそうだが、例の認知世界の悪党とやらはどうする?」
もう何度目になるだろうか。
幾度と意見を交わした話題。所謂「次の標的」について。
「居るのは確実。寧ろ居ないと辻褄が合わない」
「私も雪雫に同意見。放置なんて絶対に許されないわ」
真の言葉に各々が頷きを返す。
廃人化事件の犯人。加えて双葉の仇である可能性すらあるのだ。
しかし──
「つっても手掛かりねーんじゃなぁ……」
手掛かりらしい手掛かりと言えば斑目や金城のシャドウが言っていた黒い仮面位か。
「どのみち方針は変わらない。悪党の改心。例の黒い仮面も言うならば悪党」
「それもそうだな。うむ、雪雫の言う通りだ」
「双葉は良いの?」
「いずれにしても
いくら特別な能力を持とうとも、いくら人が知り得ない世界を知っていようと。あくまでも彼らは学生…現実世界においてはただの子どもに過ぎないのだ。
「……決まりね。悪党の改心を続ける。その道すがら、廃人化の犯人も特定する」
「そしてぶっ飛ばすだな。お母さんの仇……絶対に引きずりだしてやる…!」
メラメラと闘志を滾らせる双葉に応える様に、不敵の笑みを浮かべる蓮。
きっとやれる。そんな確信が彼の胸にはあった。
「廃人化のハンニン…。本当に手掛かりが無いのか? 姉のニージマが、確か調べてるんじゃなかったか?」
「そうだけど…根堀り葉堀りは聞けないよ……。『首を突っ込むな』って怒られるだけ」
モルガナの指摘に対し、彼女にしては珍しく真は眉を下げて及び腰の様子を見せる。
姉妹仲がうまくいっていないのは蓮や雪雫は重々承知だったが、彼女の様子を見るに大分参っているらしい。
「──訊けないなら、データ引っこ抜く?」
ふと、メガネを怪しく光らせた双葉が淡々と言葉を紡いだ。
あまりにも唐突で、尚且つビジョンが浮かばない提案に揃って皆は首をひねる。
「その人、私物のパソコンとかある?」
「まさか──」
「私特製の仕掛けが入ったストレージ、貸すよ? ブッ挿させば内臓ハードのデータ丸コピー! OSの垢パスとか関係無し! 雪雫の金にモノを言わせたセキュリティも難なく突破した代物……をさらに改良したモノだ」
「ちょっと」
「その後ちゃんとセキュリティ組んでやっただろー? それでチャラだ」
それは結局、双葉にセキュリティを握られているという事実は変わらないのではないか?
蓮は思わず口にしそうになったが、ここで話を脱線させる訳にはいかない。そう固く誓い何とか飲み込んだ。
「ただし、本人のパソコンに直接突っ込む必要があるが──できそう?」
意地悪い笑みを浮かべた双葉の手には小さなUSBメモリが握られていた。
▼
同日 夜
自宅のソファに寝そべり、ボーっとテレビを眺める雪雫。その後ろのキッチンではべっきぃが皿洗いをしている。
なんてことない何時もの日常。
しかし、何時もと少し違う点が1つ。普段は映画を垂れ流しにしている時間だが、今日に限ってはニュースを流れていた。
そして──
「あ、秀尽出てる」
「はぁ!?」
雪雫の呟きに両手を泡だらけにしたべっきぃが素っ頓狂な声を上げた。
流していた水を止め、ドタドタと慌ただしい音を立てて雪雫の元へ向かうべっきぃ。
「べっきぃ、これ私の行ってる学校」
「───進学校の闇、学校ぐるみで隠蔽か。ですって!?」
テレビの左上。でかでかと書かれたテロップを読み、べっきぃこと川上貞世は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「知らない知らない知らないわこんなの!? あの狸オヤジ! 被害者生徒の傷を抉らない為に~とか言ってた癖に……!」
「べっきぃ、校長知ってるの?」
「え、あ…あぁ~。校長ねぇ……そうそう。母の従妹の息子の友達の近所に住んでる男の子の弟が通っているらしくてさ~。はははは~」
「そうなんだ。今度挨拶しなきゃ。べっきぃにお世話になっていますって」
「せんでいい」
雪雫が珍しくニュース見てると思ったらこれか。
川上は内心で頭を抱えた。
たださえ怪盗騒ぎで注目浴びている中、不祥事の発覚。本当に知らなかったとは言え、保護者からの電話、マスコミに警察の立ち入り。考えるだけで眩暈がしそうだ。
よりにもよって修学旅行の直前でクソ忙しい中───。
「ああ…お腹痛い………」
「食べ過ぎ? クスリあるよ」
「要らない」
厄払いでも行こうかな。
項垂れた川上はぼんやりと明治神宮を幻視していた。
◇◇◇
9月2日 金曜日 晴れ
「今日、ヤバくなかった?」
お昼休み。
いつしか溜まり場と化した生徒会室で。
竜司はやけに得意気に、そして嬉しそうに鼻腔を大きくしながら雪雫に問うた。
「そう?」
「人々に注がれる熱い視線……。溢れ出る魅力つーか? カリスマっつーか? そういうのが出てんかな~!」
「別に何時も通りだったけど」
「お前は鈍感だな~」
本当に分からない。
そんな様子の雪雫は竜司の様子に訝しみ眉を寄せた。
「まぁ確かに視線は感じたけど……ねぇ?」
「それは竜司に、ではなく。秀尽の制服にじゃないか?」
「実際に車内でもコウチョーの話題で持ち切りだったしな!」
「それにアンタにそんな魅力無いから」
「マジレスやめね?」
真、蓮、モルガナ、杏。言葉が紡がれるにつれ、得意気になっていた顔に影を落としていく。
萎んだヒマワリみたいだった。
その時の表情の変化を後に雪雫はそう語る。
「だけど実際、油断ならない状況よ。世間の目がまたここに集まってる……。下手な行動は出来ないわ」
「わーってるって! 要は何時も通り目立つなって事だろ?」
「不安なんだケド……」
「杏殿に同意見だ…」
能天気な彼の様子に皆は揃えて溜息を吐露した。
▼
制汗剤と汗の匂いが混じった独特の匂いに包まれた体育館近くの更衣室。
教室に向かっている道中、呼び止められた真はやけに神妙な顔持ちをした川上にこの空間に連れ込まれた。
「これ…もしかして聞いているかもしれないけど……。修学旅行の話…」
修学旅行。
四角四面を体現した様な彼女ではあるが、それに魅力があるのは十二分に理解している。あくまでも修学を目的にされているが、実質的な海外旅行…それもハワイだ。楽しみにしている生徒も多いだろう。
かく言う真も、去年の今頃は密かに心を躍らせていたものだ。
──それを共有する友達は居なかったが。
「今、事件の事で学校に警察がまた色々入っちゃってるでしょ? ……それで引率の先生が何人かが事情聴取で呼ばれることになって…」
事件…というのは十中八九、校長の隠蔽についてだろう。
1日経たず、瞬く間に拡散され大きな話題を呼んでいる不祥事。鴨志田に怪盗団騒ぎと何かと注目を集めているから尚更だ。
「それが丁度、修学旅行の日と重なるのよ…」
「聞いてます」
それは知っていた。
だって朝から警察していたし、世の盛り上がり的にもそういうのはあるだろう。
「でね、さっき職員会議で出た話なんだけど、3年生に代理の引率を頼むことになってね」
だから仕方が無い事とは言えば───。
「新島さん、悪いけどお願いね?」
「はぁ!?」
生徒会長の体面も忘れて声を上げてしまった事を許して欲しい。
いや、だって先生の代わりに引率って……。
え、居ない間の学校を頼む。とかじゃなく?
「ほら、今年の2年生…何かと、クセの強い子が多いでしょう?」
川上先生が目を逸らし、物凄く申し訳無さそうな雰囲気を醸し出している。
クセの強い2年生……。
浮かぶは浮かぶ、怪盗団関係者達………。
最初は何で私が。とか考えていた真も、流石に他人事じゃない気がしてならない。
「受験で大変だろうけど、新島さんの成績なら大丈夫だと思うし…お願い出来無い?」
「えぇと……」
「心配いらないって。貴女以外にも何人か行くから! 何なら天城さんも連れて行って良いから!」
「何で雪雫!?」
先生の代わりに最高学年の3年生が行く。
→突拍子無いが、まぁ分かる。
私以外の生徒も参加する。
→分かる。
1年生の雪雫も連れて行っていい
→分からない。
「いや、ほら…だって何時も一緒に居るし……。天城さんと一緒に居る時の貴方、楽しそうだし………」
「わ、私と雪雫は、そ、そういうのじゃ無いデスから!!!」
「そ、そういうの?」
川上の言葉には
「雪雫と一緒に居ると楽しそうで雰囲気柔らかくなるから親しみやすいと生徒から評判。尚且つ負担を多大にかける真への精神的フォローも兼ねて」
という意味も含まれているのだが、一瞬でポンコツと化した彼女にはその意図は届いていない。
「ほら、それに天城さん。生徒会で唯一の1年生でしょ? そういう場に慣れておいた方が彼女の為かなって」
なんだ。雪雫の教育的指導も兼ねているのか。なら仕方ない。多分誰よりも人前に出ることに慣れていると思うけど、確かにそう言う場で人前に立つのも必要だよね。多分、慣れているだろうけど。
うんうん。
無理矢理に自分の脳に言い聞かせ、上がった体温を冷まして、生徒会長モードの顔を作って。
再び真は川上に向き合う。
「………そ、そういうことでしたら……まぁ…」
「ホント!? 助かった~!」
正に満面の笑み。心底嬉しそうに口角を上げる川上。
軽い態度を崩さない彼女ではあるが、やはり相当参っていたのだろう。
その一言だけでも、話を受けた甲斐がある様に感じてしまうあたり、真面目なんだなと思わずにはいられない。
「それじゃ、話進めておくね!」
来た時よりも大分軽くなった足取りでその場を後にする川上を見送り、1人思案する。
「───ちょうどいいか」
そうと決まれば早速連絡しなければ。
だってほら、早めに言っておかないと絶対に用意しないから。
いやいや、決して浮かれてない。
あくまでも引率で行くのだから。それに相応しく、きっちりとしなけばならないのだ。
それは私もだし、勿論彼女もだ。
「ハワイだから…日焼け止めと、水着と……あー浮き輪とかあった方が良いのかな? 泳げないもんね」
まずは自分のメモ帳に下書き。
今回の件に至った経緯と私達の役目、そして彼女を連れて行く意義と目的。加えて今のうちに準備しておいて良さそうな持ち物。
打ったらコピペして彼女との個別チャットへ。
直接話しても良いけど、きっと後で振り返れる形にしといた方が良いだろう。
「……そういえばホテルの部屋ってどうなってるんだろ」
どうせだったら一緒の方が都合が良い。だって他の3年生や先生に迷惑は掛けられないし。
それに彼女、何かと手がかかるし。