レジスタンス「キャンプ」の名に相応しくない完全個室のハイテクトイレは、俺の為にわざわざ新しく作られたものだ。
アンドロイドには入浴や排泄も必須ではなく、エネルギー供給に当たっても食事自体は一種の娯楽の領域に入りつつあるという。
アンドロイドは体を欠損しても、部品を取り替えれば元に戻るのだろう。
「(人間が人体で失って再生するものなんて、肝臓ぐらいだもんなぁ)」
そう思えば、皆が過保護になるのもしょうがない気がする。それでもデボルとポポルは俺を子供扱いしすぎな気がするが。
ちなみにデボルとポポルには腕相撲で遊んだら負けた。泣いた。
「(もし、普通に出会って『わたしたちはアンドロイドです』って言われても信じられないな)」
武器を取り扱っているというアンドロイドの人と話した時、彼はひと目で「人間ではない」とわかる見た目をしていた。それでも俺に親切に武器を説明してくれたあの顔は、プログラムされたとは思えないあまりにも自然な笑顔だった。
感情に付随する表情筋に質感、向けられる瞳も
違和感はない。
それはレジスタンスのアンドロイドだけじゃない。俺が今まで出会ったアンドロイドの全員にいえることだ。
高度に発達した科学は魔法と区別がつかないように、感情を持った彼らは人間と区別をつけるなんて俺には無理だ。見分けがつかない。これこそ考えるだけ無駄だなこれ。
「(でもアンドロイドは飢えることも無ければ、風呂に入らなくても体は汚れないし、病気にもかからないってことか。)」
アイスを食べて知覚過敏にもならない。小さい文字もいつまでもはっきり読める。頭は禿げないし、高血圧や糖尿病に無縁なのは素直に羨ましいと思う。思考がおっさんくさいのは気のせいだ。きっと未来の俺には無縁のものだと信じたい。まず、禿げ散らかすだけの年数を生きてられるかもわからんけど。
......昔、風呂にも入れず、熱が出ても家に帰れずひもじい思いをしたことがある気がする。ずっと誰かが迎えに来てくれるのを待っていたような。
「あがっ!?」
突然、トンカチで殴られたような頭痛が頭に走った。ぐわんぐわんと響く幻聴に思わず頭を押さえながら思考を停止する。これ以上考えてはいけないと本能が脳が警鐘を鳴らしている。
この白い場所に1秒たりともいたくなくて、扉を開けた。
トイレで新聞を読む親父のようなマネをしたつけかもしれない。
「(こうやって、トイレとかで考え事をするのも人間の性なのかもな......)」
「やあ初めまして!君が人間かい??月に」
バタン
「......」
満面の女の人の顔が、トイレの扉からわずか1センチの距離にあった。
思わずトイレの扉を閉める。ついでに鍵もかけた。
「いるはずの人類が地上にいるなんて!!会えて嬉しいよ。私はジャッカス、よろしく頼む」
「ヒッ」
閉じた扉を、今度は向こう側から思いっきり開けられ、濡れたままの右手を強引にブンブンと握手された。鍵壊れたよねこれ。
まるで何事も無かったかのように話を続けられて、思わず喉がひきつる。
「...コンニチハ、ジャッカス=サン。ボクハアカツキデス。ヨロシク」
「知ってるよ、さっきそこのアンドロイドに聞いたから」
「そ、そう。...ちなみにいつからそこにいらっしゃる?」
「君がそこに入っていくのを見てからだけど?」
「最初からじゃん」
え?俺がトイレに行っている間ずっとここにいたの?
▲▼
元は倉庫であろう乱雑に物資がどかされた広い空間、その15メートルほど先にプラスティックの人形が三体並べられている。
「準備完了。では、魔法を射出してくれたまえ!」
「よっと.........!!」
力を込め、魔法の槍を一気に三本射出する。人形を貫通した槍はそのまま一際大きな赤い光を放つと、霧の様に消滅した。
「うーん。やっぱり防御装置が起動しないなぁ。攻撃されてダメージを受けているのに、その攻撃をプログラムが認知できない。まるでそこに何も無いかのようだ。」
「まるでそこに何も無い?」
「魔法に関してはあの双子の専門だが、大昔の解明できない技術...人類の失われた遺産。大いに興味深い!」
「おーい?ジャッカスさんや。おーい」
こちらに魔法を撃たせるだけ撃たせておいてジャッカスは1人で盛り上がっている。
いくら話しかけても反応がないので、目の前で渾身の変顔を披露してみた。普通に無視された。というか、久しぶりに激しく動いたので息切れが酷い。
「おや、地面にへたりこんで何をしているんだい?」
「いや...久しぶりに...魔法を使って...」
「体力切れ? 確かに魔法の威力は凄まじいけど、君自身の身体能力は有り得ないほど低いしね」
「やめてくれよ心も体に比例して弱いんだよ」
彼女は普段、砂漠地帯に拠点を構えているのでレジスタンスキャンプに来ることはあまりないらしい。「アネモネのレジスタンスキャンプの様子がおかしくて極めて穏便に調査したら君がいた」は本人の弁である。...後で隅でひっくり返って気絶していた人にはオイルでももっていってあげよう。
「ところで、色々魔法をぶっ放していろいろ壊しちゃったけど、本当に大丈夫なのか? さっきの人形とかめちゃくちゃ高そうだけど」
俺が魔法で壊したのはさっきの三体の人形だけじゃない。 ガラクタになった機械生命体は良いんだろうが、なにか色々作り込まれた重要そうな機械や明らかに高価そうなものがあった...気がする。
「良くないけど、君が壊したっていえばアネモネも許してくれるよ」
「え?」
「ああ、人形もアンドロイドの死体を再利用したに過ぎないから、心配しなくていいよ」
「え゛??」
「みてくれよアカツキ。これが機械生命体型爆弾!奴らの頭で作ったんだ。 コストが安い分爆発力は少ないし機能性は劣悪だが、アンドロイドの間で大人気さ」
「ワァ」
「こっちはうさぎ型爆弾! 可愛らしいだろう? 森に放った後、機械生命体共に紛れ込ませてそのままドカンってね。 まあ、見た目につられたアンドロイドが巻き込まれたって苦情が来たが」
「スゴーイ」
魔法を見せてくれたお礼に、とジャッカスが披露してくれたのは、様々な種類の爆弾だった。 アンタは万物を爆弾に変えないと気が済まないのかと言う勇気はない。
溌剌とした笑顔と裏腹に、ポケットから出てくる物騒な品々に、またもや顔が引き攣る。
「しっかし!まさか我らが創造主様に会えるとは思わなかったなぁ。アンドロイド冥利につきるよ」
「エッウンアリガト」
「ところで、今ここで全裸になってくれない?」
「なんで???????」
なんで?????
「新作の爆弾も見せたし、会えて嬉しいって言ったじゃないか」
「それで『じゃあ脱ごうかな...』ってなる?ならねーよ」
「しょうがないなあ。それじゃあひとつ」
ジャッカスはゴホンと勿体ぶるように咳払いをする。
「生殖器がない我々が服を着るのは、勿論合理的に機能性のためだ。アンドロイドは人間に比べ体温や熱の調節機能が良くないからね。服はいい日差し避けになる」
「うん」
「だが一番の理由はキミたち人類の模倣だよ。被服によって社会的な地位を証明したり、装飾してお洒落を楽しんだり.........。
そして、その人類は知恵の実を食べ、善悪の知識を得たことによって服を着るようになったといわれている。興味深い理由だよね」
「うん」
「さて、服を脱ぐ気にはなったかな?」
「ならん」
「チェッ」
「まず何を言われても脱がないから!?」
▲▼
「私はそろそろ砂漠に戻ってほかの研究をすすめないと。本当は直接人類のデータを取りたかったんだが」
「ほかの研究...ジャッカスは爆弾魔じゃなかったのか」
「失礼な!私だってアジを釣ったり薬作ったりちゃんと科学者らしく活動してるさ」
科学者か?それ
「......? 砂漠あるの?」
「あるとも。砂まみれの何も無い場所だがね」
「へー。そりゃ砂漠だから何も無いか」
なんとなくこの辺りが東京だと思っていたので、砂漠が近くにあるなんておかしいと考えたが、俺がいた時代から1万年経っているんだから、砂漠の一つや二つ出来ていてもおかしくは無いだろう。
「私と一緒に来るかい?」
「へ。何急に」
「すごい興味がありそうな顔していたからね」
「マジ?」
「マジ」
「ジャッカスに迷惑かけるだろ(一緒に行ったらろくな目に遭わなさそうとは言えない)」
「別に?砂に埋もれて慌てる君が見たいし」
「ねぇ動機。それに、行きたいって言ったらアネモネを困らせちゃうだろ」
「へー君、変なこと気にするんだね」
「えぇ?」
「迷惑とか困らせるとか、考えなくていいと思うけどなぁ。だって元々この星は君たちのものだろう?」
「.........そういうものなのか? いや、やっぱり遠慮するよ」
「そうか。気がのったらまた言ってくれたまえ」
「アカツキ。そこにいたのか」
振り返ると、呆れ顔のアネモネがこちらに向かってきていた。
「ああ、アネモネか。一体どうしたんだい」
「どうしたも何も、お前がアカツキを引きずっていって手に負えないと私に報告が来たんだ」
「ちょうど良かった。彼を君に預けようと思ってたんだよ。ほら」
「ぐえ」
「ジャッカス。彼を乱暴に扱うのはやめてくれ」
「はいはい、じゃあ私は戻るから。アカツキ、また研究に付き合ってくれたまえ」
「りょーかい…」
「...行ってしまったか。ジャッカスはあの通り傍若無人なやつでな。私からも注意しておくから、どうか大目に見てやって欲しい」
「別に構わないよ。俺もなんやかんや楽しかったし」
「そうか」
腫れ物扱いをされている訳では無いが、ジャッカスはレジスタンスキャンプでは珍しい接し方をされたので新鮮だったのは本当だ。
頭にポンと手が乗せられる。
「陽射しに当たりすぎだな、少し中で休もう」
▲▼
空調の効いた室内で水分補給にとアネモネからコップを差し出される。
「後、きみにこれを渡そうと思ってね」
「これ、俺の服?」
「ああ、補修させてもらった」
「ありがとう!」
渡されたのは少ない元の世界の繋がりだった。
血に汚れ破れてボロボロになっていた学ランは、新品同様と疑うほどに綺麗になっていた。
「その件なんだがな。やったのは別の兵士なんだ。」
「?」
「直接渡せと本人に言ったんだが、どうにも内気な性格でな。良ければアカツキが話しかけてやってくれないか」
「わかった」
レジスタンスキャンプのアンドロイド達とは結構話すようになったと思う。
人生で1度もバレンタインにチョコを貰った記憶がないのに、恋愛相談をされた時は俺にどうしろと思ったりもしたけど、まあ世間話というやつだ。
全員顔を合わせたつもりだったが、俺がまだ会ったことの無いアンドロイドもいたらしい。ここは俺が一肌脱ぐべきだろう。
「こうやって2人きりで話すのは随分久しぶりだな」
「言われてみれば、確かに」
「何かあればすぐに言ってくれ。君に何かあっては大変だからな。」
「全然大丈夫だよ。似たようなこと前に2Bや9Sに言われたし。それに俺に何かあったらデボルやポポルが黙っていないだろ」
「そうか、........先日は君の外出の件について許可が出来なくて本当にすまなかったな」
「謝るのは俺の方だよ。無理を言ってごめん」
「今は難しいが、もう少しすれば周囲の安全確認をするだけの余裕も出てくる。そうすれば君の外出も積極的に取り組むことが出来るようになるだろう。悪いがそれまでは待っていてくれ」
「そんなにしてもらうと悪いよ。俺、ただでさえ皆やアネモネに迷惑かけてるのにさ」
「そんな事は無い。聞いてくれ」
テーブルに乗せていた手を、上から握られる。
「知っての通り、私たちは機械生命体からこの星を奪還するために戦っている。君たち人類に再び返すために」
「あ、ああ」
「しかし長引く戦況に時が経てば経つほど仲間を失い、心はすり減っていく。――どうしようも無い中で、君に出会った。」
「あの時、全てが報われた気がしたよ。いや、実際そうなんだろう。ほかの皆も同じだ。君が此処に来てから皆の表情は見違えるほど明るくなった。全て君のおかげなんだよ。アカツキ」
「俺は、きっとアネモネ達がいうような存在じゃ...」
「デボルとポポルの件もそうだ」
「?デボルとポポルが?」
「あの2人は、元々迫害されていたんだ。機械生命体からではなく、我々アンドロイドから」
▲▼
「迫害?どうして?」
「彼女達の暴走がとある事故を起こしたんだ」
「事故......」
「その事故は私達に...いや、君達人類にとって、致命的なものだった。どんな事故を起こしたのかは分からない。だがそのせいで人類は地球に居られなくなり、彼女達は今も全てのアンドロイドに憎まれているんだ。」
「…全てのアンドロイドに憎まれる? 」
「ああ。それだけの罪を、彼女達は犯した」
「罪…」
迫害されている素振りを、2人は俺に全く見せなかった。
デボルとポポルは案外押しが強い。
朝食は必ず食べさせようとしてくるし、どんなに逃げても日焼け止めを塗ってくるし。
覚えてはいないが、母親とは彼女たちのような存在をさすのではないだろうか。
なんとなくだが、それはきっと、不慮の事故だったのだと思う。 二人を知るが故のただの希望的観測なのかもしれないが。
「正確にいえば、事故を起こしたのは彼女達の同型であって、我々の目の前にいるふたりではないんだ。」
「あー...あ?つまり、別のデボルとポポルがやったってこと?」
「ああ。かつては彼女達の同型が各地域で運用されていたらしいが、今は殆ど処分されてしまったと聞く」
同じ存在がいるなんて人間には有り得ない事だったので理解にしばらく時間がかかった。
アンドロイド達の人間への惜愛は非常に強い。その彼らの思いが皮肉にも今俺の生命線になっている。
親の罪でさえ、どんな形であれ子供に引き継がれるのだ。同型がやった事で今の彼女達には関係ないと通用するのなら、きっと世界はもう少し優しいものだったろうにと思う。
「やり場のない怒りや鬱憤は全てデボルとポポルに向けられる。 あの二人も、現状からの脱却も、私では何もできなかった」
「それも...きっとしょうがなかったんだろ」
「君はそう言ってくれるんだな。」
だが、とアネモネは頭を振る。
「君は違う。君が、君だけが――いや、なんでもない」
「アネモネ姐さん。沿岸部帯の補給路のことで相談があるんだが...」
「わかった、今行く。すまない、私はこれで。君はどうする?」
思い浮かんだ言葉を口にするのはやめて、代わりのものを告げる。
「......俺はもう少しここにいようかな」
扉をくぐろうとするアネモネが、こちらに振り返る。
「アカツキ」
「?」
「どうか君はあの二人を拒まないでやってくれないか」
「俺が?なんで?」
質問の意図がわからず首を傾げる。
俺がデボルとポポルを拒んだところで何のメリットがあるのだろうか。
ハトが豆鉄砲を食らったような表情をしたアネモネは、堪えきれないように声を漏らしながら笑い始めた。
「何!?なんか今変なこと言った!?」
「フフ.......なんでもない。愚問だったな」
▲▼
頬杖を着きながら、何となく飲み残した茶の水面を見つめる。
この後はどうしようか。2Bと9Sは今日は珍しく着くのが遅いみたいだし、道具屋のアンドロイドに珍しい品物を見せてもらったり、音楽を聞かせてもらったりしに行こうか。倉庫番はいつも暇だと皆口を揃えて言うから、当番の人に話しかけるのがいいだろうか。
「(デボルとポポルは......)」
迫害の文字が頭に浮かぶ。ダメだ、今はどんな顔をして会えばいいのかわからない。
思考を逸らしながや手持ち無沙汰に学ランを手に取る。
この糊がきいた濃紺の制服が自分のものだという確信はある。
手に馴染むし、毎日着慣れていたものの...筈だ。きっと普通に学校に行って、普通の日常を過ごしていた筈だった。
―――欠けている。致命的な何かが。
微睡むような日々を過ごして気付いたのは、全てが曖昧になっている事だった。
過去、記憶、家族。 俺という人間を象るために必要不可欠なもの。書かれた文字のインクが水で滲んで読めないように消えている。
2B達に返してもらった俺のものだというカードケースを見る。
正直、このシンプルな革のカードケースにすら見覚えはない。それでも掠れて読めなくなっている、何かのカードキーに印刷されたマヌケ顔は――確かに俺のものだった。
「......わからないことばっかりだ」
▲▼
ある日、2Bと9Sはいつものようにレジスタンスキャンプを訪れた。
「あれ、アカツキさんいませんね」
いつものように訪れたレジスタンスキャンプを見渡した9Sが首を傾げる。
「どこにいるんだろう…」
「デボルとポポル、アネモネのところに行こう」
暁がいる可能性が高いのは彼女たちの側と判断し、それぞれを探す。 レジスタンスキャンプそのものは至って平穏であったが、アネモネの周りには異様な雰囲気が漂っていた。9Sもそれに気付いたらしく、困惑した表情を浮かべている
「アネモネさん?」
「ああ…!9S、2B!ちょうど良いところに来てくれた!」
「アカツキが見当たらないんだ…!」
次回 A2登場の巻