メイド イン 蝕   作:黒チョコボ

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プロローグ

数多の怪物、苦難の道のり。魂を削り、幾度となくその身を危険に晒す。そうした末に何とか辿り着いたのは妖精郷と呼ばれる未知の大地。

 

傷だらけの体に、更なる傷を増やしてまでここに来たのにはとある理由があった。

 

絶望と憎悪しか無かった世界に飲まれるのを防いでいた小さな炎。それを大事に大事に守る為、そして闇で燻り続けていたその炎を復活させる為だ。

 

そして今、こうやって大木に背を預けている最中にも頼れる仲間が、眠れる希望を呼び起こそうと奮闘してくれている。

 

安心しても良い筈だ。今までの疲れを癒す為にも少しは横になっても良い筈だ。

 

だが、前髪の一部が白く染まったその男は、冴えない表情でただ一人、静かに酒を飲んでいた。美しい花々には目も暮れず、ただじっと木々の隙間から顔を覗かせる月を見上げて。

 

 

 

そんな、しんみりとした空気が漂う中、一匹の光る小さな存在がふよふよと彼の元へ寄ってくる。その羽のついた小人の様な見た目はまるで妖精だ。だが、パックと呼ばれる存在はその姿に似合わぬ図々しさをもって、彼の頭にあぐらをかいて座ったのだった。

 

「ねえ、ガッツ。何してんの? そんなボケ〜っと空なんか見上げちゃってさ!」

 

「ヘッ……何でもねえよ」

 

ガッツと呼ばれたその男は、その言葉の返答代わりに鼻で笑う。それは、仲間を信頼しきれぬ自分に向けた物なのか、はたまた頭上のそれに向けられた物なのか分からない。

 

ただ一つ確かな事は、手の中にあったグラスの酒が、全て彼の胃の中に消えたという事だけだった。

 

これ以上飲めば、仮に何かあった時にまともな判断が出来なくなると思ったのだろう。彼は追加の酒を注ぐ事無く、そのグラスを地面へと置いた。そして、腰に付いたポーチから卵型の石を取り出すが、ふと手が震え、取り落とす。

 

「あっ! オレのベッチー!」

 

地面に落ちるよりも先に、彼の頭上から飛び出したパックの手が、その不気味な石を捕まえた。

 

「私の同居人であるぞガッツ君! もう少し丁重に扱いたまえ!」

 

「……へいへい」

 

どうやら、その石とこの妖精は同じポーチを寝床としているようだ。

 

同居者の危機を救った彼は、目の前の存在をじっと目で見つめる。

 

「あれ、ベッチィーってこんな顔だったっけ? もっとヘンテコな顔してる気が……」

 

"ベヘリット"

 

卵の形をしたその不気味極まりないその石には顔がある。顔と言っても失敗した福笑いのように目、鼻、口の位置がバラバラの歪んだ顔である。

 

だが、パックが見たその顔は、顔のパーツが殆ど正しい位置である、整った顔になりかけていた。

 

そして、顔が揃いかけるという事象が示すのは、不吉な何かが起こる前触れである。

 

「うおぉ! 元に戻るのだベッチィー!」

 

パックは元の愛嬌のある顔に戻れと念を込めつつ、ベッチィーをブンブンと上下に振った。バーのマスターもビックリの速さである。

 

ガッツはベヘリットを振り過ぎてヘトヘトになっているポンコツを呆れた様子で見ながら、自身の右手をそっと首元へと持っていく。

 

触れたのは首ではなく、それを覆う分厚い甲冑。だが、その先あるのは彼を未だ蝕み続ける呪いの証。殆ど痛みの無いそれのある場所を、彼はスッと撫でた。

 

(何とも無え……か)

 

明日の朝、素振りか調子の良いガキンチョの稽古でもするかと思いながら、彼は段々と微睡む意識に身を預けた。

 

だが、眠れぬ夜を過ごした癖なのだろう。その身は甲冑を纏い、傍らには自身の愛剣が置かれたままであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ツ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……てよ………ツ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガッツ! 起きてってば!」

 

「……ッ!?」

 

焦りの含んだ大声に、その意識は一瞬で覚醒する。すぐさま大剣の柄を右手で掴み、周囲に注意を巡らせる。

 

前方から差し込む光。這わねば通れないであろうその隙間から与えられたそれは、彼に周囲の状況を嫌でも認識させた。

 

「おい、パック。ここは……何処だ……!?」

 

「分からない……分からないんだ! さっきそこの穴から外見て来たけど、一面雪景色で……」

 

おふざけ無しの真剣な顔付き。久々に見たパックのその表情に彼の頭の奥底にも焦りが生まれ始める。

 

周囲は土の壁。人が立てる大きさはギリギリある事から何かの住居なのか、それともただの洞穴か。ただ、どちらにせよ空間に対して出入り口が小さ過ぎる事だけは確かだ。

 

「ここに居ても埒があかねえ。外出るぞ」

 

「でもガッツ、その穴通れるの?」

 

「……多分」

 

自身の装備を今一度確認する。呪いの甲冑にあの大剣、ボウガンと矢、火薬の類がたっぷりと詰まったポーチの数々。そして何より、筋骨隆々のその肉体。

 

彼は暫く視線を明後日の方向へ向け、頬を掻くしか無かった。

 

 

 

 

 

結局、彼のガタイでは通れる事は叶わず、小さな穴を炸薬で強引に広げた事は言うまでも無い。

 

 

 

 

 

かなり大きくなったその穴から、芋虫のように這い出て来たガッツは、もう左しか残っていない目を眩しそうに細くする。

 

眩さがゆっくりと晴れた時、そこに映っていた景色は確かに雪景色であった。だが、視界に点々と映り込む異質な要素が、ここが彼の知っている場所では無い事を淡々と物語っていた。

 

あちらこちらにある滝に、湖らしき場所に浮かぶ円形の建物。だが、彼をより一層焦らせたのは、何処を見ても地平線など無く、真っ暗な闇しか見えなかった事だ。

 

「ここは……何処だ……!?」

 

その動揺が露わになった声に応える者など誰もいない。この状況で唯一の仲間であるパックも、そして彼自身も、目の前に広がる幻想と奇怪の入り混じった不気味な光景を前に、ただただ呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

しばらく経ち、ガッツとパックは何とか落ち着きを取り戻す。未だ理解の及ばぬ光景がすぐそこにあるが、分からないなら理解しようとしなければ良い。ひとまずは考えなければ良い。

 

「ガッツ……どうする?」

 

「どうもしねえよ。とにかくここか何処か分かれば良い。アイツらの所に戻るだけなら、船見つけりゃ何とかなる」

 

「なるほど……そしたら誰かに聞くのが早そうだね! おっ! 丁度誰かこっち来たよ!」

 

下に見える円形の建物からだろうか。目の前にある長い長い下り坂を誰かが登って来ていた。打つ手も無い故に話し掛けるのが良いのだろうが、残念な事に世間は厳しい。もしかしたら賊の類の可能性もある。

 

一応、警戒を緩めずにガッツは坂を登ってくる存在に話しかけようと近づいた。

 

「悪りィ、ちょっと良いか?」

 

「おや? 探窟家の方……では無さそうですね」

 

紫色の縦線が入った不思議な冑を着ているその男は、この空間と同様に聞き覚えの無い言葉を漏らす。だが、一々聞き返していては面倒である。

 

ガッツは何となく話を合わせるフリをして、さっさと本題へと切り込んだ。

 

「まあな、ちょいとワケありなんだ。とりあえず聞きてえんだが、ここら辺に海に面した町はあるか? あったら教えてくれると助かる」

 

「ほう、町ですか。"上"へ行けばありますよ」

 

目の前の男はその格好とは裏腹に、何も躊躇う事無く彼の知りたい情報を教えてくれた。男からすれば、こちらが不審な者であるにも関わらず、終始丁寧な口調でだ。

 

パックは相手が話が通じるタイプの人だと安堵する。だが、ガッツの表情は緩む事無く強張ったままだった。

 

「そうか、ありがとよ。邪魔して悪かったな」

 

「いえいえ、そちらこそお気を付けて」

 

男の最後の言葉が耳に入るよりも先に、彼らは重々しい音を立てて走り出す。少々無礼な行動であったが、その男は特に怒る事も無く、ただただ遠ざかっていく背中を表情の分からぬ冑越しに見つめていた。その首元には、組み合った手を模した悪趣味な白い首飾りがぶら下がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明らかに色々とおかしいこの世界。こんな場所でも例外なく足跡は雪にしっかりと刻まれる。平地から坂へと続く深い足跡は、彼らの心の焦りを示していた。

 

「いや〜! さっきの人が優しくてよかったよかった!」

 

そんな中、パックはガッツのポーチから顔を出して呑気にもそう言った。ただ、彼はその言葉に対して何とも言えない表情を浮かべる。

 

「まあ、確かにありがてえ。だが……」

 

「だが……?」

 

「なんかきな臭え」

 

「ほうほう……して、その根拠は?」

 

「……勘」

 

まさかの返答にパックはポーチの中でひっくり返った。

 

「いやはや根拠が勘とは……君は野生動物か何かかね?」

 

「言ってろ」

 

ガッツの溜息が聞こえる中、パックはベッチィーの上にてあぐらをかき、ぼんやりと先程の人物を思い返していた。

 

「う〜ん、さっきの人からは悪意とかは一切感じなかったから大丈夫だと思うんだけどなあ……」

 

エルフであるパックは多少なりとも他人の感情を感じ取る事が出来る。しかし、ガッツが何故か不信感を抱くあの男からは悪意の類は感じなかったようだ。

 

それ故に、パックはお互いがあの男に抱く印象が真逆である事に首を傾げる。

 

だが、それも束の間。面倒になりそうな予感がした彼は、考えるのを止めたのだった。

 

「ま、いっか! とりあえず上に登って行けば良い事は分かったからな! では、ガッツ君! 頑張りたまえよ!」

 

「相変わらずのんきなヤローだぜ……」

 

いつの間にか彼の頭の上でペシペシと彼のおでこを叩くその存在。文句の一つぐらい漏らしてもバチは当たらないだろう。

 

ガッツは鬱陶しい羽虫を摘み上げ、そこら辺にポイ捨てすると、眼前に続く坂道へと早足で歩き出す。

 

「うお〜! 置いていくでない!」

 

雪に頭から突き刺さったパックはシピタパと暴れ、なんとか雪から脱出する。さっさと追い付かねばと前向いた時、その異変は起こった。

 

「あれ、ガッツ……?」

 

ある意味、屈強という言葉の擬人化とも言えるガッツ。そんな彼が、たった五つの足跡を刻んだ先で膝をついていた。

 

今の所、怪我など一つもしていない筈である。

 

一体、何が起こっているのだろう。

 

「ガッツ!」

 

彼の様子を確かめるべく、すぐ側まで飛んでいくパック。横からチラリと見えた彼は、右手で自身の目元を抑えていた。不思議な事に、指の隙間から見える左目は驚きに見開かれている。

 

「ガッツ……大丈夫?」

 

「なんでもねえよ。ただ、ちょいと目眩がしただけだ」

 

心配するパックを横目に、ガッツはすぐに立ち上がって気丈な振る舞いを見せる。だが、その目は焦点が合っておらず、足取りは覚束無い。

 

まるで、死にかけの兵士の様に、これまでに散々屠ってきた幽鬼の様に、彼はフラフラと前に進む。

 

そして、今度は十歩程歩いた後、彼は膝から崩れ落ちるかの様に雪へと伏した。

 

「……ッ!? どうなって……やがる……!」

 

当然、彼は立ち上がろうとする。しかし、何度やっても立てない。まるで、船上に居るかのように、平衡感覚がまるでおかしいのだ。

 

言う事の聞かない己の体。その拳は苛立ちで硬く握り込まれた。

 

「ガッツ……」

 

突然壊れた自身の感覚。霞んで消えそうな目の前の景色。無音となった世界。何かが起きている事は明白だ。

 

だが、地面を芋虫のように這いつくばり足跡とは呼べない何かを刻み、真っ白な雪の大地を爪の食い込む手から溢れる血で染めながら、彼は再び前に進み始める。

 

 

 

仲間たちの元へ帰る為の"踠く旅"が今始まった。

 

 

 

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