PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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87:A large thing will serve for a small one.

 

 

 9月22日 水曜日 曇り

 

 

 

 放課後。

 授業の終わりを告げる鐘が鳴り止むと、程なくして校内全体が生徒達の賑やかな声で満たされる。

 

 

「今日は無理そうだなぁ」

 

「………そうだな」

 

 

 鞄の中からひょっこりと顔を出したモルガナが欠伸混じりでそう言った。

 授業中、机の中でぐっすりだった癖にまだ寝たりないらしい。

 

 

「ま、ハルの件からずっと出ずっぱりだったんだ。仕方ねぇよ」

 

 

 再び携帯に視線を落とし、メッセージを黙読する。

 

 杏はモデルの仕事。

 竜司は家の手伝い。

 祐介は部活動。

 春は奥村邦和からの呼び出し。

 

 生徒会組はこれといった用事は無い様だが、そもそも誰か1人でも欠けてしまえば全会一致にはならない。

 モルガナの言う通り今日のパレス攻略は一端見送りだろう。

 

 

「それで? この後どうする? 映画か? バッセンか?」

 

「そうだな………」

 

 

 大抵こういう日は誰か誘って出掛けるか、もしくはモルガナと共にブラブラするかのどっちかだ。

 2人してあーでもない、こうでもないと先の予定を決めかねていたその時、視界の端に見覚えのあるシルエットが入った。

 

 

「雪雫」

 

「蓮、モナ」

 

 

 相も変わらずの感情の起伏が乏しい顔。静か、というべきか何処か機械的とも言うべきか、抑揚があまり無い声音。

 そんな彼女の名を呼ぶと、雪雫もまた俺達の名前を呼び振り向いた。

 

 ()()()()()()形で彼女の瞳を覗けば、また普段とは違った色が垣間見えた。

 

 

「………何してるんだ?」

 

「ネコの気持ち、考えてた」

 

 

 都会の割には車通りの少ない学校前の路地。そこに数十メートルに渡って存在する車道と歩道の境界線、ガードレール。平均台よりも遥かに細いその上に、彼女は立っていた。両手を広げてバランスを取っている訳でも無く、膝を曲げて重心を落としている訳でも無く。なんら平地での彼女と変わらない、その場でタップダンスを踊れてしまうのではないか。そう感じさせるほどの圧倒的な安定感の元、彼女は蓮を見下ろしていた。

 

 

「ネコ?」

 

「漠然と、ネコを題材にした曲、創ろうと思って。細い所歩けば、気持ちも分かるかなって」

 

「セツナ、研究熱心なのは関心するが……。流石のワガハイもそこは登らねぇな………」

 

「そうなの?」

 

 

 意外。と言う様に僅かに目を開き、雪雫はやはり軽やかに地に降り立った。

 

 

「曲作り、苦戦中か?」

 

「……そう、とも言えるし、そうでもないとも言える」

 

 

 今度は下から、何時も通りの瞳をこちらに向け、雪雫は曖昧にはにかんだ。

 

 

「ハッキリしねぇな」

 

「うん、そうね。……この後、ヒマ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「モナに悪いことした」

 

 

 雪雫は眉を下げてしゅんとしている。

 モルガナを帰らせて、結果的に仲間外れにしてたことを申し訳なく思っているのだろう。

 

 

「気にするな、何時もの事だから」

 

 

 しかし、本当に気にすることは無い。

 これはモルガナなりの気遣いなのだから。俺が誰かと会う時、特に折り入って相談がありそうな時とかは、大抵先に帰ったり散歩したりして席を外してくれる。

 だから別に雪雫がそうした訳で無く、彼が自分で選んだ選択なのだから問題無い。

 

 

「それにしても……」

 

 

 この目がチカチカする程のピンク色の空間。甘い女性の声。白と黒のコントラストが絶妙なフリフリの服。

 

 

「何故、メイド喫茶?」

 

「オムライス食べたかった」

 

 

 それにしても他にも選択肢があるのでは?

 

 

「お嬢様、ご注文は何にする…ニャン?」

 

「……オムライスと、ミルクティー。うっかりメイドには作らせないで」

 

「ご主人様はどうする……ニャン?」

 

「……コーヒーで…」

 

 

 取って付けた様なニャンがとても気になる。キャラ設定があるなら、もう少し頑張って欲しい所だ。

 ……いや、逆にこういうのが良いのだろうか? 思い返してみれば川上先生も最初は薄っぺらいキャラを作っていた気がする……。

 

 

「それで、話なんだけど」

 

 

 本当にここでするのか。

 

 

「歌を作ってたの、憶えてる?」

 

「……ああ、りせさんの」

 

 

 確か夏に入ったばかりの頃だったか。自分からりせさんへの想いを、そしてりせさんから雪雫への想いを。その丈を全て知る為に、まずは自分が人の気持ちを学ぶ必要があると語っていた。その為にまずは自分の得意分野で…つまりは歌を通して気持ちを学ぶ、と。*1

 

 

「それから…確か結構作っていたよな?」

 

「……まぁ、そうなんだけど」

 

 

 その話があってから雪雫はちょくちょく俺に作った曲を聴かせてくれるようになった。数にして十曲に満たない位か。

 ファンにとってすれば、きっと血涙を流すほどのポジションに俺は居るのだろう。だってその聴かせてくれた曲はまだ世間に公表されていないのだから。

 

 

「作れはする。アイデアが尽きたとか、ペンが止まるとかいう訳でも無い。でも───」

 

「しっくり来ていない。そんな顔だな」

 

「………うん、全部同じ曲になっちゃう」

 

「そうなのか?」

 

 

 以前に聴いた曲を思い返すが、雪雫の言う同じ曲が分からない。

 どれも曲調はバラバラで、歌っている時に如実に出る彼女の声の表現も、それぞれ違った味を出していたと思うが……。

 

 

「曲調とか歌い方とか。ある程度の誤魔化し方は確かに存在する。でもダメ。結局、テーマが同じだから」

 

「……テーマ、か」

 

「仮に同じテーマであっても2、3個だったらそれほど気にならない。でもそれが5個、10個ってなったら? テンプレートの完成。ヒットチャートとかで聴いた事無いのに既視感を覚える曲ってあるでしょ? それと同じ」

 

 

 なるほど、言われてみると確かにと思う。

 人の気持ちを学ぶという目的の発端はりせさんへの恋慕だ。人の感情など無数にあれど、発端が恋ならば、学ぶ為に作った曲も自然とそれに寄ってしまうだろう。

 

 

「心を学びたいと言っている手前で、心の中のほんの1つの感情にしか目を向けれていないのだから、学びには程遠い」

 

「だけど、そのほんの1つの感情が大事なんだろ? だったらこの際、それを突き詰めてもいいんじゃないか?」

 

「……1つの感情にしか目を向けなかった結果、大人達がどうなったか。一緒に見て来たでしょ?」

 

「────それは」

 

 

 肥大化した欲望を1つの感情に無理矢理当て嵌めるのは些か傲慢かもしれない。

 でも雪雫が言わんとしている事も分かる。

 

 1つの事に執着し、破滅した大人達を蓮は確かに知っている。

 

 

「個を突き詰めるには、まだ大衆を知らなすぎる。って私はそう思う。まずは世界を知らなくちゃ」

 

「…正直意外だ。そんな事、興味無いかと思っていた」

 

「前に実家に帰った時、久しぶりに会った()()()()()()したの。原因は私。何も知らなかったから、知ろうとしなかったから、傷つけた。……だから思った、自分の世界を作るには、もう少し人生を積み重ねなきゃって」

 

 

 そう言いながらいつの間にか運ばれていたミルクティーに口付ける雪雫。

 砂糖を入れ忘れたのか、僅かに眉間に皺を寄せる彼女の顔が印象的だ。

 

 

「音楽は私にとってのコミュニケーションツール。広い世界を学ぶ為の糸口になり得る。だから、この盲目状態をどうにかしたい」

 

「…………と言ってもな…。俺は素人だぞ?」

 

「大丈夫、蓮だから」

 

「どんな信頼だ」

 

 

 やけに厚い信頼に苦笑いを返し、真剣に思考を巡らせる。

 要するに凝り固まった考えを解せばいいという事。真っ先に思い浮かぶのは外的要因……つまりは他者の意見を取り入れる事だが。

 

 

「アンケート、とかどうだろう?」

 

「?」

 

「テーマを1つ設定してファンに聞いてみるんだ。それに纏わる体験談とか、思い浮かぶフレーズとか。十人居れば十人違う答えが来るだろう」

 

「……確かに、SNSとかで募集してそこから歌詞を拾う歌手も居る…。でも───」

 

「何か問題が?」

 

 

 雪雫はスマホを鞄から取り出すと、おもむろSNSのトレンドをこちらに見せて来た。

 上位の方には『怪盗団』『ターゲット』『オクムラフーズ』とか馴染みのある言葉がランクインされている。

 

 

「勿論、SNSも考えた。でもダメ。ここ最近同じ話題ばっかり。早く改心しろ、奥村を許すな。そんな話ばかりが飛び交って、欲しいものはすぐに埋もれちゃう。SNSは気軽に使える分、厄介。雑音が多すぎる、かな」

 

 

 まぁ私達の所為なんだけど。

 僅かに自嘲しながら雪雫は言った。

 

 

「ふむ…、なら………」

 

 

 そう言えば、と蓮は思い出した。

 以前に…雪雫の事を怪盗団で怪しんでいたあの頃、何度か彼女を知ろうとして動画を観ていたことがある。そこで見かけたカバー動画……。即ち、他アーティストの歌を雪雫なりに歌うことなんてどうだろうか。

 その歌手が曲を作る時に込めた想い、その時の心境。それが疑似体験出来るのでは無いだろうか。既に完成されている分、その存在は不変であるし、世間の雑音とやらも関係無い。

 

 

「……カバー、か。…確かに最近はしてなかった」

 

「昔はやってたんだよな?」

 

「練習に良かったから。…うん、でも良いかも。今ならまた当時とは違った視線で取り組めそう。言葉を借りるという事、これ即ち今の私に足りない部分を補うという事」

 

 

 僅かに口角を上げたと思えば、雪雫は鞄からパソコンを取り出して指を滑らかに走らせ始めた。

 

 

「何をしてるんだ?」

 

「メール。忘れない内に。知り合いとは言え、相手の楽曲を借りるのだから、きちんと敬意を払わないと」

 

「ただ個人で歌うだけなら良いんじゃないか?」

 

「どうせやるならちゃんと形に残したい。後で私自身が見返したその時、変化が感じられるように。えっと───」

 

 

 狼ちゃん達に、HAPPENINGに、カジカンに………と次々と出てくるアーティスト達。流石の蓮でも知っている様なビッグネームに改めて少女の凄さを思い知らされる。

 

 

「流石、蓮。頼りになる」

 

 

 ひとしきりメールを終えたのか、満足そうに語る雪雫。

 やっと届いたオムライスを頬張る彼女を見て、蓮も釣られて微笑みを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、蓮にお返し」

 

「というと?」

 

「話聞いてくれたから。アドバイスもくれた。なら見返りに身体の使い方を教える。そういう取引」

 

 

 ああ、そういえばそうだった。

 

 

「蓮、見て。あの二日酔いメイドのクララ」

 

「……何だその設定…」

 

「いいから」

 

 

 雪雫に言われるがまま視線を向ければ、片手にお盆を乗せたままやけにフラフラと危なっかしい足取りで店内を闊歩するメイドが。

 お盆の上にはいくつかのグラスと料理のプレートが乗っており、何時ひっくり返してもおかしくない。

 

 

「やけに危なっかしいが……」

 

「違う、計算してやってる。お盆の重心、自分の重心。全部計算して、ギリギリで落とさない様に。並のバランス力じゃない」

 

「………まさか…」

 

 

 いや、確かに良く見ると軸が全くブレていない。さっきガードレールの上に居た雪雫と同じ……。

 

 

「自分の身体の軸。それを意識出来るか出来ないかで、安定感が変わってくる。でも戦闘でそんな事すぐには考えられない。だから費やす時間が一番多い日常生活。そこでどれだけ軸を意識するかが重要。多分あのメイド、相当意識していると思う」

 

「これを見せたかった。あのメイドみたいに軸を意識すれば、イセカイでの動きもより軽やかになるかも」

 

「なるほど…」

 

 

 

蓮の器用さが上がった!

*1
28話参照

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