イッセーside
俺とリアスは二人で冥界のシトリー領に来ていた。
自然豊かな林道を豪華なリムジンが進んでいく。
「ごめんなさいね。急なお願いをしちゃって……」
「いえいえ。でも、何でわざわざサイラオーグさんの執事が俺に……? それに、この花束は一体……?」
俺はそう言いながら、視線を手に持つ花束に向ける。リアスに手渡されたんだけど、誰かのお見舞いにでも行くのか?
「……今回のこの件はお母様経由なのよ」
車中でリアスは言った。
なんでも、サイラオーグさんのところの執事さんが降り入っての話があるとグレモリー家に伝え、ヴェネラネさんはそれを了承したのだという。
ヴェネラネさんは元々バアル家らしいし、多分その縁なんだろうな。
「しかし、シトリー領には初めて来ましたね。自然豊かないい場所だ」
「ええ。シトリー領は自然保護区が多いことで有名なの。美しい景観の場所も沢山あるから、今度皆で行きましょう」
季節外れの桜が咲いてるかと思えば、紅葉も一緒に咲いてたりしてる。なかなか面白い場所だな。紅葉狩りと花見が同時にできそうだ。
車窓から外を眺めている俺にリアスは続ける。
「そして、冥界でも特に医療が充実してる領土の一つでもあるわ」
「医療ですか……やっぱりこの花束って」
「ええ。私たちは今、とある御方のお見舞いに向かっているのよ」
お見舞い……サイラオーグさんはリアスの従兄弟だし、グレモリーかバアルの誰かしらが入院しているのか?
だが、なんとなく聞き出しづらい。リアスの顔からして深刻なのは間違いなさそうだし、暫し無言の時が続く。やがて、リムジンは開けた場所に出た。
始解の向こう側には大きな建物がある。あれが病院なんだろうな。
リムジンで進むこと十数分。病院の前で送迎用のリムジンが止まる。
「お待ちしておりました」
俺たちを迎え入れたのは執事の格好をした中年男性だ。どことなくギュンターさんを思い出す、何でも卒なくこなせそうな雰囲気を出している。
「案内してもらえるかしら?」
リアスがそう言うと執事さんは「どうぞ、こちらに」と歩き出していく。
案内についていき、病院内を進んでいく。エレベーターに乗ったタイミングでリアスが静かに口を開いた。
「イッセー、私の母がバアル家の出であることは知っているわよね?」
「それはもちろん」
「私の母はサイラオーグのお父様────バアル家現当主の姉。腹違いなのだけれどね。サイラオーグのお父様が本妻の息子、私の母が第二婦人の娘」
腹違いの姉か。まあ、貴族だし珍しいことでもない。元々バアルは大王家。冥界の中でも魔王に次ぐ立ち位置だ。奥さんが複数人いても不思議はないだろう。
「そして、私のおばさま────サイラオーグのお母様は元七十二柱であり、上級悪魔の一族、ウァプラ家の出なのよ」
「ウァプラ……確か、獅子を司る家でしたね」
「その通り。ウァプラ家は獅子を司る偉大な名家よ」
獅子、ライオンか。誇り高いサイラオーグさんらしい血筋だ。
そんな会話をしているとエレベーターが止まる。そこからさらに進むこと数分。俺達はとある一室の前にたどり着いた。
「こちらでございます、リアス様」
執事さんに言われて、リアスは部屋へと入っていく。
俺も後に続いていくと、個室のベッドにキレイな女性が眠りについていた。
「……ごきげんよう、おばさま」
リアスは眠る女性に悲哀に満ちた眼差しを向ける。
おばさま……と、いうことはこの人が。
俺から花束を受け取りながら執事さんが言う。
「この方はミスラ・バアル様。サイラオーグ様の母君でございます」
やっぱり、そうなんだな。
サイラオーグさんのお母さんは呼吸器をつけたまま静かに寝ていた。
ベッドの横には多くの生命維持装置。人間界や基軸世界のものと少し違うから詳細は分からないけど、こんな物を付けてるとると、よほど危険な状態なのだろう。
執事さんは花束を持ったまま、涙を流していた。
「今日、ここへお呼びしたのは他でもありません。赤龍帝殿……ミスラ様を目覚めさせるためにご助力願えないでしょうか?」
執事さんは泣きながら俺に嘆願する。
治す……といっても、病気の類は俺も専門外だぞ? それこそアーシア連れてきたほうがよかったのでは?
「イッセーのもわかるように、少しだけお話するわ」
それは一組の親子の激動の運命。
サイラオーグさんはバアル家現当主のお父さんと獅子を司るウァプラ家のお母さんの間に生まれた。
無事に出産されたとき、次期当主が生まれたと周囲は大変喜んだそうだ。
しかし、生まれてすぐにサイラオーグさんには辛いものが突きつけられる。
サイラオーグさんは魔力が無いに等しく、バアル家の特色である『消滅』の力を持っていなかった。
バアル家当主は代々魔力に恵まれ、『消滅』の力を持つことが当然とされてきた。だが、サイラオーグさんにはそれがない。
そのことを知った周囲の者の反応は一転。
魔力と滅びを持たずして生まれてきたサイラオーグさんと、その子を産んだ母親であるミスラさんは蔑まれるようになる。
────欠陥品を産んだバアル家の面汚し、と
「あまりに酷いものでした。当時のバアル家の者たちは、ウァプラの従者を除き、ほとんどがサイラオーグ様とミスラ様を侮蔑し、差別していたのです」
当時のグレモリー家もその噂を聞き、ヴェネラナさんが二人をグレモリー領に保護しようとしたが、バアル家がそれを許さなかった。
なんでも、サイラオーグさんとは対照的に滅びの力を色濃く受け継いだサーゼクスさんが活躍していたのが、バアル家としては面白くなかったらしい。
そりゃそうか。本家の子が特色を受け継がないで、嫁にいった者の子の方に遺伝したんだ。
バアル家にとってもこれほど皮肉なことはない。
先ほども言ったがバアル家は大王。
現魔王を除けば、家柄的にはトップに位置する家。プライドも相当高いはずだ。
それ故に周囲の目も意識してしまう。
「サイラオーグさんとミスラさんは古い体制に囚われたバアル家にとって厄介者でしかなかったのよ」
その後、ウァプラ家がミスラさんとサイラオーグさんの帰還を求めたが、それも叶わなかった。
「サイラオーグ様だけは渡すわけにはいかない。家の恥を外に出すわけにはいかないとご当主は仰ったのです。そのような提案、母親であるミスラ様は飲めませんでした。ミスラ様がいなくなれば、サイラオーグ様は幽閉され、蔑まれて生きていかねばならないからです」
当然、ミスラさんはサイラオーグさんと残ることを選んだ。
故郷の助力を断り、サイラオーグさんと一部の従者を連れてバアル領の辺境へと移り住むことにした。
「上流階級育ちのミスラ様にとって、助力なしでの田舎暮らしはお辛いものだったでしょう。それでも、ミスラ様はサイラオーグ様を立派に育て上げたのです」
元々ミスラさんは戦いとも程遠い場所で蝶よ花よと育てられた上流階級のお貴族様。それが、いきなりの田舎暮らしで辛くないわけがない。
その上、魔力のないに等しい悪魔はどこへ行ってもいい待遇は受けない。
サイラオーグさんは田舎でも差別の対象となり、同世代の下級、中級悪魔からいじめを受けることになる。
まだ幼い子供。苛められれば泣いて帰ることもある。
「それでも、ミスラ様は泣いて帰ってくるサイラオーグ様に強く言い聞かせました」
────魔力がなくとも、あなたには立派な体があります。足りないとおもうのなら、代わりとなる何かで補いなさい! 腕力でも、知力でも、速力でもいい! それを補ってみなさい! あなたは誰が何と言おうとバアル家の子! たとえ、魔力がなかろうと、滅びの力がなかろうと諦めなければいつか必ず勝てるから。
「以前、サイラオーグから聞いた言葉より母から教わった大事な言葉だと言っていたわ」
部長はそう言う。
諦めなければいつか必ず勝てる、か。
その後も執事さんは続ける。
「裏では、ミスラ様は何度もサイラオーグ様に謝り続けていました。滅びの魔力を持たさず産んでごめんなさい……と。サイラオーグ様もそれを悟ったのでしょう。ある日、突然泣くことをやめ、何事にも真正面から立ち向かうようになりました」
その後もサイラオーグさんは負け続きだったという。
だが、サイラオーグさんは何度倒されても立ち上がり、そのたびに強くなり続けた。
母の言葉を頼りに、懸命に自らの肉体を鍛え上げた。やがて、鍛え抜かれた肉体は闘気を帯び、凄まじいレベルになった。
相当な覚悟がなければ、そんなことは出来ない。
それでもサイラオーグさんは成し遂げた。そうしたサイラオーグさんに惹かれ、徐々に眷属悪魔たちも集まってきたという。
「そして、サイラオーグ様は夢を掲げたのです。────実力があればどのような身の上でも夢を叶えることが出来る冥界を作りたい、と」
悪魔の世界は表向きには実力主義を謳っているが、その実体は上流階級とそれ以外に分かれている。例え、力を持っていても出自が下級であるが故に迫害される者も多いそうだ。
ソーナ会長も同じような目標を掲げているな。だからこそ、彼女はレーティングゲームを学べる学校を作りたいのだ。
サイラオーグさんも同じで、夢に向かってひたすらに自らを研鑽してきた。
しかし、サイラオーグさんが中級悪魔を圧倒できるようになってきた頃に、ミスラさんに異変が起きた。
────“眠りの病”と呼ばれる難病だそうだ。
その病気にかかると、深い眠りに陥り目を覚まさなくなる。そして、徐々に体は衰弱。やがて死に至るそうだ。
サイラオーグさんもあらゆる方法を模索したが、治療方法はついぞ見つけることができなかった。それでも、サイラオーグさんは突き進んだと言う。
「体を鍛え上げたサイラオーグはバアル家に帰還して、彼の父親とその後妻の間に生まれた弟を下したのよ。そうして、彼は次期当主の座を得た」
多分、その弟は滅びの力を持っていたんだろうな。その弟を倒して今の地位を得た、というわけか。まさに波乱万丈な人生だな。
「なるほど……。なんで、バアル領じゃなくてシトリー領の病院なのか。何でバアル家じゃなくてグレモリー家を頼るか。その理由も腑に落ちました。バアル領だとミスラさんを狙う奴らがいるってことですね」
執事さんは俺の言葉に悲痛な表情をしながら頷く。
そりゃ、滅びの魔力至上主義みたいなバアル家から見れば、滅びの魔力を持たないサイラオーグさんが次期当主に返り咲くなんて面白くない。
だが、公式で次期当主となってしまったサイラオーグさんを直接狙うのはリスクが高い。そもそも、実力でその座を奪い返したわけだし、暗殺しようにも並大抵の刺客なら返り討ちに遭うのが関の山だろう。
だが、ミスラさんは違う。不治の病に冒された彼女に身を守る手段なんてあるわけがない。バアル領の身を置くということは、敵陣のど真ん中にいるようなものだ。刺客はいくらでも湧くだろうし、護衛を付けても意味は殆ど無いだろう。
確実にミスラさんは殺される。
「……で、事情はわかりましたが、それでも何で俺なんです?」
それこそ、リムルにでも頼ればいいのではないかと思う。サイラオーグさんはこの間の会合でリムルと面識ができたわけだしな。たが、執事さんは首を横に振る。
「確かに、異世界の治療技術ならばミスラ様を治療できる可能性があるのではとサイラオーグ様にも進言しました。しかし、まだ冥界と異世界は正式に同盟を結んだわけでも、世間に公表されたわけでもありません。サイラオーグ様はそこを気にしておられるのです」
なるほど。確かにそうだ。
まだ、冥界と異世界の交流は探り探りの状況だ。サイラオーグさんにしても、異世界の技術ならばと頭によぎったのかもしれない。
それでも、冥界の不利にならないようにと次期当主として口を塞いだのだろう。
リムルは気にしないとも思うが、こればかりは政治の話も絡んでくる。魔国と冥界の正式な交流が始まるまではやむを得ないだろう。
「……聞いた話によると、赤龍帝殿は異世界由来の解析能力があるとのこと。その力で、ミスラ様のご病気の治療にご助力願えないでしょうか?」
「なるほど……後々の治療に活かすために、先んじてこの病気を解析してほしいってことか」
そういうことなら納得。どのみち、リムルが眠りの病のことを知れば動かないなんて選択肢は絶対に取らない。
魔国との交流が本格的に始まれば、多分遠くない未来で解決法が見つかると思う。
ならば、事前準備として俺が解析してあげれば後々楽になるだろう。
「……ん?」
「……何をしてるんだ、お前たち?」
予想外の解析結果に驚く俺。そこに、サイラオーグさんが部屋に入ってきた。
「そうか、すまないな」
サイラオーグさんは事の顛末を知ると、小さく微笑みながら礼を言った。
病室で話すのもあれなので、俺たちは休憩フロアに移動した。
「ごめんなさい、サイラオーグ。イッセーに貴方のことを話したわ。ゲーム前だと言うのに……」
「かまわんさ。母のためというのはわかっているし、母も喜ぶだろう。それに、七十二柱に連なる家では次期当主を巡る権力争いは珍しくもなんとも無い。それがたまたま大王家で起こったと言うだけのことさ」
サイラオーグさんは大したことのないように言うが、そこには壮絶な苦労があっただろう。貴族のお家騒動は珍しくない。クレーリアさんにしろ、カリギュリオさんにしろ、お家騒動に巻き込まれた人は皆すごい経験をしている。それを一蹴できるのだから、皆すごい人だよな。
「シトリー家とグレモリー家には世話になってる。それについては感謝の念が尽きない」
「いいのよ。それくらいさせてもらうわ」
何気ないいとこ同士の会話。
しかし、サイラオーグさんの表情は一転して厳しいものになる。
「だが、ゲームは別だ。勝つのは俺のチームだ。余計な感情は捨ててくれ。俺が欲しいのは兵藤一誠も含めた本気のグレモリー眷属だ」
堂々と不敵に言ってくれるな。
サイラオーグさんは自身の拳に視線を落とす。
「俺には肉体これしかなかった。だから負ければ全てを失う。積み上げてきたものが崩れるだろう。『消滅』の魔力を受け継げなかった俺にとって、勝ち続けることのみが唯一の道だった。だから、俺は拳で勝つしかない」
そして、俺とリアスに戦意に満ちた瞳が向けられる。
「格好は悪いが、これが俺の戦い方なのだ。俺とお前の差は理解している。だが、それは負ける理由にはならん。必ずや勝利をつかんでみせる!」
その瞳からは闘志が燃えている。この人、力の差は分かってるつもりなのだろう。それでも、俺と戦うと……俺に勝つと宣言してるのだ。
その言葉に俺も真っ直ぐにサイラオーグさんに向けて言葉を返す。
「格好悪いなんて思いません。すげーかっこいいですよ。そんな貴方と拳を交える日を楽しみにしてます。勝つのは俺たちですから」
「フッ、流石は兵藤一誠だ。俺の全てをお前に見せよう……」
俺はサイラオーグさんに拳を差し出す。それに合わせるように、サイラオーグさんも拳を出し、笑みを浮かべた。
「リアス、兵藤一誠。夢のため、野望のため、俺はゲームに臨もう」
「ええ、私も負けないわ」
サイラオーグさんの一言にリアスも大胆に答える。
その後、サイラオーグさんと執事さんに別れの挨拶をして、俺とリアスは帰路についた。
帰りのリムジンの中、俺は車窓から森を眺める。
「…………」
この事は今はサイラオーグさんに伝えないほうがいいな。本来は言うべきなのだろうが、今はあの人の闘志に水を差してしまう。
だが、やるべきことはやるべきだな。
『ミッテルト……』
『ん? なんすか、イッセー?』
『リムルに伝えてほしいことがある……』
俺は“思念伝達”でミッテルトに通信し、このことを伝える。
────”眠りの病“という”呪“についてを……。