PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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虚飾の殿
8:Bloom proudly, like a lily.


5月3日 火曜日 曇り

 

 

 ペンを走らせる音が耳に届く。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 リズムを刻む様に、その小さな手は時折動きを止めながらも、忙しなく動き続ける。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 高校一年生という事を考えても、小柄と言わざるを得ない身体。

 染み一つ無い、陶器の様に白く、神聖さすら感じる柔肌。

 少し力を入れれば、簡単に折れてしまいそうな手足。

 頭が動くたびに踊る、神々しい白い髪。

 

 

「……天使か」

 

「……………」

 

 

 目の前のことに集中している彼女には、聞こえていないであろう小さな呟き。

 その証拠に、こちらを一切振り向く事無く、今もなおペンを走らせている。

 

 

「いやぁ、冷静になって見ると、やっぱり有り得ない位可愛い。」

 

「……………」

 

 

 と言っても、机に向かっている後ろ姿しか見えないけど。

 見ての通り、彼女は忙しくて、私は暇。

 改めて彼女の姿をじっくり観察しようと思いマジマジと見つめていたら、辿り着いたのは彼女が可愛いという事実。

 

 

「………」

 

 

 しかし、まぁとんでもない集中力だ。

 すぐ後ろのベッドでゴロゴロしている私の独り言にすら反応せず、もう何時間もこうして勉強を続けている。

 

 

「ちょーっと、悪戯しちゃおうかなぁ……」

 

 

 祝日というにも関わらず勉強を続ける彼女に少しばかり不満を覚え、ちょっかいを掛けたくなってしまった。

 

 

「ちょっとくらい、良いよね……。私、この連休の為に仕事頑張ったんだし……」

 

 

 ゆっくり、ゆっくりと彼女の元へ歩を進め……。

 

 

「せ~つなっ!!!」

 

 

 思いっきり、ぎゅっと抱き着く。

 彼女の慎ましい胸の辺りに腕を回して、モチモチの頬に自身の頬をくっつけて。

 

 

「きゃっ!!」

 

 

 普段の仏教面は、驚きを浮かべた表情へ。

 肩を大きく震わせて、ペン先は大きくブレて。

 

 

「お、珍しい声。可愛い可愛い」

 

 

 中々聞けない年相応の少女らしい声に満足していると、微かに自身の耳に聴きなれた声とリズムが耳に入る。

 

 

「……反応無いと思ったら、イヤホンしてたんだ~。しかも……」

 

 

 彼女の耳に入っているBluetoothのイヤホンを取って、口を耳元へ寄せる。

 一字一句、彼女が聞き漏らさない様に。

 

 

「私の歌。聴いてくれてたんだぁ」

 

「好きなもの聞いてないと、勉強する気起きない、から」

 

 

 さも当然と言った様子で、雪雫は数時間ぶりに口を開く。

 

 

「う………」

 

 

 ああ、もうホント、清々しい位に素直。

 悪戯しようとしたこっちがタジタジになっちゃうくらい。

 そういう所だぞ、雪雫!!

 

 彼女が可愛らしくて、愛しくて。

 手の拘束を強くして、元々無かった距離をもっと詰める。

 

 

 ん。

 

 

 と小さな声を漏らしながらも、その拘束を解こうとしない彼女が愛くるしい。

 

 

「勉強は順調?」

 

「ついさっきまでは」

 

「ごめんごめん。雪ちゃんとお話したくてさ」

 

 

 雪雫は溜息を吐きながら、その手に持っていたペンを静かに机に置く。

 

 

「それにしても真面目だよねぇ。私なんて高校の頃赤点ギリギリだったよ?」

 

「知ってる。雪子と悠が頭悩ませていたから」

 

 

 む、雪子センパイと悠センパイめ。余計な事を。

 

 

「祝日くらい勉強止めてお出かけしない? 大丈夫、ちょっとくらい勉強しなくても、雪ちゃんなら大丈夫だから!」

 

「………む」

 

「将来の事が心配ならそこは安心して! 私が養ってあげるから♪」

 

 

 私から見ても、雪雫は少し頑張り過ぎだと思う。

 学校に通いつつ、アーティスト活動を続けることの大変さは自分が一番良く分かっている。

 私が大学に通わなかったのも、こっちに集中したいからだ。

 

 まぁ、事務所に入ってないフリーの雪雫からすれば、お仕事という意識は薄いかもしれないが、一応それで生活しているのだから、大変な事には変わりないだろう。

 それに加えて学校での生徒会活動と、成績の維持。

 部活動に所属していないのが唯一の救いか。

 

 何にせよ、根詰め過ぎだと思うが、雪雫の性格を考慮するに、息抜きが得意じゃない事は目に見えている。

 ここは年長者として、幼馴染として、私が誘導しなければ。

 

 

「あ、ほら。雪雫が好きな映画の新作観に行こうよ! 学校の騒動で行けて無かったんだし!」

 

「………行く」

 

「よっしゃあ!!!」

 

 

 ありがとう神様。ありがとう三連休。

 割と頑固な雪雫がデートを了承してくれました。

 

 

「そうと決まれば早速予約を―――!」

 

「…明後日、行こう」

 

「え、今からじゃないの?」

 

「今日は、夜まで勉強する」

 

 

 むむむ、私としては三日間遊びつくしたかったが、そうもいかないらしい。

 雪雫の赤い瞳の奥には確固たる意志が宿っている。

 残念だが、これが最大限の譲歩なのだろう。

 

 

「今日の夜と明日一日は、りせとゆっくり過ごしたい」

 

「……!」

 

「学校、色々あって疲れたから。明後日は、一日一緒に出掛ける。……ダメ、かな」

 

「全然、良いよ!!!!!」

 

 

 どうも根詰めて勉強していたのは、残り二日間の時間を私に充てる為だった様で。

 それが分かれば今日一日の我慢位何のその。

 雪雫の後姿を眺めながら、私も私でやる事をやってしまおう。

 

 

「あ、今日の夜ご飯何にする? 麻婆豆腐?」

 

「嫌いじゃないけど、りせが作るの、辛くて食べれない……」

 

「そこは加減するってば!」

 

 

 時折雑談を交えながらも、再び部屋にペンを走らせる音が響き始めた。

 

 

(……? そういえば)

 

 

 健気に頑張る彼女の小さい背中を眺めながら、私はふと思った。

 

 

(雪雫のこういう頑張り気質って、昔からだっけ?)

 

 

 

 

 

 

 時刻は深夜。

 恐らく、二時とか三時くらい。

 私の肩にもたれ掛かってウトウトし始めた雪雫をベッドに連れて行ったのが一時過ぎとかだったから、大体その位だろう。

 

 思い返せば非常に充実していた。勉強を終えた雪雫と食卓を囲み、お風呂に入り、ゲームを楽しみ、映画を観て――――。

 何気無い日常ではあるが、それも彼女という要素が加わるだけで筆舌に尽くしがたい幸せへと変わる。

 

 

「えへへ」

 

 

 目の前で穏やかに眠る彼女の寝顔を見て、頬が緩くなる。

 

 何も知らない、純真無垢という言葉が当てはまる少女の顔。

 興奮冷めやらぬとはよく言ったもので、未だに寝付けない私の下心など知らないと言った様子で眠りこける愛しい彼女。

 私の欲望を知ったらどうするのか、その時の雪雫の反応も見てみたいが、でも彼女は純粋なまま居て欲しいという面倒くさい乙女心。

 

 

「綺麗な顔」

 

 

 彼女の頬へ手を伸ばし、その神聖さすら感じさせる端正な顔に触れる。

 吸いつくような彼女の肌が私の手を受け入れて、彼女の温かな体温が伝わってくる。

 僅かに手に掛かる白い髪がくすぐったい。

 

 

「ぜーんぶ、私のもの」

 

 

 それは彼女に触れている内に、ふつふつと湧いてきたのは、それはもう醜い独占欲。

 

 その白い髪も、長い睫毛も、瞼の裏の赤い瞳も、陶器の様な白い柔肌も、慎ましい胸も、スラリとした四肢も―――――。

 彼女を形作る全ての要素が、自分のモノになってしまえばいいのに。

 

 

「……んぅ…」

 

 

 僅かに身じろいだ彼女に、心臓が跳ねる。

 自身の醜い心中が聞かれたのかと思って、少し焦った。

 いや、別に聞かれても構わないと言えば構わないのだが、どうせ伝えるのだったらタイミングを図りたい。

 

 

哀れな(可愛い)子」

 

 

 雪雫は哀れだ。

 純粋な彼女に付け込み、その醜い欲望を知らないまま一身に受け止めているのだから。

 ほら、今夜も。

 

 

「……ちょっとくらい、良いよね」

 

 

 小さな寝息に合わせて僅かに上下するその細い首筋に、口を寄せる。

 雪雫の体温が、香りがより鮮明に伝わり、それは麻薬の様に私の脳を痺れさせる。

 

 

「…ぅ………」

 

 

 細い首筋を包む柔肌に、舌を這わせて蹂躙して、その後は。

 

 

「ん…」

 

 

 彼女の柔肌を口に含み、僅かに歯を立てる。

 

 

「あ…………ぁ、……、ぅっ」

 

 

 赤子の様に、物語のヴァンパイアの様に。

 

 

「――――はぁ…、また、やっちゃった」

 

 

 あまりやり過ぎて雪雫が起きてしまうのも本望では無い。

 僅かに、ほんのりと、赤い華が咲けばそれで、良い。

 

 先程まで吸い付いていた所に目をやると、僅かにその部分が濡れているのが、暗闇でも良く分かった。

 純白の身体に残された、小さな小さな穢れ。

 

 

「絶対、離してあげないから」

 

 

 再びその首筋に、今度は触れるだけのキスを落として、雪雫の小さな胸に顔を埋める。

 心地良い体温と心臓の鼓動が、ようやく私に眠気を誘う。

 

 

「お休み、雪雫。良い夢を」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

翌日

5/4 水曜日 曇り

 

 

 先に目が覚めた雪雫は、起こさない様にそっとりせの拘束を解き、洗面所へと向かった雪雫は、自身の首筋にある赤い点に気が付いた。

 

 

「………ん」

 

 

 それほど大きくは無いが、肌が白い分、よく映えた赤。

 それを雪雫は何度かその細指で撫で、次第に。

 

 

「………ふふ」

 

 

 嬉しそうに、妖艶に。

 色香を纏った笑みを浮かべた。

 

 

◇◇◇

 

 

 

5/5 木曜日 晴れ

 

 

「映画、良かったね!」

 

「仲間が復活して、勢揃いするところ、良かった」

 

 

 三時間弱という映画の中でもそこそこ長い上映を終え、映画館から出てくる人々に流されながら、互いに余韻を語る。

 雪雫も雪雫でテンションが上がっているのか、僅かに口数が多い。

 

 まぁ無理も無い。

 それほどの大作だったのだから。

 

 

「Blu-ray、買う」

 

「お、良いねぇ。買ったらまた一緒に観ようね!」

 

「ん」

 

 

 楽しめた様で何より何より。

 私も私で色々楽しめた方から、映画に来て大正解だった。

 

 繋いでいる手から伝わる雪雫の反応……。

 大きい音がしたら僅かに肩を震わし、驚かせるシーンが来れば手に力が入り―――。

 

 ええ、一杯楽しめました。

 

 

「ん~。開放感が気持ち良い~!」

 

 

 閉鎖的空間である映画館を出て、うんと日が沈みかけた空に向かって身体を伸ばす。

 

 

「昔はこんな事無かったのに…。歳かなぁ」

 

「言うてもまだ20歳」

 

「来月には21歳突入だけどねぇ」

 

 

 そんな雑談を交えながら、駅へと向かう。

 この後の予定としては、晩御飯を買って帰り、お家でまたゆっくりと。

 外食でも良かったんだけど、生憎明日からはまた学校と仕事だからね。

 

 

「いやぁ、上手かったなぁ。俺あんな美味いもの食ったの初めてだよ」

 

「皿に盛り過ぎて後悔してた癖に良く言う……」

 

 

 楽しそうに談笑する高校生くらいの三人組のグループを通り過ぎようとした時、ふと雪雫が足を止めた。

 

 

「あ…」

 

「………」

 

 

 足を止めた雪雫を見て、黒髪の眼鏡を掛けた男の子が、声を漏らす。

 

 

「退学コンビ」

 

「撤回されたっつの!!」

 

 

 一言、そう言葉にして指を差した雪雫に、金髪の男の子がオーバーリアクションで突っ込む。

 退学コンビ、と聞いて私はああ、と思い出す。

 そういえば四月の中ごろに雪雫が話していた気がする。

 鴨志田とか言う教師との間に問題が起きて、首が飛びそうな生徒が居ると。彼らのことか。

 

 

「よく会うな」

 

「ん。ストーカー?」

 

「断じて違う」

 

 

 黒髪の男の子と雪雫が会話をしている後ろ、女の子は1人でオロオロしている。

 

 

「え、ええ。どうしよう…。何て呼べば…、天城さん…。雪雫さん? いや、雪ちゃん?」

 

 

 ああ、と納得がいった。彼女、雪雫のファンだ。

 自分で言うのも何だが、雪雫と私の仲の良さはファンの中では有名な話で。

 私が雪ちゃんと呼ぶことから、一部ファンの仲ではそれが定着しているらしい。特に、女性ファン。

 

 

「それで、後ろの方は……?」

 

 

 後ろの女の子に気が取られている内に、話は進んでいた様で、話題は雪雫の後ろに控える私へ。

 どうやら、私が久慈川りせという事はバレていないらしい。

 まぁ今の私はキャップを被っている上に、眼鏡もしているから、無理も無いだろう。

 

 

「ん…」

 

 

 チラリと雪雫の目がこちらを見上げる。

 

 

「幼馴染……」

 

 

 その言い方は果たして意味あるのか。

 雪雫は気を使って名前を伏せただろうけど、雪雫の幼馴染が久慈川りせ、というのも有名な話で。

 隠したいのか、隠したく無いのか。何とも曖昧。

 

 

(嘘が苦手な雪雫も可愛いなぁ)

 

 

 そんな彼女に対する愛しさが止まらない。

 

 

「幼馴染ねぇ。随分、大人びているけど……。お、そうだ! 忘れてた!!」

 

 

 金髪の男の子は僅かに訝し気な視線を送ったが、それも一瞬の事で。

 何かを思い出し、大きく声を上げた。

 

 

「な、なぁ。サインとか貰っても良いか? お袋が好きみたいでさ」

 

「竜司の癖に出しゃばるな! わ、私も貰って良いかな…、雪ちゃん……」

 

「……ん」

 

 

 恐る恐ると言った様子で、差し出される紙とボールペンを、雪雫は短く返事をしながら手に取ろうとする。

 それを私は。

 

 

「だーめ」

 

 

 見過ごす訳にはいかず、伸びた雪雫の手を取った。

 

 

「……ダメなの?」

 

「うん、ダメ」

 

 

 私に手を取られた雪雫は、それを振り解くことはせず、私を見上げる。

 う、可愛い。

 

 

「君達には悪いけど、雪ちゃんにもプライベートがあるの。活動中ならまだしも、休みの日にそういうのを求めちゃダメ。それに、雪ちゃんは私とデートしてるんだから、取らないで。雪雫も雪雫だからね。求められたからと言って全部了承してたら、次第に収集が付かなくなっちゃうよ」

 

「………ん、分かった」

 

 

 三人に見せつける様に、後ろから雪雫をぎゅっと抱きしめながら。

 その光景を見て、三人はポカンと口を開けている。

 

 

「雪ちゃんて…、それにその声……」

 

 

 一番早く意識が戻ったのは二つ結びの女の子。

 驚きを隠せない様子で、声を震わしながら言葉を紡ぐ。

 

 

「嘘! りせちー!?」

 

「しーっ」

 

 

 悪戯が成功した子どもの様な笑みを作りながら、口元に人差し指を沿える。

 

 

「君達、雪ちゃんの学校の子達でしょ? 有名人だからって色眼鏡を掛けないで、ありのままの雪ちゃんと仲良くしてくれると嬉しいな」

 

 

 そう、私がしてもらった様に。

 三人とも、中々個性が強そうではあるけど、何となく、彼らと似ている気がする。

 自分の直観が、安心して任せられると告げている。

 

 

「雪ちゃん、この通りコミュ障だから。懲りずによろしくね」

 

「……私、コミュ障?」

 

「えっと……」

 

 

 同意を求められた黒髪の少年は、僅かに目を逸らす。

 それは肯定しているようなモノだぞ、眼鏡君。

 

 

「それじゃ、帰ろうか」

 

「ん」

 

 

 さてと、言いたい事も言えたし、帰るとしますか。

 雪雫の手を引いて、この場を後にしようとした時、雪雫は三人の方へ振り返り、一言。

 

 

「問題、もう起こさないでね」

 

「起こさないっつの!!」

 

 

 金髪の少年のリアクションに、雪雫も私も笑みを僅かに口角を上げて、雑踏の中へと踏み入れた。

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