一人ぼっちの文学少女が孤独を埋めてくれる相手を見つけた話   作:ジョク・カノサ

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451°F

「日宮ー、ジャージ忘れたから貸してくんね」

 

「……はい。汗塗れにしないでね」

 

「サンキュー。卓球だから大丈夫だって」

 

「この前泥だらけで返してきたの忘れてないぞ」

 

「それは天気が悪い」

 

 日宮君が部室に通い始めてから朝の支度の時間が伸びた。

 

「日宮君、黒板消し頼める? 日誌は私が書いておくから」

 

「分かった。そういえば先生が昼休みにプリント取りに来てほしいって」

 

「あー、私昼は部活の集まりあるかも」

 

「了解、じゃあ適当に誰かに手伝ってもらうよ」

 

「ありがと」

 

 部室に彼が好きなのだという紅茶を用意出来るポットを用意した。

 

「小暮、お前カノジョ出来たんだって?」

 

「出来たけど」

 

「なんで俺に言わねーの?」

 

「別に言うもんじゃなくない?」

 

「いやいやいや、お前桜井と付き合ってといてそれはねーわ。俺ならクラスの男共全員に自慢するね」

 

 部室のカーテンを閉め切るようになった。

 

「あっちから告白されたんだろ?」

 

「うん、体育館の裏で」

 

「いいなー。……そういやお前告白するとか言ってなかったっけ。ほら、あの美人だけど拒絶オーラヤバイ先輩」

 

「蓮見先輩ね。あの人にはとっくの昔にフラれてるよ」

 

「え、それも隠してたんかお前」

 

 部室の時計の針を少しだけ遅らせた。

 

「一目惚れですって言ったけど、そんなの誠実じゃないって言われてさ。ああ、確かにそうだなって」

 

「うわ言いそう。てか良く告白するとこまで行けたなお前」

 

「言っとくけど、蓮見先輩は普通に良い人だからな。めっちゃ頭良いし話も面白いし」

 

「へー、見かけによらないな。あ、もしかしてちょっと前まで木曜だけ放課後残ってたのってその先輩絡み?」

 

「そうそう。結構仲良くしてくれて、小説について色々と話してたんだ。……行けなくなっちゃったけど」

 

「桜井か?」

 

「うん、行かないで欲しいって泣かれた。だから付き合い始めてからまだ部室には行ってない」

 

「……束縛するタイプかよ桜井。つーかお前、告白されたとはいえ切り換え早くね? 諦めきれねーから部室通ってたんじゃねーの?」

 

「いや、蓮見先輩とは本当に趣味が合ってさ。僕の話に付き合ってくれるんだよ。だから一回フラれた時点で恋愛云々は……無しだよ。多分、先輩もそういうのが無いから仲良くしてくれたんだろうし」

 

「なんつーか、ドライだな。マジで切り換え早い」

 

「そう?」

 

 いつしか、文字を追う理由が変わっていた。没頭の為では無く彼との会話の為の材料として。

 

「……ん?」

 

「どうしたの?」

 

「いや、なんか誰かに見られてる気がしたけど……気のせいか」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「先輩、お久しぶりです」

 

 十二月の初旬に入った頃、彼は放課後にバツが悪そうな顔で部室を訪れた。

 

「ほんとね」

 

 手元に広げていた本を閉じ、机に置いて彼の方を向く。

 

「もう来ないと思っていたけれど」

 

「す、すみません。色々あって中々来れなくて」

 

 そう言いつつ彼は扉の前から動こうとしなかった。長机を挟んだ私の正面、彼の定位置となっていた場所には未だに空白の椅子がある。

 

「……あの、これから部室に来る事は出来ません」

 

 そうして、彼はその理由の全てを語った。

 

 同級生からの告白を受けた事。彼女が部室で私と二人きりになるのを嫌がっているという事。

 

 誤魔化さず、包み隠さず、全てを。

 

「先輩と話してる時間は本当に楽しかったです。友達とかには中々出来ない話を聞いてくれましたから」

 

 今生の別れのような語り調子だった。

 

 それもそうで、そもそも学年が違う私達の間には接点が無い。それに彼は私の機微を悟ってこの部室だけの交流を尊重してくれていた。新しく出来た彼女の性格の問題もあるのだろう。

 

「……ありがとうございました。僕の趣味に付き合ってくれて。思えば、先輩の一人の時間を邪魔してしまっていたのかもしれません。でも僕は──」

 

「日宮君」

 

 それ以上の言葉を聞く必要は無かった。私は立ち上がり彼の元へと歩き始める。

 

「私もあなたに伝えたい事があるの」

 

「せ、先輩?」

 

 そのまま彼の横を通り過ぎ、扉の鍵を閉める。

 今日は窓のカーテンは閉めていない。振り返れば、立ち尽くした彼の背後には夕暮れが広がっている。

 

「好き」

 

「……へ?」

 

 彼はとても間抜けな顔をしていた。そんな表情ですらも私にとって特別なものに思える。

 

「前は日宮君がしてくれたから、今度は私から」

 

「え、いや、僕、とっくの昔にフラれて……」

 

「気が変わったの。それぐらいの時間はあったでしょう」

 

 彼と私の間にある認識の差。彼は私との関係を少し特殊な二年の先輩との交友関係とでも思っているのだろうけど、私は違う。

 

「これは嘘でも冗談でもない。私の本当の気持ち」

 

 一歩を踏み出した。困惑する彼との距離が縮まる。

 

「……冗談じゃなかったとしたら、そう言ってもらえるのは嬉しいです。でも、僕はもう彼女が──」

 

「桜井さんの束縛癖にうんざりしているんでしょう」

 

「えっ」

 

「一年の知り合いから最近おかしなカップルが出来たって話、聞いたの。名前を聞いてみれば片方は日宮君の事で、付き合い始めた彼女との関係に苦労しているとね」

 

 嘘。一年に知り合いなんて居ない。地道に情報収集を続けた結果知り得た事実。

 

「……」

 

 そしてそれは悪化している事が見て取れた。彼の目の下には彼が部室に来ていた頃には無かった隈が薄っすらと浮かんでいる。

 

 彼は何も言い返してこない。

 

「日宮君、桜井さんとは別れましょう。そして私と付き合いましょう。私は彼女のようにはならない……ああ、別に私の好意は同情心から来た訳じゃないから、勘違いはしないでね」

 

「……無理、ですよ。日菜子が許してくれません」

 

「一方的に別れると宣言してしまえばいい。それでも無理なら、当面は私が彼女との縁を切るのを手伝ってもいいの。女同士なら色々とやりやすいと思うから」

 

「……」

 

「どう?」

 

「っ」

 

 一気に彼との距離を詰める。残るは人一人分ほどの隙間。彼の表情と……視線の動きが良く見える。

 

 居心地が悪そうに目を背けようとした直前、数瞬の間彼の視線は私の足元を彷徨っていた。

 

 彼が時々、私にそういった視線を向ける事は以前からあった。試しにスカートの丈を少し短くしてみると、視線の回数が増えたのは面白かった。

 

「日宮君」

 

 彼の肩に手を乗せた。彼はその手を振り払おうとはしなかった。

 

 自分の容姿が優れているという自覚はあった。素敵な贈り物をしてくれた両親に、久方ぶりの純粋な感謝の気持ちが湧く。

 

「キス、しましょう」

 

 彼は、それを拒まなかった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 結局、私は弱みに付け込んだだけなのだろう。精神的に疲弊している状況の彼を甘い言葉で誘った。彼は私が知る限りでは奇麗な人間だったが、どんな人間にも弱さはある。

 

 一度私への恋愛的関心を失った彼が私をどう見ているのかは分からない。私の行いを考えると、性欲を中心としたような濁った気持ちを向けられていても不思議じゃない。

 

 だけど、別にそんな事はどうでも良かった。私と彼だけが居るこの部室がそこにあるのであれば。だからその邪魔をする桜井という一年の存在は今後の課題だろう。

 

 彼が居なくなってからは一人でページを捲る事が酷く退屈で、目の前の物語がどこまでも無価値に思えて仕方が無い。

 

 始めて感じる奇妙な触感。彼が私を求める様は素敵で、愉快だった。

 小さく鳴り続ける彼の携帯の着信音と、お互いの息遣いが交じり合う中で私はそれを見る。

 

 彼の背後の机に置かれた一冊の文庫本。タイトルも思い出せないその本が、夕日によって赤く照らされている。

 

 そのまま、燃えてしまえばいいのに。そんな事を思った。

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