PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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91:DOLL.

 

10月1日 土曜日 晴れ

 

 

 

 ドールは良い。

 完璧な黄金比の上で成り立つ顔立ち。滑らかに滑る肌。指をすり抜ける綺麗な髪。なだらかなその身体の曲線。そしてそれらは老いる事無く、朽ちる事無く、不変ときたものだ。元々可愛いものを見るのが好きで、暇を見つけて専門店に行ってはボーっと眺めていたが、実際に買い始めたのは社会に出てから。変わらない美、というものを手元に残しておきたくなったのだ。

 

 医者という職業柄、どうしても人の変化というのには敏感になってしまう。間に当たりにするのが『良い変化』だけならまだいい。だけど生憎、記憶に染みつくのは大抵『悪い変化』だ。治療が長引き、日に日に曇っていく表情。薬に耐えられずボロボロになっていく髪や身体。それらと向き合い続けた結果、私はそれらから目を逸らすかの様に、不変の存在に美を見出した。彼女達はその無機質な目で私を見守るだけで他には何もしない。私に撫でられようと、着替えさせられようと。その全てを受け入れてくれる。そのある意味で停滞した世界が、私にとってはとても重要で必要不可欠だ。

 

 だから普段、私は人を自宅に上げる事は無い。私と彼女達の世界を第三者に踏み荒らされるのは好まないから。

 でも何事には例外は付きもので。そんな私の内側にスルリと猫の如く入り込み、我が物顔で居座る少女が居る。そして何だかんだ言いつつ、彼女の事を受け入れてしまう私も確かに居る。

 

 

「───で、オフィスの次が工場で」

 

 

 白い肌に白い髪を滑らせ、宝石な様な紅い瞳がはめ込まれた、人形の様な少女。

 そう、天城雪雫。

 

 彼女は今、パレスと呼ばれるこことは別の世界の話を、映画の感想を語る様に揚々と語る。

 世間で騒がれている奥村邦和の心の中に入ったら、そこは宇宙に漂う巨大基地で、日夜ロボットの形をした従業員達が奴隷の様に扱われているとか。そんな基地に雪雫とその仲間達の怪盗団が潜入し、シャドウという化け物と戦いながら工場区画を駆け抜けて───。なるほど、分からん。

 でもきっと、雪雫の言う事は真実なのだろう。その嘘みたいな現実で戦って人を救っているのだ、彼女達は。私を救ってくれたように。

 

 

「……で、貴方達の活躍は分かったけど。どうしてアンタはここに居るのかしら」

 

「疲れたから」

 

「帰れ」

 

 

 日々戦っている事は知っている。時々医院に来た時の買い物の内容から推測するに、そこそこ戦闘だって起きているだろう。そこを否定するつもりは毛頭ない。でもかといって労わるかと言えばそういう訳でも無い。私の家は、決して便利な回復スポットとか宿屋とか。そういうモノじゃ無いんだから。

 

 

「だって帰っても今日は誰も居ないし」

 

「1人暮らしならそれが普通なの」

 

 

 薄い唇を少し尖らせて、つまらないと言わんばかりに表情を作った。まぁ確かに、名目上は一人暮らしとは言え、週の2/3はりせさんが遊びに来ているらしいから、つまらないはつまらないのだろう。だが、仮にそうだとしてもわざわざ私の家じゃなくてもいいじゃない。良く話に出てくる真さんとか、最近仲良くなったという春さんとか、候補は居るだろうに。

 

 

「皆疲れてるから、悪いと思って」

 

「その遠慮、私にもして欲しかったんだけど」

 

 

 しかもご丁寧にインターホンが鳴ったのが夜の22時。雪雫じゃ速攻で補導されてしまう様な時間帯。わざと断りにくい状況を作ったわね、この子。

 

 

「良いじゃん。減るもんじゃないし」

 

「減るわよ。私の時間が」

 

「───妙の邪魔はしないから」

 

 

 ただ一晩居させてくれるだけでいい。彼女はさっきまでの図々しい態度を萎ませて、神妙な顔持ちで言った。

 

 

「はぁ……」

 

 

 そんな捨てられた仔猫の様な目で見られると、まるでこっちが悪いみたいじゃないか。そういう所、本当に狡いと思う。

 

 

「服、脱ぎなさい」

 

「ん」

 

 

 床にペタリと座り込んだまま、シャツのボタンに指を掛ける。次第に露わになるその白い肌は相も変わらずきめ細かく、思わず嫉妬してしまうほど綺麗だ。

 

 

「今から洗濯回して…乾燥機かければ明日には乾くでしょ」

 

「ありがとう」

 

「寝間着は……。あー、私のシャツ適当に用意しておくから、まずはお風呂入ってきなさい」

 

 

 雪雫は「うん」とほんの僅かに口角を上げ、パタパタと足音を立てて浴室に向かっていく。その線の細い四肢を無防備に晒したまま。

 

 

「……ホント、一回痛い目にあって欲しい」

 

 

 脱ぎ捨てられた服を拾い上げる。彼女特有の甘いに香りと仄かに残る温度が五感から脳へ行き渡る。

 

 

「…………はぁ…」

 

 

 もう何度目か分からない溜息。それは今から明日の朝に至るまでの苦悩を思って出たものだ。

 彼女との付き合いはそれなりに長い。患者から発展した関係に絞るなら間違いなく一番だ。その約8年の積み重ねの中で雪雫の様々な変化を目の当たりにしてきた。入院中の事は勿論、りせさんに憧れて向こうの業界に足を踏み入れた時や、高校進学、はたまた怪盗団としての彼女に至るまで。なんやかんや、親類にも等しい距離感で見てきたと自負している。

 年頃の少女の例に漏れず、変化が多感にある時期の雪雫。しかしそんな中、唯一変わらないものが彼女にはある。髪の色は黒から白へ変色したモノの、出会った当初から変化の無い外見。元々人形を連想させるような成り立ちだが、それがずっと変わらないとなれば、本当にそうでは無いか。と疑ってしまう。それが私には…武見妙には眩しく見えて仕方が無い。

 

 

「………ここは、見せれないわね…」

 

 

 私の家にはリビングの他に2つ部屋がある。1つは自分の寝室。1つは仕事部屋……だったもので、今はドールの…その中でもお気に入りのコレクションルームだ。部屋に入れば沢山のドールが私を迎えてくれる。彼女達は服装や髪型は違えど、容姿はほぼ同じだ。皆一様に髪と肌は白色で、瞳は赤色。そう、どっかの誰かさんの様に。

 

 

「我ながら良い趣味してるわ」

 

 

 天城雪雫という少女を知ってから、私の中の何かが完全に変わってしまった。今までいくらドールが好きでも流石に実際の人間と重ねる様な真似はしなかった。だってそうだろう。人間には変化が付き物でドールは不変。そのギャップがあるからこそ、私は虜になったのだから。でもその固定概念を壊した、不変をまざまざと体現している少女こそが雪雫。私は彼女の全てを知っている。外見は勿論の事、その内部に至るまで。主治医として調べる必要があったのだから。当然と言えば当然だが、それが災いして何時からか雪雫が頭から離れなくなった。つまり私の求める「美」の到達点が天城雪雫に固定されてしまった。

 そこで止まれば、ただ彼女の容姿が好き。という単純な話で止まれただろうが、内から湧く収拾癖がそうはさせてくれない。そう、その結果がこの部屋だ。

 

 

「改めて最低ね、私」

 

 

 静かに扉を閉めてリビングへ戻る。ソファに腰を掛けテレビを付ければ週末にありきたりな映画がやっていた。バレエで有名な『くるみ割り人形』を題材に実写化したモノだ。もう終盤もいい所で、今から観ようとも思えない。

 

 

「観ないの?」

 

 

 ボーっとチャンネルを回していると、件の少女の声がした。

 

 

「もう終わるし。観た事あるし。それにくるみ割り人形は好みじゃない」

 

「妙、等身高いの好きだもんね」

 

 

 そう言いながらソファに腰掛ける雪雫からは私と同じ香りがした。同じシャンプーを使っているのだから当たり前の事ではあるが、普段の彼女とは異なる香りに少し心臓が跳ねる。

 

 

「第一、人形役を実際の人間がやるのはどうもね……」

 

「わっ」

 

 

 隣に座る雪雫を持ち上げて、脚の間に座らせる。今はどうか知らないが、昔の彼女はこの体勢が好きだった。背中が温かくて安心するらしい。

 

 

「………軽っ」

 

 

 私も身体付きはしっかりしている方では無いが、それを差し引いても彼女は軽く、細い。身長もさることながら、その身体付き。貸したシャツは余り余って、襟口から覗く肩と裾から伸びる白い脚が如実にそれを訴えている。ドールの方がもう少ししっかりしているのではないか。彼女の関節は球体関節よりも説得力が無い。手首何か私でも簡単に手折る事が出来そうな位だ。

 

 

「………妙、くすぐったいよ」

 

 

 手首に指を這わせて、空いた片手で名ばかりの太ももに指を沈ませて。その薄い氷膜の様な儚さを楽しむ。普段自分が彼女達に触る様に、優しく慎重に。少し違うのはほんのり温かい体温と、反応が返って来ること位。もう少し、黙って貰えると楽しめるんだけど。

 そうして暫く、その四肢で遊んでいると、彼女の耳元にキラリと光るものが目に入った。

 今までに無かった、明らかな変化だ。

 

 

「りせに開けて貰ったの」

 

 

 そう嬉しそうに語る雪雫は歳相応の少女の様。

 

 

───羨ましい

 

 

 と、ふと思った。雪雫を好きに出来る彼女が。自分好みの服を着せて、自分好みの髪形を作って。その首のチョーカーも、新しく出来たピアスも。全て彼女の思い通り。そう、それこそドールの様に。

 

 

 

「左耳以外は開けないの?」

 

 

 少し欲が出てしまった。無防備なドールに自分の色を付け足してみたくなった。だってほら、彼女はまだまだ飾り付けられる。それだけの余白がある。

 

 

「例えば?」

 

「それこそ、もう片方の耳とか」

 

「耳は……もう先約居るからダメ」

 

「じゃあ、それ以外」

 

「耳以外に開けられるの?」

 

 

 彼女は知らない。何も知らない。自分を飾り付ける要素も、その余白も。ただただ人に与えられたものを飲み込んでいるのみだから。だが逆に言えば、情報を与えれば彼女の中で選択肢が生まれる。 

 

 

「身体に開けてる人も居るわよ。……それこそ、私とか」

 

「何処に?」

 

「……ヘソ、とか」

 

 

 脚の間でこじんまりしていた雪雫が体勢を翻してこちらを向く。

 

 

「見てみたい」

 

「………良いわよ」

 

 

 ソファを降りてペタンとカーペットに座る雪雫。その視線の先でシャツを肋骨の中間辺りまで捲り上げる私。どことなく背徳的な感情に駆られるが、きっと雪雫はそんな事思って無いのだろう。さっきのスキンシップだって、今だって。私を信用し過ぎている彼女にとって何でもないコミュニケーション。

 

 

「ホントについてる……」

 

 

 興味津々と言った様子で顔を近づけてお腹周りを観察する。雪雫から漏れ出る息が肌に当たって少しこそばゆい。次第に視察しきった彼女は指をおずおずと伸ばして「触って良い?」と上目遣いで私に問う。

 

 

「良いわよ」

 

 

 恐る恐ると言った様子で指先で触れれば、少し固いものがお腹に沈んだ感覚が伝わって来た。

 

 

「痛くない?」

 

「全く」

 

 

 嗚呼。金属越しに触れているだけだと言うのに、お腹の奥から込み上げてくる何かを感じる。ドールの素体を飾り付ける時の感覚に似ている。無垢な少女が新たに得た情報、選択肢。ゼロベースだからこそ、それは色濃く鮮明に残る。形としては見えなくとも、間違いなくそれは私が刻んだもの。きっともし次にピアスを開ける機会があるとして、その時に雪雫が思い浮かべるのは今日の事、私の事。

 

 

「これもオシャレ?」

 

「まぁ、そうね」

 

 

 知らなすぎる。

 人の悪意には触れて来ただろう。怪盗団での話を聞く限りはそういう手合いと相対してきただろうから。

 

 でも、それ以外は?

 彼女はきっと気付かない。それこそ、足元で四つん這いになっている少女の私の視線とか。多分、これから先も知る事は無いかもしれない。

 

 

(嗚呼……)

 

 

 繋ぎとめてしまいたい。




歳上からのクソ重感情に晒される事に定評のある雪雫さん
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