イッセーside
「ここが堕天使領ですか」
「ああ。時間があれば後で観光してみるといい」
俺達はアザゼル先生の案内のもと、堕天使領のとある町へと降り立った。
向こうの世界にもあった中世の町といった感じだ。レンガの建物が多く、いろいろな市場でにぎわっている。
そんな光景をミッテルトは凝視していた。その瞳には少しの涙がにじんでいる。
「ミッテルト?」
「……へ?あ、はい。なんかぼーっとしちゃって……本当、すみませんね……」
そう言いながら、ミッテルトは感慨深そうに町を見渡していた。
……まあ、無理もないだろう。
なんたってここは、ミッテルトが育った町なんだから。
「こっちだ。二人とも」
「はい」
アザゼル先生の後についていきながら、俺達は町の様子を見渡す。
……ここがミッテルトの育った町なんだな。
そんなふうに考えていると、ミッテルトは急に走り出した。ミッテルトの走った先には十字路がある。
「……こっちっす」
その十字路を迷わずミッテルトは進んでいく。次第に走るスピードも速くなっている。
自分を抑えきれてないんだろう。ある程度進むと、少し大きな一軒家の前に立ち尽くした。
……ここがそうなのか。チラッと見ると、ミッテルトは期待と不安が入り混じった目で家屋を見つめていた。
「ミッテルト」
「……わかってるっす」
リンゴーン!
ミッテルトは指を振るわせながらインターホンを鳴らす。
すると、どたどたと大きな音が響き、すさまじい勢いで扉が開かれた。
扉から出てきたのは二人の堕天使の男女だった。
一人はミッテルトそっくりの金髪が印象的な美少女。質素な服装だが、それが逆に美しさを際立たせている。堕天使であるため、見た目通りの年齢ではないことが伺える。
もう一人は少し老けた男性だ。吊り上がった青い瞳が何処となくミッテルトに似ているように見える。
二人は瞳をにじませ、震えながらミッテルトを見つめる。
「……ミッテルト?」
「……本当に……ミッテルトなのか?」
ミッテルトは少し呆然としていたが、二人の声を聴き、抑えきれなくなったのだろう。
ぼろぼろと大粒の涙を流し、二人に告げた。
「た、ただいまっす。パパ、ママ……」
その言葉に二人も抑えきれなくなったのだろう。二人もまた、涙を流し、ミッテルトを包み込むように抱き寄せた。
「うう、おかえり、ミッテルト。大きくなったわね」
「ずっと……ずっと心配してたんだぞ。よく、生きて……」
「うちも、うちも会いたかったっすよ~」
三人は泣きながら互いを抱き寄せる。俺はその光景を涙ぐみながら眺めるのだった。
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「じゃあ、俺は適当に時間をつぶしてるから、水入らずで話してやんな」
「あ、ありがとうございます。アザゼル先生」
「感謝します。総督」
アザゼル先生はそう言いながら、何処かへと去っていった。
俺は、久しく感じなかった緊張をしながら案内された椅子へと座った。
「は、初めまして。兵藤一誠と申します」
「初めまして。ミッテルトの母の“ミイエル”と申します」
「“ティレル”です。貴殿の話は総督より聞いています。娘を助けていただき、ありがとうございます」
俺はミッテルトの実家の一室にて、ミッテルトの両親と向かい合っていた。
二人はミッテルトのことを以前からアザゼル先生に相談しており、ずっとミッテルトを探し続けていたのだという。俺のことも、先生から直接聞いたようだ。
うう、緊張してきたな……。でも、これは最初からしなければならないと覚悟してきたことだ。
俺は覚悟を決め、二人に告げる。
「あの……初対面でこんなこと言うのは申し訳ないと思います。でも、お願いします!俺は必ずこいつを幸せにします!だから、ミッテルトを俺にください!」
俺はそう叫びながら頭を下げた。
俺はミッテルトと恋人として10年以上の時を過ごしてきた。でも、それをミッテルトの両親に伝えていない……。
それがずっと気にかかっていたんだ。だから、冥界に行くと決まった時点で俺は二人に会いに行くことを決意した。
二人にしてみれば、10年以上探し求めていた愛娘がどこの馬の骨ともしれない人間に盗られるのだ。拒絶されるに決まっている。
そう思いながらの言葉だったが、それはあっけなく覆された。
「はい。どうか、よろしくお願いします」
「……へ?」
ミッテルトのお母さん……ミイエルさんの言葉に俺は呆気にとられてしまう。
ミイエルさんは俺とミッテルトを交互に見ながらポツリと語りだした。
「この子は、まだ小さかった時に私たちの前から姿を消した。いくら探しても見つからず、アザゼル様に助力してもらいながらも手掛かりすらつかめなかった……」
ある日、ふと目を離した隙に娘が消えてしまい、どれだけこの人たちは心配してきたか。
二人はずっと、娘の無事を祈り続けていたのだろう。
「あれから10数年の月日が経ち、この子は私たちの前に現れてくれた。一目見てわかったわ。この子は本物の私たちの娘なのだと……」
「ママ……」
「……ミッテルトのことはアザゼル様から聞きました。裏組織にて、ひどい扱いを受けていたらしいということも……そんな中、私たちはただ祈ることしかできませんでした。この子が辛い時、側にいることができなかった」
ミイエルさんのその言葉に、お父さんも目を伏せる。
その目に浮かぶのは後悔。仕方がないことだ。
アザゼル先生すら知らないことだけど、文字通り世界が違うのだから。
いくら調べても情報一つ出ることもない。何もできないという無力感が、この二人にはあったに違いない。
「アザゼル様からあなたのことを聞き、最初は文句の一つでもいおうと思ったのですけど……」
そう言いながら、ミイエルさんは慈しみを込めてミッテルトの頭を撫でた。
「この子の幸せそうな顔を見て、そんな気持ちは吹き飛びました。きっと、この子が辛い時、支えてくれたのはあなたなのでしょう……」
「私も同意見だ。どのみち、娘が辛い時、側にいてやれなかった私たちにとやかく言う権利はないでしょう」
ティレルさんもまた、ミッテルトを見ながらつぶやく。
「こうして話してみても思いました。貴方になら、娘を任せることができるって……」
「君には、娘をこれからも支えてほしいと思っている」
二人は改めて、俺と向かい合い、頭を下げた。
「「どうか、娘をよろしくおねがいします」」
「パパ……ママ……」
ミッテルトは二人の姿を見て、瞳を滲ませた。
「……約束します。必ずこいつを幸せにするって……だから、安心してください」
「……うちも、必ず幸せになるっす。だから、二人にも見守っててほしいっす」
俺は心からの決意表明を二人にした。
ミッテルトもまた、ぽろぽろと涙を流しながら宣言した。
そんな俺たちを見て、二人は安心したように頷いてくれた。
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ミッテルトの実家に挨拶に行ってさらに数日が経った。
あの後、一晩俺はミッテルトの実家に泊まることになり、かなりお世話になった。
ミッテルトの部屋は当時から全く配置を変えずにいたらしい。
ミッテルトがいつか帰ってくることを祈って毎日の掃除を欠かさなかったそうだ。
それを聞いてミッテルトはまた、涙を流して喜んでいた。
人間である俺にもよくしてくれたし、本当に、いい人たちだったな……。
その後、俺達はグレモリーの本宅で部長たちと過ごし、本日をもって冥界に別れを告げることとなった。
「それでは、一誠君。また、会える日を楽しみにしているよ。いつでも気兼ねなく来てくれ」
大勢の使用人を後ろに待機させて、ジオティクスさんがそう言ってくれる。
「はい。ありがとうございます」
「一誠さん、人間界ではリアスのことよろしくお願いしますわね。娘はちょっとわがままなところがあるものだから、心配で」
「お、お母さま!?な、何を仰るのですか!」
部長は顔を真っ赤にしていた。うーん、かわいいな部長!
「もちろんです」
俺は頷いた。
部長も俺の中では大切な仲間なんだ。部長のことも、絶対に守りますよ。
「一誠さん。娘のことをお願いしますね」
「はい。任せてください」
駅に来てるのはグレモリーだけじゃない。ミッテルトのご両親もまた、この駅まで見送りに来てくれたのだ。
悪魔と堕天使の交流が始まったばかりとはいえ、ここまで来れたのは主にアザゼル先生が連れてきてくれたからだ。
本当、この先生には頭が上がらないな……。
「リアス、残りの夏休み、手紙くらいは送りなさい」
サーゼクスさんがミリキャスを抱えながら言う。
そのすぐ後ろにはグレイフィアさんが待機していた。
「はい、お兄様。ミリキャスも元気にね」
「うん、リアス姉さま!」
こうして、俺達は冥界に別れを告げるのだった。
そして乗りこんだ帰りの電車。
「完全に忘れてた……」
「うちもっす……」
俺とミッテルトは手つかずだった宿題に追われていた。
冥界に来てから忙しかったから、完全に忘れてました!
思い返してみれば、俺、大切な高校二年生の夏休みの大半をドラゴンと山で過ごしただけじゃねぇか!
いや、久々にミッテルトと二人きりの機会をもらったり、ミッテルトの両親に挨拶したりといろいろしたけどさ……。
とにかく、俺達は号泣しながら、現国の宿題に手をつけていた。
ちなみに俺以外の奴らは皆修業期間中に宿題の時間を設け、終わらせていたらしい。
俺達もそうしておけば……とりあえず、誰か助けて!
ヘルプミー!
「はぁ……」
ため息をつく俺。
すると、そこへ小猫ちゃんが現れて……俺の膝にお座りぃぃぃっ!?
俺は何が起きたのか分からなかったが、小猫ちゃんが俺の膝の上にお座りして、猫耳をピコピコ動かしていた。
「こ、小猫ちゃん……?」
恐る恐る顔を覗いて見ると
「にゃん♪」
満面の笑みでほほ笑まれた。瞬間、俺の脳波がはじけ飛んだ。
くそっ!破壊力が高すぎる!可愛いは正義だな!
可愛すぎるぜ、小猫ちゃん!
はっ!
ここで俺は皆からの視線を感じた。
アーシアが涙目だったり、部長が半目で睨んでいたり、朱乃さんが無言のニコニコフェイスプレッシャーを放っている。
そして、ミッテルトは殺気を放ち……。
「なにやってんすか!」
「ぐふっ!?」
小猫ちゃんの隙間を突き、俺の脇腹に割と重めの一撃を叩きこんだ!
痛え!ごめんて!
あまりの可愛さに我慢できなかったんだ、許してくれよ!
「全く、ほんと、そう言うところは変わらないっすね……。まあ、それがイッセーっすけどね」
そう言いながら、ミッテルトも小猫ちゃんに負けない笑顔を見せた。
こうして、列車は俺達の住む人間界へと進んでいくのだった。
この夏休みを、俺は生涯忘れることはないのだろうな……。
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人間界側の地下ホームに列車は到着し、俺は大きく背伸びした。
「うーん、着いた着いた。さてさて、我が家に帰るとしますか」
そんなことを言いつつ、各自で自分の荷物を持って列車から降りる。
────瞬間、何者かがアーシアに近寄ろうとする気配を感じた。
「アーシア!」
「誰っすか!」
気配に気づいた俺とミッテルトが振り向くと、アーシアのすぐそばには謎の優男が佇んでいた。
その顔には見覚えがあった。
「貴方は……ディオドラ……?」
若手悪魔の会合の時にアーシアに妙な目線を送っていたやつだ。
名前は確か────ディオドラ・アスタロトだっけ?
現魔王……ベルゼブブの血筋だったはずだ。
粘着く視線でずっとアーシアのことを見つめていたからよく覚えている。
そいつは馴れ馴れしくアーシアの側に佇むだけでなく、いきなりアーシアに詰め寄ってきた。
「アーシア・アルジェント……。やっと会えた」
「あ、あの……」
いきなりのことで困惑するアーシア。おいおい、なんだよこいつ?新手の変質者か何かか?
「おい、あんた。アーシアに何の用だよ?」
「ちょっと、アーシアちゃんに変なことしようとかしてないっすよね?」
ミッテルトもこいつの異様な雰囲気を感じ取っているのか警戒している。
人の気持を察知することに長けているミッテルトがここまで警戒するってことは、やっぱりコイツ何かあるな……。
困惑する部長をよそに、俺達は二人の間に入り、目的を尋ねた。
しかし、ディオドラはそんな俺を無視してアーシアに真摯な表情で訊いてきた。
「邪魔だよ君たち。……僕を忘れてしまったのかな? 僕たちはあの時出会ったはずだよ」
ディオドラは突然胸元を開き、大きな傷跡を見せてきた。
深い傷跡だな。アーシアはそれを見て目を見開く。
「────っ!その傷は、もしかして……」
アーシア?見覚えがあるのか?
こいつはどういうことだ?上級悪魔であるディオドラと元シスターのアーシアに何らかの接点があるってことか?
「そう。あの時は顔を見せることが出来なかったけど、僕は君に命を救われた悪魔だよ」
「────っ」
その一言にアーシアは言葉を失う。
「改めて自己紹介しよう。僕の名前はディオドラ・アスタロト。傷跡が残らないほど治療してもらえる時間はなかったけど、僕は君の神器によって命を救われたんだ」
その言葉に俺は思い出す。アーシアは偶然、一人の悪魔を助けたことで魔女の烙印を押され、教会を追放されたということを。
その悪魔が上級悪魔?そんな偶然あるのか?
そんなことを考えていると、ディオドラはアーシアのもとに跪き、あろうことかその手にキスをする。
「なっ!?てめぇ、アーシアに何しやがる!」
怒鳴る俺を再び無視して、ディオドラはアーシアに言った。
「アーシア、君を迎えにきた。会合の時、挨拶できなくてゴメン。でも、こうして再び出会えたことは運命と思っている。────僕は君を愛している。僕の妻になってくれ」
────ディオドラは俺達の目の前でアーシアに求婚したのだった。
その目に澱んだ欲望を滲ませながら……。
夏休みが終わり、新学期が始まろうとしていた。
ミッテルトの両親の名前は天使風名前メーカーで作りました。
目茶苦茶便利やなアレ……。
ティレル
種族 堕天使
称号 下級堕天使
ミッテルトの父親。下級堕天使として“
ミイエル
種族 堕天使
称号 下級堕天使
ミッテルトの母親。専業主婦で一人娘であるミッテルトを大事にしていた。
再来週から次章に入ります。