玉の日曜日、いつまでも寝ていい日。
大抵の企業と同じ様にトレセンもまた(当直を除いて)休日だった。多くのトレーナーが半年に一回倒れるような激務も今日だけはおさらばだ。
ゆっくり、ゆっくり布団の温もりを味わうことができるのだ。今日はいつまでこうしていようか。昼までか、いっその事夕方までこうしていようか。怠惰に塗れた欲望が思考を支配するそんな日に俺は・・・。
「・・・さん。・・・さん。トレーナーさん。起きてください。トレーナーさん!」
耳元で囁かれるエンジェルボイスが頭に響く。規則的とも、不規則的とも言えるような心地よいリズムで体が揺らされ、意識が少しづつ夢から帰って来た。
「んあ・・・」
だらしない声を上げ、重い瞼を無理矢理こじ開け、朝の爽やかな日差しを入れる。やがて目が慣れてきて少しずつ映る景色が鮮明になってきた。
まず目に映るのは勿論フラッシュだ。いつもの流水のように流れる美しい髪は鳴りを潜め、あちこちが可愛らしく跳ねていた。
昔はあまり見せることはなかったが、婚約してからはよく見せてくれるようになった。
「おはよ」
朝の挨拶と共に優しく口付けしベッドから出る。
時刻は・・・5時丁度。定刻通りだ。
「本日の予定を大まかに確認しましょう。これから朝食を作り、5時半丁度に食べ始めます。14分40秒かけて食事を終えそれから・・・」
まずは日課の本日のスケジュール確認だ。彼女のトレーナーになってから3年半。毎日欠かさず行われてきた行事だ。すっかり癖づいている事を意識すると、もうフラッシュなしでは生活が出来ないのだなあと自覚させられる。
「そして7時46分36秒に家を出て、13分24秒かけて移動し8時丁度に式場に到着。それからはスタッフさんの指示に従い各々準備する事になっています。ここまで大丈夫ですか?」
ああ、そういえば言い忘れていたが・・・
「ああ、分かったよ」
今日は俺とフラッシュの結婚式だ。
ステンドグラスから零れる淡い光は天からの祝福だろうか。
我が前に広がる空間は楽園だろうか。
そして、こちらへ歩いてくる麗しの美女は天使なのだろうか。
何もかもが美しく、また神々しくこの瞳に映る。温かく、包み込むような優しさがこの場を満たしていた。
お義父さんのエスコートで1歩1歩ゆっくり進むその動作の可憐さに目を奪われる。差し込む光が純白のドレスを照らし、宝石の如く輝き、それを纏う彼女の美しさをより引き立たせていた。
ゆったりとした時間も終わりを告げ、壇上で俺たちは顔を合わせる。
「綺麗だよ、フラッシュ」
「ええ、この日のためのドレスですから。綺麗じゃなきゃ意味がありません」
「ああ。その通りだね」
「うむ!では、宣言!ただ今より、エイシンフラッシュとそのトレーナーの結婚式を行う!」
ちなみに、式の司会は秋川理事長にお願いした。快くOKを出していただいたのは本当にありがたく感じている。
それからも、理事長の独特な喋り方で式は滞りなく進行していった。
「宣誓!新郎新婦による誓いの言葉だ!」
「はい。私たちは・・・」
「皆様の前でこうして式を挙げられる事に感謝をしながら・・・」
「「ここに夫婦の誓いを致します!」」
「証明!君たちの愛をここにいる皆に示すため、指輪の交換と誓いのキスを!」
そしてあっという間に一番の盛り上がり所、指輪の交換&誓いのキスがやってきた。
まず、はめている指輪を1度外す。シルバーの輝きをこれでもかと放つ彼は、ここが一番の見せ場と自覚があるのか過去一の輝きを放っていた。
そして、フラッシュの深雪の様な美しい手を取る。温かく、柔らかい手に、もう数えることなどとうに忘れてしまった惚れ直しをする。
ゆっくり、噛みしめる様に指輪をはめさせる。これまでは俺の所で輝いていた彼も、これからはフラッシュの所で、その存在を主張し続けるのだ。
そんな彼に変わって俺の所に来るのは当然、フラッシュの手にはまっていたモノ。優しく、穏やかに煌めく彼女をそっと撫で、俺はフラッシュに微笑みを向けた。すると、向こうからも同じような微笑みが帰って来た。幸せを分かち合う、確かな絆を感じた。
そして次は誓いのキスだ。これまで何十何百回とやって来たキスだが、人前でやるのは後にも先にもこれが最後だろう。そう考えるとすごく緊張してきた。
「・・・緊張してますか?」
すると、こちらの心でも読んだかのようにフラッシュが挑発的な笑みを浮かべながら聞いてきた。
そうだ!漢フラトレ、ここで臆してる暇なんてない!そう、今までの数々の所業と比べたら百倍マシだ。
「君の美しさに見惚れてね」
いつものように伊達男地味た軽口を叩きながら彼女のヴェールをゆっくり外す。ヴェール越しでも顔が火照っているのが確認できていたが、いざ直接顔を合わせるとその赤さがよく分かる。俺の言葉につい照れてしまう。そんないつまでも変わらない初々しさも、また彼女の魅力だ。
「いくよ」
短く告げ、優しく唇を合わせる。ただ触れるだけの淡泊なキス。それは、初めてのキスと全く同じ、酷く臆病なものだった。
すぐに唇を離す。名残惜しくはあるが、どうせいつでも出来るのだと切り替える。今そんなに慌てる必要なんてないのだ。
そう思っていた矢先・・・
「____!」
まるで時が止まったかのようだった。それ程までに、その瞬間のが鮮明に記憶に刻まれた。
理事長の赤面した表情。視界の端に見える歓喜の表情を露わにするゲストたち。鼻腔をくすぐるほのかに甘い香り。ドレスのふわっとした生地の感触。風に舞うフラッシュの美しい髪。
そして何よりも刻み込まれたのは唇を刺激する温かな愛。
そのすべてが、記憶に刻まれていった。
何が起こっているのかの理解がはかどらず、されるがまま過ごす事数秒。ようやく俺は今の状況が理解できた。
ああ・・・俺、今フラッシュにキスされているんだ。
だから俺も返した。彼女に覆い被さるように抱きつき、深く深くキスをする。ゲストに見せつけるように、フラッシュに教え込むように、俺自身に覚えさせるように。
今、2人はお互いだけを感じる。表情、香り、息遣い、肌の感触。その全てが体中に染み渡り、一体化の錯覚まで起こさせる。
会場の歓声さえ、俺たちの耳に届くことはない。ただ幸福感を感じ、愛おしいという感情をぶつけ合う。それが素晴らしく、心地よい。
「フラッシュ、愛してる」
「私も、あなたのことを愛していますよ」
そっと一言添えて、距離を離す。
忘れることのない、幸せをこれでもかと詰め込んだ時間だった。
今日、この日を俺たちは決して忘れる事はないだろう。
だが、その思い出に浸るのはもっと先の未来で、だ。何故なら今の俺たちには、
そうだな・・・。思い出に浸るのは、子供が生まれて、思い出を伝えるときにしよう!それはきっと、ひたすらに幸せな時間になるだろう。
君が創って、俺が支える2人の未来。これからは、いや、これからも歩んでいこう。
だって、世界で一番、幸せな夫婦なのだから!
【結婚RTA 1254日】
これにて最終回となります
完走した感想ですが・・・正直未熟な作品だったと感じました。もちろん、持てる最善は尽くしましたがどれもこれもイマイチだなあと書きながら感じてしまったくらい自己評価は高くありません。でも、諦めたくないという心持だけは持ち続けて書きました。ここまでズタボロに言いましたが、最初の頃よりは上達を感じる面もあったので続けてよかったとは思っています。ここまでよくやり切ったなと自分を褒めてやりたいです。今後はこの世界戦のトレセンの日常や非日常、フラッシュの妄想などなどを書く短編集を書いていきます
ダラダラのほほんと続けていきますので今後ともよろしくお願いします
さて、これまでお気に入り登録をしてくださった方々。感想を寄せてくださった方々。誤字報告をしてくださった方々。そしてこれまで読んでくださったすべての方々に向けて感謝の意を述べさせて頂きます
本当に、ありがとうございました!
皆様の応援があったからこそしっかりと最終回を迎えることができました。上記の通り、今後とも連載はしていくつもりなのでよろしくお願いします!
繰り返しになりますが、本当にありがとうございました!