3月27日、本日は土曜日。今日だけはイスラムの教えを採用し普段は開ける店も休み。丸々1日我が妻に使える日だ。
「これより!我らが母、エイシンフラッシュ殿に贈るケーキ製作作戦を開始する!今作戦に参加するのは、ヴェラアズール上等兵、オニャンコポン一等兵、渡二等兵。以上の3名である!」
「「サーイエッサー!!」」
「ええ…何のなのこのノリ…」
普段は俺自身そんなに行かないお菓子作り用の厨房に子供たちを呼び寄せた。今日の目的はケーキ作り。みんなでケーキをプレゼントしよう、という事だ。規格の立案はオニャンコポン。こういったイベントごとは毎度この娘が率先してくれている。ヴェラアズールも母に似て非常に大人しい娘だがイベントごとにはノリノリで参加するタイプだ。そえも家族の誰よりも楽しむほどに。それから渡は…そんなにノる事は無い。まあ今は小学3年生。少しマセてるこの子なら今丁度クールぶりたい時期だろう。父さんは悪ノリをよくしていた時期だけどな!
「渡二等兵!この作戦の完遂には我々にとって最重要事項である。真剣に取り組むように!」
「そうだよね。パパこの前自分の部屋無くなっちゃったもんね。ママのご機嫌取らないとね」
痛いところを突くな息子よ。
そう、つい先日ある事情で俺は自分の部屋が爆破して到底生活出来ない空間になってしまった。最近はリビングがメイン生活空間だ。お陰でフラッシュに怒られ、最近は少し機嫌が悪い。その事情とは…まあいずれ話すだろう。
「渡。今月の小遣い減らすよ?」
無論、脅しという名の冗談なので本気で減らす訳がない。というかそんな事したら虐待もいいとこだ。
「図星じゃん」
息子の目覚ましい成長に父として涙がほろり。随分と火力の高い口撃だ事。
「わ~た~る~?今日はママの誕生日なんだからケンカはナシ!お姉ちゃん、許さないんだからね!」
そこにすかさずオニャンコポンのアシストが入る。オニャンコポンは今年小学6年生。中学生になると思春期突入で精神が乱れやすい。下手したら今が十代で一番お姉ちゃんぶれる時期かもしれないな。
「はいはい3人とも。始めるよ」
場が若干カオス地味てきたのでヴェラアズールが仕切り直しをする。彼女は現在中学2年生。親元を離れ、徒歩1km未満の中央トレセンに通っている。今はまだデビューには至らず、日々級友たちと切磋琢磨しているようだ。休日や放課後には友達を引き連れてよく店にやってきている。曰く何だかんだ実家が一番気が楽だそうだ。
「よし、そうだな。じゃあ作業に取り掛かるぞ!」
本日も我が家は賑やかだ。そんな幸福を嚙みしめながら慣れた手つきで準備に取り掛かる。
まずは生地作り。今回作るのは直径15cmの5号サイズ。ごく一般的なサイズで、店ではいつもこれの1切れサイズを提供している。材料の混ぜ合わせを子供たちに任せながら、最終確認兼仕上げと危険が伴うオーブンでの作業を担当する。
ドリンク&軽食係とはいえ我が家の看板メニューを。フラッシュが出産で店に出れないときなどは俺が担当していたという事も相まってノウハウはある。ここで失敗するようなヘマはしない。
香ばしい香りがキッチン一帯に充満する。こんがり小麦が焼けたいい証拠だ。水分を完全に吹き飛ばし、乾いた熱さを放つオーブンから生地を取り出す。チョコの甘ったるい匂いは鼻腔を刺激し、空腹感を促進する。それは子供たちも同じようで、特にオニャンコポンなんかは羨望の眼差しでケーキをじっと見つめていた。いや後で食べるでしょうが…。
空気をふんだんに含んだ焦げ茶色のスポンジに一本竹串を通す。竹串は柔らかなスポンジの中をスルスル進んでいき、やがて陶器の硬い部分が進行を止める。ゆっくりと引き抜けば、串には何もついていなかった。
うん。やっぱり完璧だな。
生地が焼け切れていないなんて事も無く出来上がっているのを確認し安堵する。やっぱり生地はケーキの基礎。これが完璧でないのにどうしてケーキが完璧な出来と言えようか。
「よっし、生地完成。それじゃあ…ここにジャム、塗ってこうか」
続いてジャム塗りの作業だ。ジャムはケーキを彩るインテリア。味のメロディを奏でる楽器となるこれまた重要なものだ。
ケーキを真っ二つにしその間にアプリコットジャムを塗っていく。ここは技量が必要なので俺が担当する。凹凸が出来てしまうと見た目が悪くなってしまうからだ。
「じゃあここに煮詰めたジャムを流しかけるよ。じゃあこれは…渡、お願いしよっかな」
「え?俺?」
ここまであまり積極的にやってこなかった渡をあえて指名する。
…本人には、「こんな年になって母親の誕生日祝うとか…」という感情があるのかもしれない。だが大人になって初めて気づくものだが、こうやって家族全員で祝える機会などそう多くない。現にヴェラアズールは近いと言えど既に家を出てトレセンで生活を送っている。来年にはオニャンコポンもだろう。巣立ちの日はもう来ているのだ。
だからこそ、この1回1回、ちゃんと思い出を作って欲しいのだ。例え『ジャムをかけただけ』という小さなモノだろうと。まぁそんな思いをこの時期の子供に理解を求めるのは酷だろう。
「そうだ。渡。やってみ」
そう言ってジャムの容器を渡す。最初は面倒くさそうな表情をしていたが、諦めがついたのかため息を吐きジャムをかけていく。ドロッと重そうに落ちていくジャムがゆっくりと形成していく曲線美。それを眺める渡の瞳には、楽しさが溢れていた事を俺は見逃さなかった。
さぁ次はザッハトルテ作りの華、チョコレートコーティングのお時間だ。先程ジャムを煮詰めるのと同時並行でやっていたチョコを溶かす作業も丁度終わったところだ。試しに適当なまな板の上に広げてみると…
「「おお~」」
2人から歓声が上がった様に粘り気を帯びたチョコの完成だ(決してダジャレではない)。
「後は少し冷ませば…」
今の段階だと流石に熱すぎるので70度弱になるように冷ます。そして冷ましきったらお楽しみの流しかけ作業だ。
「じゃあ今度は…」
「はい!アタシやりたい!」
勢いよく手を挙げたのはオニャンコポン。ここでも彼女の明るさを遺憾なく発揮する。流石は
「よし、オニャンコポンお願いね」
彼女は手渡された容器を一気に傾け、滝の様にチョコを流す。その豪快な出しっぷりにヴェラアズールと俺は感嘆の声を上げた。ただ粘度があるチョコを流し終えるのには少しばかり時間を要し、その間、彼女は何度も心配そうに容器を振っていた。そこもまた、可愛らしい。
やがて流し終わり、綺麗なコーティングが出来たので仕上げの形整えとしてパレットナイフで不要な余り部分を切り落とす。正直ツララがあった方がお得感が出え俺は好みだが今回はナシだ。そして出来たケーキを冷蔵庫に移せば…。
「これでママのケーキは完成!」
後は冷えるのを待つだけなので実質完成だ。子供たちからも喜びの声が上がる。
「お疲れ様。じゃあ後は夜にね」
労いとして先程落としたチョコのツララを渡す。チロチロと舐めている様子を見ると、どことなく犬の要素が見えて自然と笑いが零れる。
「…お疲れ様。パパ」
そっとヴェラアズールが寄ってくる。
「ヴェラアズールこそ」
「…たまにはいいね。こうやって家族と過ごすのも」
「そりゃよかった。…でも、お友達と過ごす時間も大事にしなよ?」
「勿論。…あのね、私、また今度選抜レースに出るんだ」
選抜レース。懐かしい響きに体がつい反応した。どうやらまだ俺の中にはトレーナー魂が残っているらしい。
「頑張れよ。パパ、ママと一緒に見に行くからな」
本当はオニャンコポンらも連れていきたいが選抜レースが行われるのは大抵平日の昼間。学校の時間的に間に合わないだろう。
「分かった。…頑張るね」
決意を固めた表情で言う彼女の姿に、ふとフラッシュの面影を見た。やっぱり親子だな。
子供たちの喜ばしい成長の数々を見て、溢れんばかりの幸せを胸に感じたのだった。
そして夜…。時刻は8時半。いつも通りダイニングで誕生日パーティーは行われた。
月明かりが仄かに差し込み、テーブルを照らす。そのテーブルの上で4本の蝋燭がゆらゆらと幻想的な踊りを為し、フラッシュの顔を照らしていた。彼女の瞳には驚きと嬉しさが映っており、その色は蝋燭の炎にも表れている。そんな気がした。
「せーのっ」
「「「ママ、お誕生日おめでとう~~!!!」」」「…おめでとう」
クラッカーの軽快な破裂音と共に祝いの言葉が贈られる。祝われた当の本人は嬉しさを噛みしめながら微笑んだ。今日でフラッシュも35歳。だがその美貌は衰える事なく、今なお俺の心を掴んで離さない。
「ありがとう!」
「じゃあママ!蝋燭消してっ!」
オニャンコポンの掛け声と共に蝋燭が勢いよく消される。焔が横になぎ倒されたかと思った刹那。光がぴしゃりと消え温かな暗闇に包まれる。それを確認し、ダイニングのライトを点ける。蝋燭は、炎の代わりに煙を吹いていた。
「あのね!このケーキみんなで作ったの!」
「まあ!それは楽しみですね」
手を叩き、笑うフラッシュへ一切れ渡す。
「子供たちが一生懸命作ってたよ」
「それはあなたも同じでしょう?」
すべてを見透かされたかの様に言われ、素直に白旗を挙げる。
「そうだよ。君のために作った」
その言葉を聞き、満足そうに頷いた後、一口ケーキを頬張る。味の奥にある想いまでも咀嚼する様にゆっくりと噛みしめ、味わい、一言。
「
どうやらケーキ作りは大成功だったらしい。さぞ嬉しそうに言うフラッシュの様子を見て、確かな嬉しさを感じた。
「よかった」
妻の笑顔を見て、頬が緩む。自然と言葉も零れてしまっていた。
「後さ…フラッシュ。これ、俺からのプレゼント」
そう言って簡単な包装された物を渡す。大きさは1cm程。とても小さな物だ。
フラッシュはそれを手に取ると早速袋を開封する。
「これは…ブローチ?」
中から出たのはテントウムシを模したブローチ。小さなクリスタルの粒が集まって、作られており本来のテントウムシとは少し似ていない見た目をしていた。
「うん。フラッシュってテントウムシ好きでしょ?だから」
「ええ。それにしても、これルビーじゃない。こんなのどこに売っていたの?」
「作ったんだよ。自分で」
そう。このブローチ製作こそ俺の部屋を消し飛ばした原因。
このブローチの赤い部分はルビーでできている。それも、『お手製』のルビーだ。
では詳しい解説と行こう。そもそもルビーとは不純物(クロム)が混入したコランダムなのだ。そしてコランダムとは酸化アルミニウムの鉱物であり、察せる人もいるかもしれないが割と簡単に作れるのだ。その作り方は単純明快。材料を全部溶かして冷やす、それだけ。ね?簡単でしょ?
「え~!?パパ凄い!」
「何で作り方知ってるの…」
「ん~パパが大学生の時に覚えた『映像記憶』を試すために色々読み漁った本の中にあったんだよね。懐かしいな~。本買い過ぎてご飯食べられない位お金無くなっちゃてたっけ」
普段ののほほんとした様子やただのマスターとしての姿しか家族のみんなは見てないだろうが、俺は一応超が付くほどの天才なのだ。映像記憶を後付けで習得するのだって造作は無い。
「でもどうやって…」
「電子レンジを使うんだよ」
そう、人口でルビーを作るのに必要な装置は、電子レンジ。まずはアルミナと酸化クロムを混ぜた物をアルミホイルで成形。これをルビーの種としていく。
次の工程は早速レンチン。先程成形した物をレンジに入れ、融解させていく。気を付けて欲しいのはレンジにアルミホイルを入れるという点。仕組みの解説省くが、アルミをレンチンするのは非常に危険である。火花が飛び散り、下手したら爆発待ったなしだ。俺はここで失敗し、レンジは大破。爆発した破片が部屋中に飛び散り、部屋もズタズタという悲惨な状態になってしまったのだ。
とまあそんな危険を冒しながらも何とか手に入れた1mm大の種ルビー。続いてはこれを大きくし、ブローチサイズまで成長させる。手順は…ちょいと複雑なので割愛。ただ簡単に言ってしまえば小学校の頃理科の実験でやったミョウバンの結晶作り。あれを思い浮かべれば大丈夫だ。
そしてやっとのこさ出来た1cm程のルビー。これがテントウムシのボディとなるのだ。
「レンジで作った体をやすりで削って形を整える。そしてルースっていう石を使ってホシを作ったんだ」
正直こういう工作は閲して得意分野ではないがフラッシュのためと考えると自然と出来ていた。もう50手前の癖にこういう所は若いまんまだ。
「…フラッシュ。着けさせて、貰える?」
「…ええ。勿論」
フラッシュからブローチを一旦預かり、胸元に留める。赤く光るルビーが可憐さと可愛らしさを引き立たせていた。こんな事、フラッシュに言えば「もう可愛いなんて年じゃないですよ」なんて返されそうだが俺からすればまだまだ可愛い愛しの妻だ。それに、年を取るとどうしてか可愛さが別のベクトルで引き立つ。不思議なものだ。
「似合ってるよ」
無論、誉め言葉は添える。俺がフラッシュに似合う様に設計したのだ。当然といえば当然だが。
「…もしかしてパパ。部屋が爆発したのって…」
いい感じの雰囲気を割って呆れ混じりに渡が質問を投げ掛ける。正直歯止めが利かなくなりそうだったので助かる。
「流石渡の洞察力。正解だ」
「
背筋が凍る。凄まじい怒りが背後から伝わってくる。恐る恐る振り返るとそこではフラッシュが般若の形相で静かに俺を睨んでいた。
「フラッシュごめん!俺もあんなんになるなって思って無くって…」
スピード土下座を決め、全力で謝り倒す。
「問答無用です!」
「ひい~!」
誕生日パーティーそっちのけで俺への説教大会が始まってしまった。強い言葉でまくしたてられ、体が小さくなっていく。いや本当にごめんなさい。
怒られる中、俺は時間した。これだけ賑やかな家庭を気付くことが出来、幸せになったな、と。こんな賑やかさがずっと続きますように。そう願いを込め、以前より流暢になったドイツ語で呟いた。
「…フラッシュ。Alles Gute zum Geburtstag」
「そんな言葉で騙されませんからね!」
ダメだったようだ。
今年もフラッシュの誕生日です、おめでとう!
ちなみに僕も最近フラッシュのマウスパッドを買いました。今月届いたから実質フラッシュの誕プレ(?)
今年は子供たちも一緒に祝ってくれます。完結したから出せるね!(蛇足なのは否定しない)
実際こういうシチュって一種の幸せの象徴みたいで憧れますよね~
ヴェラアズールのお姉ちゃんらしさもっと出したかったな…
ルビーの作り方は独学なので間違っているかもしれません。もし有識者の方がいらしてもどうか目を瞑ってくださると幸いです。
ザッハトルテのレシピは『グレーテルのかまど(Eテレ)』のザッハトルテを参考にさせていただきました。レシピの乗ったURL貼っておきます。是非皆様もお作りください(やっぱり瀬戸康史君カッコいいなぁ…)
URL→https://www.nhk.or.jp/kamado/recipe/71.html