「ようやく、着いたわね。あたしの第二の故郷とも言える日本に。あっ、もちろんだけど一番の故郷はダーリンと過ごした中国よ?」
二対のツインテールを揺らし、八重歯を見せながら笑う鈴。そんな恋人に頼は軽く微笑み、頭を乱暴に撫でる
「当たり前だ、お前はオレ様の嫁。帰るところは中国と決まっている。だが正直に言えば、オレ様としては小鈴と居れるなら何処でも構わん」
「さすがはダーリンね。そうやって、いつでもあたしを第一に考えてくれるとこが大好きよ」
「それで?IS学園とか言うのは何処にある。この伝説たるオレ様が遥々、来てやったというのに迎えすら無いのはどういうことだ?日本人は礼儀も知らんのか」
「ダーリンってば、落ちついてよ。何事も焦りは禁物よ?其れにIS学園の場所なら、あたしに任せて。確か……ここら辺に…あった!ほら、地図よ」
鈴は肩から提げたボストンバッグの中にあった一枚の地図を取り出す
現在地である空港からIS学園までの道を示す地図。一見、簡素にも見えるが分かり易い地図とも言える
「待たせるのも、待つのも嫌いだ。行くぞ!小鈴!」
「あっ、待ってよ!ダーリン!」
そそくさと歩き出す頼の背を追い、鈴も駆け出す
二人で地図を確認しつつ、都内を歩き回ること1時間弱。漸く、目の前にIS学園と書かれたホログラムの看板が姿を見せる
「ここが…IS学園」
「ふむ…流石は各国の代表候補生が集まるだけのことはある。微力だが気配を感じる、強者の気配を」
「流石はダーリンね、その気配の正体は『ブリュンヒルデ』だと思うわ」
「ブリュンヒルデ……なるほどな、納得だ。あの人ならば、オレ様が教えを乞うに値する」
「なにせ、あのブリュンヒルデだものね。でも油断は禁物よ?ここにはあたしのセカンド幼馴染がだっているんだから」
「セカンド幼馴染!?オレ様の他にも幼馴染が居たというのか…」
「はっ……!」
セカンド幼馴染という聞き馴染みのない言葉を聞き、僅かに落ち込んだ様に呟く頼。愛しい恋人が何時になく意気消沈する姿に気付いた鈴は慌てたように彼へと駆け寄る
「幼馴染は幼馴染だけど、あくまで友達よ⁉︎あたしが酢豚を作ってあげたいのも、食べて欲しいのもダーリンだけなんだから!落ち込まないで!それにあたしを嫌いにならないで!」
「……くっ…ははははは!」
「ふぇ?」
唐突に笑い出した頼に鈴は疑問符を浮かべる。何かおかしいことを言っただろうか?自分は唯、頼の誤解を解きたくて釈明しただけの筈。しかし、当の本人である彼は大声で笑っている
何故だろうと思い、鈴は頼に問い掛けた
「ダーリン?あたし、何かおかしいこと言っちゃった?」
「ああ、言ったな」
「ふぇ…?な、なに⁉︎言い直すから、教えて!あたしのこときら----んっ…あっ…ら…い…」
再び、慌てふためく鈴だったがその口は直ぐに塞がれた
自分の唇と触れ合い、重なるのは大好きな恋人のモノ。思わず、彼の背中に手を回し、何度も何度も重ね合う
「「んっ……ちゅっ……んっ…」」
「ぷはぁ……ら、頼…。急にキスとか…ビックリしちゃうじゃない……」
「悪かった。だが、それがオレ様の答えだ。
「……はい!」
互いの手を重ね合わせ、歩幅を合わせるように歩き、目的であるIS学園へと最初の一歩を踏み出す。転入手続きを行う為に、職員室を目指す頼と鈴。すると保健室前で、誰かを取り囲むように騒ぐ女子生徒が視界に映る
「織斑くん!大丈夫⁉︎」
「はは…これくらい何ともないさ…いてて…」
「まぁ、大変ですわ。きっと骨が折れてるに違いありません。セオ?大至急、ドクターを呼びなさい」
「やだよ、めんどくせー。つーか怪我くらいで騒ぎ過ぎだろうが。んなもんツバでもつけときゃ治るだろ」
「一夏さんを貴方みたいなお猿さんと同じにしてはいけませんわ。全く品がないんですから…。申し訳ございません、一夏さん」
「いいって、セシリア。セオなりに俺を心配してくれてるんだろうから……でも、保健の先生が居ないのは厳しいなぁ…。来るのは明日からだって千冬姉が言ってたし…」
黒髪の青年がそう呟いた。明日来る保健の先生とは恐らく頼のことだろう
いきなり騒ぎを起こすのは吝かではないが医師として怪我人を見過ごす訳にはいかない。其れが医師としての頼の高いプライドであり築き上げた伝説の一端なのだ
そうこう思っている間に頼は人混みを掻き分け、気付くと黒髪の青年の前に立っていた
「出示」
「へ?」
「ふむ……中国語では聞き取れなかったか。見せろと言ったんだ、特別に診察してやる。光栄に思え」
「し、診察……?お前は誰なんだ?」
「一夏、その人は医者よ。それも中国で伝説とまで称された超凄腕のね」
「……鈴?鈴じゃないか!お前、どうしてこ----がっ…!」
「患者の分際で動くな。それから、オレ様の前で小鈴に気安く話し掛けることは許さん」
鈴と知り合いだったのか、一夏と呼ばれた青年が彼女に近付こうとするも頼が首筋のツボを押し、動きを封じる
「……安心しろ、骨折の類いではない。軽度の脱臼だ、故に二、三日もすれば、完治するだろう」
「あぁ……ありがとな。俺は織斑一夏、お前は?」
「………道頼苑。明日より、このIS学園に転入する保健医であり生徒でもある。ISは動かせないがある特別待遇の元に派遣された。故に貴様たちは此れより、オレ様以外を主治医とすることは不可能と思え」
「道頼苑…。よろしくな!」
「頼…と呼ぶことを許可してやる。光栄に思え、織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、セオドア・フロックハート。ふっ…何やら、貴様等とは長い付き合いになりそうだ」
「再见、みんな。また明日〜」
意味深に笑い、白衣を翻しながら去って行く頼と彼の後を猫のように軽やかな足取りで追う鈴。その小柄な二つの背中を見て誰もが思った
((((体は小さいのに態度デカ過ぎだろ……))))
翌日。一夏は改めて、頼に礼を述べようと2組を訪れた
そこにはクラスメイトに囲まれ、質問攻めに合う正に転校初日という言葉が相応しい頼と鈴の姿があった
「うわぁ……頼と鈴、二人ともすごい人気だなぁ…」
「はんっ、所詮は医者だろうが。俺には及ばねぇよ」
「おはよう、セオ。お前も頼に会いに来たのか?」
「んなわけねーだろ。この英国紳士の俺が他人に媚びを売るかってんだ」
この毛先の黒いメッシュが特徴的な金髪癖毛に碧眼を持つ、整った顔立ちの青年の名はセオドア・フロックハート
イギリス代表候補生 セシリア・オルコットの従者としてIS学園に籍を置くこと許された数少ない男子生徒だ
「だいたいよぉ…あの野郎、気に食わねぇんだよ。人を見下しやがって」
「まあ人それぞれだからなぁ…性格は」
「いいや、あいつはISを快く思ってねぇんだと思う。あれは女尊男卑の今を嫌う眼だ」
「それはセオもじゃないか?」
「まあな。それでもあいつは気に食わねぇ、自分のプライドを鼻にかけてやがる」
一夏はセオドアの言葉を聞き、改めて頼の方を見るが本当に彼がプライドを鼻にかけているのかは判別出来ない
その視線に気付いたのか頼は生徒達を掻き分け、一夏とセオの前まで歩いて来た
「昨日振りだな、織斑にフロックハート。オレ様に用でもあるのか?」
「ああ、いや。そうじゃないんだ。改めて昨日の御礼を言いたくてさ」
「ふむ、意外と律儀な所もあるようだ…なるほど、これが日本人なのか。その事なら、無問題だ。オレ様は医師であり貴様は患者。よって、これは当然の処置だ。しかし、貴様がどうしても感謝したいと言うのなら、特別に感謝されてやろう。光栄に思え」
「……そ、そうか」
「けっ…気に食わねーな。その上から目線、明らかに自分の弱さを棚に上げてる証拠じゃねぇかよ」
「………何?」
「ちょっとあんた!失礼じゃない!いい!?ダーリンは凄腕の医師であり生きる伝説なのよ!本来はあんたみたいなヤツが会話できるような人じゃないのよ!なのに!ダーリンに対して、弱いだなんて!今直ぐにあやま----ダーリン?」
セオドアの発言に対し、鈴が突っかかるが頼は彼女を制止した
どうしたのだろうかと思いつつ、彼を見ていると不敵に笑い、セオに向かってこう告げた
「弱さの中にも強さはある…故にオレ様は強い。敗者とは弱さ故に敗れた者を示すのではない、己が信念を貫き通せなかった者を示す。迷いが生む油断…これ即ち、敗北也」
「あぁ?何言ってんだ?おめぇ。訳の分からねぇ御託はいいからよ、喧嘩しようぜ」
「
挑発するセオドアに対し、頼が告げる。その発見が中国語であるが故に、理解出来ない一夏は、首を傾げているが、鈴は八重歯を出し、不敵に笑っていた
そして放課後。今朝の約束通り、模擬戦闘の許可を織斑千冬と山田真耶の両教師から得た頼とセオドアは闘技場で向かい合っていた
「ねぇ、セシリアだっけ?あんたの従者さんは武術とかやってる?」
「いいえ、何も。ですが……彼は一度も負けたことがありませんわ。生まれながらの勝者、それがセオドア・フロックハートですわ。いくらあなたの恋人さんが強くてもあの身長差では戦いも成立しませんし」
「さぁ〜て、それはどうかしら?身長差なんてのは二の次よ、全てに勝るのは己が貫く意志の強さよ。これ即ち、信念也」
「おっ、始まるぞ」
一夏の言葉で鈴、セシリア、箒の三人の視線が闘技場の方に向く
刹那、セオドアが一気に駆け出し、頼に迫っていく。距離を詰め、軽い身のこなしのフットワークで拳を繰り出す
「オラッ!オラオラッ!オラァッー‼︎」
「なるほど。我流にしては興味深い動きだ」
「どうした!手も足も出ねぇか?俺の拳はナパーム弾並みの威力だぜ、似非ドクターさんよォ!」
「ふっ…威勢だけは良いようだ。然し、オレ様に、その程度で傷を付けよう等と、笑止千万也」
その言葉と同時にセオドアの猛攻を避けているだけだった頼が動いた
攻撃を指一本のみで受け止め、セオドアの動きを封じたのだ
「なっ…!」
「所詮は生身、故に我に傷付けること敵わぬが如し。身の程を知るがいい、我が一撃を、その身で、しかと味わえ!
刹那、高速の蹴撃がセオを襲った。その小柄な体格から放たれたとは思えぬ、一撃は深く叩き込まれた
「ぐっ……⁉︎な、なんだ……今の…!蹴りが重てぇ…」
一撃必殺、故にその蹴撃は是までに受けた如何なる技よりも遥かに常軌を逸していた
「どうなってますの……⁉︎あのセオが…こうも簡単に膝をつくなんてあり得ませんわ!」
その場に片膝をつきながら、肩で息するのが、やっとのセオドア。その状態の彼に対し、見守るセシリアが思わず、驚きの声を挙げた
「いや、そうでもない。あの頼という男の蹴りに籠っていたのは闘気。自らの体に高密度の闘気を纏わせ、フロックハートに一撃を放ったのだ」
「そうなのか?鈴」
「ええ、箒だった?その子の言う通りよ。体内で練り合わせた気を自らの体に纏い、戦うのが頼の使う武術の正体…。そんな事が出来るのは何故か分かる?そう、其れは頼が武術と気候術のスペシャリストであり天才的な医術を持つ生きる伝説だからよ!!」
ふふん、と誇らしげに慎ましやかな胸を張る鈴。何故に彼女が誇らしそうにしているかは不明だが頼の強さは其れが由縁らしく、その先を一夏は気になりながらも聞くことが出来なかった
「まだやるか?」
「……参った、降参だ」
「なっ⁉︎セオドア!貴方、それでも誇り高き英国の人間ですの⁉︎」
「無理を言うなよ、セシリア。こいつの実力は俺より上だ……認めたくねぇけどよ。多分、そこの鈴とか言う女もお前より、強いぞ」
「………それは本当ですの?鈴さん」
セシリアは横に佇み、頼に手を振る鈴に問い掛ける。すると、彼女は特徴的な八重歯を出し、不敵な笑みを浮かべ、口を開く
「日々精進した結果よ。アンタは先ず、心を磨くといいわ。この世は絶対、完璧、完全の三つが罷り通る世の中じゃないの」
「貴様たちが此れに懲りず、また挑戦するのであれば、何時如何なる時であっても、オレ様はその挑戦を受けると約束してやろう。我们走吧、小鈴」
「是。頼」
白衣に改造を施された上着を翻し、頼は鈴を連れ立って闘技場から去っていく
取り残された一夏、箒、セオドア、セシリアの4人は密かに思った
((((やっぱり小さいのに態度がデカい…))))
IS学園へと転入を果たした頼と鈴、彼等を待ち構えるはクラス対抗戦。そして、謎めいた敵との会合であった
「如何なる者が相手でも容赦はせん、故に我不迷」