メイド イン 蝕   作:黒チョコボ

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治癒

 

アビスの力場が太陽の光を送り込んでくる朝。いつもなら半分目蓋が閉じかけた状態で色々と身支度をするのだが、今日に限っては違うようだ。

 

「邪魔するぜ」

 

金属の擦れる音と共に現れたのは、彼らがよく知る不思議な客人。ガッツであった。

 

「やっほー! 来たぞ来たぞ〜!」

 

「よう、待ってたぜ」

 

色々と怪しい器具を机に並べながら、うるさい妖精へと返事をしたのはナナチ。だが、肝心の相手はその言葉の意味をよく分かっていなかった。

 

「待ってた? なんで?」

 

「なんでって……そこのデカイのに聞けば分かるんじゃねえの?」

 

栗の様な顔にハテナを浮かべたパックが、静かにガッツを見やる。

 

「コイツを取ってもらう」

 

夜の様に真っ黒な外套から顔を出したのは、水キノコだらけの右腕。いつもは包帯でも巻いて誤魔化しているのだろう。久々にその実態を見たパックは、その毒々しさに顔を青ざめさせた。

 

「気持ち悪っ!!」

 

「これは……リコの時よりも凄いな……」

 

「ああ、相当痛えだろうな」

 

横から見ていたレグも一瞬嫌悪感を顔に出したが、それはすぐに同情のそれへと切り替わる。ちなみに、リコは嫌な思い出が蘇るのか、パックよりも顔を青ざめさせていた。

 

「んなぁ……じゃあ、さっさと始めるぞ。ここに腕置いてくれ」

 

ガッツは鎧などの重い装備を一旦外してから彼らの拠点に上がると、若干低いそのテーブルに右腕を預けた。

 

「ガッツさん……これ使う?」

 

リコが気を利かせて差し出してきたのは、包帯に包まれた小さな木の板。パックはまたまた頭にハテナを浮かべていたが、彼はちゃんとその意味を分かっているようだ。

 

「そんなに痛ェのか?」

 

「うん……」

 

「とりあえず、一回試してから決める」

 

「ちょ、ちょっとちょっと! オレ意味分かんないんですけど!!」

 

レグが親切にそこのちっこいのにその意味を伝える中、ナナチは静かにメスを取った。

 

「そんじゃ、やるぜ」

 

切れ味の良いその刃がキノコの首へと差し込まれた瞬間、ガッツの表情は少し歪んだ。

 

「っ……! 確かに……コイツはキクな」

 

「そう言ってる割には結構平気そうだな」

 

前回の患者とは違い、余裕を感じさせるその様子を見たからか、ナナチは軽口と同時に容赦無くキノコの根っこを皮膚から抉り取る。

 

それでもなお、額に汗を滲ませながらただひたすらにじっと耐えるその姿に、リコもキツい記憶が蘇るのか、何とも言えぬ表情で顔を青く染めていた。

 

そして、レグから木片の使用用途をちゃんと聞いたパックは、納得したように頷くと突如として作業中のナナチの頭の上へと飛んで行く。

 

「レスキュー隊所属! パック隊員行きます!」

 

敬礼の姿勢をとった小さな妖精は、手術中の赤く染まった腕の上でグルグルと旋回し始める。そして、まるで噴水のように鱗粉が散らばり、毛むくじゃらな手とその付近をキラキラと輝かせた。

 

「どうだ!」

 

「悪りぃな、少しはマシになった」

 

この妖精の放つ鱗粉は上質な傷薬。だが、それを理解してなお、ただ飛び回るだけで処置完了というのは未だに違和感しかない。

 

「便利なもんだな。オイラたちにも欲しいぐらいだ」

 

少しだけ収まる出血を目にしながら、ナナチは羨ましそうにそう呟いた。

 

「別に構わねェ。取れるだけ取っとけ」

 

「えっ! 良いの!? ありがとうガッツさん!!」

 

「な、な、な……!? お礼を言う相手がちがーう!!」

 

何やらひどくご不満のパックを横目に、リコとレグは丁度良さそうな小型の布袋を持ってくる。要はこれに入れろと言う事なのだろう。

 

納得のいかない表情のまま、彼が布袋に例の傷薬を詰める中、時折顔を歪ませるガッツが気晴らしを兼ねた問いを投げかけた。

 

「なあ、少し聞きてえ。ミッドランド、チューダー、クシャーン。この中に聞き覚えのある名前は無ェか?」

 

聞き慣れぬ言葉の羅列。法則性も何も無いそれを耳に入れたレグ達は己の脳裏にハテナを浮かべる。

 

耳をピクピクと動かした毛むくじゃらな一人は、手元の作業を続けながらその眉を顰めた。

 

「なあ、オイラは全く聞き覚え無えんだけどよ、それって一体何なんだ? 何かの名前か?」

 

「ああ、国の名前だ」

 

国の名前と言われた瞬間、機械と獣の二人はお手上げと言わんばかりの表情を浮かべた。

 

一方はまともな基礎教育を受けておらず、もう一方は孤児院の簡素な授業でしか外界の知識を得ていない。こんな表情になってしまうのも致し方ないと言えるだろう。

 

それ故に、皆の視線は残る一人へと向けられた。

 

「あの〜……えっと……ご、ごめんなさい……アビスと関係ない授業はあんまり聞いてなくて覚えてないです……」

 

その一言に、ガッツ以外の全員が心の中で盛大にツッコミを入れる。現在執刀中のナナチなんかは面白さで動揺したせいか、危うく必要無い箇所を掻っ捌きそうになった。

 

「ヘッ、構わねえよ。どっちにしろ、このデケェ穴から出れば全部分かる」

 

軽く笑みを浮かべるガッツの返答は随分と楽観的なものだ。彼の立場からすれば、己の元いた国すら場所が分からないこの現状はあまり良いとは言えない筈なのだが、その横顔は不思議と余裕が残っている。

 

何故だろうか、リコの目にはその様が熟練の探窟家の様な、重い経験をしてきた様に見えた。

 

 

 

そうして、彼が痛みに暴れる事など一切無いまま、傷だらけの右腕から毒々しい見た目の寄生植物達は一掃されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「世話になったな」

 

腕の治療から数日後、彼はリコ達の元にその姿を表すと、唐突にそう言い放つ。

 

「オマエ、もう行くのかよ!? 腕の傷開くぞ?」

 

「ちょっと待たせてる奴らが居るんでな。腕は……あの毒食らわなきゃ何とかなるだろ」

 

治療痕だらけの己の腕を見つめ、手首を軽く動かしながらナナチの言葉にそう返す。

 

普段と変わらない声調の筈なのだが、リコ達にとってそれはとてもとても重いものに感じた。

 

「が、ガッツさん待って! 渡したい物があるの!」

 

今にも背を向けようとした彼らに向けて、少女の声が投げかけられる。そして、両腕で抱える様にして彼女はその代物を持って来る。

 

「ナニコレ?」

 

「こいつは……鉤縄か?」

 

「そう! 余り物で作ってみたんだ! ちょっと無理矢理な部分もあるけど……」

 

少々苦い笑みを浮かべた彼女が持ってきた物は、探窟家なら一つや二つ持っているであろう鉤縄であった。だが、目の前にあるこれは普通の物とは違う、常識外れな部分が多々あった。

 

縄は一本ではなく、三本が綺麗に編まれており非常に強固となっている。また、鉤の部分は凄まじく太く、錨代わりにでも使えるのでは無いかと思われる代物が使われていた。

 

恐らく、ガッツの重量を加味した結果こうなったのだろう。

 

「良いのか?」

 

早速鉤縄を弄り回そうとしてその重量に潰されているパックを横目に、彼はその目を見開き驚きを露わにする。

 

彼からすれば、そんな物を贈られるような事は一切していない。きっと、その行動にはちょっとした怪訝も含まれているだろう。

 

「大丈夫! 元々余り物だし、凄い貴重な物ってわけじゃないから! それよりも、あの傷薬のお礼がしたかったの!」

 

リコの言葉を補足するかの様に横からレグの落ち着いた声が入る。

 

「あの傷薬のお陰でリコの手がより動く様になったんだ。だから、とても……本当に感謝している!」

 

心からの感謝を込めたそれは、しっかりとガッツ達に注がれる。

 

だが、彼は知る由も無いだろう。

 

それが、レグにとって己の行動が発端となって起きてしまった悲劇をひっくり返せるという一縷の希望という事を。

 

「……そうか、なら貰っとくぜ。ありがとな」

 

少年の真っ直ぐな瞳から唯ならぬ何かを感じたガッツは、特に何も聞く事無くただただ静かに礼を言った。

 

そして、彼は去り際に己の相棒へわざとらしく呟いた。

 

「最後にあそこで遊んで行かなくて良いのか?」

 

「え……? あ……! いやー! 何だか遊びたくなっちゃったなー!」

 

入り口の角へと消える彼とは逆方向に飛んでいく小さな光。リコ達の頭に輝く鱗粉をばら撒きながら、その光は彼女達の拠点の中へと入り込む。

 

「ここで爆速のトリプルアクセル!!!」

 

少しして、中からよく分からない叫びが聞こえた後、妖精は家から飛び出して、あの黒い剣士を追う様に戻って行く。

 

そして、リコ達一行の目の前を通り過ぎる瞬間、気の抜けるような軽さで別れを告げた。

 

「じゃなっ!」

 

よく分からない行動に呆気に取られ、暫くボーッとしていた彼女達。

 

突然現れた不思議な者達であったが、最後の最後もその不透明さは健在の様だ。このアビスと同じ様な珍しき経験を確かに噛み締めた後、全員揃って己の家へと戻る。

 

そして、部屋の中心にポツンと置かれた物を見つけた。

 

 

 

 

 

それは、光り輝く粉で満たされた布袋であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バシャリバシャリと荒々しい水音が響く。凄まじい湿度で生じる水蒸気に視界を遮られながら、音源であるその黒い足はリズム良く歩みを進める。

 

捕食者がそこに居たならすぐさま気付くであろうその行為を続け、少しばかりの血に濡れながら片方しかない瞳は空を見上げた。

 

「おお〜! すっげ〜景色!」

 

曇り空ばかりの世界から一転、その目に入り込んだ光景は、天を貫くかの様に空いた巨大で垂直な大穴が、晴れ晴れとした光を運んでくるその様だった。

 

未だかつて見た事もない絶景に、薬箱担当の妖精がポーチから顔を出して上機嫌に叫ぶ。

 

興味に溢れたその声調に、さながら観光にでも来たのではないかと思わせる緩い空気が漂うが、闇の様な鎧と鉤縄が奏でる金属音がそんな気の抜ける空気を奪い去った。

 

「なるほど、確かにコイツを登るには鉤縄必須だな。アイツらが言ってた事がようやく分かったぜ」

 

腰に丸めて引っ掛けられた登る為のソレを確かめる様に触れながら、ガッツは少々顔色を悪くした。

 

これからこの絶景へと挑むのだ。彼が今いる場所からでは終わりすら見えないそれに、重すぎる装備を持って。

 

気の遠くなる様な表情を浮かべるのは当然である。

 

「えーっと……確か……リコから聞いたはず……! なんだったっけ!!?」

 

「何の話だ?」

 

「あれだよあれ! えっと、上昇負荷! リコから聞いた話だと、ここから先は症状が変わるんだってさ!」

 

「で、その症状を忘れたってオチか」

 

「ぐふっ!?」

 

ガッツの放った言葉のナイフは綺麗にパックへと突き刺さる。いとも簡単に予測され、言い当てられた事から、きっと何度か前科があるのだろう。

 

「うおおおぉぉぉ……! 思い出せ……思い出すんだ! 今こそ汚名挽回の時!」

 

「挽回すんな、返上しろ」

 

今の所、文字通り汚名挽回中であるが、返上出来るのは一体いつになるのだろう。

 

そんな、ふざけてやり取りをしている最中、注意していなければ聞き逃す様な小さな水音が背後から響く。

 

「……ッ」

 

未だワチャワチャと煩く呟き続けているその者を意識の外へ放り捨て、ゆっくりと迫る小さな音に彼は耳を傾けた。

 

その右手は、既にあの大剣の柄へと添えられている。

 

「あれ、ガッツ?」

 

「静かにしてろ、物騒な見送り役のお出ましだ」

 

殆ど聞こえぬ程に小さなその足音。もはや、頼りになるのは足元の水面に僅かに映る影と、根拠の無いただの勘だけだ。

 

そして、本能が警鐘を鳴らし始めた時、彼の右手は大きく隆起し、背負われた鉄塊を己の後方へと真っ黒な殺意を込めて振り回す。

 

 

 

 

 

それは、これまで何千、何万と幾度となく繰り返された意識無き行動の一つであった。

 

 

 

 

 

 

驚いた様に跳び退く白い影。霧の中に潜んでいたなら気付かないであろうその存在は、あの時ガッツを苦しめた獣。

 

タマウガチであった。

 

しかし、以前と違うのは白い体毛に映える赤い顔から、より映える明るい赤が滴り落ちている事だった。

 

「チッ、浅かったか」

 

横一文字に薄く切れ目を入れられたタマウガチ。だが、まだ未来を見る目は死んではいないようで、顔面を伝う血を気に留めず、背中に生える必殺の針を逆立てた。

 

「が、ガッツ!? 今怪我したらヤバイって! 登れなくなっちゃうよ!」

 

「ならモロに食らわなきゃいい。そもそも、このまま逃してくれるなんて生易しい事、ある訳ねえだろ?」

 

そんな彼の意に従う様に、タマウガチから毒針が放たれる。だが、その太さは針と言うには大きすぎた。さながら、先端に毒がたっぷりと塗られた槍である。

 

まるで当然のように、ガッツは鉄塊を盾代わりに無数の毒槍を防ぐ。数多もの槍はその幅広な剣を持ってしても防ぎ切る事は難しいのか、放たれたものの幾つかが彼の鎧や義手の表面へと僅かな傷をつけた。

 

"もしこれが生身であったなら"、そう考えるだけで背中に冷たいものが嫌でも走る。

 

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、彼は己の気を再度引き締めた。

 

(いつもと同じ受け方じゃやべえ……! これを続けてたら必ずどこか掠っちまう! だったら……!)

 

目の焦点が合ったのは、赤く目立つ顔では無く光に照らされ輝く白い針。縄張りを侵す不届き者を仕留めんと揺れ動くそれを前に、彼は剣を前では無く後ろに構える。

 

しかし、構えたガッツを警戒してなのか、タマウガチは逆に距離を取った。

 

「チッ、随分と頭の回るヤローだ」

 

まるで、頭の中を見透かされているかのような行動に、彼は眉を顰めて文句を漏らす。

 

お互いに構え、睨み合いが続く最中、彼の腕にどこからともなく雫が垂れる。人肌に対してひんやりとしたそれはたった一瞬であるが、ガッツの意識の矛先を奪い取った。

 

「ッ!!?」

 

意識を前方に戻した瞬間、離れていた筈の間合いは一瞬にして詰められていた。

 

迫り来る毒針を前にして、彼の獣じみた反射神経が唸りを上げる。ほぼほぼ脊髄反射の様にソレは針の大群へ放たれた。

 

 

 

 

 

そして、何かが折れる小気味よい音だけが周囲に響き渡った。

 

 

 

 

 

バシャバシャと水面へ落ちる白く細い何か。

 

いつまで経っても敵へと刺さらぬ毒針。

 

異様に感じ、その身を後方へ翻す最中、水の中を漂うそれをタマウガチは確かに認識した。

 

 

 

それは、己の毒針だった。

 

 

 

距離を取る相手を前に、ガッツは冷や汗をかいていた。安堵した故に出たものか、望まぬ結果を想像して出たものかは分からない。ただ、ホッと息をついている様子を見るに、恐らくこれは前者であろう。

 

「ハァ……ハァ……! コイツ……!」

 

人の手で起こした鋼の暴風は、迫り来る何もかもを叩き折った。今足元に転がっている物はその哀れな被害者の一つである。

 

だが、側から見れば圧倒的に優勢だと思われるガッツだが、その表情は酷く険しい。まるで劣勢だと感じさせる様子を見せながら、彼は歯をしっかりと噛み合わせた。

 

(コイツ……何故か知らねェがオレが意識を逸らした瞬間襲ってきやがった! 一体どういう事だ……オレが気を逸らすのをわざわざ待ってるってのか? もしそうだとしたら……攻めるしかねェ!)

 

待ち続けるという行為において、自身は確実に負けていると認識したのだろう。彼は意識をタマウガチへと集中させながら、己の剣を背中へと戻す。

 

そして、代わりに取り出したのは、機械仕掛けのボウガンだった。

 

外付けする形で義手と一体化したそれは、狙いを定め、真っ直ぐ敵へと向けられた。だが、引き金代わりのハンドルが躊躇いなく回された瞬間、肝心の相手は避けるように横方向へと駆け出した。

 

「チッ!!」

 

舌打ちと共に白い影を追う左腕。しかし、速すぎる動きに放った矢は置き去りとなっている。それを見かねてか、彼は移動を先読みした偏差射撃を行った。

 

ボウガンによる掃射は牽制を兼ねての行動故に、大きな威力は無いだろう。それでも、当たりどころが良ければ戦局は優位に推移する筈だ。

 

 

 

だが、タマウガチは異様にもその動きをピタリと止めた。

 

 

 

「なんだと……!?」

 

驚きに見開かれた瞳が映したのは、偏差を考慮して放たれた矢が白き獣の横を通り過ぎ、暗く深いアビスの奥底へと落ちて行く光景だった。

 

まるで、手の内が完全に読まれているかのようなその行動。一度戦った相手であるにも関わらず、どうしてここまでの差が出ているのだろうか。

 

あの時、毒と上昇負荷で意識すら危ういにも関わらず、この同種を二体相手にして戦えていた事を疑問に思わざるを得ない。

 

「どういうカラクリか知らねェが、コイツ……オレの行動を読んでやがる!?」

 

全てを見透かしたかのようなその行動は、ガッツに気付きを与えるのに十分だったようだ。しかし、気付いた所で彼が出来る事は何も無い。

 

だが、対策の仕方が分からぬそれを前にして、彼の表情は絶望には歪まなかった。

 

寧ろ逆。

 

口端を上げ、笑っていた。

 

「ど、どうするんだよガッツ! 初めの一発以外、攻撃全く当たってないよ!」

 

「どうもしねえよ。やる事は一つ……! 攻めまくって、どう足掻いても避けられなくすりゃ良いだけだ!」

 

動きを予測し、最小限の動きで躱し、効果的な反撃をする。

 

これは、これまで彼が相手してきた猛者達が、己自身が、当然のように行なってきた事である。今、目の前に立つこの獣もその者らと同列なのだ。

 

それが真実かどうかは不明。だが少なくとも、ガッツの思考はそう傾いた。

 

「こっちの動きを読みたきゃ幾らでも読みやがれ!!」

 

怪物の咆哮のような叫びと共に、彼の左腕は勢い良く前へと突き出される。小さな機構から放たれたとは思えぬ矢の大群が、ただひたすらにタマウガチの影を追う。その片目に浮かんだ色は最早、牽制では無い。

 

左右へと慣れた動きで躱しつつ、獣は段々と距離を詰める。そして、左手のボウガンから乾いた空撃ちの音が響いた瞬間、その距離はお互いの得物が届く位置まで近づいた。

 

タマウガチの形容し難い鳴き声と、バリバリという異常な歯軋り音が、同時に響く。そして、露出の多い顔を狙った毒針と、片手で強引に振られた鉄塊がぶつかり合う。

 

「ッ!? コイツ!?」

 

お互いに離れる瞬間、置き土産のような爪撃が偶然にも彼のポーチの一つを水面へと叩き落とす。不運にもそれは、ボウガンの矢などがたっぷり詰まった弾薬箱であった。

 

「遠距離戦は嫌いだって言いてェのか?」

 

恐らく、ここから先は相手が望む近接戦。補充が出来なくなった弾切れのボウガンなど役に立つ事は無いだろう。それ故に、彼は己の左手からそれを外そうとするが、水面を踏み込む音に剣を握らざるを得なくなる。

 

「クソッ!?」

 

剣から手を離すや否や凄まじい勢いで襲ってくる辺り、どうやらそう簡単には外させてはくれないらしい。そして、義手に仕込まれた磁石はボウガンの金具をガッチリと握りしめている。

 

 

 

彼は剣を片手で振ることを強いられた。

 

 

 

「随分と良い性格してやがるぜ……!」

 

とある剣士のすまし顔を脳裏に浮かべながら、彼は奥歯を噛み締めて悪態をつく。このままではジリ貧となり、いつかあの毒牙にやられて地に伏すこととなるだろう。

 

「やベェな……!」

 

「何言っちゃってんのさガッツ。チミは片手でも問題なく剣を振れるじゃないか!」

 

「いや、このすばしっこいバケモン相手に片腕だと速さが足りねェ……!」

 

剣自体は片手で振れる。それに、元々彼の左手は義手だ。剣を持つ力は指部分に仕込まれた磁石に依存する。要は、左手はただの補助に過ぎない。

 

だが、今の彼にとってはその補助が重要だった。

 

普段なら大した事はない擦り傷すら、今の状況では許されないのだ。頬を掠めるなどもっての外である。

 

そして、強まる険しい表情を好機と見たのか、タマウガチは絶妙な距離感からその毒針を差し向けた。

 

「クソッ!」

 

次々と襲い来る針に、彼の剣は僅かながら遅れ始める。最悪の事態になる前にさっさと仕切り直しを図らねばならないと考えた彼は、その身を大きく投げ出して水浸しになりながらも距離を取った。

 

「よく見たら、足元も毒針だらけじゃねえか……!?」

 

水面を大きく揺らしながら転がった彼は、その顔に溢れんばかりの危機感を曝け出す。

 

それもそのはず、水面下に潜んでいたのは、彼自身が叩き折ったタマウガチの針である。もし、鎧が無かったならどうなっていたかは想像に難くない。

 

だが、例え鎧があったとしても、次同じことをした際に無事である保証も無い。

 

鎧の隙間から水を滴らせながら、彼はこの勝負勝つ方法を必死に考えていた。

 

「……ッ!? 仕方ねえ、一か八かだ!」

 

空っぽのボウガンへ一瞬だけ目を向けた後、彼はそう言って大剣の柄を強く握り直す。

 

何か秘策でも思い浮かんだのか、それともただ吹っ切れただけなのか。どちらなのか誰にも分からないまま、彼はその脚を迷い無く踏み込んだ。

 

装備重量からは考えられないスピードで彼は真正面からタマウガチへと迫る。そして、針の雨に晒されるデッドゾーンへ躊躇いなく進む。

 

「ガッツ!?」

 

相手が毒針を構えてなお、その足は止まらない。そうして、片足が死地へと突っ込まれた瞬間、毒に塗れたその針はバリスタの如き勢いで放たれた。

 

だが、生半な防御を容赦無く貫くその針は、姿勢を更に下げて加速した黒い影を通り抜け、虚しく地面に突き立てられる。

 

そうして作り上げられた間合いは、お互いがお互いの喉元へ刃を突き付けられるであろう、完全な近接戦のものだった。

 

「食らいやがれッ!!」

 

バリバリと鳴る歯噛みの音、瞬く間に隆起する大木のような腕。迫り来る暴風を前に、タマウガチの行動は逃げの一手だった。こんなふざけた代物を真正面から受け止めるのは、怪物か愚者のやる行為である。

 

先を見通すその目をフル稼働させ、眼前の剣士の意識を、その矛先を感知する。優秀な探知機が示している先は、愚直にも己の四つ足だった。

 

そうと分かればやる事はただ一つ、本能が鳴らす警鐘に従って高く跳躍するだけだ。

 

獣の反射神経を以って飛んだ後、剣を振っている最中の男の顔がよく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、悔しさに歪む訳でも、驚く訳でもなく、片方しかない目をこちらに向けて"笑っていた"

 

 

 

そして、男は剣士たる所以を捨てた。

 

 

 

 

 

巨大な植物の成す水溜まりに大剣は深く突き刺さる。その柄は誰にも握られていない。だが、ほのかな暖かみは残っているだろう。何せ、つい先程まで人とは思えぬ怪力で握られていたのだから。

 

その持ち主は、まるで剣をハンマー投げのようにぶん投げるや否や、柄の代わりと言わんばかりにボウガンのハンドルを握った。

 

弾切れの筈のそれを向けられたタマウガチは、半ば反射的に硬い体毛で顔面を防御する。機動力を生かした回避でないのは、跳躍して空中にいるからであろう。

 

しかし、無慈悲にも違和感ある音を奏でたその矢は赤い顔へと突き刺さってしまう。

 

地面に無様に落ちたタマウガチの前に、鏡のような水面が現れる。

 

防御を貫き、己の顔を穿ったそれは……

 

 

 

 

 

"折れた自分自身の毒針だった"

 

 

 

 

 

既に感覚器官は完全に機能を停止した。もう力場を読む事は出来ず、波打つ鏡に映る己の無残な姿を見るだけだ。

 

偽りの無い反射像に"闇"が迫る。

 

大きく、分厚く、重いそれを天に掲げた恐ろしい"闇"が。

 

 

 

その瞬間、生まれて初めてタマウガチは感覚器官に頼らぬ予知を発揮した。

 

皮肉にも、それは酷く冷たい予知だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このクソでかい穴はコイツみたいなのがウジャウジャいんのか? ったく、嫌になるぜ」

 

文字通り"半分"に分かたれたソレを前に、ガッツは真っ赤に染まった水溜まりではなく、白い雲が先を遮る上を見た。

 

これより挑むであろう大穴へ、若干の不満を添えて。

 

「おっと、落し物ですぞ?」

 

「落し物というか……落とされ物なんだがな」

 

パックがえっほえっほと持ってきた弾薬庫代わりのポーチを受け取って、早急に準備を整える。こんな面倒極まりない原生生物と二連戦など、これっぽっちも望んではいない。

 

「んじゃ、しゅっぱつしんこー!」

 

「へいへい」

 

頭に乗っかった妖精へ適当な返事をしながら、彼の足は歩みを再開する。

 

 

 

そして、鉤縄がそろそろ第三層の端に届くであろう位置まで辿り着くと、鉤縄を引っ掛けるのに最適な場所を探すべく二人の視点は空へと向いた。

 

「ねえ、なんか……空飛んでるやついない?」

 

「おい、冗談だろ……!?」

 

限られた空を飛ぶ、ムササビのような皮膜を持つ謎の生物や、血のように赤い大蛇のような何か。ほぼ垂壁という険しい道のりを辿りながら、この飛行生物達とやり合っていかねばならないのだ。

 

困難極まりないと予想されるその道を前に、彼の表情は険しさに歪む。

 

 

 

 

 

しかし、光を受けて狭まる瞳に絶望は映っていなかった。

 

 

 




妖精の粉
あのパックとかいうよく分かんねえヤツがくれた粉だ。ガッツの話によると、優秀な傷薬代わりに使えるらしいぜ。
実際にリコが使ってみた所、軽い傷なら一瞬で塞がったらしくてな、すっげえ喜んでたぜ!
流石に毒は治せねえが、それでも外傷が治るってだけでアビスではとんでもなく役立つ代物だ!

ただ……こんなすげえ薬を贅沢に使えるのに、なんでアイツの体はあんなに傷だらけなんだ?
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