PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
9月9日 金曜日 晴れ
ハワイ2日目。
目覚めれば視界に入るのは見知らぬ天井。
何時もとは違う風景に「ああ、そうだ。今ハワイに居るんだった」と寝起きの頭が遅れて反応を返した。
カーテンから差し込む光、ココナッツフレーバーの仄かな香り、程良い室温と
(……今日は確か…)
急ピッチで作成した「旅のしおり」の中身を思い返す。
本日は確か1日通しての完全自由行動の筈だ。実質的なハワイ本番と言ってもいいかもしれない。
(…そろそろ起きようかな……)
サイドテーブルに置いた持参の時計に目を向ければ、時刻は7時を過ぎた頃。下の食堂に行けば丁度、朝食のバイキングにありつける時間帯だ。
どんなものがあるだろう。あらかじめホテルのホームページで朝食はバイキングだという事は調べたが、流石にその内容までは知らない。
トースト、サラダ、スクランブルエッグは外せないわね。ロコモコ…はちょっと朝からは…重いかな。
兎に角、普段は味わえない食べ物が沢山あるだろう。ここのホテルの食事はレビューでも評判だったから楽しみだ。
ああそれと、しっかり雪雫も連れて行かなければ。
あの子、人一倍ご飯を楽しみにしていたから。
(そうと決まれば……)
タオルケットを少しずらし、ほんのりと温かな熱源へと目を向け───。
「………へっ?」
ここで急速に意識が覚醒した。
まず最初に知覚したのはフニフニとした柔らかい感触。細かく観察してみれば彼女の薄い胸が隙間無く押し付けられており、加えて手首の辺りがガッチリ太ももでホールドされている。例えるならば、木にしがみ付くコアラとかナマケモノとか……それに近しい態勢。
しかし性質が悪い。
そもそも恰好が問題だ。昨日の夜から分かっていたことではあるが、この少女、シャツの下に何も着ていないのだ。『暑い』『寝にくい』と口々に文句を言っていたのを良く憶えている。それでいて体躯に合わないブカブカのシャツ……それはもう乱れに乱れ、最早半裸と言ってもいい状態。
この状況を第三者に見られれば、勘違いされる事は間違い無しだろう。
だってそうでしょう。就寝時の彼女なんて家族か、それこそりせさんしか知らないだろうから。
段々と体温が上がっていくのが分かる。
あれ、おかしいな。きちんと冷房付いている筈なんだけど───。ああ、そっか。雪雫からの体温が伝わってきてるんだ。
そう思考が整理されると、急に感覚が研ぎすまされ、また新たな情報が私に襲い掛かる。
例えばじんわりと香る少女の甘い匂いとか。二の腕にかかる吐息に合わせてリズムを刻む心臓の音とか。肉付きは薄く発育も良い訳では無いがしっかり柔らかい辺りちゃんと女の子なんだなとか。
同じ身体でも体温に違いあるんだなとか。────特に手の先辺り。
いけない。
と脳が警鐘を鳴らす。
もう少し。
と心が揺らぐ。
ジュクジュクと蝕まれていく様な感覚。
落ちてはいけない方向へ落ちてしまいそうな感覚。
当たり前。と思っていた価値観が土台から消えていくような、そんな感覚。
今日くらい朝ご飯抜いてもいいかな。
なんて自分に似つかわしくない思考が侵食し始めた───その時。
「っ!!!!」
辺りにけたたましい音が響いた。
私の脳内アラートでは無く、現実世界の…朝を告げる音。
時刻は7時15分。
「───ん、ご飯」
先程まで無自覚に人を蝕んでいた眠り姫が、その宝石の様な双眸をこちらに向けてそう言った。
(─────ああ)
そう言えば寝る前にウキウキで目覚ましセットしていたっけ。
モーニングの時間を逃さない為。とか言いながら。
「……ええ、行きましょうか」
何で私のベッドに潜り込んでいるんだ。
一言言ってやりたかった所ではあるども、起きれば何時も通りの雪雫の姿に、そんな文句もさっきの感覚と共に霧散した。
いそいそと2人で用意をしながら、正常に稼働し始めた頭で考える。
…………りせさんの理性ってどうなってるんだろう。
純粋にそう思った。
▼
「自由行動……多くね?」
開口一番、竜司がうんざりした様に口を開いた。
「こう…もっとさ、学校側が用意してくれんじゃねーの? ダイビングとかサーフィンとかさ」
「……バタバタしててプランを練れなかったみたい…ほら、生徒に引率頼む位だし」
鴨志田事件とか校長のスキャンダルとか……何かと世間の目を浴び続けている我が校は、本当のギリギリまで修学旅行を中止するかどうか議論を重ねていたらしい。
実際、去年の私達の場合はある程度のグループに分かれてではあるが、あちこち皆で観光したし、ダイビングとかフラダンスとかの体験学習も行った。
今年が特例なだけだ。
………まぁその要因となった事件に要所要所──いや、半数以上関わっている身からすると文句も言えないけど。
「その代わりの…自由時間………。ほら、私達お手製のしおりにも書いてある。生徒の自主性を云々」
「モノは言いよう……ってやつだね!」
いや、実際そう書いてください。とお願いがあったのだから仕方ないじゃない。
そりゃ旅行一週間前にいきなり『おねがーい、作って』とか言われたら投げやりな内容にもなる。
「でもさ、私達の主体性に合わせて観光っつても限界ない? 学生のお小遣いで回れる範囲が狭いというか……」
「杏の言う通りね……。引率側としては耳が痛いわ………」
「見て回るか、食べるか……。俺達に出来るのは精々これ位か…」
「ん…」
理想は華やかなハワイ旅行。
しかし現実は資金というシビアな足枷。固定のバイトに入って稼いでいる訳でも無い私達の行動を制限するには十分過ぎるほどだ。
「ちょっとくらい、私が出すけど───」
「「「「それはダメ」」」」
「……むぅ」
気持ちは嬉しいが奢られるのは違うでしょうよ。
「あー。早く日本帰りてぇ! 世界が俺達の活躍を待っているって思うと気が気じゃねぇぜ!」
「止めましょうよ……旅行中くらい…」
とは言いつつも、竜司が焦る気持ちが一片たりとも理解出来ない…という訳も無く。
偽メジエドの件を片付けて以来、私たち怪盗団の存在は海の向こうの人達にまで認知されるようになった。まぁとは言っても、日本ほど熱量がある訳では無く、一種の娯楽として親しまれている位ではあるが。ノリ的には覆面のライダーとか海から来る架空の怪獣とか、それに近しい創作物かオカルトだ。
しかしながらその名が届いているのには変わりなく、実際にこの旅行中もたまに外国語に混じってカイトウダンと口にしている人が一定数居る。
加えて今のご時世、ネットに潜れば気軽に情報収集が出来るのだから、遠く離れた地であっても話題の中心に何時も怪盗団がある様な気すらしてしまう。
このような世間の盛り上がりに対して、当の私達は旅行中。実質的なお休み期間。
仲間の中では特に目立ちたがりの竜司が「早く何かしないと」と急いてしまうのは仕方のない事だろう。
「そんなこと言ったってよぉ? ──祐介だって早く帰りてぇよな!」
しかしながら竜司以外は旅行は旅行で楽しみたいと思っているらしく、私も含めて特に同意を返さない。
だから、彼は他に同意を求める。
そう、何時も通り涼しい表情を浮かべた、口を開かなければ美青年と称せる男、喜多川───
「いや、海外も新鮮な刺激があって、いい経験になる。俺はもう少しここに居たい」
「はぁ!?」
あんぐりと口を作って眼の間に居るものが信じられない。とでも言う様に何度も目を擦る竜司。
「え、何で居るの? こわっ」
仲間に対して何て言いようなのだろうか。
そんな表情が隣の蓮から見て取れる。
だけどこれに関しては竜司に同感だ。
「ロスじゃなかった?」
だって彼の通う学校である洸星高校の行き先はここから遠く離れた映画のメッカ、ロサンゼルスの筈なのだから。
「アメリカ本土は嵐で大荒れ。着陸出来無いからこっち来た」
「何で雪雫が知ってるのよ」
「一二三から聞いた」
手に持つ情報源をヒラヒラとアピールする雪雫。そこにはつい最近の日付で行われたやり取り。
一二三……ああ、東郷一二三。
雪雫や蓮の話でたまに出てくる棋士の少女か。
「祐介、この後は…暇?」
「特に予定は無い。急な予定の変更だったからな」
「……私達と同じね…」
つまる所の生徒の自主性云々。
学校行事として正しい姿かどうか、意見が分かれる所だ。
自由時間が多いという事は即ち、生徒1人1人に差が生まれるという事。それは思い出であったり、学びであったり。極論、何もしなくても許されるのだから、学校側が意図した修学旅行とは主旨がズレてしまうだろう。
でもそれは学校側の意見であり、生徒達には何ら関係無く、寧ろ嬉しいもの。
そして、引率として来ては居るが、私も雪雫も生徒側であることには変わりない。
「なら私達と一緒に行かない? お土産見に行こうと思っていたの」
他の生徒には悪いが、気の知れた友人達と行動するに越したことはない。
▼
「…………」
悩む。
「…………」
少女は悩む。
「………………」
「………………」
悩みに悩んでもう15分が経った。
それでもまだ悩む。
そしてそんな彼女の様子を店員は困った様な笑みを浮かべながらも見守る。
「ん……」
少女は見つめる。ガラス越しで煌びやかに光るオリーブグリーンの輝きを。
ペリドット。
別名ハワイアンダイヤモンド、もしくは夜会のエメラルド。或いはペレの涙。
ハワイ島で採掘される希少な宝石だ。
(……ネックレスか、ピアスか……それとも…………)
眼の前に立ち並ぶペリドットが施された装飾品の数々。
比べること自体が烏滸がましいほど洗練されたそのデザインには思わず称賛の拍手を送りたくなる程だった。余程、腕の良い職人が作っているのだろう。
有り体に言うと、少女…雪雫はある人へのお土産に悩んでいる。
まぁ隠す事も無いだろう。想いを募りに募らせもう何年…久慈川りせへのお土産だ。
雪雫にとって、この旅行の中で最後にして最大の買い物である。
他の人達へのお土産はすんなり決まったのだ。
それこそ、一緒に来ていた仲間達と雑談の片手間にパパっと。
モルガナにはマヒマヒ。(丸ごと1匹)
マスターにはコナコーヒー。(1ダース)
武見にはコアウッド*1のボールペン。(替え芯2ダース付)
雪子にはアイランドバス&ボディ*2のお風呂用品一式。(3か月分)
実家にはレアハワイアンオーガニックホワイトハニー*3。(全従業員分)
勿論、同郷の友人達や大宅やララちゃん、べっきぃ、千早といった上京してお世話になった大人達へのプレゼントもそれぞれ違ったものを見繕った。
一見すると迷い込んだ子どもの様な風貌の雪雫が、それはもう大人以上の買い物をしていくものだから、これには店員も目を丸くした。
『どこぞのハリウッド俳優の子どもじゃないのか』
そんな雰囲気が店内に漂い始め、気づけば雪雫の横には常に店員が付いて回る状態に。
まぁ彼女的には買いたいものを伝えただけでお会計から商品の発送準備までしてくれるのだから、ありがたいな。位の認識であったが。
兎も角、そんな即断即決で決めていた彼女であったが、件の人の土産となった途端、その勢いはピタリと鳴りを潜めた。
因みにまだまだ買い物に時間が掛かりそうと踏んだ真達は近くの「ビックバンバーガー:ハワイ支店」で時間を潰している。
(………アンクレットは無しかな。靴によっては合わせられない。ブレスレットも………微妙かな。寒くなったら見る機会減っちゃう。なら指輪……とってもロマンチックだけど、少し重い? いやそれ以前に指のサイズが分からない。………そもそもペリドットが選択ミス? 誕生石としては8月だから全然合ってないけど…。いやでもハワイと言えばこれだし。石言葉もポジティブ。なにより……ふふ、きっとりせに良く似合う)
この調子である。
そもそもの話、友達…と言っていい距離感かどうかは微妙であるが………宝石付きのアクセサリーを贈ろうとしている時点で若干重い事に雪雫は気付いていない。
アクセサリーという特性上、身体に直接身に着ける必要がある訳で、部位にもよるが贈り物の意味として大体は『束縛』だったり『独占』だったり…。まぁこれにも諸説あり決して一般論では無いのだが、そう感じる人もいるし、そういう考えもある。
────ちょっとしたプレゼントにチョーカーをチョイスしたかのアイドルにはそういう配慮は不要だとは思うが。
(………ネックレスも…着込む時期になったら…あまり見えない…)
そっと首のチョーカーに触れる。
彼女がくれた初めてのアクセサリー。
貰った時から一日も欠かす事無く…決して出かける用事が無くても身に着けている大事なもの。
りせの存在を常に感じられて好きだ。
これを周囲に見せる事で、私が誰のモノなのかを見せつけれる事が出来るから好きだ。
最初に感じていた圧迫感はもう慣れてしまってそこまで感じない。
だからたまに後ろのベルトを調整してもう少しだけきつくしたりする。
そうすることで、また彼女をより身近で感じる事が出来る。
(……ピアス…)
だからりせにも私と同じように感じて欲しい。
常に周囲に見せつける事が出来るし、何より「身体の一部を貫通する」という点が素晴らしい。
「………I'll take it.」
▼
何やら店員が仰々しく、まるでvipでも来たかのような振る舞いをしているのが気になってそちらの方に目を向ければ、そこに居たのは白髪の見慣れた少女。
真剣に宝石が施されたアクセサリーを選ぶ彼女を見て、「ああ、あの人への贈り物なんだな」と直感した。
正直に言って、ちょっかいを掛けたかった。
真剣な眼差しをショーケースに落とし続ける彼女は平時の様な第六感とも言うべきムズムズセンスは今は発揮されないだろう。
外見年齢にそぐわないくびれにつーっと指を走らせて、響く甲高い声を耳に入れたい。そしてそのまま後ろから抱き着いて首元に顔を埋めて自分の鼻腔を犯すのだ。
「………でもなぁ」
今の私にその振る舞いが許されるのか、とも思う。
そんな普通の友達同士の様な振る舞いを。きっと彼女は気にしないだろう。寧ろ、そういう遠慮がある時点で怒るだろう。
でもまだ足りないのだ。
自分に課した責が無くなるまでは、彼女に会いたくない。
「かすみ~、そろそろ練習の時間だよー」
店の入り口でチームメイトが手を振って私の名前を呼んでいる。
「今行く」
きっと彼女は気付いていないだろう。
今は最愛の人への贈り物選びで忙しいだろうから。
それでいい、それがいい。
現実世界で裁かれない私には、丁度良い贖罪だ。
◇◇◇
9月11日 日曜日
最終日。
皆で写真を撮ったり、食べ歩きをしたり、男性陣だけでナンパをしにいって全敗したりエトセトラエトセトラ……。
修学旅行としては不十分で全力でハワイを楽しんだか、と言われればそういう訳でも無いが、それでもそれなりに楽しかった旅行も後は帰るのみ。
ホテルを後にして空港に着いたら後はフライトまでの時間を潰すだけ。
イベントらしいイベントも当然用意されていないし、かといって自由行動する程の時間も無い。
友人と喋ったり、スマホをボーっと眺めたり、買い込んだ土産を必死に詰め込んだりと、生徒達が思い思いに過ごす中、白髪の少女は1人キョロキョロと辺りを見渡していた。
「…………」
小さな手に持つスマホを頻りに確認しながら、まるで誰かを探す様に。
「何してんだ?」
そんな彼女を訝し気に眉を顰め、竜司が問いかける。
「双葉へのお土産、まだ手に入れてない」
「んじゃ、そこの土産屋見に行くか? そんくらいの時間あるだろ」
「違う、お土産屋さんじゃない。でも───この辺りに入る筈」
「……はぁ?」
竜司は考える。あまり考えるのは得意では無いけども。
それでも、彼女がふわふわしてて割と電波感ある様に見えてその実、きちんとある程度の法則に則って行動していると知っているから。
ああ、そういえば。
と彼の頭に過去の情景が浮かんだ。
「あー……そういえば、俳優のサインを土産にするとか…言ってたっけか…………。あれマジだったの?」
「もちろん」
何時に無く眼光を鋭く光らせている雪雫に圧倒される竜司は言えなかった。
「そんな世界的な大スターが居るわけ無くね?」
と。
生憎、そこまで空気読めない男でも無いのだ。
だけど口には出さなくても「無理だろうな」とは考えていた。
フライトまで後30分切っているし、空港という限られたエリアで探せるわけ───。
「あ──、Excuse me. Is this a good time?」
「…………嘘、だろ」
後日、SNSにアップされた色紙を2枚持った雪雫ととある男のツーショットは日本中を席巻し、そしてちょっと海を越えた所でほんのり話題となる。
因みにりせは何回も理性が飛びそうになっていますが、丁度その時に見計らった様にやってくる外敵要因(主に雪子)によって抑えられているだけです。
雪雫が精神的Mになっちゃった……