PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
月日が経つのも早いもので、4月も後半に差し掛かったところ。
鈴井志帆の自殺未遂事件を切っ掛けに始まった校内調査も、問題の発見には繋がらず。
一応、彼女達自身の中で怪しいと思う人物はピックアップしているが、その人物と話す事すらは叶わない。
その人物こそ鴨志田卓、張本人なのだが、どうも校長の根回しが働いている様だった。
確たる証拠が無い分、迂闊な行動は出来ない二人ではあるが、その心の中には確信があった。
学校ぐるみで隠蔽しようとしている、と。
歯痒さで唇を噛みしめる日々が続いている中、膠着状態のこの状況に転機が訪れた。
それは――――。
4月25日 月曜日 曇り
学校に入るや否や、只の一つの漏れも無く、生徒達は皆一様に足を止めて、壁面中に張り付けられた紙を眺めていた。
「これは―――」
それは普段、何にも興味を示す様子を見せない白髪の少女、天城雪雫も同様だった。
目の前の紙に書かれた内容を、何度も何度も読み直す。
一字一句見逃がさない様に、これの真意を探るように。
鴨志田卓殿
抵抗できない生徒に歪んだ欲望をぶつける、
お前のクソさ加減はわかっている。
だから俺たちは、お前の歪んだ欲望を盗って、
お前に罪を告白させることにした。
明日やってやるから覚悟してなさい。
「心の、怪盗団…?」
記憶を辿っても、心の怪盗団という名前に心当たりは無い。
自身が知らないだけ、という可能性もあるが、周りの生徒の様子を見る限り、知らないのは自分だけでは無いらしい。
つまりは最近結成された団体。そして、秀尽学園関係者の手によるもの。
都内のありふれた進学校である秀尽に、態々鴨志田を指名して名乗りを上げたのだ。そう考えるのが自然だろう。
悪戯、っていうのも考えられるが――――。
「な、何だこれは!?」
騒動に気付いたのであろう、渦中の人物、鴨志田卓が怒りの形相を浮かべたながら生徒達の元へと向かってくる。
予告状を見るや否や、貴様か。と声を荒げながら生徒一人一人に怒号を飛ばす。
触らぬ神に祟りなし、とでも言う様に、怒り狂う鴨志田を見て、集まっていた生徒達は各々の教室へと向かっていく。
それは雪雫も例に漏れず。
真に一言。
今日一日、校内の様子に気を配ろう。
とメッセージを送って。
・
・
・
「何も、起きなかったわね」
「悪戯、だったのかな」
最終下校時刻を知らせるチャイムを聞きながら、生徒が居なくなった廊下を二人は進む。
「………そうかもね」
授業の合間の時間も校内に目を光らせ、放課後にも定期的に巡回し、怪盗団と名乗る者達の尻尾を掴もうとしたが、それは叶わなかった。
「ごめん、付き合わせて」
「謝らないでよ。私の方こそ、雪雫にそう提案しようと思ってたんだから」
上履きから真はブーツに。雪雫はローファーに履き替えて。学校を後にする。
「暗い」
「そ、そうね」
日も完全に落ち、街頭のみが照らす通りを歩く。
駅へと続く通り。その途中にある裏路地に差し掛かったその時、その暗がりから急に声が聞こえ、雪雫は足を止め、真は小さな悲鳴を上げて雪雫の小さい背中に隠れるように膝を折った。
「いやぁ、スカッとしたなぁ!」
「これで、上手くいったのかな……」
「分からない…。今はまだ、様子を見る事しか―――、……あ」
「ん」
「……何!? 誰!?!??」
灯りも無い裏路地から現れたのは、同じく秀尽学園に身を置く生徒。
何かと校内でも話題に上がっている、問題児。
「天城さん」
「……退学コンビ、と高巻さん」
「…俺達って、そういう認識の仕方されているのネ………」
雪雫の物言いに哀しみ半分、諦め半分といった様子で肩を落とす竜司だったが、それも一瞬の事。
すぐに得意な顔を作って、笑みを浮かべた。
「しかし! それも今や過去の事! 見てろよ、絶対にあの発言ひっくり返してやるぜ!」
「ば、馬鹿! ペラペラと喋るな!!」
「……?」
目の前で繰り広げられる竜司と杏の会話の意味が分からず、小首を傾げる雪雫に、蓮はまぁ気にしないで、と声を掛ける。
「せ、雪雫。何とも無いよね…。お化けとかじゃないよね…」
「ん、ちゃんと足ついてる」
今もなお怯える真はどうやら話を聞いていなかったらしい。
この時間に何をしていたか、気になると言えば気になるが、真をこのままにしておくのも忍びない。
「真、帰るよ。近くまで送るから、自分で歩いて」
「え、えぇ……」
じんわりと汗ばむ真の手を引いて、雪雫は三人をその場に残して駅の方面へと向かって行った。
「今の、生徒会長と――、天城さん、よね?」
「ああ、そうだな…」
小さくなっていく二人の背中を見送る竜司と杏。
彼女達の後ろ姿を見ながら、何か忘れている様な、と二人は疑問を浮かべていた。
「そういえば、天城さん。この前会った時、本人って認めていたぞ」
「「サイン貰えば良かった!!!!!」」
先程までの激しい戦いによる疲れも忘れて、二人は感情のまま声を上げた。
◇◇◇
4月26日 火曜日 晴れ
心の怪盗団と名乗る者達からの予告状による騒動から翌日、鴨志田が学校に来ることは無かった。
体調不良による欠勤、と代理の教師は言っていたが、果たしてどうだろうか。
「……これじゃあ、真相には辿り着けない」
生徒会室で試験勉強をしながらも、ぼんやりと雪雫は別の事に思考を割いていた。
◇◇◇
4月27日 水曜日 曇り
やはり、今日も彼は来ない。
特筆すべき点があるとすれば、新しく設置された目安箱に、生徒会への誹謗中傷が書かれた紙が入っていたことくらいか。
「くだらない」
真が来る前に、その紙は処分した。
◇◇◇
4月28日 木曜日 曇り
相変わらず状況は停滞したまま、一向に前進する様子は無い。
試験に向けた勉強に飽きを覚えた為、早めに学校を去り、久しぶりにゲームの配信を行った。
◇◇◇
4月29日 金曜日 晴れ
特に進展は無いが、テレビで直斗についての話題が出ていた。
久しぶりに会いたいな、とぼんやりと思った。
◇◇◇
4月30日 土曜日 晴れ
◇◇◇
5月1日 日曜日 晴れ
◇◇◇
5月2日 月曜日 晴れ
新しく始まった新生活も早いもので五月。
僅かに残った肌寒さも完全に無くなり、緑が深まり始めた頃。
月の初めに決まって行われる学校集会で、停滞していたと思われていた事態は、一気に収束に向かって動き始めた。
真の挨拶を終え、校長の話へ。
世間を賑わす廃人化事件から、この間の自殺未遂事件。
秀尽学園の生徒として、世間の厳しい荒波にも何たらかんたら。
特に有難くも無い話の最中、変化は起きた。
唐突に開かれた体育館特有の重苦しい扉に、私も含めて、生徒達は皆一様に視線を向ける。
「………!」
例の予告状が張り出された翌日から、休みが続いていた鴨志田が、その顔に影を落として、糸の切れた人形の様に立っていた。
「か、鴨志田先生……」
彼が来る事を知らなかったのか、責任者である筈の校長も、困惑の色を隠せないでいる。
「私は―――」
皆の注意が集まる中、鴨志田はやはり影を落としたまま、その口を開いた。
いつもの快活な、そして独裁的な雰囲気はなりを潜め、重く、暗く、罪悪感を帯びて。
「私は、教師として、あるまじき行為を繰り返してまいりました」
その口から語られたのは、彼が陰で犯してきた罪。
生徒への暴言、部員への体罰、女子生徒への性的な嫌がらせ。
――――鈴井さんが飛び降りた原因は自分だと。
「私は、傲慢で、浅はかで、恥ずべき人間……、いや! 人間以下だ……!」
己の罪を告白していくうちに、心が罪悪感に耐えられなくなったのだろう。
鴨志田は酷く取り乱し、しまいには死んで詫びると騒ぎ始めた。
突然の豹変ぶりに騒然とする中、ミルク色の髪を二つ結びにした少女、高巻さんが「逃げるな」と声をあげる。
「飛び降りちゃった志帆も、色々な事を見て見ぬ振りをしてた。私達も…皆、後悔ばっかりの現実を、これからも生きて行かなくちゃいけない……。だから、アンタだけ逃げないで!」
本来、この場に居る誰よりも怒りや憎しみをぶつけたいであろう人物である筈の彼女が。
「………その通り…。全く、その通りだ………。私はきちんと裁かれ、罪を償うべきだ……!」
鴨志田の自殺を思いとどまらせた。
自首するから警察を呼んでくれ。
そう鴨志田が訴え始めたと同時に、ようやく事態を飲み込めたであろう生徒達が、次々と騒ぎ始める。
次第に騒ぎは収拾の付かない所まで。
集会所で無くなってしまった状況に、校長は冷汗を流しながら生徒達に教室へ戻るようにと指示を出す。
後ろ髪が引かれつつも体育館を出る生徒達と共に、私も体育館を後にする。
未だに騒ぐ生徒達の中で、先程届いたであろうメールを流し見しながら。
5/2 月 9:00
From:キリジョウ銀行
ご利用ありがとうございます。お振込みが完了致しました。
見慣れてしまった簡素なメール。
今はもう慣れたもので、削除するのも一瞬だ。
「……私だったら、どうしてたかな」
先程の高巻さんの言葉を思い返しつつ、流される様に教室へと向かった。