蘇らない不死鳥です 前編
イッセーside
「ふぁ……」
京都の一件から数日後。俺達は相変わらずの日々を過ごしていた。
「むにゃ……あ、イッセー。おはようっす」
「おう、おはよう。ミッテルト」
俺とミッテルトは起き上がるとすぐに階段を降りて洗面台へと向かう。そして二人で気怠げな目をしながら一緒に朝の歯磨きをしている。
これはリアス達がやってくる前から変わらないルーティンだ。最近は朝から騒がしいことも多いため、ずいぶん久々な気がするな。
「あら、おはよう二人とも」
「あ、リアスも起きてきたのか」
「おはようっす。部長」
「あらあら、イッセー君。いつからリアスの事を呼び捨てにするようになったのかしら?」
「そ、そうです! 詳しく聞きたいです!」
そうこうしていると、リアスだけでなく朱乃さんにアーシアまでやってきた。
修学旅行では色々あったけど、こうしていると日常に帰ってきたんだなと常々思うよな。
「あれ? そういえば、小猫ちゃんは?」
「ああ。小猫なら今日は黒歌と一緒に出掛けると言っていたわ。なんでも、プロレスかなんか見に行くらしいわ」
ほう? それは俺も興味があるぞ。小猫ちゃんは格闘技が結構好きで、俺ともよく格闘談話をしたりする。
勿論プロレスも守備範囲内だし、たまに試合とかも見に行くからな。ああいうのはマジ戦闘とは別に面白いし、たまに戦いの参考になったりもするのだ。
何でも、今回は小猫ちゃんの格闘好きを知った黒歌がチケットを取ったらしいけど、ああいうのは結構なお値段するし、二人分しかチケットを取れなかったらしい。
まあ、たまには姉妹水入らずもいいもんだ。後で感想聞けばそれでいいか。
ピンポーン
ん? 誰かが俺の家のインターホンを鳴らす。
こんな朝早くから誰だ? 取り敢えず俺は返事をしながら玄関のドアを開ける。
「ご、ごきげんよう。イッセー様」
「あれ? レイヴェルじゃん。どうしたの?」
やってきたのは来月から駒王学園への転校が決定しているレイヴェルだ。
相変わらず特徴的なドリル縦ロールだな。正直、少し驚いた。
「ごきげんよう、レイヴェル。突然この家に来るなんてどうかしたの?」
「確か、転校は来月だったと思うんすけど……下見っすか?」
「突然の来訪、申し訳ございませんわ。下見も魅力的ですが、今回は別件ですわ」
レイヴェルは部長とミッテルトに挨拶をすると、暫し恥ずかしそうにモジモジしたあと、意を決したかのように口を開いた。
「実は……兄についてご相談がありまして……」
ライザーについて? 俺と部長はその言葉を聞いて顔を見合わせる。
どうやら複雑な事情がありそうだな。取り敢えず、俺達はレイヴェルに家に入るように促した。
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広々としたリビングでちょこんと座るレイヴェル。そんなレイヴェルにお茶を出す朱乃さん。そんな光景を眺めながら、俺もまたお茶を啜っていた。
「で、ライザーについてだったわね。ライザーに何かあったの?」
「はい。兄があの一件以来、ふさぎ込んでしまったのはお耳に届いてるとは思うのですが……」
今となってはもう懐かしい。一学期の時、俺達は部長の婚約騒動に身を投じた。
ライザーは親同士が決めた婚約者ではあったが、部長が求めていたのは自由な恋愛であり、その関係を破談させるためにライザーとはレーティングゲームで決着をつけることになった。
その事件で俺は晴れて部長の正式な眷属候補と認められ、部長もまた自由な恋愛をすることが認められた。
もっとも、その話は冥界の上流階級の間では悪い意味で話題になってるようだけどね。なにせ、悪魔は長命種な分伝統を重んじる。その伝統を蔑ろにしたのなら、上からの評価は厳しいものとなるだろう。
まあ、その辺りは部長も覚悟の上だろうし、フェニックス家の人もその事は認めてるから、こうしてレイヴェルと普通に話せてるみたいに割と良好な関係は続けられてる。
とはいえ、今回は話題が話題なだけに微妙な空気が流れているな。まあ、なにしろ俺がぶっ飛ばしたライザーについての話だしな。
ライザーは今までフェニックスと特性である“超速再生”の力に驕っていたらしいが、俺との戦いでその自信はボロボロになり、また部長を失ったことで酷く塞ぎ込んでしまったと言う。
半年近い月日が流れていたが、まだ塞ぎ込んでいたのか。まあ、人生初敗北のうえに婚約者まで失ったのなら無理もないかな。俺自身、ミッテルトを失うなんて考えただけで恐ろしいしな。
「ライザー……話には聞いているが……」
「どういう人なの?」
「えーと、フェニックス家の方で……」
「上級悪魔の世界は複雑ですね。けれど、貴族社会には憧れます。……玉の輿に乗れないかしら」
面識のないゼノヴィアやイリナ、ロスヴァイセさんはそれぞれライザーに思いを巡らせてる様子。
それにしても……。
「……? どうかなさいましたか?」
「いや……」
レイヴェルも変わったよな。初対面の時はだいぶ高飛車な印象だったけど、当初のツンツンした感じは鳴りを潜めてるし、今日に至ってはすごくおとなしい。
そんな事を考えながら、暫し沈黙の時が続く。その沈黙を破ったのは部長だった。
「ライザーはあれから治ってないのね」
部長の一言にレイヴェルは頷く。レイヴェルは紅茶に入ったカップに口をつけると言う。
「……本来なら、ここへ来るのは筋違いかもしれません。けれど、兄の治療に何がいいか色々な意見を各所に尋ねたところ、リアス様に相談したほうがいいと。他の方法を試しても効果はありませんでしたし……」
「私に? どういうこと?」
部長の疑問にレイヴェルははっきりと口にする。
「兄の心身……精神的なところを直すのなら、リアス様の眷属が持つ……いわゆる、『根性』を習ったほうが言いのでは? という意見を頂いたものですから」
答えに『根性』ときて、部長は一瞬間の抜けた表情になるが、すぐに数人の笑いの声がリビングに漏れた。
根性……か。でも、確かに大事な要素だ。戦いで戦力も技術も互角なら、勝敗を分けるのは根性の差だ。根性がないと、数日間ずっと戦い続けるなんて不可能だし、そもそも精神生命体の勝負は負けを認めたらそれで敗北が確定する。ならば、負けを認めなければいい。
ディアブロさんやテスタロッサさんも言っていたが、敗北を認めなければそれは負けじゃないのだ。最後に勝つのは勝利を諦めない根性のある奴ってのが俺の持論。まあ、まちがってはいないと思うな。
まあ、それはともかくとして重苦しい空気は緩和した。そして、レイヴェルは溜まってたものを一気に吐き出した!
「というかですね、兄は情けないです! あれからレーティングゲームにも一切参加しないし、ゴシップ記事にも書かれたい放題! 一度の負けくらいで半年も塞ぎこむんですよ!? ドラゴンが怖いそうなんですよ! 最近では小さなトカゲにすらドラゴンの影を見て怯える始末! 恨むなら分かります! でも、恨むどころかイッセー様だけではなく、関係すらない他のドラゴンにも怯えてるとか情けなさ過ぎると思いませんか!? 男なら負けを糧にして前に進めば良いものを! もう情けなさ過ぎます!」
お、おぅ……。止まらないマシンガントークだ。見ると部長達も唖然としてる。
どうやら、レイヴェルは引きこもりとなったライザーに滅茶苦茶不満を溜め込んでたみたいだな。
この娘がここまで言うとなると、相当だぞ。どれだけ酷い状況なんだよ……。
はぁはぁと息を荒げながらもレイヴェルは我に返り、コホンと咳払いをする。
「……でも、あれでも一応は私の兄なものですから」
と、レイヴェルは最後に締めくくる。
何だかんだ言っても心根では兄が心配なわけだ。
まぁ、そうじゃなかったら、わざわざここまで来たりしないか。
しかし、元婚約者の部長も複雑な心境だろう。原因がこっちにあるうえに、レイヴェルも押し付ける気できたわけではなく、純粋に兄を心配して尋ねてるわけだから断るのも寝覚めが悪い。
ま、仕方がないか。俺は心中で決めたことを口にしようと立ち上がって、レイヴェルに言う。
「任せろ、レイヴェル。俺が何とかしてやるよ」
レイヴェルをはじめ、全員の視線が俺に集まった。少し気恥ずかしさを感じながら頬をかいて続ける。
「まあ、原因はこっちにあるわけだし、責任は取らないといけないからな。『根性』を教えればいいんだろ? 任せろ。俺はそういうのに慣れてるつもりだからな」
「ま、イッセーのど根性は魔国でもトップっすからね。いい意味でも悪い意味でも……」
おい。悪い意味の根性ってどういうことだ? あれか? 懲りずに何度も覗きをしようとしたとかか?
レイヴェルの方に顔を向けると、パァッと明るい表情になっている。だが、すぐに咳払いをして気を取り直してる。
「し、し、仕方がありませんわね。それでは、イッセー様に頼んで差し上げてよ? せいぜい上級悪魔のために励んでくださいまし……位、一応お礼は言っておきますわ」
はいはい。頑張りますよ。部長は息を吐いて、頷いた。
「わかったわ。じゃあ、イッセーを中心にして、ライザー立ち直り作戦ね」
こうして、俺たちは焼き鳥野郎の更生をすることになったのだった。
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「そういえば、レイヴェルは駒王町に来たらどこに住むか決まってるの?」
俺達は世間話をしながらフェニックス家に向かう魔法陣を介して移動をしていた。フェニックス家はグレモリー領からはかなり距離があるらしく、何度かジャンプしないと着かないとのこと。
「い、いえ。ただ、イッセー様のお宅にホームステイしようとは考えていますわ」
「やっぱりそうなるのか……」
そうなると、地下のことも教えないとだな。レイヴェルは何度も会った中で信頼できるって思ってるし、俺としてはやぶさかではない。リムルと師匠の二重隠蔽があるうえ、冥界への転移門も重なってる我が家だ。神祖のスキルがいかに強大だろうが、簡単にバレるものでもない。リムルからも太鼓判はもらってるし、使う分には問題ないのだ。
問題は焼き鳥の方だな。まあ、取り敢えず拉致ればそれでいいし、場所さえ言わなければ分からないかな?
そうこうしているうちに、俺達は最後の魔法陣をくぐり、フェニックス家にやって来た。
「でかいっすね。流石はフェニックス。グレモリー家にも負けてないっすね」
「フェニックスの涙という特産品があるらしいからな。それにしても、貴族で王様の生家と同じくらいでかいってのは確かにすげえな」
あんなにすごい回復アイテムを販売してるんだし、相当潤ってるみたいだな。
城門が重い音を立てながら開いていく。城内の庭園を抜けると、家の者が住んでいるであろう居住区に出る。豪華な作りの扉の前には数人のライザー眷属の悪魔達が待っていた。
「おかえりなさいませ、レイヴェル様。皆様もようこそフェニックス家に」
「ええ、ごきげんよう。早速で悪いのだけど、ライザーのところに案内してもらっていいかしら? 確か、この区画に住んでいたわよね」
部長の問いかけにライザーの女王のお姉さんは頷く。場内を把握してる辺り、部長はここに来たことあるみたいだな。まあ、許嫁だったわけだし当然か。
「私が案内しますわ」
レイヴェル先導のもと、俺たちは中へと進む。高そうな絵画やら像やらがあちこちにあるな。なんか美術館みたいだ。
「これはリアス様。お久しゅうございます。それと、久しいな、赤龍帝」
第三者の声。視線を向けると、そこにはライザー眷属のイザベラさんの姿があった。
この人、レイヴェルと仲がいいらしく、レイヴェルと合う時は結構な確率でいるんだよね。ライザー眷属の中でも、俺に好意的な人でもある。本来、恨まれても仕方がないんだけどな。
「主はこちらです。ついてきてください」
イザベラさんも一緒となり、俺たちは階段を登る。それと同時にライザーの現状についても話してくれた。
「あれからというものの、ライザー様は完全に引きこもってしまってな……基本的には部屋にこもり、一日中レーティングゲームの仮想ゲームしてるか、チェスの強い領民を呼び寄せて一局だ」
「随分と情けないっすね。グラシャラボラスのヤンキーもそうっすけど、上級悪魔根性なさすぎじゃないっすか?」
「そうなんですよ! 本当にもう我が兄ながら情けない!」
ミッテルトの辛辣な言葉にレイヴェルが同意。それを聞いてるイザベラさんも苦笑いながら否定してない。よほど酷い状態なんだな。
やがて、レイヴェルとイザベラさんの足が止まる。大きな扉だ。火の鳥のレリーフが刻まれており、厳かな印象を受ける。
コンコン
扉をノックするレイヴェル。
「お兄様、お客様ですわ」
一瞬の静寂。暫くすると、部屋の中からは弱々しい声が返ってきた。
『レイヴェルか……。すまんが今日は誰とも会いたくない。嫌な夢を見たんだ……。とてもそういう気分じゃない』
うわあ……本当に弱々しい! 以前の傲慢な感じどころか、自信がカケラも感じられない! どんだけ落ち込んでんだコイツ!?
レイヴェルは溜息吐きながらも、気を取り直して言う。
「────リアス様ですわ」
一拍開けて、ガシャーン! と、何かを落とす音が響く。
『────っ!? り、リアスだと!?』
酷く狼狽してる。予想外のお客だったのだろう。まあ、元婚約者が家に来るとか想定してなかったんだろうな。
「ライザー。私よ」
『……今更何をしに来た? 俺を笑いにでも来たのか? それとも赤龍帝との仲睦まじい話でも聞かせに来たのか?』
声のトーンは低い。というか、怨念の入ってそうな声音だ。
「……少し、お話しましょう。顔を見せてちょうだい」
部長はまるで幼子にでも話しかけるかのような声音でライザーに告げる。それを聞いたライザーはようやく顔を出してきた。
「振った男に君は何を話すと……」
怒り口調で部長に話そうとしたライザーの口が止まる。顔色は徐々に真っ青になり、ガタガタと震えだした。
「せ、せ、せ、せ、赤龍帝ぇぇぇっ!?」
「ども、久しぶりですね」
絶叫に近い声に少し戸惑いながらも俺は努めて冷静に挨拶をする。すると、ライザーは……。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
悲鳴を上げて部屋の中に逃げていった。そ、そこまでか? そこまでトラウマになってるのか、俺の事。
「か、帰ってくれぇぇぇぇっ! あの時のことは思い出したくもないんだよぉぉぉ!」
……こ、これほどとは。あんな高圧的だったライザーがマジで見る影もない。
「ライザーさまー」
「大丈夫ですよー怖くないですよー」
それを見たチェンソー姉妹は即座にライザーを宥めている。だが、ライザーはベッドの中でプルプル震えてるだけだ。
「ライザーは生まれた時から勝負で負けたことがなかったから……」
「はい。イッセー様に真正面からなす術なくやられてしまって心に大きな傷を負ってしまったようですわ」
「たった一度の負けでなっさけないっすねー。正直言ってただの軟弱者っすね」
ミッテルトはゴミを見るような蔑みの目でライザーを見つめてる。まあ気持ちは分かる。俺も正直ちょっと引いてるし。
「帰れ! 帰ってくれぇぇぇぇっ!」
全く、本当に情けない人だ。取り敢えず、外に出すか。
「取り敢えず、庭まで来てもらうぜ」
「へ? ……って、うわあああぁぁぁぁっ!?」
埒が明かないので俺はライザーをベッドごと持ち上げ、転移門で外に出る。空間魔法は苦手な俺でも、たかだか十数メートルの距離なら人を連れての転移も楽勝だ。
「お、おい赤龍帝! どういうつも……へぶっ!?」
俺は布団にくるまったままのライザーを簀巻きにすると、米俵みたいに抱える。なんか唸りながらジタバタしてるけど、不死身のフェニックスだし問題はないだろう。
「取り敢えず、俺の家に戻りましょう」
「あら? ということは?」
部長の怪訝な声に俺はニヤけながら答える。
「ええ。こいつの根性は迷宮で鍛えます」
初めて聞く単語に困惑気味のレイヴェルと、何やら同情するかのような視線を放つ部長達と共に俺達は転移魔法陣の方へと向かうのだった。
お久しぶりです。
取り敢えず、フェニックス編が書き上がりましたので、三部構成で投稿致します。