メイド イン 蝕   作:黒チョコボ

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反転する終着点

 

「はい、お師さま」

 

「……ん」

 

色々と一悶着……いや、数百悶着あったガッツとオーゼン。それぞれが己の仲間に止められてようやく終わったその戦いの後、恐怖と興味の入り混じった視線を横目に来客用の小部屋にて向かい合って座っていた。

 

そして、マルルクが何処からか持ってきた救急キットとDr.パックによる応急処置が行われ、二人は否応無しに負傷部分を包帯でグルグル撒きにされたのだ。

 

そんなこんなで、現在ガッツは先程まで本気で殺し合っていた相手と向かい合わせになりながら、食事を取るという何とも奇妙な状況に置かれていた。

 

「マルルク」

 

「はい! お師さま!」

 

誰かさんの適当処置によって腕どころか手まで包帯がぎっちり巻かれて物を掴めないオーゼンに、マルルクが小さく切った肉を食べさせるという半ば介護のような光景を見ながら、彼も己の為に用意された厚めのステーキにフォークを刺す。

 

そして、それを口に運ぶより先にくぐもった声で苦言を漏らした。

 

「マルルク、応急処置の方法だけどよ……本当に合ってんのか?」

 

そんな、不思議とため息の聞こえてきそうな彼の姿は額やら頬やらを纏めて巻いた包帯のせいで、口元の可動部など殆ど無いミイラ人間と化していた。現状、彼に許されているのは左目側の包帯の隙間からただただ外の世界を眺めるだけである。

 

「こりゃ見事なミイラじゃ、鑑定に出せば高く……」

 

明らかにふざけたパックの言い分に対し、"んな訳ねェだろ"と呆れた様な呟きを返す。そんなやり取りの傍らでマルルクは密かにその顔を恥ずかしそうに染めていた。

 

結局、強引に口元の包帯をずらして頂くことになった様だ。

 

「マルルク、アンタ頬の傷はどうしたんだい?」

 

「えっ!? えっと、さっきパックさんに処置してもらって……」

 

「フーン、そうなんだ」

 

オーゼンの突然の質問に彼は思い出したかの様にその手を己の頬へと持っていく。不慮の事故によって生じた筈のその傷は、彼がいくら頬を探っても見つからなくなっていた。

 

「私の神がかり的なオペの成果だよ」

 

傷も残さず、たった1日で傷を治してしまった名医師が自慢げに彼女の前に名乗り出る。見た事は無いであろうその存在に彼女はこれっぽっちも驚く事なく、興味の目をじっと向けているだけだった。

 

「そんな風には見えないけどねえ?」

 

コントラストの無い、文字通り闇の色をしたその瞳に見据えられてだんだんと冷や汗が止まらなくなっているパック。そんな様子を横目に、ガッツは単刀直入に己の疑問を吐き出した。

 

「なあオーゼン。アンタ、長生きしてるんだろ? これから言う国が大体どの方角にあるか教えてくれねェか? うろ覚えでも構わねェ」

 

相手の返答を待たず、次々とその国の名前を口に出すガッツ。しかし、その発言を耳に入れたオーゼンが浮かべた表情は意地の悪い笑みだった。

 

「私がそんなこと答える義理なんて無いんだけどねえ。まあ良いよ、答えてあげようじゃないか」

 

何とも性格の悪そうな笑み。マルルクが思わず苦笑いを浮かべ、パックがビビって冷や汗を垂らすそれを前に、ガッツは平然と目の前の食物を口に入れ、頬に沁みる痛みに顔を歪めていた。

 

 

 

「ハッキリ言って、無いよ」

 

 

 

その答えに口をあんぐりと空けて驚くパック。その横で静かに眉を顰めるガッツ。信じられないのか小さい方はあたふたとしながら、その言葉に疑いをかけ始める。

 

「ガッツ! これ絶対嘘つかれてるって! だって見てよあのわる〜い顔! ぜーったい面白がってるって!」

 

「フーン、言ってくれるじゃないかチビ助。だけどね、私は嘘も子供騙しも嫌いなんだ。正真正銘、アンタらの言う国名は地上に存在しないよ。面白いよね、アンタらはありもしない国探してここまで来たってことさ」

 

酷くサディスティックな表情に良く似合う毒舌が吐き出される。

 

それに未だ疑いを向けるパックだが、落ち着いた低い声と後頭部を突っつく太い指にその疑いの顔は驚きに変わった。

 

「うわっ!? びっくりしたー!!」

 

「おいパック。オマエ、今エルフヘルだか何だかの方角分かるか?」

 

「エ・ル・フ・ヘ・ル・ム!! 勝手に地獄にするのやめて貰える!? まったくも〜! そんで方角方角っと……あれ? ううん? ぐぬぬ……!」

 

栗の様な頭に筋を浮かべてひたすらに唸るその様子を、ガッツ含めた三人は静かに見守る。

 

 

 

……だが、いつまで経ってもその唸りは止まらなかった。

 

 

 

故に、もう見学に飽きたオーゼンは己の知的好奇心を満たすべく、ガッツへと問いを投げかけた。

 

「フーン、エルフヘルねえ。聞いた事もないね。一体何処にあるんだい?」

 

「さあな、ただそこのちっこいヤツが場所分かるってのは確かだぜ。なんで分かるかは知らねェがな」

 

横から"エ・ル・フ・ヘ・ル・ム!!"と訂正の言葉がうるさく投げ掛けられるが、早く探せと言わんばかりのデコピンによって場は静けさを取り戻す。

 

「そういや、色々と悪かったなマルルク。基地の床やら天井やらをぶっ壊しちまって」

 

「えっ? いや、むしろガッツさんの方こそ結構な大怪我を……」

 

「ほう、私のは大怪我じゃないって言いたいのかい? 良い度胸してるじゃないか」

 

「え……! ええっ!? ちちち、違います! お師さまの怪我が軽いという訳では……」

 

明らかに悪戯心しか無いオーゼンの言い回しに、傍らの給仕係はあたふたとしながら掘った墓穴を埋めようと途切れ途切れの言葉を吐き出した。

 

そんな慌ただしい様子を面白そうに眺めながら、彼女は不満げな声調で文句を垂れ流し始める。

 

「マルルクは後で裸吊りだよ。それにしても、アンタも中々じゃないか。普通、謝罪というのは持ち主にするものじゃないのかい?」

 

「さあな、こっちだっていきなりブン殴られた分の謝罪なんざされてねェからな。てっきりそういうもんだと思ってたぜ」

 

「フーン、もう一発殴って欲しいのかい?」

 

「別に構いやしねェよ。ただ、そん時はテメエも義手が必要になるかもな」

 

「そこまでっ!」

 

このままでは再び不毛な戦いが始まってしまう。いや、意識の世界ではもう始まっているかもしれない。そう思ったパックは唸るのを止め、己の愛刀をガッツの脳天に叩きつけた。

 

そして、棒の先端につけられた毬栗という名の刃物は見事に彼の頭に突き刺さった。

 

「あっ、ちょっと強くやり過ぎちった……」

 

度重なる戦闘と疲労に彼の体も弱っていたのだろうか。普段ならかすり傷であろうその攻撃によって、額に撒かれた包帯がみるみる赤く染まっていく。

 

流石にやっちまったと思ったのか、見事に突き刺さった伝家の宝刀を引き抜いた後、己の羽から溢れる鱗粉を適当にばら撒いて、ペチペチと傷口を叩いた。

 

「いてェ」

 

「ごめんごめん。でもまあガッツだし大丈夫でしょ!」

 

「こんの野郎……!」

 

随分と冷たく怒りの篭った視線をその背中に受けながら、パックはオーゼンの前に出向くとその両手を大きく動かしながら話し始める。

 

「これはこれは失礼しました! ワタクシ、この黒金の城ガッツの城主をしておりますパックでございます! この度は私の城が勝手に暴れ出してしまい申し訳ありません! 次からは鎖にでも繋いでおく所存でございまする!」

 

いつも通りのおふざけに最早呆れ返るガッツ。流れについていけずにただただ唖然とするマルルク。だが、オーゼンだけはそんなふざけたジョークを一蹴するかの様に怖さ溢れる目を向けた。

 

「フーン、アンタの鱗粉は治療薬にでもなるのかい?」

 

冗談溢れるこの空気を嫌ってか、至って真面目に己の好奇心に従った問いを投げかけるオーゼン。

 

きっと、そんな彼女の意志を察知したのだろう。返ってきた答えはいつもよりもおふざけ成分少なめのものだった。

 

「オ、オウ……イエス。なんか凄いよく効く傷薬になるみたいだぞ!」

 

なんの変哲も無い普通の返事をした後、まるで何かを葛藤しているかの様な間が空く。そして、やはり己の性に逆らえなかったのかパックはもう一言……いや、それ以上を付け足した。

 

「なんと! それだけでなく、実は老化や美容にも効果があると専らの噂だぞ! アンチエイジングの救世主とも言われる程の超性能の薬なのだ! きっと今この瞬間もオークションに掛けられ、目も眩む様な高額で取引されている事だろう!!」

 

「そ、そうなんですか!? ど、どうしよう! 僕の軽い怪我に使われた薬がそんなに高価だったなんて……! どうやって返せば……!」

 

「どう考えても嘘だろうが……」

 

慌てふためくマルルクと最早慣れた素振りで呆れるガッツ。

 

だが、そんな二人の側である者が魔の手を伸ばしていた事をパックはまだ知らなかった。

 

「うげっ!?」

 

「ちょっと良いかい? 確認しておきたい事があってねえ」

 

お調子者の妖精を、包帯を内側から引きちぎってきたオーゼンの手がガッチリと掴む。今にも無残な結果になりそうな被食者の気分を現在進行形で味わっているようで、その身体からは滝の様な冷や汗が流れ出していた。

 

「イ、イッタイナンノゴヨウデショウカ?」

 

「簡単な話だよ。さっきアンタ、このデカブツの主人とか言ってたね? それ、本当かい?」

 

変な冗談でも言おうものなら握り潰されてしまいそうな視線を前に、パックはただただ首を縦に振る。

 

約一名から呆れの視線が向けられる中、オーゼンは嬉しそうに不気味な笑みを浮かべると、死刑宣告の様にこう言ったのだった。

 

 

 

「じゃあ、壊された壁や床の修理費はアンタに請求させて貰うよ」

 

 

 

「え゛っ!!?」

 

その意味を理解し、一瞬で真っ青に染まる栗頭。錆びたブリキ人形の様にその顔が彼の言う黒鉄の城へと向けられるがもう遅い。視線の先に座る当の本人は一応チラリとこちらを一瞥したが、見なかったふりをしたのだから。

 

「まさか、嘘ってことは無いよねえ?」

 

なんだか手の力が強くなった気がしてならないパック。嘘だと言えばどうなるかなど、最早言うまでもないだろう。

 

最後の最後で再確認を入れたのは、一応彼女の優しさ故なのだろうが、今の彼にとってそれは優しさとは真逆である事は間違い無い。

 

そして、容赦の無い追い打ちが低い声で行われた。

 

「悪りィが、ここの金なんて一銭も持ってないぜ? オレもそいつもな」

 

「フーン、そしたら……身体で払ってもらおうか?」

 

「か、身体で……!? やばいよガッツ! オレこの人にバラされちゃうよ!」

 

オーゼンが債務者片手に席を立ち、部屋の入り口へと向かう。そんな道中にて彼女はガッツに一言だけ断りを入れた。

 

「悪いね、少しこのチビっ子借りてくよ」

 

「ちゃんと五体満足で返すなら文句はねェよ。好きにしな」

 

「ガッツ!?」

 

己の冗談を貫いた結果が招いた災難によって扉の向こう側へと消えていく一筋の光。その光を握りしめ、意地悪く笑う闇。

 

ガッツらの目に映ったのはそんな奇妙な光景だった。

 

 

 

 

 

オーゼン達が席を外し、何故か隣の部屋から今にも消えそうな悲鳴が聞こえ始めた頃。ガッツと二人きりとなったマルルクは少しばかりの気まずさを感じていた。

 

己がもっと利口に動けば、二人の恩人が争う事は無かった。そう考えた故の自責の念によって、今の彼はただただ気まずさに押し潰されそうになっている。

 

そんな彼の心情を当然知らぬであろうガッツは、今もなお平然と皿の上の肉を口に放り込んでいた。

 

だが、何故だろうか。不思議とその表情は美味しい物を食べている様には見えず、気まずさを紛らわすついでにその事を尋ねた。

 

「あの……ガッツさん、食事はどうですか?」

 

「あ、ああ……いけるぜコイツは。傷に染みるのが玉にきずだがな」

 

味を聞かれた途端に見せた僅かな間。だが、その違和感を察知出来るほどマルルクは人の心理に明るくは無かった。

 

「そうですか? 良かったです!」

 

取り留めのない会話も途切れ、再び気まずさが彼を襲う。そんな事を意識しないように努めようとしても、一度意識したものは中々外へは追い出せない。

 

そんな、卓上を拭いた布切れ片手に厄介な物に苛まれた彼を救ったのは、他の誰でも無いガッツだった。

 

「おい、マルルク」

 

「はい、どうしました?」

 

「ありがとよ」

 

突如掛けられた感謝の言葉。それは盛大に彼の脳を驚きで大きく揺らす。感謝される意味が分からない事もそれに拍車を掛けていた。

 

「な、なんでですか……!?」

 

「あの時オマエはオーゼンを、パックはオレを止めただろ? もしあのまま続けてたら、もっと悲惨な終わり方になってた。それを止めたってのはオマエの大きな手柄だ」

 

初対面での怖さからは想像も出来ない優しげな笑みを浮かべ、彼は確かにそう言った。

 

「で、でも、僕がお師さまに事情を伝えておけば、ガッツさんもお師さまもこんな怪我負わずに済みました……止める必要すら無かったはずです……」

 

「そうか? オレからすりゃあ、オマエの言うお師さまとやらがそんなんで止まるとは思えねェがな」

 

食事を終え、頭に巻かれた汚れた包帯を邪魔そうに取っ払いながら、ガッツはそう言った。もう彼の頬を覆う物は赤く染まったガーゼしかない。

 

その悲惨な姿に表情を歪めるマルルクに彼は落ち着いた様子でこの戦いの意味を話し始める。

 

「オーゼンとっちゃオレは仲間を傷付けた不届きモンだ。まあ大きな怪我じゃ無かったとしても、一発や二発ブン殴りたくなるのは分かる。オレだってそうするさ」

 

「そ、そんな……」

 

「そんだけ大事にされてんだ。良かったじゃねェか」

 

彼の言葉を理解出来ない訳では無い。だが、良くも悪くも臆病で優しいマルルクにとってその考え方は理解は出来ても容易に受け入れられるものでは無かった。

 

しかし、そんな彼を励ますようにその厳つい右手が肩を軽く叩く。

 

「ま、あんまり気にすんな。誰も死んでねェし、傷はただのかすり傷だ。問題なんてこれっぽっちもねェよ」

 

そして、その巨大な身体は立ち上がる。己の師匠と同じように聳え立つその姿は、師匠とは違う、また別の憧れを映していた。

 

「これから先どうするか考えねェとな……ま、とりあえずアイツを返して貰うか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、用は済んだよ」

 

「が……ガッツ……オレはもうダメだ……」

 

「フッ、たまにはキツイお灸据えられんのも悪かねェだろ」

 

「よ、良くない……! ぐふっ……!」

 

一応、約束通り"五体満足"で帰ってきたパック。だが、その精神面は何故かズタボロにされ、満身創痍と言っても過言ではない状態であった。

 

一体中で何が行われたのだろうか?

 

とにかく言える事は、負債を返済する為に色々と絞られた。ただそれだけだ。

 

「なあ、オーゼン。一つだけいいか?」

 

「なんだい?」

 

ノックダウンした城の主人をポーチに入れた後、彼は何故かすこぶる調子が良さそうに見えるオーゼンへと尋ねる。

 

だが、普段と変わらぬ筈のその表情には僅かながらの不安が見て取れた。

 

「もしアンタがオレと同じ状況下に置かれたら、上か下。どっちに行く?」

 

「下だよ」

 

もはや息を吐く間も無く彼女は即答する。そして、彼に背を向けたまま聞いてもいないその理由をつらつらと述べた。

 

「上にある筈の目的地が無いなら、下に行くしか無いだろう? これはただの予測だけど、この大穴に来ちまった時の場所でも探せば、こうなった原因ぐらい見つかりそうだしねえ」

 

「原因……遺物とか言うヤツか?」

 

「さあね。ただ、よく分からない現象を起こせるのはここじゃそれぐらいしか無いのは確かだね」

 

彼女の言葉に彼の意識は自身の頭の内側へと向けられる。

 

いつの間にか来ていたこの世界。そして、その瞬間に彼は何をしてどこに居たのか。色々とあり過ぎて朧げになったその記憶を今一度鮮明に思い出すと、彼は静かにその拳を握り締めた。

 

「そうか、ありがとよ。助かった」

 

ゆっくりと彼女へと向いたその目にはもう迷いは無く。これから訪れるであろう困難への覚悟で染まっていた。

 

 

 

 

 

 

翌日の朝、オーゼンは監視基地の手すりに寄り掛かりただただ第三層へと続く大穴を見つめていた。

 

そんな彼女の視界に入ったのは、監視基地から大穴へと続く、深く大きな人間の足跡。だが、そんな足跡の持ち主は彼女の視界はおろか、監視基地の中にすらもう居ない。

 

「やっぱり、居ないみたいですね〜」

 

「フーン、随分とお急ぎじゃないか。見た感じだと、夕方には出て行ったみたいだしねえ」

 

己の探窟隊の者からざっくりとした報告を受け、まるで小馬鹿にするかのように彼女は鼻で笑った。

 

「マルルクが残念そうにしてましたよ。なんか、結構仲良くなってたらしいっすからね」

 

「へえ、そうかい」

 

彼女はまるで自分には関係ないと言わんばかりの適当な返事を返す。

 

普通なら特に何も感じないその返事だが、仲間である者には藪蛇のようなものを感じさせたらしい。マルルクの話題を出した張本人はわざとらしく話題の矛先を変えた。

 

「そ、それにしても、あの怪物みたいな男をよくあんな簡単にぶっ飛ばせましたね。何というか、オーザンさんの方が……」

 

その続きを語るよりも先にオーゼンの手が彼の肩を掴む。今にも握り潰されそうな力で握られた肩は当然ながら悲鳴を上げ、語り部の口を強引に閉じさせた。

 

そして、新たな語り部となった彼女がゆっくりと口を開いた。

 

「ちょっと面白い話をしてあげようじゃないか」

 

隊員のこめかみから大量の冷や汗が流れ落ちる。きっと、振り向かずとも彼女がどんな恐ろしい笑みを浮かべているか分かってしまうのだろう。

 

だが、本当に恐ろしかったのはそれではなかった。

 

「あのガッツとかいう男、てっきり遺物だらけのヤツかと思ってたんだけど、どうやら違ったみたいでねえ。遺物なんて何一つ持って無かったよ」

 

"遺物を持っていない"

 

その言葉はあの大剣を振り回していた男への印象を大きく変える。

 

何せ、あの巨大な代物だ。身体か剣のどちらかに遺物でも無い限り到底振れるものではないと思うのは当然だろう。

 

「アンタもあの大剣を見ただろう? あれ、文字通り鉄の塊だったよ。まあ、両手で持てば普通に振り回せたけど、ハッキリ言って無謀だね。あれは腰に悪すぎるよ」

 

普通、腰がどうたらと言ったレベルの問題では無い筈なのだが、その指摘を彼は静かに心の奥底へと仕舞った。

 

「知ってるかい? あの男、腕と目が片方しか無かったよ。おまけに、腕代わりに付けてる義手もどこかのガキと違って動かせるモンじゃ無い」

 

てっきり鉄の腕は防具を身につけているだけだと思っていた故に、その驚きもひとしおである。

 

だが、流石と言うべきか。不動卿の探窟隊に属しているだけあり、彼は彼女から出てきた情報に大きな違和感を抱く。

 

 

 

"片腕が……無い?"

 

 

 

彼女が振るのを嫌がる程の重量を持つあの巨大な代物。当然、まともな人間なら持ち上げる事すら叶わないだろう。

 

だが、今さっき脳裏に浮かんだ事柄と、己の目で見た事実。そして、導き出された答えは真実であるにも関わらず、酷く受け入れ難いものと化す。

 

きっと、地上の街に戻ってこの話をしても誰も信じないだろう。それ程までに、出てきた答えは絵空事だった。

 

 

 

もはや怯えに近いその顔をオーゼンは上から威圧感たっぷりに覗き込む。そして、いつも通りの落ち着いた雰囲気で、確かめるかの様にこう言った。

 

 

 

 

 

 

「さて、本当の"怪物"は一体どっちだろうねえ?」

 

 

 

 

 

 

 




オースの街の噂話
最近、アビスの原生生物と巨大な剣で真正面から戦う男の噂話が子供達の間で話題となっている。

所詮は噂と思いきや、不思議な事にそれは収まる事なく広がり続けている。おまけに、あの不動卿とも真正面からやりあったとの噂まで出てきている始末である。

誰がどう考えても作り話の類であるが、話の内容の勇ましさとインパクトは夢を求める子供にとって眩しく映ったのだろう。そうでなければ、ここまで広がる筈が無いのだから。
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