イッセーside
「ほっほっほ、というわけで訪日したぞい」
兵藤家の最上階にあるVIPルームでオーディンの爺さんが楽しそうに笑っている。
なんでも日本神話の方に話があって、そのついででこの街に来たみたい。
この部屋にはグレモリー眷属が全員集合している。アザゼル先生もいる。この人は最近忙しかったらしく、来るのは久々だ。
この町に来た理由としては、安全面を考慮してのこと。下手なところよりも、悪魔、天使、堕天使の三大勢力の協力体制が強いこの町にいた方が安全らしい。
取り敢えず、立ち話も何だからと俺の家に来ることになったのだが、家に帰ったら部長から頬を引張られた。後でお話があるそうです。そんな部長もすぐに状況に気付いて慌てて準備をしてたけど……。
ミッテルトの方は、見た感じなんともないけど、朱乃さんを少し心配そうにして見つめている。
……そして、朱乃さんはというと、お父さんと邂逅してから不機嫌になっている。今は前に出ることもなく、いつものニコニコ笑顔さえ止めて、イライラしている感じだ。
朱乃さんのお父さん────バラキエルさんもこの場にいるけど、朱乃さんは視線すら交わさない。ずっと無視している。
バラキエルさんの話は以前、アザゼル先生に少しだけ聞いたことがある。
武人気質で堅物らしい。堕天使の中でも先生と肩を並べる力を持ち、一発の攻撃力なら堕天使随一だそうだ。
実際、かなり強い。EPも60万を超えてるし、覚醒前のコカビエルより強い。
多分、タンニーンのおっさんとも互角に渡り合うことができるだろう。
「どうぞ、お茶です」
動かない朱乃さんに代わり、現在は部長が応対している。
「かまわんでいいぞい。しかし、相変わらずデカいのぅ。そっちもデカいのぅ」
……このクソジジイは……。部長と朱乃さんのおっぱいを交互に観察してニヤけてやがる!
ホントに神様なんだよなこの人!?
「もう! オーディンさまったら、いやらしい目線を送っちゃダメです! こちらは魔王ルシファーさまの妹君なのですよ!」
ヴァルキリーの人がオーディンの爺さんの頭をハリセンで叩いていた。
良いツッコミだ! なんていうか、師匠をツッコむリムルを彷彿とさせるツッコミぶりだ。
ハリセン攻撃を食らったオーディンの爺さんは半目になりながら頭を擦っている。
「まったく、堅いのぉ。サーゼクスの妹といえばべっぴんさんでグラマーじゃからな、それりゃ、わしだって乳ぐらいまた見たくもなるわい。と、こやつはワシのお付きヴァルキリー。名は────」
「ロスヴァイセと申します。日本にいる間、お世話になります。以後、お見知りおきを」
爺さんの紹介でロスヴァイセさんは挨拶をする。
冥界の時のような鎧を着てないから印象が違うけど、美人だよなぁ。年同じくらいかな?
『相棒よりは年下だろう。相棒は実年齢────』
黙らっしゃい! そもそも聖人は精神生命体だから年取らないんだよ! 俺は精神はともかく肉体は10代なんだ! 青春できる年頃なんだ! 言葉に気をつけろよドライグ!!
『……必死だな』
「ちなみに彼氏いない歴=年齢の生娘ヴァルキリーじゃ」
爺さんがいやらしい顔つきで追加情報をくれる。
するとロスヴァイセさんは酷く狼狽し、泣き出した。
「そ、そ、それは関係ないじゃないですかぁぁぁっ! わ、私だって、好きで今まで彼氏ができなかったわけじゃないんですからね! 好きで処女なわけじゃないじゃなぁぁぁぁぁいっ! うぅぅっ!」
ロスヴァイセさんはその場に崩れ、床を叩きだした。
……なんだろう。凄え哀れに感じる。泣いてる姿からはなんか哀愁が漂っている。
クールビューティーと思ってたけど、ギャップが激しい人みたい。
「まあ、戦乙女業界も厳しいんじゃよ。器量良しでも中々芽吹かないものも多いのぅ。最近では、英雄の数も減ったし、経費削減でヴァルキリー部署が縮小傾向での、此奴もわしのお付きになるまで職場の隅っこにいたのじゃよ」
な、なるほど……元々は窓際だったってことか。
北欧神話も苦労してるんだな。
「爺さんが日本にいる間、俺達で護衛することになっている。バラキエルは堕天使側のバックアップ要因だ」
「よろしく頼む」
と、言葉少なめにバラキエルさんがあいさつをする。
「爺さん、来日するのにはちょっと早すぎたんじゃないか? 俺が聞いていた日程はもう少し先だったはずだが……。来日の目的は日本の神々と話しをつけたいからだろう? ミカエルとサーゼクスが仲介で、俺が会議に同席と言う手筈のはずだが?」
アザゼル先生が茶を飲みつつ訊いた。
「まあの。実は我が国の内情で少々厄介事……というよりも厄介なもんにわしのやり方を非難されておってな。事を起こされる前に早めに行動しておこうと思ってのぉ。直ぐにでも日本の神々と話をしておきたいんじゃよ。主神の天照と今後のためにも早めに交流しようと思ってのぅ」
爺さんは長い白ひげをさすりながら嘆息していた。
厄介事……か。何かはわからないけど、どこの勢力も厄介事を抱えてるんだな……。
「厄介事って、ヴァン神族にでも狙われたクチか? 頼むから“
先生が皮肉げに笑うが……専門用語ばっかりでさっぱり分からん。
話の流れからして、爺さんの和平に反対する神もいるって感じかな?
「ヴァン神族はどうでもいいんじゃがな……。ま、この話をしていても仕方ないの。話は変わるが、アザゼル坊。どうも“禍の団”は“禁手化”できる使い手を増やしているようじゃな。怖いのぉ。あれは稀有な現象と聞いていたんじゃが?」
────っ!
俺達眷属は皆驚いて顔を見合わせていた。
いきなり、その話になるか! やっぱり、俺達の考えは正しかったってことか!
「ああ、レアだぜ。だが、どっかのバカがてっとり早く、それでいて怖ろしくわかりやすい強引な方法でレアな現象を乱発させようとしているのさ。もういくつか報告が挙がっている。神器に詳しい者ならば一度は思いつくが、実行すると確実に批判を喰らうため、やれなかったことさ」
「……それって、やっぱり……」
俺の言葉に先生は頷く。
「リアス達のでおおむね合っている。下手な鉄砲でも数打ちゃ当たる作戦だよ。まず、世界中から神器を持つ人間を無理矢理かき集める。ほとんど拉致だ。そして、洗脳。次に強者が集う場所────超常の存在が住まう重要拠点に神器を持つ者を送る。そして、禁手に至る者が出るまで続ける。至ったら、強制的に魔法陣で帰還させるってな。おまえらが対峙した影使いもおそらくは禁手に至ったか、至りかけたんだろうな」
やっぱりあの影使いは禁手になろうとしていたのか……。胸糞悪いやり方だな。
先生は話しを続ける。
「これらのことはどの勢力も、思いついたとしても実際にはやれはしない。仮に協定を結ぶ前の俺が悪魔と天使の拠点に向かって同じことをすれば批判を受けると共に戦争開始の秒読み段階に発展する。自分達はそれを望んでいなかった。他の勢力だって同じ考えだろうさ。だが、奴らはテロリストだからこそそれをやりやがった」
東の帝国と同じ戦略だな。アイツラは侵略国家であり、誰かがやり方を批判しようものなら力で捻じ伏せるため、そもそも批判するような勢力とかがなかったけど、この世界では数多の拮抗した勢力がいるからこそ、そういった手が使われない。
奴らはそのラインを容易く踏み越えてきたってことか……。
厄介な奴らだな。これからもどんな手を使ってくるか分かったもんじゃない。
恐らく、他の勢力では体面を気にしてできないであろう卑怯な手もバンバン使ってくるだろうな。
正しく、テロリスト集団ならではの発想というわけだ。
「それをやっている連中はどういう者なのですか?」
木場の問いかけに先生が続ける。
「英雄派のメンバーは伝説の勇者や英雄さまの子孫が集まっていらっしゃる。身体能力は天使や悪魔にひけを取らないだろう。さらに神器や伝説の武具を所有。その上、神器が禁手に至っている上に、神をも倒せる力を持つ神滅具だと倍プッシュなんてものじゃすまなくなるわけだ。報告では、英雄派はオーフィスの蛇に手を出さない傾向が強いようだから、底上げにかんしてはまだわからんがな」
おいおい、英雄や勇者がそんな非人道的なことをしても良いのかよ? 英雄の意味分かってやってんのか?
英雄派というのは、グランベルやルドラみたいに、変質した存在ってことなのか? ……いや、それにしたって若すぎるか……。
「禁手使いを増やして何をしでかすか……それが問題じゃの」
オーディンの爺さんが茶を啜りながら言う。
言ってることは深刻だけど、顔は普段通りだ。けっこう楽天家なんだな。
まあ、この人級になると、並みの神器の“禁手”じゃ歯が立たないだろうし、この人の余裕も当たり前かもな。
もし、この人を倒すとなると、“
「まあ、まだ調査中の事柄だ。ここでどうこう言っても始まらん。取り敢えず、爺さん。どこか行きたいところはあるか?」
実際、今考えても対策できるわけじゃないしな。
英雄派の件はひとまず保留にした先生が爺さんに尋ねる。
すると、爺さんはいやらしい顔つきで五指をわしゃわしゃさせた。
「おっぱいパブに行きたいのぉ!」
……なぬ!?
「ハッハッハッ、流石は北欧の主神殿! 見るところが違いますなぁ! よっしゃ、いっちょそこまで行きますか! 俺んところの若い娘っこどもがこの町でVIP用の店を開いたんだよ。すぐそこだ。そこに招待しちゃうぜ!」
「うほほほほほほっ! さっすが、アザゼル坊じゃ! 分かっとるのぉ! デカい胸のをしこたま用意してくれ! たくさん揉むぞぃ!」
な、なんですとぉぉぉぉっ!
「ついてこいクソジジィ! おいでませ、和の国日本へ! 着物の帯くるくるするか? あれは日本に来たら一度はやっとくべきだぞ! 和の心を教えてやるぜ!」
「たまらんのー、たまらんのー!」
二人の様子に部長も額に手をやって眉をしかめてる。二人は盛り上がって、そのまま部屋を退室していった。
なんつーエロ首脳陣だ! 羨ましすぎる! 俺も行きたい!!
「しばくっすよ?」
ミッテルトのにこやかとした表情が怖い……どうやら俺の考えが見透かされているようだな。
そんな俺を見て、部長達は溜息をつくのだった。
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「朱乃。話し合いをしたいのだ」
取り敢えず、お茶でも持ってこようと一階のキッチンに行っていた俺は最上階に戻る途中、話し声が聞こえてきた。
そちらへ足を運んでみると、朱乃さんとバラキエルさんが何やらもめていた。
「気安く名前を呼ばないで」
朱乃さんが凄く不機嫌そうな表情をしながら言い放つ。
その声音は今までにないくらい冷たく、鋭い。目線だけで射竦められるほどに……。
バラキエルは多少は怯むものの、目線を合わせ、静かに告げる。
「……赤龍帝と逢い引きをしていたのはどういうことだ?」
俺との問題かよ! 先程の話題を出しますか!
ま、まあそれはそうだよな……。弁明はしたけど、すぐ目の前でラブホテルに入る寸前といったところだったんだから、いかに言い繕うとも信じられるわけがない!
盗み聞きするのはどうかと思ったけど、俺が関与してるのなら、去るのも気になってしまうな……。
「私の勝手でしょう? なぜ、あなたにとやかく言われなければならないのかしら?」
「噂は聞いている。お、女のち、乳房を糧とするかなり破廉恥なドラゴンだとな。ち、乳龍帝とかいう二つ名があるというではないか」
バラキエルさんが勘違いしとる────!?
乳を糧に……? そんな馬鹿な! 何やら俺について、とんでもない噂が流れてるみたいだな……。そんな噂どこからが流れてるんですか!?
……いや、心当たりはある────というか、一つしかない! あのアホ先生だ!
堕天使の間で流れてるのなら、あの人しかいない! 間違いない!
『……うぅぅ。相棒、勘弁してくれぇぇぇっ。俺をどこまでいびるつもりなんだ……』
いや、俺のせいじゃない…………うん、そうとも言い切れないかも。
ま、まあ、何と言うか……ごめんね。ドライグ。
『……う、うおおおんっ! うおおおんっ!』
な、泣くなドライグ! 謝るからさ!
「心配なのだ。おまえが……卑猥な目にあっているのではないかと」
あー、なるほど。父親らしい心配だ。
先程から思ってたけど、やっぱりどう見ても悪い人には見えないんだよなぁ、バラキエルさん。
言葉からは心の底から朱乃さんの身を案じてるというのがよく伝わってくる。
……だけど、それが朱乃さんには伝わっていない様子だ。
普通に反抗期……なんて可愛らしいものでもなさそうだし、二人の間に何があったんだ?
「彼をそんな風に言わないで。イッセー君は……スケベだけれど、優しくて頼りがいのある人だわ。噂や風聞で人を判断するのね。……彼のことを知らないくせに噂だけで判断するなんて、最低だわ。やっぱり、貴方のことを許すなんて……」
「私は父として────」
そこまで言いかけたバラキエルさんに朱乃さんは大声で言い放った。
「父親顔しないでよっ! 母さまを見殺しにしたのは、貴方じゃない! 私は貴方を絶対に許さない!」
……母さまを見殺し? どういうことだ?
「・・・・・・・」
バラキエルさんはその一言に黙ってしまう。
と、ここで物陰に隠れていた俺と朱乃さんの視線がふいにあってしまう。
「イッセーくん……聞いていたの?」
「す、スミマセン。お茶を持ってこうとしてたら聞こえてきちゃって……」
バレてしまった。
まあ、完全に立ち聞きしてた俺が悪いんだけど……。
朱乃さんの話を聞いていたら、つい考え込んでしまった。
まぁ、ここは素直に謝るしかないか。
そう思いながら、俺が出ていくと、バラキエルさんは激怒した。
「ぬっ! 男が盗み聞きなど! 破廉恥な! やはり、娘の乳を狙うという噂は本当か! そうはさせんぞ! 娘の乳は食わせんぞ! 赤龍帝っ!!」
いや、どういう噂が広まってるんだよ!?
マジで恨むぞ……アザゼル先生……。
「あ、逢い引きなど認めん!!」
バチッ! バチッ!
バラキエルさんが雷光を光らせる!
完全に誤解されてるぅぅっ!? ヤバイ! この人の攻撃が今この場で放たれたら、どう足掻いても家や近所に被害が出るぞ! その目付きは歴戦の戦士のそれ! 激昂しながらも油断せずに俺を見据えていらっしゃる! もしかしたら、歴代最強の赤龍帝の話も聞いてるのかもしれない!
バッ
俺が結界でなんとか被害を軽減できないかを思考していると、朱乃さんが俺とバラキエルさんの間に入り、俺を庇うように抱き締めた。
「彼に触らないで。私からこの人を取らないで。今の私には彼が必要なのよ……。だから、ここから消えて! あなたなんて私の父親じゃない!」
……朱乃さんの叫び。
それを聞いて、バラキエルさんは雷光を止め、瞑目する。
「……すまん」
それだけを言って、バラキエルさんはこの場を去ってしまった。
あれほどガタイのいい人の背中がとても小さく、そして寂しそうに見えた。
「朱乃さん……」
俺をぎゅっと抱き締める朱乃さんはなんとも言えない感情を含みながら、震える声で言った。
「お願い。何も言わないで。……少しの間、このままでいて。……お願い、イッセー」
その姿は痛々しくて、見てられないほどだった。
俺はそんな朱乃さんを優しく抱きしめるのだった。