「だー!!! くっそー! ここから出せ!!」
ポコポコとガラスの壁を叩く小さな影。まるで子供が駄々をこねるかのようにも見えるその様子に微笑みを孕む言葉が掛けられる。
「おやおや、パックは元気ですね。普通なら"アレ"をした後は皆、大人しくなるんですよ」
「絶対おとなしくなんてしてやんないからな! べーっだ!」
まるでエレベーターのように吊るされたガラスの容器の中で舌を見せて煽り散らかすパック。だが、それでボンドルドの感情が揺らぐ事は無く、ただただ優しげな言葉を返されるだけだった。
「こんなもの、こうしてやる!!」
パックは助走をつけてガラス壁へ渾身の蹴りを放つ。当然、割れるどころか傷の一つも入らないそれはコツンと小さな音を立てるだけ。
しかし、無しに等しい被害に対し、当人の足へのダメージは尋常では無かったようだ。
「ぎゃあああぁぁぁ!!! 足が折れたー!!」
右足を抱えてコロコロと地面を転がる哀れな姿。きっと彼を知るものがここに居れば、もれなく何とも言えない呆れた視線が注がれた事だろう。
だが、ほぼ初対面の者にとってはその限りではないらしい。
「それは喜ばしく無いですね。ほら、足を見せて下さい」
その大げさな反応を真に受けたボンドルドはパックの身を案ずるかのようにそのガラスの実験器具の鍵を開けてから、怪我した足を見せるように言った。
「チャーンスっ!!!」
"掛かったな間抜けめ!"とでも言わんばかりのしてやったりな表情を浮かべながら、パックはボンドルドの手を掻い潜り、その脇下を抜けてこの無機質な独房から逃げ出した。
「おっと、そういう事ですか。パックはやんちゃですね」
足を痛めたというチンケな嘘に欺かれた彼は怒りを含まぬ穏やかな声でイタズラ小僧の無事を喜んだ。
だが、おいそれと逃すつもりは甚だ無いらしくその右手は真っ直ぐとパックへと向いていた。
「"
「ふべっ!?」
パックのしなやかな足に絡みつく黒く粘ついた糸。ボンドルドの手首へと続くそれに見事に捕まって逆さ吊りとなったその姿は、まるで脱獄を企てて刑を受ける罪人のようだ。
「そういえば、貴方のためにプレゼントを用意したんですよ。きっと、ピッタリなはずです」
彼の手がパックの透き通る羽へと伸びる。抵抗する間もなく、その羽は蝶を捕まえる時のように畳まれて何かがそっと被せられた。
肝心の当人が違和感で狼狽えていると、足へ絡みついていた物が静かに取れる。好機と思うのも束の間、その体は地面へとポトリと落ちた。
「いてっ!? あ、あれ? なんで??」
飛べなくなった体に違和感を感じ体を探る。当然、元より裸のようなものなので探る場所など無い。そんな彼の傍に誰かさんが静かに手鏡を差し出す。
「うわっ! なんだコレ!?」
そこに映ったのは、羽に緑色の服を着せられた己の姿。恐らく、羽を保護しつつ厄介な飛行能力を奪う為だろう。その証明かのように、小さな留め具は丁度彼の背中の真ん中に位置している為、自力では脱げない構造だ。
「気に入ってくれましたか?」
「は、はかったな!」
「謀った? 何のことでしょうか? とにかく、良く似合ってますよ」
「な、なんで……? こういう時は大体悪意マシマシな筈なのに……!?」
パックだけが感じ取れる他者の感情。ガッツもリコも、人では無くなったナナチや機械のレグも、皆それぞれ色々な感情が混じり合っているものだ。相当な事が無い限り、それが一色に染まる事は無い。
だが、目の前の男は"不気味な程に善意に満ちていた"。疑惑や好奇、驚きの感情は多少なりとも混ざっているが、そこに悪意は一欠片も入っていない。
それは正しく、狂気であった。
そんな、狂える程に純粋な善意にパックの空は奪われた。
ボンドルドの狂気に人知れず気付いてしまい硬直する哀れな妖精。しかし、その感情を狂人は理解する事はない。
「ああ、すみませんね。飛べなくなってしまった事を忘れていました」
色々とズレた発言と共にグローブをつけた手が差し出される。きっと、乗れという事なのだろう。
この状態では逃げても捕まる事は明白だ。だが、脱走未遂が起きた以上この先外へ出られる可能性は更に低くなる。
何とかなる術がないか苦い顔で考えるパック。彼にとってその様子はまるで、不機嫌な子供のように見えたのだろう。
「大丈夫ですよパック、次はちゃんと飛べるように作ってあげますから」
必死の思考も虚しく、その小さな身はもう片方の手で持ち上げられ半ば強引に手のひらへと置かれてしまう。
無慈悲にも神は逃げ道など与えなかったようだ。
ガラスの容器ではなく、大きめの鳥籠のような金網で作られた牢獄に否応なしに捕らわれた小さき囚人は不機嫌そうに閉まった籠の入り口を蹴飛ばしたのだった。
「そう怒らないでください。このアビスを往く者達にとって貴方は重要な存在です。その鱗粉が良い例でしょう」
「なーにが重要な存在だ! ただの傷薬がケガ以外に役立つ事なんてないだろ! 結局、おれを捕まえて実験したいだけじゃないか!」
シピタパと駄々をこねるパックへの返答は思ったよりも真面目なものだった。
「そんな事はありません。貴方のお陰で痛みに苦しむ子供達を救う事が出来るのですから」
「こども?」
「そうです。貴方もご存知でしょうが、アビスは子供達にとって過酷な場所です。体の一部を切り落とさねばならない事も多々あります」
優しげでも悲しげでもない真剣な声調で語ったその言葉にパックはリコ達との会話を思い出す。
ガッツらも通ってきた四層に潜む、凶悪極まりないあの生物。掠るだけでも患部がりんごのように腫れ上がる毒。そんな毒をリコはまともに食らったらしい。
結果的に見ればほぼ五体満足のままであったが、毒を受けてしまった時はリコは己の手を切り捨てる気でいた。
つまり、同様の事がここでも起こりうるのだろう。少なくともパックはそう思った。
「麻酔も無いままそんな事をするのは子供達にとって酷です。ですが、ここにある薬品だけでは痛覚を完全に取る事は出来ません。緩和するのが精々と言ったところでしょう」
「え〜っと……つまり?」
「貴方の体から採取できる鱗粉は先ほど言った薬品と併用する事でその痛みをゼロに出来るんですよ。お陰で子供達に痛い思いをさせずに済みます」
ボンドルドは軽く会釈すると、パックが中に入っている籠を持ってどこかへと歩き始める。
「パック、貴方には私の娘と同じ部屋で過ごして貰います。今、珍しい客人が来てるので丁度良い部屋が無いんです。仲良くして下さいね」
「え゛っ!? お、おまえの娘!?」
「どうかしましたか?」
狼狽えるパックの事などお構いなしに、一人の父親は娘の部屋にある背の低い机に鳥籠ならぬ妖精籠をゆっくりと置いた。
「やばいって……! 何されるか分かったもんじゃないって……!!」
まるで紙芝居のように表情がコロコロ変わる。子は親に似るという言葉があるが、もしそれが本当だったらどうなるか。そんな事でも考えているのだろう。
「では、また後で」
青ざめたその表情など気にも留めず、ボンドルドは娘の部屋から出ていった。
そして、扉越しにパタパタという軽めの足音と聞き覚えのない声が響き、閉じたそのドアは何者かによって開かれる。
「あっ! あなたがパパがさっき言ってた妖精ね! わたし、プルシュカって言うの! よろしくね!」
パックの予想に反し、あの者の娘であるプルシュカは案外まともで素直な子であった。
時は疲れ果てた探窟家達が寝静まる頃。一人の少年の痛みと叫びがこの前線基地を掻き乱す。
慌しく廊下を駆ける幾つもの足音。
動いた体が空気を求める激しい呼吸。
その影の正体は、リコ達御一行とボンドルドの娘のプルシュカであった。だが、全員が元気に走っている訳ではない。一番頑丈な筈のレグだけがナナチに背負われたままグッタリしていた。
「あれ! あの船で基地の外に出られる!」
走る一行の目がプルシュカの指差した先に向く。
恐らく、大人が二人程乗れば満員となるであろう小さな船。だが、彼女らは子供故の軽さを活かしてリコ、レグ、ナナチの三人でその船へと乗り込んだ。
「ありがとうプルシュカ! また後でね!」
「うん、じゃあねリコ! パパには……上手く説明しとくから!」
プルシュカにとってこの前線基地は家であり、ボンドルドは父である。たとえ父の常軌を逸脱した行動を見てもなお、簡単に離れる気などないのだろう。
リコ達は彼女と別れを告げると、追手が来ないうちに急いで基地から脱出した。
基地周辺にある堀を超え、雪ではなく異様な匂いのする砂が広がる場所に辿り着いた彼女達。取り敢えず逃げる事に成功した安堵で息をつく中、ただ一人だけナナチは悔やむように言葉を吐く。
「くそっ! オイラとした事が迂闊だった! まさかヤツら、いきなりこんなやり方するなんて!」
「僕もだ。寝ていたとはいえ、腕を落とされる寸前まで気が付かなかった……」
レグはポツリと呟きながら、先の無い右腕をただぼんやりと見つめる。己の不注意の戒めと言わんばかりに切り落とされた右手は、未だ基地の中にあるままだ。
「レグ、右手は大丈夫なの?」
「あ、ああ……何故かは分からないが、もう全く痛く無いんだ。それどころか、誰かに触られてるような感じがする……!」
彼の機械の腕は切り離されてなお感覚が生きているらしい。よく分からぬ何かにさすられるような感覚に襲われたレグは思わず身震いした。
ちなみに、同時刻。ボンドルドの研究室にて布に覆われた何かの上で暇そうに動き回るパックの姿があったそうだが、それを彼らが知る由もないだろう。
そうして、死に至る状態で無いことを各々が確認し終えた後、ただ一人ナナチだけ安堵のない真剣な趣で立ち上がった。
「リコ、レグ。疲れてる所悪いが聞いてくれ。ボンドルドの野郎は必ずここまで追ってくる。何とかして迎え撃つ策を考えなきゃいけねえ!」
追跡されないように道を選び、足跡も最小限にした。それでもなお、"必ず"と言い張るナナチに二人は疑問に溢れた表情を浮かべた。
「ナナチ、教えてくれ! 必ず追ってくるとはどう言う事だ!?」
「それ、私も聞きたい」
まるで身を乗り出すような勢いでの問いにナナチは一瞬気圧されたが、すぐさま調子を取り戻すと己の考えを伝えた。
「細かい説明は省くが、どうやらアイツにはオイラが目で見てるものを覗けるみたいなんだ。その光景からアイツはおおよその位置を割り出して追ってくる。さっき言ったのはそういう事だ」
普通ならば受け入れられぬ程に突拍子も無い言葉だが、遺物という存在を良く知る二人は何の疑問も抱く事なくナナチの言葉を受け入れた。
「じゃあ、どうするんだ? 迎え撃とうにも情報が筒抜けではかなり不利だ……!」
「全部が全部筒抜けってワケじゃねえ。アイツの反応からして、どうやら音は向こうに伝わらねえみたいだ」
「そっか! じゃあ、ナナチが見てるものと関係ない作戦を立てれば問題ないってことだよね!」
「そういうこった!」
遺物か何かの力でナナチの見るビジョンは全て筒抜け。だが、音に準ずる空気の振動はその対象には入ってはいないようだ。つまり、声は向こうに聞こえてはいない。
そんな、些細ではあるが大きなアドバンテージを生かし、その視界に映る代物とは関係の無い作戦が立てられていく。そうして出来上がったのは、子供達が作り上げたとは思えない殺意の籠った作戦だった。
「よし、じゃあ早速ヤツらの巣まで行くとしようぜ!」
「先にゲロ狼煙しとかないとね」
「げ、ゲロ狼煙……!?」
とても嫌な予感がするそのフレーズに顔を青く染めるレグ。だが、そんな彼の意思とは裏腹にその準備はテキパキと進められていった。
全ての準備を終え、辿り着いたのはナナチの言っていた例の"巣"である。まるで骨の様な物体を使って作り上げられた隙間だらけなドーム状のそれは、何も知らぬ者達の興味を惹きつける事だろう。
だが、それは死への直滑降である。
地面に半ば埋まる様にして転がる骨の欠片や辺りに撒き散らされたドス黒い血の跡が、それを嫌と言うほど示していた。
明らかに死の香りがするこの場所に表情を歪めるレグ。しかし、そんな彼を横目に肝の据わった二人は呑気に話をし始める。
「すげえな、運のいいヤツだぜ」
「でも結構傷付いてる感じがする……」
「死んでねえだけマシだろ」
「ま、待ってくれ! い、一体何の話をしているんだ……?」
溜め息混じりにナナチは地面を指差すと、まるで彼の恐怖心を煽るかの様に説明し始めた。
「さっき言ってた原生生物の話だ。ヤツら、とんでもねえ毒を尻尾に持ってやがって、それがチクリとでも刺されば全身の肉がドロドロに溶けちまうのさ。今歩いてる地面の砂も、もしかすると溶けた後の人間かもな?」
「えっ……? えっ……!?」
レグの視線がそっと地面を見据える。細かい砂の一粒一粒が先ほど言っていた元人間だとしたら……
何だか地面の模様が人の顔に見えてきたので、レグは頭をブンブンと振って考えるのをやめた。
当然、その顔は青ざめている。
「それで、オイラ達は今そんなヤバいヤツらの真上のいる」
「〜〜〜っ!!?」
「レグだめ! 静かにしてないとカッショウガシラが起きちゃう」
リコが咄嗟にレグの口元を押さえたおかげで、彼の驚愕の叫びが解き放たれる事はなく、静かに彼自身の口の中へと戻っていった。
"カッショウガシラ"
リコが口に出したその名は、今まさに彼らの真下に潜んでいるであろう生物の名である。
その縄張りはまるで吐瀉物に似た香りがするそうで、その匂いを身に纏っていなければ先ほどナナチが言っていた通りの結末を迎える事だろう。
だが、裏を返せば匂いを纏うだけである程度の襲撃は免れると言う事。リコ達が今襲われないのもその習性のお陰という事だ。
レグが落ち着いた所でナナチは地面に付着したドス黒い跡を指差した。
「この血の跡よく見てみろ。この巣のそこらじゅうにあるが、一つだけ外へ逃げおおせてるのがある。どれだけの傷かはわからねえが、溶かされてねえってのは確かだな」
「な、なるほど……」
ナナチの言う通りとある血痕だけ外へ続いている。かなり出血している様にも見えるが、中の惨状と比べれば可愛いものだ。
巣の中の地面や壁面に付いた夥しい血の跡、恐らくは三人あるいはそれ以上の人数が犠牲になったのだろう。
その中で生き残った一人と考えれば確かに運がいいのかもしれない。
「よし、そしたらここでアイツらを待ち構える! 準備を進めてくれ、オイラはとりあえず地面でも見ながらこの後の事を考えとく」
「わかった!」
「了解した!」
眠る者達を起こさぬ様に静かに行動を始める二人。多少強めに足を踏み込んだとしても、元々の体重も軽い彼女達では彼らを起こす道理はなく、至って問題なく下準備は進んでいく。
だが、まるで誰もいないかの様な不気味な静けさに疑問を抱く者は誰一人としていなかった。
「おやおや、こんな所に居ましたか」
カッショウガシラのコロニーの奥。ぐったりとするレグを抱えたナナチが静かに佇むそこに、やってくる多数の影。
全員合わせて十人という所だろうか。それ程の人数がナナチの退路を断つかの如く、この空間に並んでいた。
彼らが全員巣の中に入った事を確認すると、ナナチは大声で合図をする。
「リコ! 今だ!」
そして、意識がないフリをしていたレグが左手を天井へと伸ばす。それと殆ど同時に周囲へ響く爆発音。
屋根へと登っていく二人を見ている暇など与えない連続したこの行動。あっという間に、ボンドルド含めた祈手の者達はナナチの退路を塞ぐどころか、天井から降り注ぐ瓦礫に己の退路を塞がれた。
「よし! 上出来だ!」
自らを引き上げたレグ、屋根で母親の形見の特殊なつるはしを抱えたリコ、その二人に礼を言うと、その視線は眼下の者共へと迎えられる。
しかし、期待に満ち溢れたその表情は裏切られる事となる。
強烈な目覚ましにお怒りの原生生物が地面の中から針を突き出す。という事など無く。出てきたのは欠けたハサミと切られた尻尾を携えた弱りに弱った個体たった一匹だけだったのだ。
「んなあっ!? この巣、死にかけだったのかよ!?」
悪態を吐くナナチの前でその最後の一匹はボンドルドの放った一筋の光に呆気なくその命を散らした。
原生生物の力を借り、相手の数を減らす。そして、こちらの数的不利を排除した上で、生き残るであろうボンドルドへ逆に数的不利を押し付ける。彼女達が考えたそんな作戦は、突然の進路変更を強いられた。
だが、それを可能にする時間と人手は彼女達にあるはずも無い。
彼らが巣の入り口を塞ぐ瓦礫を退かしている隙に、三人はとにかく距離を取った。そして、手頃な地面の段差を見つけると、迷う暇も無く滑り込む。
取り敢えず、見渡すだけでは見つからない場所へ隠れる事は出来たが、ここがバレるのも時間の問題である。
「マズいな……まさか肝心の巣がああなってるなんてよ。ボンドルドの野郎、もしかしてこれを知ってて来やがったのか!?」
「そしたら僕が囮に……!」
「ダメ! ここじゃナナチも私も簡単には逃げられない。それに、向こうのほうが数が多いから離れたら囲まれてすぐ捕まっちゃう」
周りには背の高い物はおろか、視界を遮る物も殆どない。レグの力を以てしてもこの状況下で片腕では、自分が逃げるのがやっとだろう。ナナチとリコをここから逃すなど夢のまた夢である。
段々と迫る足音。
早くなる鼓動。
そうして、作戦など何一つ思い浮かばないまま彼らは再び互いの顔を拝む事となる。
「入り口を塞ぎ、原生生物に襲わせる。己より強い相手に対しての行動としては、とても素晴らしかったです。ですが、あと一歩詰めが甘かったですね」
「……!? ボンドルド……!」
ナナチの悔しげな呟きと同時にボンドルド達はその足を止めた。そして、逃がさんと言わんばかりに祈手の者達を散らし、完全にリコ達を包囲した。
「なあ、お願いだボンドルド。オイラ、お前のところに戻るからさ。リコとレグには手を出さないでやってくれねえか……?」
「「ナナチっ!?」」
「残念ですが、それは無理なお願いですね。奈落の至宝を前に"触るな"とは探窟家にとって残酷な一言ですよ。ナナチ」
ナナチの自己犠牲の命乞いも虚しく、ボンドルドはゆっくりとナナチとレグに近づいていく。きっと、二人とも殺されはしないだろう。だが、何の変哲もないただの少女に限ってはその保証などどこにも無い。
そんな最中、一人の祈手のこめかみに音もなく矢が突き刺さった。
鈍い音を立てて地面へと崩れ落ちる体。そうして開けた人と人の隙間から、リコ達はその正体を垣間見た。
風に揺れる黒い外套。その中からチラリチラリと姿を見せる、ドス黒い血で汚れた甲冑。それから滴れただけなのか、それとも今も痛みと共に流れ出しているのか、赤い雫が落ちた跡が歩んだ道のりを辿るように地面に刻まれていた。
そして、病人のような顔色が揺れる外套の隙間から映った時、大木のような右手は背中の大剣を天へ掲げる。
その姿は、正しく幽鬼であった。
カッショウガシラのコロニー
ナナチ達がボンドルドを罠に掛ける為に赴いた場所。だが、本来なら大量の原生生物が出てくるはずが、命の尽きかけた矮小な個体しか出てこなかった。
それもそのはず、彼らは喧嘩を売ったのだ。
一匹の手負いの狼に。