メイド イン 蝕   作:黒チョコボ

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交流

本日は全員での素材集めの日。だが、アビスの力場が運ぶ太陽の光が照らすのはリコ、レグ、ナナチの三人だけでは無い。

 

三人の後ろを重々しい足音を鳴らしてついて行く大きな黒い影とぼんやりと光る小さい影。そう、ガッツとパックの姿もそこにはあった。

 

朝日を浴びて欠伸を漏らしている後方の二人をナナチはチラリと一瞥すると、今日のプランについて脳裏で考え始める。

 

「んなぁ……運ぶ分には問題ねェが……」

 

一応、人数面で考えればいつもより多くの材料を運べるだろう。元々力のあるレグは勿論、あのガッツという男も物持ちとしては十分そうである。なにせ、あの重い装備を顔色ひとつ変えずに持ち運んでいるのだ。そこそこの期待は出来る。

 

ただ、残念な事にあの訳ありな協力者は素材の採取に関しては役に立ちそうにない。

 

ちなみに、少し心配していた隠密面だが、何故か普通にこなせていた。あんな大きな図体であるのに不思議である。

 

そんな事をナナチが思っていると、列の真ん中で歩くリコが目をキラキラさせながらガッツへ話しかけ始める。

 

「ねえ、ガッツさん! その左手見せて!」

 

「左手?」

 

ガッツは外套で隠されていた鋼鉄の左手をリコの目に晒す。すると、彼女は興味津々にその左手を観察し始めた。

 

「へえ〜! 見た感じだとレグの手よりも手っぽいんだね! 一応、レグのも見せて!」

 

「うん、分かった」

 

リコは右手で二人の金属製の手を交互に弄ると、まるで当然かのような要望を言い出した。

 

「二人とも一回手動かしてみて!」

 

「分かった」

 

「……?」

 

彼女の言う通りに動き始めるレグの右手。しかし、その隣にあるガッツの左手はピクリとも動かない。

 

「ふむふむ、よく動きますな! ガッツも左手これにしたら?」

 

「オレはコイツで十分だ。それに、折角作ってくれたアイツに悪りィからな」

 

今の二人のやり取りに、違和感を感じたリコは恐る恐ると言った様子で話しかける。

 

「もしかして……ガッツさんの左手って……」

 

「ああ、動かねェ。コイツは腕の形したただの鉄の塊だ」

 

「やっぱり……!」

 

「嘘だろ……!?」

 

「あれ? でも、この前僕達がガッツを見に行った時剣を握ってた気がするが……」

 

聞いた本人であるリコは勿論、前を歩いていたナナチも思わず振り返って驚きの表情を露わにした。だが、レグだけは己の記憶との大きな矛盾を呟いた。

 

「私が答えてしんぜよう!」

 

その疑問を解決するべく飛び出したのは、ポーチをお調子者の妖精。彼はガッツの胸元にある投擲用のナイフを一個引っ張り出すと、それを疑惑の掛かった左の手のひらに持っていった。

 

ナイフが近づいた瞬間、その手はひとりでに閉じ、金属製の刃を掴み取る。

 

「ほれ、分かったか?」

 

「そっか! 磁石だ!」

 

「ご名答!」

 

どうやら、その義手は仕込まれた磁石のお陰で鉄などであれば握れるように出来ていたようだ。

 

リコは勿論、レグも納得するその仕組み。だが、そんな納得とは裏腹に彼の思考はエラーを起こし始める。

 

(あれ? 磁石でくっ付いてるって事は……)

 

彼の頭はそこで停止した。

 

きっと、彼の脳裏に一瞬浮かんだ疑惑は何かの間違いだ。多分、あの義手には相当強力な磁石を付けているに違いない。まさか、今まで見てきたガッツの剣技が全て片腕で繰り出されたなんて……あるわけないのだ。あんなもの、片手で振れるわけ無いのだから。

 

そんな、現実逃避をするレグを横目に、ナナチは全員へと呼びかける。

 

「こっから崖側通るから一列で行くぜ」

 

そう言うなり、ナナチはテキパキと配置を支持し始める。先頭は大抵の事があっても無事なレグ。そしてその後ろにナナチ、リコが並ぶ。

 

「ガッツ、悪いが一番後ろだ」

 

「ああ、構わねェよ」

 

流石に、図体が大きい彼が前にいると後ろに並ぶ者達が何も見えなくなってしまうのだろう。故に、彼は殿を務める事となった。

 

余裕のある小柄な三人に対し、少し進むのに難儀しているガッツ。崖にいい思い出が無いのかその表情は少ししかめている。道に転がる石ころを蹴っ飛ばしながら、彼らは漸くその終点へと辿り着く。

 

だが、そこにあったのは安息では無く、彼らを待っていたかのように道を塞ぐ、醜い人間達の姿だった。

 

「待ち伏せ!?」

 

薄汚れた姿、原生生物に通用しないであろう木盾、向けられる敵意、どれを取っても目の前の彼らが友好的であるとは思えない。そして、最終的な根拠となったのはレグの嗅覚が捉えた濃厚な血の匂いだった。

 

(1、2……10人以上いる……!)

 

多勢に無勢。その状態を認識したレグの脳裏から戦闘という選択肢は消え、代わりに逃亡の二文字が浮かぶ。だが、後ろの状況がその行動を許さなかった。

 

「やべえぞレグ……後ろが完全に詰まってる」

 

振り返ったレグの心情を代弁するナナチの声。そう、後ろは狭い崖側の道。今、安定した地面に立っているのは彼だけなのだ。今すぐ後退など出来るわけがない。

 

「僕が時間を稼ぐ……その間に逃げてくれ!」

 

「アイアイサー!!」

 

重力に縛られないパックへとレグは焦りを含んだ声で告げる。きっと、すぐに最後尾のガッツに大体の状況は伝わるだろう。

 

自身の後方から細かい石を踏む足音が鳴り始める。だが、それと同時に耳に入るボウガンの弦を引き絞る音がレグの心臓をドクンと跳ね上がらせた。

 

(頼む……! 早くしてくれ!)

 

弦の張りが解放され、速度を得た矢がレグの雑念を飛ばすかのように兜へと直撃する。乾いた金属音が響くが、兜自体には傷一つ付いていない。しかし、この小さな一撃は相手の精神面にヒビを入れるのに十分だったようだ。

 

段々と青ざめる少年の表情を前に襲撃者達は距離をゆっくり詰める。急に突っ込んでこない事から、この作業に慣れているのは明白である。

 

盾になりやすい大きな体をレグが羨ましく思う最中、聞き覚えのない低い音が鼓膜を叩いた。そして、後方から大きな音と共に悲鳴が響く。

 

 

 

反射的に後ろを向いた彼の目に映ったのは、落ちていく二つの小さな人影と、片手で辛うじて崖側にぶら下がる剣士の姿だった。

 

 

 

「リコ! ナナチ!」

 

落ちる二人を掴もうと、咄嗟に両腕を放つ。

 

だが、風切り音と共に訪れた肩への衝撃が、片方の腕の軌道をあらぬ方向へと変えてしまった。

 

「「リコ!!」」

 

救いを求めて突き出されたリコの右手は空を切り、唖然としたその目には仲間の姿が反射する。そして、自らに訪れようとしている死を自覚した時、恐怖を引き延ばすかの如く流れる時間がゆっくりになった。

 

首を絞めるかのようにジワジワと近づく崖下の闇。遠くなっていくレグ達の姿。何とかして生きる術を必死に考えようと頭を動かそうとするが、真っ白な脳内は彼女に何も与えない。

 

 

 

しかし、"終わり"の三文字が脳裏に浮かんだ時、彼女を包み込んだのは冷たい闇ではなく暖かな黒だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……あれ……?」

 

「目は覚めたか?」

 

「うひゃあっ!?」

 

ぼんやりと寝ぼけたリコ。目が完全に開いていない中、背後から突然投げかけられる低い声。ふわふわとしていた意識は瞬時に覚醒し、変な声を出しながら飛び上がった。

 

「って、ガッツさんか……ビックリした……」

 

返ってきた"悪りィな"の一言を聞きながら、彼女は直前までの記憶を振り返る。

 

「そうだ……私、落ちたんだ!」

 

そう口に出すや否やその視線は上へ向く。だが、落ちたであろうその崖は遥か高い場所にあるようで、鬱陶しい雲に遮られて見ることは叶わなかった。

 

代わりに瞳に映るのは、縦一直線の傷が入った岩壁とへし折れた木の枝々だけだ。だが、その景色に何か違和感を覚えた彼女の視線は、なにかを辿るように下へと動く。

 

折れた枝達が散乱するその中心、柔らかい土の広がるその場所にあったのは、硬いもので押し潰して出来たように見える大きな凹みだった。

 

「おい、何してんだ? さっさと合流しに行かねェのか?」

 

どうやら、ガッツはこれ以上待つ気は無いようだ。リコに一声掛けた後、彼は背を向け歩き始めてしまう。

 

「えっ!? 待って待ってガッツさん! 私も行く!」

 

今の自分ではきっと生き延びられずに死ぬだろう。そんな事実を嫌でも理解しているリコは、脳裏に浮かべていた内容を放り捨ててガッツの元へ走って行った。

 

「あ……」

 

その最中、外套の端からチラリと見えた彼の右手。邪魔だからと水キノコごと強引に巻かれたその包帯は、彼女の目には赤く染まっているように見えた。

 

最早待つ気の無いその背中をわざわざ引き止めるのも悪いと思った彼女は、心の中で感謝の言葉を並べ、おさげが地面に触れる程の礼を真っ黒なその背中へと向けたのだった。

 

 

 

 

 

歩き出したのも束の間、現在地も目的地までの道も分からぬこの状況。彼らの足が止まるのも必然と言える。

 

多目的用のナイフの汚れを落としながら、ガッツはとりあえず登れそうな場所の目星を付けていた。

 

「あれなら登れそうだな……」

 

彼がそう言って目を向けたのは急な坂。いや、坂と言うより突き出た足場のある壁とでも言ったほうが正しい。だが、そんな彼の呟きに異を唱えたのはリコであった。

 

「あれはダメ! アビスの上昇負荷も強く出ちゃうし、簡単に崩れちゃいます!」

 

きっとそれは、探窟家としての基礎知識なのだろう。だが、そんなものを露ほども持たないガッツは脳裏のハテナを浮かべていた。

 

「上昇負荷?」

 

「あ、そっか! ええっと……簡単に言えば、ここだと上に登れば登る程体に悪影響が出るんです!」

 

「……どんなのだ?」

 

「ここだと、全身からの出血と激痛……」

 

「なるほどな、オレがここまで来た時に血が止まらなくなったのはそのせいか」

 

幸か不幸か、己の体で味わった経験が未知を知る助けとなったようで、ガッツはすんなりと理解する。だが、助言者からすると彼は頭カチコチの物騒な人に見えていたらしく、彼のそんな様子に意外そうな目を向けていた。

 

「だったらどうすんだ? 文字通りゆっくり登んのか?」

 

「一応、そうするつもりです!」

 

「上の奴らは良いのか?」

 

ガッツの懸念はそこだった。上に残った者達は今もあの盗賊達に囲まれたままなのだ。正直なところ、どうなっていようが彼にはあまり関係無い。だが、今のままでは次の目覚めはかなり悪いだろう。

 

「大丈夫! だってレグとナナチが一緒だよ! レグは強いし、ナナチはここに詳しいからあの人達からは平気で逃げられるよ!」

 

敬語の抜けた調子の良いリコの言葉。彼女達の信頼関係が垣間見えるそれは、ガッツの頭によぎる靄を払拭した。

 

「そうか、それなら問題ねえな」

 

そうして、彼が軽い笑みを浮かべている所で、リコは適当な折れ枝を手に取って地面に何かを書き始めた。

 

「えーっと……さっき説明した上昇負荷なんですけど、アビスの中心から遠ければ遠いほど症状が軽くなるんです! だから、このまま真っ直ぐ上を目指すより、一回離れて上を目指した方が距離は長くなるけど体力を温存できます!」

 

簡易的なアビスの外観図を枝で指し示しながら、彼女は殆ど無知な彼でも分かるように説明した。

 

「なら、先導頼んでも良いか? オレは上までの道もここの事も知らねェからな」

 

「分かった!」

 

知識が豊富なリコが先頭へと躍り出ると、たった二人だけの隊列は進み始めた。斜め上から見下ろす小さな背中は、この冒険すらも楽しんでいるように見える。だが、それでいて警戒は怠らないのは彼女が見た目とは裏腹にベテランである事の証明だろう。

 

 

 

優秀なガイドの先導あってか、危険な生物の縄張りへ足を踏み入れることは無かった。だが、目の前に現れた緩やかな坂道の存在が、それとは別の危険を告げる。

 

そんな警告を前にして平然と進もうとするガッツだが、彼の意思とは裏腹に目の前の小さな影はその歩みを止めていた。

 

「……?」

 

「……よしっ!」

 

どうやら、覚悟を決めていただけのようだ。誰もかもが、痛みや出血と隣人ではない。ましてや、どこかの誰かさんのように食事と同レベルの頻度でそれらと関わりあるなどもってのほかだ。

 

そうして気合を入れた後、二人は横並びになって坂道をゆっくりと登り始めた。

 

アビスの中心から離れている事に加え、緩い傾斜をゆっくり登っている事が功を成したのか、暫く経っても身体への負荷はちょっとした関節の痛みと、口内に鉄の味が広がるだけで済んでいた。

 

だが、ただただ黙って歩くだけではズキズキとした痛みが精神的に辛くなってくるようで、気を紛らわせようとリコはガッツへと話しかけ始める。

 

「ガッツさん。えっと、右腕は平気そうですか?」

 

「ああ、物は握れる。問題ねェ」

 

ガッツは感覚を確かめるかのように、右手をしっかりと握り込む。何も異常は無いかのような仕草と物言いにリコは安堵するが、視界の端にチラリとその腕が映った時、その表情

は安堵とは真逆のものへ変化した。

 

傷口が少し開いた事に加え、この場所の負荷のせいでもあるだろう。彼の腕の包帯は白が完全に消え失せ、まるでペンキでも塗ったかのように赤く着色されていた。よく見れば、溢れたペンキは小指を伝って落ちており、足跡のように自分たちの後を追っている。

 

青ざめたリコの表情に気付いたのだろう。ガッツは赤くなった右手を外套の中に潜り込ませた。

 

「本当にそれ……大丈夫なんですか……?」

 

「見た目だけだ。大して痛くもねェし、血の出し過ぎで死ぬような量でもねェ。パックと合流すりゃ傷もすぐ塞がる」

 

「傷が塞がる? どうして?」

 

ガッツが適当に言い放った言葉に、リコは疑問を露にする。彼も言ってから気が付いたのだろう。普通なら、誰かと会うだけで傷は塞がらない。

 

「あー……細かい事は知らねェが、アイツの鱗粉は傷薬になる。それも特上のな」

 

「へえー! 凄い便利! 私の時もあったらよかったんだけどなあ……水キノコは取る時すっごく痛いし……」

 

「水キノコ? ああ、この腕のやつか」

 

ガッツは外套に隠れたその右腕へ視線を向ける。リコ曰く、取る時とんでもなく痛いそうだ。なんというか、見た目の悪さ通りの特性である。きっと、回復効果が無ければ早々にぶった斬っていたに違いない。

 

さっさと引っこ抜きたいとぼんやりと思っているその矢先、彼の耳に特徴的な金属音が響いた。

 

「……っ!?」

 

嫌と言うほど聞き覚えのある風切り音。右側から近づくそれは、彼の向けた背中にある鉄板に当たり、耳障りな音を奏でる。

 

「ボウガン……! それにこの場所、まじィな……」

 

彼らが歩くこの坂道は、邪魔な木々も足を取る長い草も無く登りやすい地形である。だが、それは裏を返せば遮蔽物となる障害物が無いことを意味していた。

 

故に、遠方の高台からの遠距離攻撃に対してなす術が無く、一方的に撃たれてしまう状況に陥ってしまった。

 

「ガッツさん! 上まで走って!」

 

「チッ! そう言うことかよ!」

 

この場所での急激な上昇は危険。痛みに苛まれ血を流す二人だからこそ、その事はよく分かっているはずだ。しかし、今生きれるかどうかのこの状況。どう決断するかなど分かりきっている。

 

そう、彼らは負荷にその身を晒し、血を流す事を選んだ。

 

「あの木陰まで突っ切る。口閉じとけ、舌噛むぞ……!」

 

ガッツはリコを左脇に抱えると、全身全霊の力を持って駆け出した。目的地は少し上に広がる森林地帯。少し上といっても、その高低差は10メートル以上はあるだろう。

 

何キロあるか分からない重装備を纏い、傷は癒えず開いたまま。おまけにリコも抱えている。そんな状態にも関わらず、彼の行軍は常軌を逸していた。

 

大槌で殴るかのような足音。その長い外套は地に触れず、まるでガッツの影のようにその背中に追い縋る。風に吹き流される布を想起させるその動きは、幾ら賊どもがボウガンの狙いを定めようとも当たらない。運良く当たったとしても、それは硬質な鎧と剣に阻まれて致命傷にはなり得なかった。

 

半時にも感じられる数分。彼らはようやく遮蔽物の元まで辿り着く。届かない事が分かっていながら放たれた矢が木々の表皮へ突き刺さる中、ガッツは口の中に溜まったドス黒いものを地面へとぶち撒ける。流石の彼でも身体への負担が大きかったようだ。

 

そして、それは担がれていた彼女も例外ではない。

 

「ゲホッ……! はぁ……はぁ……」

 

血走った眼球、ポタポタと落ちる赤い涙。そして、咳と同時に飛び出す血混じりの唾が彼女の消耗を物語る。

 

「やるしかねェか……」

 

コンディションは最悪。だが、彼らの潜むこの場所をあの襲撃者達はすぐに見つけ、囲み、襲いかかるだろう。かと言って、力無くその場に座る少女には更なる負荷に耐えられる余裕など無い。

 

そうなれば方法はただ一つ。

 

 

 

 

 

鈍い色を放つ左腕に"何か"が装着される音が、冷たく、静かに森の中へ響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お得意の伸びる腕によって地形を無視して移動できるレグは、二人が崖下へ消えた後、ナナチとパックを連れて難なく盗賊達を撒いた。

 

だが、下が見えない程の高さから落ちた二人が、無事であるとは思えず、彼はリコ達を探しに行くべきだと申し出る。当然ナナチもそれには賛成し、急遽彼らも下に降りる事となった。

 

崖から直接降りてしらみ潰しに探そうとレグが思う中、パックが予想外の言葉を投げかけた。

 

「オレ、アイツらの居場所分かるぞ!」

 

「ほ、本当か!? リコは! リコは無事なのか!」

 

「う……ぐ……! く、首が……!」

 

藁にも縋る思いのレグにとって、この言葉は僥倖であろう。その必死さを表すかの如く、彼はパックを力強く掴みその真偽を問いかける。だが、顔を青くしていく妖精の姿を見たナナチにやんわりと注意され、彼の感情の昂りは心の内へと押し留められた。

 

「あ……す、すまない!」

 

「グフッ……さらばだ……我が故郷、妖精郷よ……」

 

「ま、まて! 死んじゃダメだ!」

 

「おいレグ、からかわれてるだけだぞ? 真に受けてんじゃねえ!」

 

今の彼には冗談を冗談で受け止める余裕は無い。しかし悲しきかな、相手はその生の半分以上がおふざけに浸かった妖精。相当危険な時で無い限りその芯が曲がる事はないだろう。

 

「よっこらせ! 多分ガッツ達は無事だぞ? 気配消えてないしな! それに……」

 

「それに?」

 

「あれぐらいじゃ死なないだろ!」

 

"怪物より怪物してるヤツだし"と最後に言葉を付け足すと、パックは道案内をするべく辺りを見回し始める。

 

随分と雑な信頼関係に苦笑を浮かべる二人だが、まだ落ちていった二名が生きている筈だと告げられたお陰でその心持ちは少しはマシになっていた。

 

「さてさて、しっかり着いてきたまえよチミ達!」

 

そうして、少々難ありなナビゲーションが始まった。

 

 

 

パックナビは行くべき方向は分かるがそこが通れるかどうかは分からないという不親切設計である。それ故に、もしナビの相手がレグではなかったら色々と面倒な事になっていただろう。

 

そんな、地に足をつけては行けない適当すぎるルートをレグ達は進んでいた。時には幅三メートル以上の崖を超えることもあれば、アビスでは致命的な坂道を登らされる事もあったようだ。

 

険しい道のような何かを進み辿り着いた先は、木々の聳える森。微かな風と共に運ばれてくる木の香りが心地良い。

 

そんな思いを抱いたのも束の間、森に近づくや否や強くなったのは先程の木の香りなどではなく、むせ返るような血の匂いだった。

 

「うっ……この匂い……!」

 

「ああ、間違いねえ。誰か死んでるぜ。それも一人じゃねえ、どうやら複数みてえだ」

 

ナナチの予想を裏付けるかのように、その森は三人の男の亡骸を携えて彼らを出迎えた。ふと奥の方へ目を向ければ、三人分では収まらない程の装備が散乱している。恐らく、十人程の集団だったのだろう。

 

「おいレグ見てみろ。コイツら、矢で撃たれて死んでるぜ」

 

「……っ!? ナナチ頼む、あまり見せないでくれ……!」

 

あまりこういったものに慣れてはいないレグは顔を青く染め、目を逸らした。その様子を見たナナチは、まだまだお子ちゃまだと思いながら目の前の死体の状況を確認し始めた。

 

「刺さってる矢は2、3本。おまけにヘルメットごと貫かれてる……もしかしたらやべーかもな」

 

「ど、どうしてだ?」

 

「相手も集団かもしれねえって事だ。要はリコ達じゃねえ。あのガッツとかいう奴も剣は持ってたが、ボウガンの類は持ってなかったしな。持ってたとしても、この矢の量は異常だぜ?」

 

そう言うなりナナチの目線は木々へ向く。ここから見えるだけでもかなりの本数の矢が、不恰好な枝のように突き刺さっている。到底、一人や二人で撃てる矢の数ではない。

 

「まあまあ、とにかく探してみようではないか! パックセンサーはこの森を指しておる!」

 

「でも、集団の相手が居る可能性があるとナナチが」

 

「その時は、我がエルフ次元流奥義が火を吹くまでよ!!」

 

「んなぁ、どっちにしろ行くしかねえ。ここで引き返すってワケにはいかねえだろ?」

 

ナナチの頭の上で棒付き毬栗を振り回す羽虫はともかく、引き返すという選択肢がないのは確かだ。

 

数瞬思考を巡らせた結果、彼らは出来るだけ見つからないように進む事となった。

 

 

 

 

 

 

警戒を怠らないように進んでいたレグ達だが、幾ら進んでも敵の姿など一切見かける事は無かった。それどころか、入口で見かけたものと同じような死を迎えた亡骸の姿が、代わりに増えていく始末であった。

 

そんな最中、ナナチの敏感な聴覚は炎の奏でる燻りの音色を感じ取る。

 

「焚き火の音だ。リコ達かもしれねえ」

 

聞こえたその音の方向へと進んでいくと、今度はレグの嗅覚を食欲をそそるような香りが襲った。思わずお腹が空いてしまうそれは、確かに覚えのあるものだ。

 

そうして、確信を得た彼は隠れるのを止めて早足に駆け出した。草木をかき分けながら必死に足を進めていくその背中を、置いていかれた者達が追っていく。幾度かそれを繰り返し、見開いた目に映った光景は嬉しくも彼の確信を裏切るものではなかった。

 

「こ、これ! 誰が作ったんですか!!」

 

「古い仲間……いや、命の恩人ってとこか? まあ、すこぶる器用なヤツが作ったもんだ」

 

「へえー!! こんな機構、初めて見ました!」

 

しっかりと火の立つ焚火に、脂の滴る焼けた肉。ほのぼのとした雰囲気に合っていない、血走る目やドス黒い血溜まり。

 

なんだかあべこべな要素の詰まったその光景は、レグの切羽詰まった表情をポカンとしたものへと変えたようだ。

 

「あ、レグ! そっちは大丈夫だった?」

 

「リ、リコこそ無事なのか? 結構な高さから落ちたし……あの敵対的な探窟家の姿もあったんだが……」

 

「うん! 確かにさっき襲われたけど、大丈夫だよ!」

 

「んなあ……襲われた後なのに良くそんなのんびり出来んな……」

 

色々な意味で図太すぎる少女を前に、ナナチは安堵と呆れの混ざった溜息を吐いた。レグも心労から解放されたからか、その場に疲れたように座り込む。

 

「あっ! 二人ともこれ見て! 連射できるボウガンだって! ガッツさんが持ってたんだ!」

 

気苦労で疲れを示す二人へと、追い打ちを掛けるかのようにリコは話し始める。その手には見たこともないボウガン。機械仕掛けのそれと、リコの言葉を聞いてナナチは早々に察した。

 

「ああっ! って事は森に転がってるアレを作ったのは……!?」

 

「さあな、オレは適当に的当てして遊んでただけだ」

 

「ほうほう、さぞかし大きな的を使ってたご様子で」

 

ナナチの指摘に対して特に明言しないガッツ。その頭に乗った妖精が皮肉気味に言葉を連ねるも、彼は軽く鼻で笑うだけであった。

 

 

 

その後、ナナチの拠点近くまで戻らねばならない事を考えた結果、本来の目的である素材集めは帰り際に取れる物以外は次の機会に回し、今回は真っ直ぐ帰ることになった。

 

だが、真っ直ぐ帰るにしても深界四層の上昇負荷による体へのダメージは無視出来ない。

 

「うぅ……痛い……」

 

殆ど血で出来た唾を地面に吐くリコ。心配そうにレグとナナチがその様子を見つめる。

 

「一旦休むか?」

 

「ううん、まだ大丈夫」

 

優しさのある声掛けが交わされるその後ろでは、慈悲の無い言葉が交わされる。

 

「さあ進むのだ! 我が移動要塞よ!」

 

「な、なあパック。きっと、ガッツも少しは疲れてると思うのだが」

 

「うーん、そうか? じゃあ聞いてみるとしよう! ガッツ? 平気そうか?」

 

レグのガッツへの気遣いの意はパックにも理解できたようで、その小さな妖精は自身の乗り物へと無事かどうか問いかける。

 

「疲れた」

 

「大丈夫そうだな! さあ休まず進めー!」

 

前言撤回。ただ問いかけただけで、休ませる気はさらさら無いようだ。

 

ガッツの白い前髪を操縦桿代わりに弄り回すパック。それに耐えかねてか、包帯だらけの太い右手が頭上の存在へと掴みかかる。

 

「あっ……」

 

人差し指と親指がお調子者の足を見事に捕らえる。空中で宙吊りとなったパックはそのままガッツの頭上で、オモチャのように滅茶苦茶に振り回された。

 

「あばばばばばばばっ!?」

 

鱗粉を撒き散らしながら奇声を上げる。暫くしてそれが止まり、事が済んだと思いきや、ガッツはおもむろにリコの頭上へと吊られた羽虫を持っていく。

 

「あばばばばばばばばばばばばばばばばっ!?」

 

どうなったかは語るまでも無い。そうして、目を回してグッタリしたソレを、彼はそのままリコの頭の上へと置いた。

 

「あれ……!? 痛みが引いてく!」

 

「さっき軽く話したが、こいつの粉は傷薬になる。またヤバそうになったらさっきみたいにぶん回せ」

 

「すげえな……レグ、こいつをぶん回し続けとけばリコは楽に登っていけるぜ?」

 

「本当か!? いや、でも……なんというか……罪悪感が……」

 

「世話になってるのはこっちの方だ。気兼ねなくやれ」

 

ガッツはそう言って再び殿へと戻っていった。苦しそうにしていたリコへの気遣いもあるのだろうが、パックへの仕返しの意もあるのだろう。

 

そうして、拠点に戻るまでの間、レグに謝られながら何度も何度もパックがぶん回されたのは言うまでもない。

 




ボウガン

ガッツの持ってる連射式の珍しいボウガンだ。左手の義手にセットして、ハンドルを回せば撃てるように出来てるぜ。

オイラも少し見せて貰ったが、初めて見る機構だ。作った奴はかなり頭が良いのかもな。ただ、弦の強さが使用者に合わせてあるせいでハンドルの重さが規格外だ。

……よく回せんな、アイツ。
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