PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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85:Antinomy.

 

 

『放課後にメメントス』

 

 

 そう一言送れば、了承の意を示すスタンプと日常生活に対しての小言が二言ばかり。

 

 

「はぁ」

 

 

 ここ数日間で最早定型となったやり取りに思わず溜息。

 

 

「おい、天城! いま溜息吐かなかったか!? それが人の話を聞く態度か!」

 

 

 重箱をつつく様な真の小言に霹靂していたら、どうやら先生に聞こえてしまっていたらしい。

 言葉と同時に飛んで来たチョークが頬の横を通り過ぎたのを確認し、すみません。と一言謝れば公民の牛若先生は渋々と矛を収めた。

 

 

「ノールック神回避……」

 

「かっこいい……」

 

 

 教室のあちらこちらから注がれる視線から逃れる様に窓越しの風景を眺める。

 夏色を未だに残す9月の青空は遠くまで澄み渡っていて、思考に耽るにはおあつらえ向きだった。

 

 怪盗活動を始めてから自分自身の行動を省みる事が多くなってきた。

 まぁ人の人生に大きく左右する決断を常に迫られているのだから当然と言えば当然かもしれないけど。

 

 

(………モナ)

 

 

 ボーっと眺めていた視界の端に猫が居るのに気付く。

 

 

 学校と公道の境界線をなぞる様に歩く黄色い首輪と青い瞳の黒猫。距離はあるがハッキリと捉える事が出来る。

 

 

 寂しい。

 

 

 彼の風貌が如実にそれを訴えている。

 平時であればモナは蓮の鞄の中か机の中で大人しくしていた筈だ。そこが自分の居場所だと言わんばかりに。

 しかし、それが今は失われてしまっている。

 

 

(……ちぐはぐ)

 

 

 そんなモナを見て、自分の行いを振り返る。

 彼が飛び出して後を皆に黙って追いかけていったあの夜の事。

 

 

 同情か、と問われ、そんなものは無い、と答えた。

 あくまでも利害の一致の元……要するにパレスの攻略を優先した結果、利があるのがモナ側だった。

 それだけの事。

 

 パレスは切除するもの、肥大化した欲望は剪定するもの。

 そう心が私に訴えかけている。後回しは愚策、放置は論外。そうずっと叫んでいるのだ。

 

 もう4度目だ。

 金城、大山田、双葉。そして今回の奥村。

 

 今更迷う事も無い。やるべき事を優先するだけ。

 オタカラを盗み、改心させる。そしてメメントスの奥が開かれたならまた先へ。その繰り返し。

 シンプルなルーティン。たったそれだけの事。

 

 その筈なのに。

 

 

(結局遠回りしてる)

 

 

 毎日モナの動向を真に教えては2人して和解の機会を作ろうとしている始末。

 本心では早くパレスを処理したいと思いながらも、結局は双陣営の様子を伺っている。

 

 本能に従うのなら些末な出来事など無視してしまえばいい。モルガナの強情にただ乗っかっていればいいだけの事。

 頭では分かっているものの、いざとなってみると────。

 

 

「…………」

 

 

 思考と行動のギャップが何なのか、ズレが生じる要因は何か。

 それらの対する解は持っていない。

 

 ただ1つ、明確に言える事があるとするならば、これはエラー(矛盾)であり、本来は持ち合わせている筈が────。

 

 

(馬鹿らしい)

 

 

 授業の終わりを知らせる鐘が鳴ったところで、絡まり合った思考を両断する。

 一度思考を止めてしまえば、霧がかっていた脳内が嘘みたいに晴れ渡った。

 

 

(一言で片づけれる程、感情は簡単じゃない)

 

 

 そうでなければそもそもシャドウやパレスの存在に説明が付かない。

 千差万別で複雑怪奇。触れれば簡単に壊れてしまう。そんな厄介で繊細なものが人の感情だ。

 

 些細な切っ掛けで悪人に墜ちる者も居れば、善人に成る者も居る。

 それを今まで見てきたのでは無かったのか。

 

 たった一つの物差しで物事を判断するのは心の無い機械がする事。

 

 

(私は、人間だ)

 

 

 厄介なモノを抱える人間なのだ。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

9月17日 土曜日 晴れ

 

 

 

「クソっ、しつこいぜ! アイツら!! もっと飛ばすぜ、ハル!」 

 

「任せて、限界を攻めるから!」

 

 

 身体が左に行ったと思えば右に。ふわっと上に行ったかと思えば下に。

 1人で座るには広すぎる後部座席で、雪雫が珍しく恨めしそうに運転手の少女に視線を投げた。

 

 

「ちょ…、雪子も、ここまで…運転荒く、無かった……」

 

「ごめんね、雪雫ちゃん。でも、あと3階層分(少し)だから!」

 

 

 何時もより気持ち5割増しの勝気な瞳が雪雫を射抜く。

 

 

 だめだ、これ。

 

 

 これまでの人生、乗り物酔いとは縁が無かった彼女だったが、まさかイセカイで縁が出来るとは思いもせず。

 そもそもメメントス自体、路の幅はあるものの蜘蛛の巣の様に入り組んでいる為、そんなレースゲームよろしくみたいな速度で走るのには適していない。加えて道中にはシャドウ*1も居るのだから余計に車体は揺れる揺れる。

 

 

(メメントスで引き合わせなきゃよかった……)

 

 

 そもそも竜司が…いや、これはモルガナにも当てはまると思うが。

 変な意地を張らずにあの場で一言謝罪を述べれば済んだ話だった。

 

 真にモナの動向を報告し、それを元に彼女が主体で怪盗団メンバーをモナに引き合わせる。

 パレスではオクムラの邪魔が入る可能性も十分に考えられるし、そもそもパレスの全貌も未だに未知。それならば既に踏破済みのメメントスの浅い階層なら比較的安全だろう、と思っていたが。

 

 

(基本の移動が車なのが裏目に出た……)

 

 

 始めは上手くいっていたのだ。

 喧嘩から数日空いてモナも竜司も頭が冷えた様だったから、お互いに歩み寄ろうという気概は見られた。

 

 だけどここで竜司の性格がマイナスに働いてしまった。

 前の様に軽口を叩いてしまったのだ。傍から見れば何時も通りの、なんて事の無い彼なりのコミュニケーション。平時であれば笑い流したり、軽い口喧嘩で終わっただろう。

 しかしながら頭が冷えたとは言え、絶賛傷心中のモナにはそれが気に障った様で………。

 

 そして始まったのがこの鬼ごっこ。

 

 怒り心頭のモナはそのまま車へと変身。

 私と春を乗せ、颯爽とエンジンを吹かしてメメントスを駆けた。

 

 

「私いま、風になってる!」

 

 

 そして今に至る。

 

 

 これで無免許というのだから末恐ろしい。いや、無免許だからこそ。なのかもしれない。

 パレスの主以前に、このスピード狂を社会は、自動車学校は野放しにしちゃいけない気がする。

 

 ここが映画の世界なら、すぐさまファミリーに加入出来るだろう。

 

 

「次はもっとギリギリ攻めるよ! モナちゃん!」

 

「お、おう…?」

 

 

 メメントスに出るまでずっとこの調子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その男を一目見た時、蛇の様な男だと思った。

 細い体躯、鋭い目付き、唇をなぞる長い舌。

 

 次に見た時は重ねて見るのは蛇に失礼だと改めた。

 身なりの良い服装、甘い声、優し気な笑み。───その下には隠し切れない醜悪な下心。

 

 

「電話も通じない所で何をしていた? え?」

 

「────あ」

 

 

 その男が一歩、また一歩と近づく度、春が遠ざかる。

 その様は肉食動物を前にした小動物のそれだった。とてもメメントスでハンドルを切る人間と同じ人物には見えない。

 

 

(許嫁、か?)

 

 

 話は聞いた事がある。

 奥村邦和の政界進出への足掛かり、その為の政略結婚。

 

 上辺だけは綺麗なその身なりはかなりの上物で、相手の大物政治家の息子と結びつけるのは容易かった。

 

 

「………何か用?」

 

 

 春と男の間に割って入る。

 鼻腔を擽る男の香水が、かえって不快だった。

 

 

「何だ、このガキ?」

 

「春の友達。春から離れて」

 

「雪雫ちゃん………」

 

 

 男の視線が全身を這いずり回る。

 当然、気持ちの良いものではない。春の怯え様を見るに、普段からこんな感じなのだろう。

 親の威光を借りた金持ちの息子。三文小説の敵役としてはハマリ役と言える。

 

 

「見た目はガキだが…その制服。春と同じ学校か………。ダメじゃないか、未成年が夜遊び、なんて………。最近、春を連れまわしているのはお前か?」

 

「………だったら?」

 

「最近流行ってるよねぇ。未成年の不純異性交遊ってやつ……。2人して男と夜遊びか?」

 

「夜遊び何て、そんな!」

 

 

 春が声を荒げる。

 

 

「楽しい事、僕にもしてくれよ、なぁ?」

 

 

 歪んだ笑みで伸びた男の手をはたきおとす。

 

 

「触らないで。気持ち悪い」

 

「………お前、生意気だな…」

 

 

 はたかれた手を擦りながら、恨めしそうにこちらを見る春の婚約者。

 荒事にするつもりは無かったけど、無遠慮に触ってこようとするから本能的に手が出てしまった。

 

 

「良いから大人しく従っておけよ……。その方が身の為だぞ?」

 

 

 一触即発。

 すぐに男の手が飛んできてもおかしくない、そんな危うい雰囲気の中、黒い影が男に飛び掛かった。

 

 

「2人に手を出すんじゃねぇ!!」

 

「モナちゃん!?」

 

 

 モナだ。

 メメントスから帰還した後、足早に帰っていた筈の彼だったが───。

 私達の声が聞こえたのか、戻って来たらしい。

 

 

「何だ…この……」

 

 

 脚に取り付いたモナを苛ついた様子で振り落とそうとする男。

 モナも果敢に爪を立てて取り付いているが………。

 

 

「クソ猫が!」

 

 

 男の激昂した声と共に蹴り飛ばされて────。

 

 

「………このっ…!」

 

 

 モナの様を見た途端、思考が纏まらなくなった。

 気付けば男の顔を目掛け、踵を喰らわそうとしていて………。

 

 

「雪雫! 奥村さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「せんきゅー、まこっちゃん」

 

「誰がまこっちゃんよ。 全く……」

 

 

 場所は変わってルブランの屋根裏部屋。つまり何時もの集合場所。

 

 

「あのまま私達が来なかったら……」

 

「そのまま蹴っちゃっても良かったんじゃねぇの?」

 

「良く無いわよ……」

 

 

 男に足が届く寸前で響き渡った真達の声。

 彼女達が来なければ、竜司の言う通り一発いっていたかもしれない。

 

 

「まぁ何はともあれ、アンタ達に怪我が無くて良かったわ」

 

 

 真はソファに眠る春、そして私にそれぞれ視線を送りながら溜息を零す。

 

 

「……モナは? 大丈夫?」

 

「へっ、あれくらいどうってことねぇよ」

 

 

 私に心配させない為か、それとも本当に大丈夫なのか。モナは少し得意気な顔で胸を張る。

 

 

「流石、俺達の先輩だな」

 

 

 が、蓮の言葉に再びその顔に影を落とした。

 

 

「……その事、何だが───」

 

 

 モナは語る。

 自身の胸中を。

 

 焦りや僅かな嫉妬。不安や孤独。

 

 モナにとっての私達は言ってしまえば取引相手。

 モナという戦力を借りる代わりに、私達はモナが人間に戻れる様に手伝う。そんなギブアンドテイクの元、成り立っていた関係。

 

 それが今やどうだ?

 イセカイ活動における先輩というポジションは最早無く、ナビとしての役割は双葉に移った。仮にモナが抜けても戦力としては十分過ぎるほどのペルソナ使い達が集まっている。

 極めつけは、そもそもモルガナが人間に戻れる保証など何処にもない。

 

 つまりは取引が破綻してしまっている。 

 それがモナにとって我慢ならない。だってその関係が彼にとっての仲間だったのだから。

 

 

「もう取引なんて出来ねぇよ。……別れて貰うぜ、良いよな?」

 

「……嘘、やめよ?」

 

 

 静観していた春が、優しく微笑みながらモナを抱きかかえた。

 

 

「イセカイで一緒に戦って、何となくだけど、モナちゃんの気持ち分かったの。……認めて欲しいんだよね? 皆に、自分の力を。……ここが大好きなんだよね?」

 

「そ、そんなわけ………」

 

「………無い。とは言わせない。2人で居る時もずっとアイツらアイツらって、意識してた。ふふっ、分かりやすい」

 

「セ、セツナまで………!」

 

 

 皆の温かい視線がモナに注がれる。

 彼は居心地悪そうに春の腕の中で身じろぎ、するりと拘束を抜けて机の上に飛び乗った。

 

 

「……はじめは…記憶を取り戻すまでの仮の住処ぐらいに思ってた。でも、自分が何なのか、何のために生まれたかも一向に分からなくて………」

 

 

 耳を萎ませながら、モナは語る。

 

 

「目的が欲しかった。怪盗団に居る目的が……」

 

 

 復讐したい相手も、助けたい奴も居ない。

 そんなモルガナがここに居て良い理由……。それを彼はずっと探していたのだろう。

 

 

「だから、ワガハイにとって、ここが…この怪盗団が………」

 

 

 同じ温度感で行動出来なかったのは彼にとっては辛かったかもしれない。

 過去の記憶を持たず、そもそも人間かどうかも分からない。明らかに異質な存在。

 そんな彼が人並の感情に寄り添い、人並の感性で物事を見極めるのは難しかっただろう。寧ろ今まで良く我慢していたものだ。

 

 だけどそんなモルガナだからこそ、異質なモルガナだからこそ気付かない点。

 そもそも怪盗団は…蓮達は理由や目的なんて欲していない。

 

 第一、明確な目的が必要ならば既に何人かは脱団しているだろう。

 それでも誰一人抜ける事無く、ここまで来たのだ。

 

 それはもう目的があって怪盗団に居るのでは無く、この怪盗団が目的だという事。

 

 

「唯一の居場所だ! ずっとここに居たいんだーーーー!!」

 

 

 それが今ようやく、彼にも分かった。

 

 喧嘩して一度離れて、また衝突して。

 紆余曲折あって手に入れた目的(答え)

 

 随分長い遠回りだったけども、もっと器用なやり方だってあっただろうけど。

 感情のまま叫ぶモルガナは。

 

 

 姿形は違えどモ、とっても厄介なニンゲンそのものデシた。

 

*1
何度か轢き殺している

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