PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
9月18日 日曜日 晴れ
特別熱い日だった。
連日の様に天気予報で残暑が云々と報じられているが、残暑なんて言葉では生温い。夏と比べても遜色の無い気温だった。夜になって少し落ちついたとはいえ、昼間の暑さが身体を蝕んでいる様な感覚。
夜ご飯にルブランのカレーでも頂こうかしら。
と昼間の真は呑気に考えていたが、その思考も今となっては遥か彼方。あまりの暑さに完全にカレーの気分では無くなってしまった。
しかし、だからと言って何も食べない訳にもいかない。夜ご飯は済ませてないし、まだ皆が来るには時間がある。
だから今の気分に適していて丁度期間限定メニューで置いてあった冷やし中華をマスターにお願いした。暦的には「そういう時期でもねぇだろ」という事で提供を止めようとしていたらしいので丁度良かったかもしれない。
「マスター、美味しい」
「そうかい。こんなんで良ければいくらでも出すよ」
そして真と同じ思考だったのか、向かい側で冷やし中華に目を光らせる天城雪雫。
「
「……普段何喰ってんの?」
暑かったからか、それとも髪が垂れるからか。
珍しく雪雫は髪を結っている。ポニーテールというやつだ。文字通り尻尾の様に揺れる白髪が幼い風貌をより際立たせていた。
だから真は気付けたのかもしれない。
普段は髪に隠れているその小さな耳に──より正確に言うならば左耳にキラリと光るシルバー。
「あれ、雪雫……」
「?」
真は身を乗り出して雪雫の左耳に手を伸ばす。
「空いてる………」
「ん」
意外だと真は思った。
行っている活動の割に、整っている容姿の割に、そして自分で言うのも何だが年頃の少女の割に。あまりにも無頓着……という訳では無さそうだが、かと言って着飾ろうともしないあの雪雫がピアスを空けた。
「りせに」
「ふぅん……」
まぁそんな所だとは思った。と真は内心で溜息を吐いた。
指先で耳朶をこねくり回せば、柔らかな感触とコツコツした硬い感触が同居しているのが分かった。
「……取れ、ちゃう…それに擽った、い」
「あ、ごめん…」
何か感触が面白くて弄っていた真だったが、雪雫の弱々しい声にパッと手を離した。
前髪が掛かった俯き加減の顔を覗けば、ほんの少し頬を赤に染めて瞳を麗せた少女の顔があった。
「……い、痛かった…?」
過去類を見ない殊勝な態度。
しかし痛いかと聞かれたらそうでも無いらしい。彼女は無言でフルフルと首を振った。
「……ちょこっと…、ビックリした……だけだから…」
「………そ、そう…」
「「………………」」
気まずい。
傍から見ていた惣治郎はそう思った。
普段の彼女達を知っている分、また違った一面を見せられるとどういう反応をしていいのか分からなくなる。加えてその当事者達がモジモジと黙りこくっては余計に。
ここに双葉や蓮、もしくは他のやつらが居ればまた空気は変わっただろうに、生憎のところ、ルブランにはこの3人しかいない。
「………痛い、の?」
「………?」
「ほら、その開ける時……痛いのかな…って」
惣治郎の気持ちを汲み取ったのか、真が沈黙を破り雪雫に問い掛けた。
良い切り返しだ、と惣治郎は思った。
質問ならば相手は返事をせざるを得ない。下手に雑談を切り出すよりはずっと良い。
「……痛…くは、無かった…と思う…」
「思う?」
「その。良く、憶えてない」
雪雫は変わらず俯きながらポツポツと語り始めた。
「開ける時、りせが全部やってくれた。私の髪を耳に掛けて、何処に開けるのが良いか、品定めするみたいに………、耳を…フニフニって…」
「……うん?」
「その位から、ちょっとくすぐったくて、りせの指先触れる度に、背中がゾワリってして……段々息も苦しくなってきて……」
あれ、また何か怪しい方向に向かっている。
惣治郎の中で警鐘が鳴り響く。
「頭もボーっとている中で、いくよってりせが言って……。その後、目がチカチカして足先までじわりと痺れが回って……。感覚が正常になった時には終わってたから……痛くは、無かった。でもよくわからない……です…」
モジモジとしながら、後ろになるにつれて語気は弱くなっていく。
そんな様子で雪雫は語った。
その件の耳を真っ赤にしながら。
「そ、そう……」
ここまで来て、ようやく真は気付く。
そう、それ即ち一種のウィークポイント。猫でいう所の尻尾の付け根。
そこに、そんな聖域に真は無遠慮に触ってしまったのだ。
「……………ごめん」
そして蓮が銭湯から戻って来るまでの間、再びルブランには沈黙が訪れた。
▼
下で色々あってから数十分後。
いつもの屋根裏、すなわち蓮の部屋に集まった一同の顔は陰りが差していた。
「………ひどい」
杏がそうポツンと呟いた。
そう、ひどい。
今の春の状況を端的に表す言葉だ。
政界への進出を狙った政略結婚。春の話によると、どうやらそれが早まったらしい。
今までは高校卒業までは進む筈の無い話だった筈の所、気が変わったのか相手からの要望なのか。もう来月にでも春は相手先の家に行かなければならない。書類上の結婚はまだ先だろうが、父元を離れ相手の家に住むなどこれはもう実質的な結婚に他ならない。
「フィアンセって……アイツだよな? 雪雫が蹴ったヤツ」
暗かったから顔はあまり覚えていないが。と双葉はぼやく。
「蹴ってない。未遂。でも蹴り飛ばしたい。気持ち悪い」
「気持ちは分かるけど…現実ではやめてよね」
メラメラと燃える雪雫に真は溜息を零した。
「確かにヤツも気に入らないが、オマエラ相手を間違えるなよ。パレスの主はオクムラクニカズ、だ」
「春の話によれば例の男に家に連れて行かれるのが10月11日……それならば、期限は10月10日ってところか」
だが良いのか。祐介は問う。
「君の父を改心させれば、確実に警察の世話になる。罪人の娘というレッテルが、一生付き纏うんだぞ? ……今の暮らしだって変わってしまうかもしれない」
分かっている限りでブラック企業の社長。しかもその劣悪な就業環境を認識しながら是を良しとしている悪徳経営者。
それに加えて廃人化事件の裏でただ一人甘い汁を吸えた立場にある男。
火のない所に煙は立たぬ。
パレスを持つほどの歪んだ欲望の持ち主だ、叩けば間違いなく埃が出るだろう。
それを背負う覚悟が、果たして1人娘の春にあるのか。
「……他人の不幸で成り立つ幸せに甘んじたら、私も、お父様と同じになっちゃう。それに実は、前に怪盗お願いチャンネルに書き込みしたことがあるの」
「丁度ワガハイ達が、次のターゲットでグダグダやってた頃だ」
「……でも怪盗団は動いてくれなかった。そんな時だったの、モナちゃんと雪雫ちゃんに会ったのは。運命だと思った」
その時から既に覚悟は決まっていた。
他人に任せてばかりではいられない。怪盗団がやらないなら私が──、と。
「……全会一致」
「あぁ、みたいだな」
雪雫の言葉に蓮は静かに頷いた。
廃人化事件の真相、奥村邦和の改心。
今まで別々の方向に向いていた意識が、全ての利害が一致した。
「今度は協力してくれるよね?」
「勿論。私の方こそ、よろしくお願いします」
モルガナは戻り、新たに仲間も加わった。その上で次のターゲットも一致した。
最早何の障害は無く、また改心に向かって駆け抜けるだけ───。
とはならず、モルガナが眉間に皺を寄せ、最後の懸念点を指摘する。
「ハル、分かってるか? こっから先は、廃人化事件のハンニンを相手にするかもってことだ。今までの修行とは違うぞ。覚悟しろよ?」
「おいおい…、モナ。いきなり説教かよ?」
「甘い! ハルはトーシロに毛が生えた程度なんだ。力には目覚めているが、てんで弱っちくてな……。ペルソナも姿形が無いとかって有様だし……」
竜司がそうなの先生?と雪雫に視線を向ける。すると彼女は黙ってうなずきを返した。
「見た通り怪盗服にはなれる。基本動作も出来る。武器の扱いは合格、銃は及第点。パレスでの活動は問題無い。でもシャドウとの戦闘はフォロー必須」
「ごめんなさい…、私の為に、面倒おかけします……」
「問題無い。私が居る」
「雪雫ちゃん……」
「みんなも、それでいい?」
一同は揃って頷きを返した。
「予告状はまだか、何故悪党を放っておくんだ……。なんて、世間は完全にオクムラが次のターゲットだと確信してやがる……」
「お願いチャンネルのアクセス率は右肩上がり……。加熱が別次元だ。仮にアイドルが炎上したとしてもここまでにはならないぞ」
パソコンに映し出された怪チャンを除きながらモルガナと双葉は言う。
有名になるにつれ、背負い込むもの、戦う理由というものが増えて来た今、以前にも増して失敗は許されない。
「春の件が早まる可能性もある。手早く取り掛かろう。次のターゲットは…奥村邦和だ」
蓮は不敵な笑みを浮かべた。