PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
9月28日 水曜日 晴れ
「IDだぁ?」
硬く閉ざされた扉の前で、スカルは明確な苛立ちを顕わにした。
「えっと、私じゃ解除出来ないってこと?」
「うむ、そうなるな。生体認証システムはここまで。という事らしい」
「ったく、めんどくせぇ…」
ナビが端末を弄りながらやれやれと首を振る。
ノワールのフィアンセのシャドウと戦闘した場所から少し先の地点。怪盗団一同は再び足止めを喰らっていた。ここに至るまでのセキュリティは全て生体認証での解除が可能であった為、ノワールが居ればほぼ素通り状態。このまま最奥まで行けてしまうのでは無いか。一同、そんな呑気な事を考えていたが、どうやら一筋縄ではいかないらしい。
「まぁ、冷静に考えれば当たり前の事かも。ノワールだって会社に出入りはしているけど、そこまで仕事に関わっている訳じゃ無い」
「
「ん、まだ学生だし」
「しかし弱ったな。悪徳企業とは言え相手は大企業。一学生の俺達に解除出来るものなのか?」
考え込むフォックスの横で、「はいはい」とパンサーが手を上げる。
「ウィッチなら入れるんじゃない? CM関係で仕事があるって言ってたよね?」
「無理。打ち合わせで何回か出入りした事あるけど、所詮は部外者」
「じゃあどうすんだ? 映画みたいに気絶させたヤツの顔面をセンサーに押し付けて見るか? 片っ端からよ」
「ん、スカルがやる気なら私もやる」
「貴方達ね……。もう少しスマートな方法を考えましょうよ……」
「クイーンの言う通りだ。そんな事してたら日が暮れる」
リズミカルに端末を叩きながら、ナビは言葉を続けた。
「今の私達が行ける範囲内に居る従業員の数が数百……。その数百人が同じ権限を持っているとは限らないみたいだ。つまりガチャだなガチャ。見た目で判別つかない以上、スカルの脳筋作戦では運頼みになる」
「じゃあ他に方法あんのかよ?」
「んふっふー。私を舐めるでない。ちょーっち調べてみたんだが、どうやらここら一体のセキュリティは同じサーバーで運用しているらしい」
つまり。とナビは胸を張った。
「サーバールームまで辿り付ければ────」
・
・
・
「んで、選ばれたのはウィッチでしたーっと」
「………暑い」
「おい、あまり騒ぐなよオマエラ! 声が反響してうるせぇ!」
上からナビ、ウィッチ、モルガナ。
怪盗団の中でも特に小柄な3人は今、ダクトの中を這いずり回っていた。
「本当にこの先に『さーばーるーむ』だっけか? あるんだろうな?」
「うむ、間違いない。機械というのは非常に繊細なモノだ。ちょーっと熱が籠っただけでも調子が悪くなる」
「……だから空調を常に稼働させて部屋の温度を一定に保つのが一般的。つまり──」
「ダクトを進めば辿り着くってか……なるほど」
確かに双葉の部屋は暑すぎず寒すぎずと言ったいい塩梅で快適だった。とモルガナは思い返す。
普段、屋根裏部屋で過ごしているモルガナからすれば環境は天と地の差だっただろう。まぁそれでもモルガナは屋根裏部屋を選ぶのだが。
「ピーターってこんな気持ちだったんだ……」
「ピーター? 誰だそれ」
「名前だ。アメコミのヒーローの本名。よくビルのダクトの中とかを這いずっている」
「ヒーローも大変だな……っと。それっぽいとこ着いたんじゃないか?」
暗闇のダクト内に差す一筋の光。十中八九、目的地であろう。先からは涼し気な空気が漏れ出ているのを感じる。
「ん……しょっと」
先行していたモナと場所を入れ替わり、ウィッチが勢い良く通気口を蹴飛ばせば、より涼し気な空気がクリアとなって流れ込んでくる。
ひょっこりと顔を覗かせて辺りを見渡し、敵が居ない事を確認。3人は壁伝いに降り立ち、狭い空間からの解放にパレスという事を忘れて身体を伸ばす。
「こりゃ、確かにジョーカー達はこれねぇな。狭すぎる」
「私でギリだもんなぁ。合法ロリボディで良かったな。ウィッチぃ!」
「……まだ成長の余地、ある」
いやねぇだろう。とモルガナは思ったが言わなかった。
「……それで? ここからどうすんだ?」
「テキトーな端末見つけてクラックだ」
「くらっく?」
「……ナビに任せておけば大丈夫ってこと。ナビ、よろしく」
「ひひ、任せろ。さーて、端末はどこだぁ……っと。アレだな」
サーバールームとは言っても、流石はパレス。人が立ち入る事など考えていない様な滅茶苦茶な設計。部屋中を這いずる巨大過ぎるコードやダクトを足場に、ナビが見つけた端末へと辿り着く。
「よぉし、そこで待っとけー!」
そう言ってナビは慣れた手付きで端末を弄り始める。
「お……。やっぱり思った通り、セキュリティ繋がってる繋がってる。ザル警備ご苦労様、だ」
「やったのか?」
「解けた、が全部じゃない。先へ進める様にはなったが、ここから先の区画に関しては……また別のセキュリティが掛かってるな。ここからでは解除不可能だ」
「……先の区画?」
「オフィス…工場、そしてエアロック。取り敢えずオフィスまでは進める様になった」
セキュリティの解除のついでに引っ張りだしたらしい地図をナビは指でなぞる。
「工場って…何作ってるんだ? やっぱハンバーガーか?」
「宇宙まで来てハンバーガーか? モナは夢が無いなー」
「いや、逆に夢ある。宇宙規模のハンバーガー」
「ここに来て食い意地を張るなウィッチ」
全く。と彼女は肩を竦める。
「工場と関係あるかは知らんが、面白そうなファイルも見つけたぞ」
「なになに…………。エスケープ・トゥ・ユートピア?」
ナビが見せたファイルにはそう大きく書かれていた。直訳で楽園への脱出。会社に関する重要な資料か。もしくは奥村の個人的なモノか。どちらにせよ、奥村邦和本人に関わるものだろう。
「見た所何かの設計図の様だな。少なくともハンバーガー工場では無いぞ、ここは」
「残念」
奥村にパレスがあると判明したその日から、何か役に立つかもと調べられる範囲で彼の事をウィッチ達は調べているが、生憎この「エスケープ・トゥ・ユートピア」に由来する事柄は見当たらない。
「まぁ、今は良いだろう。この先へ進めば、いずれ分かる事だ」
「ん。ナビ、帰りのルートは?」
「ふっふっふ。この部屋の扉を解除しておいた。すぐに皆の所に戻れるだろう。行きはたいへん、帰りはよいよい。だ」
▼
「分かってはいたけど……」
「広い…ね………」
クイーンとパンサーは眼前に広がる光景に思わず足を止めた。さっきまで居た区画はまだまだ序の口だったのだと思い知らされた為だ。
セキュリティを解除しオフィス区画に踏み込めば、一同をまず最初に迎えたのはガラス張りの廊下。そこで初めてパレスの全貌を目の当たりにしたのだ。遠近感がおかしくなる程の巨大な建物群。格建物の窓からチラリと見えるロボット達は豆粒の様に小さい。まさにSFでよく出てくるコロニーそのもの。
「オタカラの気配は……あの建物だな」
そう鼻を働かせたモルガナが一際巨大な建物を指し示す。
「ナビ、ここからのルートは?」
「んー取り敢えず道なりに進めば問題無い……が…。また足止めを喰らうかもしれん」
釈然としないナビの言い方に、ウィッチは小首を傾げて「かも?」と呟く。
「なーんかこっから先、さらに権限が絞られるっぽい。んーこの感じは役職、か?」
「役職ってっと……社長とか部長とか、そういうやつ?」
「の、様だな。そいつらの社員証……それで多分開く。ああ、それと先に言っとくがさっきみたいにサーバールームでの解除は出来無いぞ。それぞれ独立したシステムっぽいからな」
「要は階級が高いロボット社員を探し出して社員証を拝借すれば良いって事ね」
「でもそんなん私達が分かるかな? 私、ロボットの見分けとかつく自信無いんだけど────」
パンサーがそうぼやいたその時、機械交じりの罵倒が廊下に響いた。音源へ眼を向ければ、先の突き当りで沢山のロボットを連れているロボットが騒ぎ散らかしていた。一際等身の高いそのロボは「定時退社はアマエ」やら「嫌ならヤメロ」やら引き連れているロボットに怒鳴っている。
「……アレだな。」
「お父様が単純で良かった……」
まさか前の区画でスカルとウィッチが乗り気だった野蛮作戦がここに来て実行される事となるとは。まぁロボの見分けがつく分、さっきよりはマシな状況ではあるが。
「兎に角、まずは辺りを散策してみましょう。何処にどの役職のロボが居るか把握しておかないと───ってあれ?
素っ頓狂な声を上げてクイーンは辺りを見渡す。いくら小柄で素早いとは言え、そうそう見逃す筈が無い彼女が居ない。
「そうえば、さっきから話に入ってこないなーって思ってたけど……。そもそも居なかったって事!?」
「いや待て待て! でもここまでは一緒に居たよな? だってアイツ、ナビに相槌打ってたじゃねぇか!」
まさかのパレス内での迷子。あまりにも唐突で初めての出来事に慌てふためく一同。
そんな中、コツコツと静かな足音がジョーカーの耳に届いた。軽やかで、それでいて力強さを秘めた音。
「待て、何か来る」
出所は先程、ロボット達が居た突き当りの方。ゆっくりゆっくりと足音は確かにジョーカー達の方へ近づいていた。
「………」
不味い。とジョーカーは思った。
その足音は明らかにロボットのモノではなく、どちらかというと人間のソレだ。このパレス内で存在する人間と言えばオクムラ本人か。もしくは先のフィアンセの様な認知上の人間か。はたまた──。
(黒い仮面……。廃人化事件の犯人)
怪盗団の裏でイセカイを使って好き勝手しているという謎の人物。オクムラが廃人化事件に一枚嚙んでいる可能性がある以上、同時にその人物の介入もあり得る。
ナイフを握る手が強くなり、額には汗が流れる。そんなジョーカーを嘲笑うかの様に、足音は尚も軽やかに近づいてくる。
そして、その姿を捉えたその瞬間。
───ガシャン。
とジョーカーの足元には人の頭が転がっていて………。
「ナビ、そいつの役職は何?」
首の無い身体を引きずったウィッチがそこに居た。
「────いや、お前かよ!」
呆気に取られているジョーカーの気持ちを代弁するかの様に、スカルは声を荒げた。
よくよく見て見れば足元に投げ込まれたのはロボットの頭。ウィッチが引きずっているのはロボットの身体。さっきまで廊下の先で息巻いていた奴だ。
「予想外の反応。手間を省いたんだから、もっと喜んでくれてもいいのに」
「怖えんだよ! 何その顔の黒いの? 血?」
「オイル。何か切ったら一杯出て来た」
「そりゃロボットだからな!」
懐から取り出したハンカチでオイルをふき取りながら、息巻くスカルを他人事の様にウィッチは見つめる。若干、その顔には不服の文字が浮かんでいた。
「え、まさか1人で倒してきたの? 私達が話してる間に?」
「ん。隙だらけだったから。それでナビ、どう?」
「んお。やったなウィッチ。こいつは係長だ! これでもうちょい先まで進める!」
「何かまだある様な言い方だな……」
うんざりと肩を落としたスカルにナビが頷く。
「今ウィッチが持ってきたヤツを解析したが、セキュリティは全部で三段階。係長、課長。そして部長。段階的に認証すれば工場区画に行くエレベーターが動くらしい」
「厳重すぎんだろ……。どんだけオクムラは人を信用して無いんだよ」
「ちょっとスカル!」
非難の目を向けるパンサーを「いいの」と穏やかな笑みを浮かべてノワールは嗜める。
「お父様には後ろめたい事がある。これはきっとそれの顕れ。だからこそ、私は止めに──あれ、雪雫ちゃんは?」
「おい、またアイツ独りで行ったんじゃねぇか!?」
頭が痛い。
クイーンはたまらず頭を抑えた。結論早いというか、変な所で合理的というか。元々そういう面は多々見られたが、最近は特に顕著な気がする。
「……戻ってきたらお説教ね…………」
数十分後。今度は両手にオイル滴る課長と部長らしきモノの首を携えて戻って来た彼女に、再び「ホラーかよ!」とイキの良いツッコミが飛んだ。