イッセーside
……なんだ、今の? 訝しく思い、周囲を見渡すと俺、アーシア、ゼノヴィア、イリナ、九重、離れた位置にいる木場しか周辺に人がいない状況になっていた。
松田に元浜、桐生もいないしさっきまでそこらにいた観光客もまるっきり存在しない。
これは……閉じ込められたな。
解析鑑定すると、見覚えのある魔力が周囲に漂っている。恐らく、以前アーシアを捕らえていた
「……この霧は……私が捕まった時の……!」
足元に漂う霧を見て、アーシアも俺と同じ結論に至ったみたいだな。
「……英雄派のお出ましか。気をつけろよ皆」
俺達が身構えていると、覚えのある気配が近づく。アザゼル先生だ。
先生は黒い翼を羽ばたかせ、そのまま俺たちのいる場所まで降り立ってきた。
「おまえら、無事か?」
「まぁ、今のところは」
「そうか」
先生は俺達の安否を確認すると周囲を見渡し、目を細める。
「アザゼル先生。これは……」
「ああ。間違いなく、上位神滅具の一つである“絶霧”の力だろう」
周囲を見渡し、警戒した様子で言う先生。その表情からは余裕が消えているみたいだ。
「俺達以外の存在はこの周囲からキレイさっぱり消えちまってる。恐らく、別空間に俺達は強制的に転移させられ、閉じ込められたってことだろう。渡月橋をトレースした全く異なる異空間だなこりゃ」
ふむ……確かに少し違和感を感じないでもなかったけど、それでも転移させられる前兆なんてほとんど感じられなかった。これは厄介だ。空間の歪みをここまでなくすことができるとはな……。流石は神滅具といったところか。
なにせ、
「……ここを形作ってるのは悪魔の作るゲームフィールドの空間に似通ってるっぽいな」
「イッセーの言う通り、ゲームフィールドの作り方を応用したんだろう。そんでもって、神器で生み出した霧の力で俺達をこのフィールドに転移させたというわけだ。────霧で包み込んだものを他の場所に転移する。これも絶霧の能力だ。ほとんどアクションなしで俺達を全員転移させるとはな……。これだから神滅具は怖いもんだぜ」
やっぱりそうか。この空間はゲームフィールドの応用なんだな。再現具合が半端じゃねえな。
横の九重が震える声で口を開く。
「……亡くなった母上の護衛が死ぬ間際に口にしておった。気づいたときには霧に包まれていた、と」
やっぱりそうか。向こうから態々出向いてくれるとは都合がいい。探す手間が省けたな。
渡月橋の向こう側から複数の気配が感じられる。薄い霧の中からいくつもの人影が此方に近づこうとしていた。
「はじめまして、アザゼル総督、そして赤龍帝」
挨拶をくれたのは先頭に立つ黒髪の青年。学生服の上から漢服らしきものを羽織っていて、手には槍を持っている。
……やべえなあの槍。存在値換算で百五十万を超えている。
強烈な聖なるオーラだ。あれも恐らく神滅具……それも、ドライグより上位に位置するものだろう。
青年の周囲には似たような学生服を着た複数の人。若い男女ばかりだ。青年も含め、俺達と歳はそう変わらないだろう。
先生が一歩前に出て訊く。
「おまえが噂の英雄派を仕切ってる男か」
先生の問いに青年は槍の柄を肩でトントンとしながら答える。
「曹操と名乗っている。一応、三国志で有名な曹操の子孫さ」
曹操……曹操の子孫!? 凄いビッグネームだな! なるほど、あの曹操の子孫と言うだけのことはある。本人もかなり卓越した使い手だろう。
「全員、あの男の槍には注意しろ。あれは最強の神滅具“
『────っ!?』
先生の言葉に全員が酷く狼狽する。男の正体よりも、あの槍に目がいっている様子だ。
「あれが天界のセラフの方々ですら恐れている聖槍……っ!」
「私も幼い頃から教え込まれたよ。イエスを貫いた槍。神をも貫く絶対の槍っ!」
イリナとゼノヴィアは目を見開きながらも、より警戒を強めていた。
神滅具の名前の由来となった最強の神器。なるほど確かにヤバそうだ。何せ、込められている聖なる力が半端じゃない。恐らく、あの力を全て解放すれば存在値は更に跳ね上がる。下手したら、一千万にも達するかもしれない。
あのキリストさんをも貫いた絶対の槍。とんでもない神器があったもんだな。
「あれが聖槍……」
────っ!? アーシアがうつろな双眸で槍を見つめていた。
まるであの槍に魅了されて、意識が吸い込まれていくような────。
バッ!
俺は素早くアーシアの両目を手で隠した! コレ絶対やばいやつだ!
「いい判断だイッセー。信仰のある者はあの槍をあまり見るな。心を持っていかれるぞ。あれは聖十字架、聖杯、聖骸布、聖釘と並ぶ
心を持っていかれる……か。考えてみれば、アーシア達が信仰する聖書の神が作った最高傑作。それだけ凄まじい力を備えてるわけだし、信仰心を更に強化する術なんかもかけられてるのかもな。
そこで一つの影が一歩前へ踏み込む。九重だ。九重は憤怒の形相で曹操を睨みつけ、叫ぶ!
「貴様! 一つ聞くぞ!」
「コレはコレは小さな姫君。なんでしょうか? 私ごときでよろしければ、なんなりとお答えしましょう」
曹操は平然とした声音でいう。白々しいやつだ。
「母上をさらったのは貴様たちか!」
「左様で」
あっさり認めやがった。ここまでくれば、隠す必要もないということか?
「母上をどうするつもりじゃ!」
「御母上には我々の実験にお付き合いしていただくのですよ」
「実験じゃと?」
「ええ。スポンサーの要望に応えるためにね」
それを聞いて、九重が歯をむき出しにして激怒していた。目にはうっすらと涙を浮かべている。
そりゃそうだ。母親をさらわれたあげく、訳のわからん実験なんかされてるんだ。悔しいに決まってる。
「スポンサー……オーフィスのことか? それで突然姿を見せたのはどういうつもりだ?」
先生が問い詰める。
「隠れる必要がなくなったもので、実験の前に軽い挨拶と、少し手合わせをお願いしようかと思いましてね。俺もアザゼル総督……そして、噂の赤龍帝殿にお会いしたかったのですよ」
「俺に?」
堕天使のトップである先生はともかく、俺に態々会いに来たってのか?
「ああ、そうさ。君はそこの人外共と違って、人間だ。だからこそ、分かりあえるとも思うんだよ」
「……何がいいたい?」
「君も此方側に来ないかという話さ」
曹操の言葉に皆が一斉に俺を見る。特に九重は不安そうな瞳でこっちを見ている。
「……一つ聞きたい。お前達、何が目的でこんなふざけたことしてるんだ?」
俺はずっと、“英雄派”の親玉ってのはルドラやグランベルみたいに長い時を生きた英雄が変質したものなんじゃないかと考えていた。
だが、こいつが頭領とすると若すぎる。だから、俺はコイツラの目的を問うてみることにした。それを聞いた曹操は自慢げに槍を掲げ、言う。
「弱っちい人間の挑戦さ。人間のまま、どこまで行けるか試したいんだよ。いつだって、超常の存在を倒すのは人間────英雄と称される者たちだ。だからこそ、英雄の子孫である俺もそうありたいと考えたわけだ」
その言葉を聞いて俺は頭が真っ白になる。
何言ってんだコイツ? そんなくだらないことのために子どもを泣かせたっていうのか?
「さあ、返事を聞こう赤龍帝。俺達とともに来るか否か」
「……赤龍帝」
九重が不安そうに俺の裾を掴む。その手は微かに震えてるみたいだ。
俺は九重を安心させようと笑顔で九重の頭を撫でた。
「お断りだ。てめえらみたいに英雄を勘違いしてる馬鹿共の仲間なんてこっちから願い下げだぜ」
「……俺達が英雄を勘違いしてる?」
不思議そうに首を傾げる曹操。そんなこともわかんないのかコイツラ。何だか腹が立ってきた。
こんな奴らを一瞬でもルドラやグランベルと同一視した自分が恥ずかしくなってくる!
「よく言ったイッセー」
先生は光の槍を手元に出現させ、肩をトントンと叩く。
「俺からしてもアイツラ腹が立つ部類だ。だが、わかりやすいじゃなえか。こっちも妖怪との協力提携を成功させたいんでね、九尾の御大将を返してもらおうか」
先生の構えを見て俺達も戦闘体勢に入る。
俺は籠手を出現させてアスカロンを取り出す。
「ゼノヴィア!」
「すまない!」
ゼノヴィアもアスカロンをキャッチして構えを取る。
ロスヴァイセさん────は、お店で寝てるみたいだな。魔力感知で感じた様子に少し脱力しながらも、俺は赤龍帝の籠手を構える。
それにしても、あいつら余裕の表情だな。
英雄派って神器を持った人間の集まりだ。神器は特殊な能力を持った物が多い。
この余裕の表情からして、“聖槍”に“絶霧”だけじゃない。他にも“神滅具”の使い手は居ると仮定すべきだろうな。
俺の考えを肯定するかのように、曹操の横に小さな男の子と眼鏡をかけた青年が立った。
「レオナルド、悪魔用のアンチモンスターを頼む
それだけ頼むと、男の子は表情もなくコクリと頷いた。
────瞬間、男の子の足元に不気味な影が現れ、広がっていく。
影はどんどん広がっていき、やがて渡月橋全域を包み込むほどになった。すると、影が盛り上がり、形を成していく。腕、足、頭が形成されていき、目玉が生まれ、口が大きく裂けた。百体はいるな。
『ギュ!』
『ゴギャ!』
『ギャッ!』
耳障りな声を発しながら現れたのは二本足で立つ黒いモンスター。出てきたというよりは、創られたって表現が妥当かもな。一体一体がB+ランクはありそうだ。それが辺り一帯で蠢いている。
「────“
メーカー……創る……やっぱりそういうことか。
「魔物を創り出す神器……ってところか」
「御名答。その子の持つ神器は“神滅具”の一つ……俺が持つ“黄昏の聖槍”とは別の意味で危険視された最悪の神器さ」
そりゃ危険視されるだろうな。
多分、魔物を作りたい放題とかそんな性能の神器だろう。個人で軍隊を所有できるに等しいし、所有者の練度によっては魔王級の魔物だって作れる可能性がある。しかも、消耗こそあれど、それ以上の代償を払っていない様子だし、精神力が尽きない限り無尽蔵だろう。
“絶霧”といい、“聖槍”といい、“神滅具”というのは究極能力に近しい力を持ってると見て間違いないだろう。まあ、ドライグだって似たようなものだしな。
「……神をも貫く絶対の槍“黄昏の聖槍”に、世界規模で危険な“絶霧”、神器のバグとも称される“魔獣創造”。上位神滅具四つのうち三つも保有とはな……。それらの所有者は本来、生まれた瞬間どこかしらの勢力の監視下に入るものだが……。二十年間、俺たちに気づかれずにいたってか? それとも、だれかが故意に隠したのか? ったく、過去に比べると、神滅具の所有者はほぼ全員が発見に難航してる面が目立つな」
アザゼル先生は呆れたように言う。確かに、こんな強力な神器の使い手は生まれた時から監視下に入っても不思議じゃない。それが今の今まで不明になっていたってことは、誰かが隠したってことだよな。
神祖か……案外別神話の神様って線もあるかもな。ヴァーリとか、元々堕天使側の人間にもかかわらず、裏切って“禍の団”入ったわけだし、三大勢力以外の神話なら隠すこともできるからな。
「……先生、その凶悪神器の弱点は?」
「本体狙いだ。まぁ、本人自体が強い場合もあるが、神器の凶悪さほどではないだろう。それに魔獣創造に関しては所有者がまだ成長段階なのは間違いない。やれるならとっくに各勢力の拠点に怪獣クラスを送り込んでいるはずだからな」
なるほど。本体が倒されれば魔物達も消えるのかな? まあ、消えるにしろ消えないにしろ、本体をやればコレ以上増えるってことはなくなるだろうしな。
子どもを倒すってのは気が引けるけど……死なない程度にやるしかないか。
「あららら。なんとなく魔獣創造を把握されたかな? その通りですよ、アザゼル総督。この子はまだそこまでの生産力と創造力はない。ただし、この子の能力は一つの面には大変優れていましてね。相手の弱点をつく魔物────つまりはアンチモンスターを造り出すことが出来るのですよ。そして、今出したのは対悪魔用のアンチモンスターだ」
曹操が手をフィールドにある一軒のお店に向けた。
それと同時にモンスターの一匹が口を大きく開け、一条の光が発せられる。
刹那────
ドオオオォォォォォンッ!!
店がぶっ飛び、強烈な爆発を巻き起こす!
これは光……神聖魔法に近しい攻撃か! 神聖魔法をはじめとした聖なる力は悪魔にとっては猛毒となる!
木場達にとっては相性の悪い相手だな。
それを見た先生は忌々しそうに顔を歪ませ、叫ぶ。
「曹操! 各陣営の主要機関に刺客を送り込んでいたのは俺達のアンチモンスターを造り出すデータを揃えるためか!」
「半分正解かな。送り込んだ神器所有者の他に黒い兵隊もいただろう? あれもこの子が造った魔物さ。あれに各陣営……悪魔に天使に堕天使、ドラゴンなど、様々な種族の攻撃をあえて受け続けることで有益な情報を得ていた。おかげで禁手使いを増やしつつ、悪魔に天使、堕天使、ドラゴンなどのメジャーな存在のアンチモンスターは造れるようになった。例をあげるとこの悪魔のアンチモンスターは中級天使並の光力は放てるよ」
神器所有者の禁手使いを増やすと同時にあの黒い怪人で俺達のデータを収集してたってことか。用意周到だな。
憎々しげに曹操を睨む先生だが、一転して笑みを浮かべた。
「だが、神殺しの魔物だけはまだ造り出せない。そうだろう?」
「…………」
その一言に曹操は反論しなかった。
「どうしてわかるんですか?」
「簡単な話だ。やれるならとっくにやっている。こうして俺達に差し向けてきたみたいにな。それが出来るのならば各陣営に差し向けて試すはずだ。各神話の神が殺されたら、それだけで世界に影響が出てもおかしくはない。まだ神殺しの魔物は生み出せていない。コレがわかっただけでも収穫はでかい」
なるほど、言われてみれば確かにそうだ。
恐らく、神に対して特攻の力を作れるだけのデータが足りなかったのだろう。聖書の神には天使、オーディンさんにはヴァルキリーと言ったふうに、神の配下となる兵は各々の陣営にもいるだろうし、何より“超級覚醒者”クラスの力を持つ神と相対したら、この程度のモンスターは消し炭すら残らず消滅するだろう。データ取りは難航してるに違いないな。
「神はこの槍で屠るさ。────さ、はじめようか」
それが開戦の火蓋を切った。
『ゴガァァァァァァッ!!!』
奇声をあげながらアンチモンスターの大軍がこちらに向かってくる!
「木場、悪いが聖剣────いや、魔剣を一振り創ってくれ」
「……了解。魔剣っていうのは少し気になるけど、君は二刀流の方が映えるからね」
木場が素早く手元に魔剣を一振り造り出すと、駆け出したゼノヴィア目掛けてそれを放り投げる。
空中で魔剣を受け取ったゼノヴィアはアスカロンとの二刀流で魔獣共を蹴散らしていく!
「はあ!」
ガギィィィィィンッ!!
アンチモンスターの鋭い爪による攻撃がゼノヴィアに迫るが、それをアーシアが結界で難なく阻止する。
「流石だな、アーシア!」
ザンッ! ザシュ!
ゼノヴィアの豪快な斬撃を受けて、アンチモンスターは次々消滅する。
「コレくらいの光なら、当たらなければ問題じゃない」
木場は超スピードの剣撃で次々とアンチモンスターを屠っていく。
「とうとうこの刀の初陣ね! いくわよ!」
イリナは“聖刀”を取り出すと、次々にアンチモンスターを輪切りにしていく。どうやら、皆の方は問題なさそうだな。
それを見た俺と先生は視線を交差させる。
「イッセー、お前はサポートに回れ。俺は曹操をやる────禁手ッ!」
先生が懐から素早く人工神器を取りだし、黄金の鎧を身に纏う!
十二枚の黒い翼を展開して、高速で曹操に向かっていった!
「これは光栄の極み! 聖書に記されし、かの堕天使総督が俺と戦ってくれるとは!」
曹操は桂川の岸に降り立つと不敵な笑みで槍を構える! 槍の先端が開き、光輝く金色のオーラの刃を形成した!
それと同時にこの空間全体の空気が震える!
凄いプレッシャーだ。流石は聖書の神の最高傑作と言ったところか。
ドウゥゥゥゥゥゥンッ!!
先生の光の槍と曹操の聖槍がぶつかり、強烈な波動が生み出される!
その衝撃で桂川が大きく波打ち、川の水が津波のように陸地に乗り上げた!
「あいつはアザゼル先生に任せれば大丈夫か。……問題は」
アザゼル先生も感じとったのだろう。
……いる。周囲を取り囲む英雄派共の中に、一人だけ異次元の存在がいる。
木場達もおぼろげながら感づいてる様子だし、どうやらカグチと違って気配隠蔽に特化してるわけじゃなさそうだ。
「お前だな!」
俺は気配の主を発見し、速攻で鎧を纏って拳を振るう!
ドゴォォォォォォォンッ!
だが、その拳は一陣の風に阻まれ、敵に届かない! やはりいやがったな!
「……お前、神祖の高弟だな」
「……やれやれ、エネルギーは他の皆と同程度にまで抑えてたっていうのに……よくわかったね」
「俺の権能は解析に特化してるからな。一目見りゃ、どんだけ強いのかはすぐわかんだよ!」
俺の“
バァァァァァァァァンッ!
倍加し、更に威力を増した拳と風の防御はしばらく拮抗するが、やがて均衡は崩れ、大きな爆風を生み出す!
風を操る神祖の弟子……ルミナスさんが提供してくれた資料にあったな。コイツは……。
「そうだな、知ってるかもしれんが初めまして。俺の名は“田中大介”。英雄派幹部にして、神祖様の高弟第11位の人間さ。よろしくね」
異様な空気を感じる。男……田中大介は人を食ったような笑みを浮かべ、静かに槍を構えるのだった。