PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
9月4日 日曜日 晴れ
「……………」
雪雫を先導する赤髪の女性、桐条美鶴。
黒いライダースーツに白のダウンコートを合わせた…雪雫も思わずツッコミたくなる様な恰好の彼女は、凛とした面持ちで進む。
前回の裸マント、戦隊(ピンク)とかと比べると若干マシに思えてくる辺りが恐ろしい。
「格好には目を瞑って貰えると助かる。何分、ついさっきまでアイギスと手合わせをしていたものでな」
「………別に気にしてない」
もしかしてそれが戦闘服なのか。
普段着と言われても反応に困るが、果たして戦闘に適しているのか。
頭には疑問が浮かぶ浮かぶ。
(……もしかして)
シャドウワーカーは対シャドウに特化した秘密結社(アイギス談)であり、常人では知り得ない技術が用いられているという。
まぁアイギスやラビリスがその良い例なのだが。
(そのスーツに仕掛けが……?)
オーバーテクノロジーを利用しているのなら、それに携わる技術者も居る筈。
何処かのスーパーヒーローよろしくみたいに予想にも無い機能や装備があるのかも────。
「そう言えば他の人は?」
裸マント、ピンク、その他の職員……。
前回来た時はそれなりに人が居たが、今日に関してはその気配が無い。前と比べると大体1/3程か。
その証拠にここに至るまで未だに桐条美鶴以外の人間と会っていない。
「ああ、単純に休みだ。今日は日曜だろう」
「ふぅん」
「長たるもの、労基は守らなければな」
ふっと華麗に口角を上げる美鶴。
(秘密結社に労基ってあったんだ……)
「ああ、安心してくれ。今日来ている者にもちゃんと振替の休みを用意してある。最近は五月蠅いからな」
因みに雪雫は知る由も無いがシャドウワーカーは絶賛公安にマークされている為、その辺りは一般企業よりも徹底されている。
何がきっかけで組織が崩れるか分からない以上、如何なる不安要素も取り除かなければならないのだ。
閑話休題
「………ぁ」
軽い会社見学の様な気分になっていた雪雫の意識が目の前からフラフラとやって来る研究員へ向く。
水色の髪とオーバーサイズの白衣を携え、その両手で支えるオボンに毒々しい存在感を放つ何かを乗せて。
「風花」
そう美鶴が名前を呼んだ。
「あ──、美鶴さ────」
風花と呼ばれた女性は声を掛けられるやいなや、顔を綻ばせたがそれも一瞬の事。
元々足が何処か覚束ない様子だった彼女だったが、こちらに意識を向けたのを切っ掛けにバランスを崩してしまった。
「ああっ!
両手からオボンが離れ、乗っていた
またそれと同時に女性の身体も重力に従って態勢を崩していく。
火を見るよりも明らかだった。
ほんの数秒後には女性は倒れ、持っていたモノは地にぶちまけられるだろうと。
当然、美鶴もそう思った。
自身が伸ばした手が届くよりも、その惨状が生まれる方が早いだろうと。
しかし───。
「大丈夫?」
その予想は見事に裏切られた。
いつの間にか──その動きを誰にも悟られる事無く、女性を受け止めたのは美鶴の後ろに居た筈の雪雫本人。
加えて彼女だけではなく、宙を舞っていたオボンも
何1つとして漏れ零す事は無く。まるで映画のワンシーンの様に。
「あ、ありがとうございます……」
あまりにも一瞬の事過ぎて当の本人も状況を理解しきれていない。
だってそれはそうだろう。
こける──と思った次の瞬間には自分よりも小さな女の子に抱きかかえられ、尚且つ自分が丹精込めて作った
「───今なら腕から糸出せるかもしれない」
「……ブリリアント!」
▼
「いやはや、まさかそんな事があったとは。さすが風花さん。中々のヒロイン力」
「キッチンで見掛けた思うたら、料理しとったんやな」
「………料理?」
料理と聞いて自分の耳を疑う。
まさか姉と引くとも劣らないダークマターを生み出す存在がこの世にまだ居たとは。
「……さっきの人もペルソナ使い?」
「ああ、そうだ。非常勤ではあるが」
曰く料理……を運んでいた水色の髪の優し気な女性。
変人の巣窟のシャドウワーカーであるシャドウワーカーのイメージにはあまりそぐわない──料理以外は。
「さて、早速だが本題に入ろうか。アイギス」
「はい、こちらに」
アイギスが美鶴にファイルを差し出す。『天城雪雫』と書かれた黒いファイル。
「データ収集ご苦労だった。お陰で知りたい事も知れたよ」
「……結果は?」
「まずは前置きから話そうか。君達が活動するイセカイだが──特筆すべき点は無かった。我々が観測している…今までの怪事件と環境的には同じだ。仮に私や先程の山岸風花が入っても、君達と同じ様に活動出来るだろう。しかし───」
「尚の事イセカイナビの存在が不可解やけどな」
怪盗団だけがイセカイで活動出来るとか、怪盗服が特殊なモノで出来ているとか、そういった要素は無い。
だから余計にナビの存在が浮き彫りになる。
何故雪雫達には有って、既存のペルソナ使い達には無いのか。
「───選ばれている、とか?」
「選ばれている、か。だとしたら一体何にだろうな」
「……………まぁ答えの出ない議論は止めましょう。どの道、ナビがあったとしても私達は動けない。これ以上は不毛では?」
「ま、それもそうやな」
動けない。
確か前回もそう言っていた。
特殊部隊と言うだけあって様々な事情が絡み合っているらしい。
「本題に入ろう。君の身体について、だ」
そう言えばこの建物の周りにも不可解な動きをしている人が居たな──なんて雪雫が思い返していると、美鶴はそんな彼女に数枚の書類を差し出す。
「これは君の主治医に。データを貰ってばかりじゃフェアじゃないからな。───さて」
何から話そうか。
と美鶴は溜息を吐きながら脚を組み替える。
「……まず退院時の君のデータ……君が9つの時か。それと今年の健康診断の結果、それから今回の計測したデータ。全て照らし合わせたが────」
・
・
・
「正常、か。自分で言ってて呆れるよ」
「嘘は言うてへんやろ。
雪雫が去った後の応接室で深くソファに腰掛けながら美鶴は黒いリストバンドを眺める。
それは先程、雪雫が美鶴達に返却したモノ──アイギス達に備えられた計測器を小型化したモノだ。
「身長、体重、細部に至るデータまで。全て変化無し。……知ってはいたが末恐ろしいな」
「そんなちっこい身体で銃弾避けたり大鎌振り回したりしとんやからなぁ…」
「……今日実際に目の当たりにしたよ。異常と言っていいレベルの反射神経だった」
脳裏で再生される風花を受け止めた時の彼女の行動。
一切無駄がなく、洗練された理想的な身体使い。
「ペルソナ能力の副産物……だけとは言い切れないな」
「そうですね、実際───」
アイギスは手元の資料に目を落とす。
それはイセカイにおける雪雫のデータ。
「問題無く機能しています」
「……………そうか」
美鶴の瞳に迷いが生まれる。
それは今後の少女について。
美鶴は本人以上に少女の事を知っているつもりだが、それでも確かに彼女の中にはブラックボックスが存在する。
それがある限り、迂闊な判断を出来ないのも事実であって。
「────黄昏か」
傾きかけた太陽を見つめながらそう呟いた。
▼
用事が済んだ帰り道、雪雫の頭を支配していたのは目前に迫った一大イベントだった。
「修学旅行…か……」
無理も無いだろう。
以前に祐介も言っていたが、世間のシーズン的にどこもかしこも修学旅行が控えている上、学校内も仲間内でもその話題が常に飛び交っているのだから。
それに加えて───。
「行くの初めてだな」
雪雫にとってすれば未知の行事なのだから。
別に身体的な理由とかではない。というかその頃には身体も完全に治っていたし、行く機会は小学校でも中学校でも有った。
単に優先順位の問題だ。
それらの学校行事よりも、やりたい事が常に存在していた。
ただそれだけの事。
しかし今回はきちんと行くつもりだ。
一緒に行くメンバーがメンバーであるし、過去とは違って仕事のメリハリは上手く付けれる様になったのだから。
「………そういえば」
ふと、電車内の路線図に意識が向く。
「雪子達は巌戸台に行ったんだっけ」
巌戸台。
かつて雪雫が入院していた病院がある場所。
一年弱という短い時間ではあったが、色々と思い入れはある地域だ。
「……そう言えば何があるか知らないな」
▼
曰く、雪子達の修学旅行は良く漫画で描かれる様な華やかなモノでは無かったという。
と言うのも当時の教師を務めていた男が非常に教育熱心だったらしく、本当の意味での修学を目的にしていたとか。
現地にある高校との合同授業で一日潰す上に、自由時間が非常に少なく、非常に不評だったらしい。
まぁそれでも少ない時間の中で皆で楽しんだらしいので、後からその話を聞いた時は何かモヤモヤしたのを良く憶えている。
「ここに…みんなで……」
月光館学園。
それこそが件の修学旅行での受け入れ校であり、いま雪雫が目の前に聳え立っているマンモス校である。
「…………」
初めて来たがその規模に圧倒される。
田舎である故郷と比べればそれはそうという話だが、兎に角大きい。流石は小中高全てを統合した私立校。
部活動だろうか、グラウンドの方から「アマダ先輩ー!」と黄色い声が聞こえる。
日曜にも関わらず生徒が沢山居るのも頷ける。
「あのお兄さんもここで──」
ふと入院生活中に出会った月光館学園の生徒の事を思い出す。
青く長い前髪に少し無気力な雰囲気を醸し出していたお兄さん。
「お見舞いによく本を持ってきてくれたっけ」
何となく、ここに居るんじゃないか。
なんて思って辺りを見回すがそんなことは無く。
第一当時高校生であるならば、もう大人になっている筈だ。
こんな所に居る筈が無い。
「………………」
何気なくボーっと空を見上げるがそこには何もない。
「…………変なの」
自嘲気味に笑みを作り、雪雫は学校を後にした。
・
・
・
足の向くまま気の向くまま。
明日は学校があるのにも関わらず巌戸台の地を散策する。
太陽は傾き代わりに空には月が現れ始めた。
「……もう少し」
だけど急いで帰る必要は無い。
今日はりせもべっきぃも来ないし、特に仲間内で集まる用事も無い。
だからせめて、ここからの景色だけはその目で見ておきたい。
「……辰巳記念病院…」
最後に見た時よりも少し古臭い印象を受けるものの、大体は記憶通りだ。
無論、時間も時間であるし、用が無いの中に入る訳にもいかない。
あくまで外周を回るだけ。
「…………はぁ」
思わず息が上がる。
らしくもなく、身体全体が緊張に包まれる。
この病院に対して深く結びついているイメージは夜だ。
毎晩決まって例外無く訪れるあの時間。
化け物が闊歩する無間。
彼らに会えば何が待っているかは幼い私にも容易に想像出来た。
だって院内に悲鳴が響いた翌日には、決まってナース達が忙しなくしていたから。
だから見つかってはいけないと思って、毎晩毎晩、部屋の隅で縮こまっていた。
それはあの日も例外では無く───いや。
「確かあっちの方……」
1つ、最近になって思い出した事がある。
正確に言えば夢で見た風景に過ぎないのだけども。でも言葉1つで片付けるにはとても鮮明で、それが脳裏に焼き付いて。
1月末の満月の日。
文字通りの最後の夜。
窓から差し込む光に誘われて、私は重い身体を引きずりながら外を眺めた。
角度は丁度、今向いている──方向的には月光館学園の方。
怖い位大きい満月とそこから注がれる光。加えてそれらをテラテラと反射させる宙を舞う羽根。
実際にあった出来事なのか。
それとも幼い私の経験が肥大化した光景なのか。
どちらかは分からない。
ともあれ、脳裏に浮かんだ以上は言葉にしないと気が済まないのがアーティストの性であって。
私自身、その光景は良いモノとして考える様にしている。
だってあの日を境に身体が良くなった訳であるし、あの異常な夜はその日を持って終わりを告げた。
文字通り私の取り巻く環境が様変わりしたのだ。
そしてそれは今現在、プラスの方向へと働いている。
あの光景は私にとって無くてはならないものであった。と強く思っている。
だから、言葉にして表すのならば──。
「───祝福?」
ちょっと自意識過剰かもしれない。
実際に言葉にしたら、おかしくて思わず笑ってしまった。
それは与えるモノと与えられるモノ。双方の存在があって成り立つ言葉だ。
あれが言葉通りになるならば、私に与えた何かが居る事になってしまう。
それは嫌だな。
あの日が無ければ今の私は居ない。
もしあれが与えられたものだとしたら、未だに私は狭い世界に囚われている事になる。
そんなの
だってそれはおもちゃの箱の人形と何も変わらないもの。