PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
人間、慣れない事をすれば身体に負荷が掛かるというもの。それは肉体的な疲労であったり、精神的なストレスであったり。感じ方は人それぞれだろう。
ちなみに、今回の私の場合は前者であった。
雪雫ちゃんとの打ち合わせが終わり、学校に戻った後、気の向くままに始めた土いじり。新しく花でも植えようと腐葉土を運ぼうとしたがこれが中々運べない。台車に乗せているにも関わらず、まるで鉛をそのまま押しているかの如く動かない。
(雪雫ちゃんに身体の使い方教わったんだけどな……)
元々体力には自信がある方だ。昔から薪割りが好きで今も時々斧を振り回しているし、庭の雑草取りとかも丸一日出来ちゃうし。それに加えてコーチが2人も就いたのだから、もう一種の全能感すら覚えていたくらいだ。
いや、そもそもそれらを差し引いても普段からこれくらい運べていたのだが。
やはり、いきなり始まった怪盗生活と今日のお仕事が原因か。
(私も素直に帰れば良かったかなぁ)
因みに雪雫ちゃんは「授業間に合わないから帰る」と早々に諦めて自宅へと帰っていった。
退き際をきちんと把握している。流石プロ。
まぁでもすぐに帰ったところでやる事無いし、こうやって土いじりしてた方が気が紛れるし。
何より自分でやると決めて来ているのだから最後までやり遂げよう。
「……ふっ! ふぬぬぬぬ……! お、おもい…………!」
しかし、押しても引いても動きません。
やる気と身体がつり合っていない。
そんな時だった。
彼の声がしたのは。
「大丈夫か?」
同じ高校生の割には落ち着いた声。
ボサボサの髪に大きめのメガネ。
しかしその瞳には確かな強い意志の様なものが感じられる。
そんな男子生徒。
「あ………」
知っている。
私はこの人の事を知っている。
秀尽の悪い意味での有名人。今年の春先に転入してきた私にとって一個下の後輩にあたる男の子。
そして────。
「あの…土いじり、興味あります?」
別の分野では私の先輩とも言える人物だ。
・
・
・
「………………」
「………………」
彼が…蓮くんが声を掛けてくれてからしばらくが経った。
最初から信じては無かったけど、やっぱり噂はあてにならない。
校内では盛りに盛られた彼の良くない噂で持ち切りだが、少なくとも噂通りなら初対面の別学年の生徒を手伝う様な事はしないだろう。
腐葉土の運搬から入れ替え、さらに植栽まで手伝ってくれているのだから、もう至れり尽くせりって感じだ。
「何を植えているんだ?」
「お花だよ。冬に咲く、真っ白で小さな花。凄く綺麗なの」
「………マーガレットか?」
「うーん、不正解。……でもビックリした。お花、詳しいのね?」
一緒にやって分かったが、彼はとても手先が器用だし、お花に対しての知識も人並み以上にはある様だった。
社長令嬢という肩書が、生まれ故に疎外感を感じる事も多々あったが、彼の様な人が友達に居たら……とすら思ってしまう。
「───あっ、いけない。私ったら………。ごめんね、没頭しちゃって。自己紹介、まだだったよね……。私は─────」
「奥村春さんよね。オクムラフーズ代表取締役社長、奥村邦和の一人娘……」
その時、聞き覚えある女子生徒の声が私の言葉に被さるように紡がれた。
「どうして、その父親のパレスに居たのか、説明してもらえるかしら?」
彼女も学園きっての有名人だ。
関わった事が無くとも、一方的に彼女の事を知っている生徒は多いだろう。私としても、同学年ではあるがこうして面と向かって言葉を交わすのは初めてだ。
新島真。
学園随一の秀才。2年連続で生徒会長を務める質実剛健を体現した様な少女。
………まぁ雪雫ちゃんから色々聞いてしまっているので最早その印象も変わってきてはいるが。
「雪雫ちゃんから聞いたのかな?」
「……はぁ、それが出来たら楽だったんだけどね。あの子、貴女に関しては何も喋らなかったわよ。モルガナの件とはまた別、って意味かしらね」
これには面を喰らった。
モナちゃんは「アイツ多分食べ物で口を割るぞ」なんて苦々しく言っていたから、てっきりこの前のレストランで喋ったかと思ったのに。
「
「でも凄い………。1日で分かっちゃうんだから」
彼女が喋らなかったとすれば、怪盗団が持っている情報と言えば声と怪盗服込みの容姿のみ。
それだけで特定してしまうのだから、やはり流石と言えるだろう。
「あ、えっと。それで、どうしてお父様のパレスに居たか、だよね?」
まぁバレてしまったら話すしかない。
元々、味方では無いが敵でも無い。喋った所で特段変わりもしない。
「お父様は経営者として評価されているけど、私……色々疑問があって…」
一代で細々とやっていた会社を海外進出させるほどの大企業まで成長させた剛腕は身内贔屓を無しにしても凄いと言わざるを得ない。しかし、その裏で怪しい噂が飛び交っているのも事実。最初は気にしていなかった。根も葉もない噂だろうと。メディアやSNSが面白がってまくし立てているだけだろうって。
だけどそれが最近になって無視出来無いものへと変化していった。
それは会社を取り巻く環境であったり、社員の働き方であったり、社長である父自身の言動であったり。
挙げればキリが無いのだが、それらが春の疑問を日に日に大きくしていった。
実際、ネットは今日も荒れに荒れていた。
食材の産地偽装に対する告発、社員の不当解雇、ライバル会社の重役の不審死。ドラマくらいでしか見たこと無い様な文字の羅列に思わず面を喰らってしまったほどだ。
勿論、全てを鵜呑みにする訳では無いが、パレスの光景を見てしまった以上、否定しきれない自分が確かに居る。
「……だから、自己満足かもしれないけど、これは私なりの償い」
一学生に過ぎない私は力を持たない。
中から変える事も出来ず、外で声を上げても掻き消されるのみ。
でも、だからといって。何もしないのでは目覚めが悪い。
出来る事で良いから、何かをやっていたいのだ、私は。
「モルガナ達とは何処で?」
「それは本当に偶然だよ? 夜遅くに会社の前で猫と喋っている女の子が居たの。どうしたんだろう……って気になって付いて行ってみたら…」
「イセカイに迷い込んだ…か」
「お父様の会社を私が変える事は出来ない…。でも怪盗になれば、お父様を変える事が出来ると思って」
少なくとも、昔はこうでは無かったのだ。
春が本当にまだ小さかった頃。奥村邦和は従業員想いの良い経営者だったと言う。
だから変わってしまったのはここ数年の話。何か心が変わるきっかけがあったなら、それを奪ってしまえばいい。
「………私達、協力出来ないかな?」
真ちゃんが少し考え込む様な素振りを見せた後、真っ直ぐに私の目を見てそう言った。
協力…なるほど確かに。
怪盗団は悪人の欲望を奪い改心させる義賊。例外はあれど、大抵パレスを持つほどの巨大な欲望は基本的に悪人が持っており、彼らに言わせてみれば改心の対象。
利害は一致しているという訳だ。
「……何をしたいか分からない人たちと協力なんて出来無いよ」
だけど返事はNOだ。
メジエドの一件以来、怪盗団の人気は凄まじい。
叩いていたメディアも手の平を返して賛同し始め、世の中には怪盗団グッズなんてものが溢れ出る始末。勿論、それは周りが勝手に盛り上がっている事で彼らが自主的に行った事では無い。
だけどそれでも、モナちゃんの話を聞く限り、何処かメンバー内でも浮足立っている雰囲気は感じる。お父様の件もそうだ。今までは自らの物差しで改心対象を決めていた怪盗団が、今回の場合はランキングや世論など周りの流れに合わせて決めている節がある。結果的に利害が一致したが、自らの目で見た私やモナちゃん達と比べればそこの差は大きいだろう。
要するに何処か行き急いでいる様な感じがするのだ。
──そうそれこそ、自らの仲間の変化にすら気付かない位には。
「だから私は、モナちゃんと雪雫ちゃん…3人で行きます」
▼
己の力の無さに打ちひしがれたのは何時の頃だったか。
病床に伏せてた時か?
殺人事件を目の当たりにした時か?
いや、違う。
あれはそう。
それらすべてが終わった後。
りせの後を追う様に音楽の道に進み始めたそんな頃だった。
毎日が新鮮だった。
明星*1に手を掛ける為、その光を一身に集める為。
思い付く限りの事を手当たり次第に取り組んでいった。ギター、ベース、ドラム、ピアノなど様々な楽器の練習。有名曲のカバー。作詞に作曲。何が得意か分からなかったから、何が出来るか分からなかったから。何でもやった。真っ白だったキャンパスを別の色に染めていく様なそんな感覚が堪らなく気持ち良くて楽しかった。
また、環境がそれをさらに後押ししてくれた。
将来すら危うかった少女が、突き動かされる様に始めたソレを止めるモノなどいやしなかった。道は違えどまさに「自身のやるべき事」を見つけた私に母も姉も笑顔で見守ってくれていた。
「でも」と誰かが声を上げた。
その自由は貴女が妹である事に安堵したあの日、姉が真に欲しかったものではないか。
と。