メイド イン 蝕   作:黒チョコボ

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出会い

 

壁に掛けられた探窟家達の装備が、主人を失い寂しそうにしている拠点にて、レグ達三人は新型リュックの材料である革を作るため皮をなめす作業中であった。

 

動物の皮から毛や皮下組織を取り除き、様々な処理を加えて耐水性、耐熱性やらを付加する作業なのだが、片腕しか使えないリコは毛などを取り除く作業が当然ながら難しい。

 

それ故に、自ずとその作業は力のあるレグに回って来るのだが……

 

「い、意外と難しい……!」

 

不慣れな作業にそこそこ手こずっていた。

 

「ナナチ! こんな感じでどう?」

 

「お、良い感じだな。そしたら、そいつはあそこに干しといてくれ」

 

「うん! わかった!」

 

しかし、薬液を刷毛で塗る作業に消去法で担当となったリコは、何故か器用に役割をこなしていた。

 

その様子を横目で確認したレグは、自分も頑張らなければと自らを鼓舞する。だが、鼓舞しただけで突然器用になる訳でもなく、相変わらず苦戦の色を出していた。

 

そんな最中、まだ肉がくっついたままの皮を持ったナナチが彼の向かいにトンッと腰を下ろす。

 

「なあレグ。アイツ、どうなったと思う? オイラはとっくに骨になってると思ってんだけどよ」

 

「生きている……と思いたい」

 

レグは作業の手を止めて呟くようにそう言った。彼らの働きによって、なんとか散らずに残った命なのだ。失って欲しい訳が無い。

 

「そんなお前に朗報だ。多分生きてるぞ」

 

「本当か!?」

 

身を乗り出して目を見開くレグに、ナナチは気圧され引き気味に答えた。

 

「んなぁ……ビックリしたじゃねえか。これはアレだ、ちょこっと前にそいつが倒れてた所の近くに用があって行ったんだ。そんで、ついでに見て来たら影も形も無かった。おまけに、あの怪物級の大剣も無かったぜ」

 

「そうか……良かった!」

 

一応男が生きていると分かりレグは安堵する。だが、何故彼がそんな所に固執しているのかナナチは疑問に思ったようだ。

 

「なあ、なんでお前あの男にそんなに執着してんだ? あんまし他人と関わっても良い事ないぜ? 特に、今のオイラ達はな」

 

「……なんとなくなんだが、きっと以前リコを守れなかった事を少し引きずっているんだと思う」

 

レグは機械の両手をじっと見つめ、当時のことを思い返す。あの時はナナチのお陰で助かった。だが、そんな幸運が旅の中で何度も起こるとは思えない。

 

前回の男の件は、言い方を悪くすればリコを守り切る為のちょっとした練習だったのかもしれない。

 

「なるほどな……大体は分かった。そんじゃ、この話はもう終わりだ! 次はこれ頼んだぜ!」

 

いつの間にか、肉から外された皮が彼の前に積み上がっている。なんとも手際のいい事である。

 

これはもう考え込んでいる場合では無い。威勢よく"了解した"と返事をして早速作業を再開する……

 

その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「おい、本当にこっちで合ってんのか?」

 

「安心と信頼のパックナビだ! 問題ナッシング!」

 

「その安心と信頼とやらのせいでさっき崖から落ちたんだが?」

 

「……当サービスではお客様の道路状況は考慮しておりませんのであしからず」

 

 

 

 

 

その小さな声と足音をナナチの耳が、その血に濡れた匂いをレグの鼻が察知する。咄嗟に見合ったお互いの顔が、今のが勘違いでは無い事を証明していた。

 

「ナナチ!」

 

「分かってる! 足音は一人分、声は二人分! もしかすると何かの遺物を使ってたりするかもしれねえ! リコも呼んでおけ!」

 

「了解した!」

 

突然現れた侵入者。偶然辿り着いてしまったのか、元々道を知っていたのか気になる所だが、今は考えている暇はない。

 

ナナチは壁に掛けられた探窟家の装備の中から物騒な物を取り出すと、レグに連れられてやってきたリコへ押し付けるように渡す。

 

「えっ? これってボウガン……だよね? なんで?」

 

「一言で言えば侵入者だ! もし色々とやばくなったら頼んだぜ!」

 

状況が飲み込めず狼狽えるリコにナナチはきっちりと矢も渡すと、自身の家の裏側を指差した。

 

数秒にも満たない情報伝達。ただのノロマであれば深く理解出来ず、尚更そのハテナを大きくした事だろう。だが、リコはそんな者では無く、表情をキリッと引き締めてしっかりと頷いた後、指差された方向へと早足で駆けて行った。

 

「レグは拘束を頼む! 合図は……コイツだ」

 

「それは……煙幕か!」

 

「ああ、相手に連携されたら面倒だからな。それで、拘束したやつらは盾か人質だ! 嫌かもしれねえが頼んだぜ!」

 

「了解した!」

 

ナナチの手のひらで転がる球体を横目に、レグはこの空間の入り口の角に身を潜める。頭さえ出さなければ見つかることはないだろう。

 

どうやら、合図を出す張本人は家の屋根に上手く隠れるようだ。そのさらに奥にある茂みでは、リコが頑張って矢を装填しているのが見える。片手では難しそうな作業に思わず手伝いに行きたくなるが、感じている血の匂いが一層強くなり、彼はその気持ちをグッと押し留めた。

 

 

 

カチャリとボウガンの装填音を最後に、彼らの発する音は無と化した。今この空間を占拠しているのは、重々しい足音とガチャガチャとなる鈍い金属の音だけ。

 

 

 

異端の音が段々と近づく。

 

 

 

一人分の足音に二人分の呼吸音。

 

 

 

隠れるレグの一メートル手前で止まる足音。

 

 

 

 

 

パァンッ!!

 

 

 

 

 

勘付かれたと思ったその時、破裂音の合図が響く。乾いたその音に耳を痛めながら彼は角から大きく飛び出すと、真っ白な煙に包まれた通路に向かってその両腕を放った。

 

壁スレスレに飛ばしたそれから伝わる確かな感触。サイズ感からして捕まえられたのは一人だろう。しかし、相手は恐らく複数だ。心苦しいが人質になって貰うしかない。

 

 

 

だが、彼が腰に力を入れてワイヤーを引っ張った時、それは起こった。

 

 

 

「……っ! お、重い!」

 

針金のようにピンッと張ったワイヤー。いくら力を込めても引ける見込みは無いそれは、大きな負荷にギチギチと耳障りな音を立てる。

 

だが、たとえ引けなくとも巻き付いたワイヤーと両の手を組む様にして成された固定は確実に相手を拘束している。きっと、後続への牽制ぐらいにはなっているはずだ。

 

 

 

 

 

そう、そのはずだった。

 

 

 

 

 

「……なっ!?」

 

突然、彼の組まれた両手に凄まじい力が掛かる。どこかの白笛を彷彿とさせるその力は、拘束を成すその鍵を呆気なく外してしまった。

 

固定が外れると同時に解かれるワイヤー。レグはまだ煙幕が続いている内にもう一度拘束し直すしか無いと判断し、ワイヤーを即座に巻き取る。

 

だが、金属音を立てて戻ったのは右手だけだった。

 

「この感触は……掴まれてる!?」

 

戻らぬ左手は未だ煙の中。感触からして恐らく片手で掴まれているであろうそれは、引っ張っても依然として動く気配は無い。

 

そんな最中、今度は彼の掴まれた腕がそのとんでもない力で引っ張られた。

 

咄嗟にワイヤーを伸ばし、体ごと持っていかれるのを防ぐ。腕の機構がジジジジと音を立てワイヤを伸ばし続けるが、それに勝る勢いで鋼鉄の紐は煙の中へと消えていく。

 

「ま、まずい! この勢いで引っ張られ続けたら……」

 

レグが全てを言い終えるよりも先に腕は糸をありったけ吐き出し終え、限界と言わんばかりに甲高い金属の悲鳴を上げた。そして、その悲鳴と同時に彼の体はボールの様に煙の方へ吹っ飛んだ。

 

手応えを感じたのだろう。煙の中から人型の影が飛び出した。真っ白な大気を纏ったそれは、真っ直ぐレグへと向かって来る。

 

「くっ! やるしかない!」

 

宙に浮き、身動きの取れない彼は唯一自由な右腕を相手の頭部へと放つ。完全に気絶させるための行動ゆえに、その手は拳を作っていた。

 

吹っ飛ぶ自身の速度が加算されたその拳は、当たれば確実に意識を持っていくであろう速度だ。そんな、重い一撃が相手の顔へと迫る。

 

 

 

相手の纏う煙が迫る拳の風圧で部分的に晴れ、その目が露わとなる。白から解放された視界には、鉄の拳が大きく映ったことだろう。

 

 

 

しかし、そこから先は誰しもが想定外だった。

 

 

 

相手は目の前に迫る拳を見て、避けるどころか前へと加速した。その際に取った極端な前傾姿勢によって、相手は迫り来る存在の下へと潜り込んだのだ。

 

そして、大木の様な腕がレグを瞬時に大地へと組み伏せる。なす術もなく転がされた彼の腹に体重の乗った膝が、無防備な首元には冷たい感触が襲う。

 

(これは……刃物だ!)

 

腕は両方とも飛んだまま、体は組み伏せられ、首元にはナイフ。敵を殺す事に特化したかの様な技術の節々に冷や汗を流している中、相手の纏った煙が全て晴れた。

 

「……っ! 子供……だと!?」

 

全身に血塗れの鎧を纏い、隻眼と水キノコに覆われた腕。そして、背負われた規格外の大剣。

 

 

 

間違いない、あの時助けた男だ。

 

 

 

彼はレグをハッキリと確認するなり、首元に添えていたナイフをすぐに退けた。同時にその敵意もスッと引っ込み、代わりに出て来たのは僅かに嫌悪感を漂わせる表情だった。

 

解放されたレグは男の背後を確認する。煙の晴れた通路には誰も居ない。相手が複数だと思っていたのは自分達の勘違いだったようだ。

 

もはや、戦う理由は無くなった。しかし、それを未だ知らない者が男へと牙を剥く。

 

「レグを離して!」

 

強い叫びと共に後方から放たれる一本の矢。今この状態は、側から見ればまだ取っ組み合ってる様にも見えなくは無い。

 

「待ってくれ! 彼は……!」

 

制止の声を上げるも既に遅い。大きな勘違いが生んだ一本の矢は運悪く男の頭部へと向かう。

 

自分の手で男を押そうにも、どちらの腕もまだ向こうに転がったままだ。

 

そんな手詰まり状態の中、一匹の救世主が男のマントの中から飛び出した。

 

「よーし、オレに任せろ!」

 

光り輝くその小さき存在は迫り来る矢へと一直線に向かっていく。

 

「うおおおおお!! エルフ次元流おーぎ!!! 脳天カチ割りホームラ……ふべっ!?」

 

残念ながら、小さな何かは矢に見事に弾かれて地面へと虫の様に落ちた。期待虚しく、矢の勢いは全く衰えていない。

 

「……」

 

落ちたソレを横目に、男は平然と鋼鉄の左手で矢を受け止めた。先程の表情とは打って変わって、なんとも言えない表情を浮かべている。

 

「いやー危なかったなガッツ君! 私が威力を殺していなければ、義手を貫かれて死んでいたところだったぞ!」

 

「あーそうか」

 

先程まで地に転がっていた筈の何かは、いつの間にか男の頭の上へ登り、刺々しい球のついた棒をブンブンと振っている。

 

小人に羽の生えた様なその存在。見た事もないその何かにレグは思わず二度見した。

 

「おい! 何か一言足りないんじゃない!? 命を救ってくれた存在にかける言葉がさ!!」

 

「あー……ありがとよ"義手"」

 

「ちがーうっ!!!」

 

緊張で張り詰めたこの空間をぶっ壊す気の抜けた会話が全員の耳に響き渡る。戦闘状態だった二人もそのやり取りと姿を見るや否や、片方はまだ知らぬ未知への興味で目を輝かせ、もう片方は得体の知れない物に対する警戒を露わにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナナチ達の拠点の前に四名と一匹が集う。だが、その様子は一部の者を除き完全にお通夜ムードである。

 

(……気まずい!!)

 

壁面に立ったまま寄り掛かる男を前に、レグは心の中で不満を呟く。正直言って、どう話しかけていいか分からない。誤解があったとは言えさっきまで戦っていた間柄というのもあるが、何よりも男の纏うオーラがとても話し掛けづらい。

 

助け舟が来る事を願って横に座るナナチへ視線を送る。だが、残念な事に向こうもこちらと同じように気まずそうな表情を浮かべていた。

 

(助けてくれ! ナナチ!)

 

(悪いが……無理だ!)

 

(どうして!?)

 

(だって見てみろよあの顔! どっからどう見ても怒ってそうな顔だぜ? 話しかけるなんて無理だ無理)

 

レグの視線が恐る恐るといった感じに男の方へと向く。さっきまで何とも思わなかったその厳つい顔だが、ナナチの言葉を聞いた後だと何故か少し怒っている様に見えてしまう。

 

(余計話しづらくなった……)

 

そんな中、家の中から一人の救世主が現れた。

 

「やあやあ諸君! 待ったかね?」

 

「あれ? どうしたの二人とも? 何か静かだけど?」

 

頭にクエスチョンマークと一匹の何かを携えたまま出てきたリコは、物怖じせずに男の前へと進んでいく。

 

レグとナナチがその図太い精神に称賛の気持ちを抱く中、彼女の頭に乗っていた存在が掛け声と共に飛び出した。

 

「とりま自己紹介! おれパック! この黒金の城ガッツの主人である!」

 

"別荘にドロピーもいるぞ!"と続けて言いながら、ガッツと呼ばれた男の頭へと着陸する。

 

「わたしリコ! こっちのロボットみたいなのがレグで、こっちのもふもふしてる方がナナチだよ!」

 

自分達が一言も話す事なく勝手に進んで行く自己紹介。レグとナナチは勿論、目の前の彼でさえ微妙な表情を浮かべている。

 

「ほうほう、ではちょいと失礼〜」

 

パックは全員の視線を釘付けにしながら飛び立つと、レグ、ナナチの頭に順番に降り立って座っていく。

 

「うーん……やっぱりリコが一番座り心地良いなあ」

 

自らの頭から離れていく光る影を見て、ナナチはハッと聞くべき事を思い出す。

 

「なあ、お前らって何者なんだ? 探窟家じゃ無えし……鎧着てるし……良く分かんねえ」

 

「おい、その前に聞きてえ」

 

 

 

 

 

「ここはどこだ?」

 

 

 

 

 

ガッツの放った質問は三人を大いに困惑させた。

 

「えーと……ここはナナチの家だ」

 

「そういう事じゃねえ、この訳わかんねえ場所の事だ」

 

彼の言葉を聞いたリコが、確信を持てないままたどたどしく尋ねた。

 

「もしかして……アビスのこと?」

 

合っているかどうか彼女はガッツの顔を注視する。だが、彼の表情に納得や理解と言ったものは一切伺えない。逆に表に出てきたのは、何もかもが合点がいかずにぼやけているような、そんな顔色だった。

 

僅かに時間を置いた後、彼はただ一つ小さな疑問を口に出す。しかし、その言葉は深界四層に立つ人間が言うはずのない物であった。

 

 

 

 

 

「アビスってなんだ?」

 

 

 

 

 

 

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