目を開けると、そこは全てが白かった。
「...そういう事ね、完全に理解した。」
またもやどこかに飛ばされたことを察して、しゃがみ込んだままため息を着くが、何とか立ち上がる。 どうやら俺は壁も床も空も、全てが白い何かで構成された不思議な街にいるらしい。いつまでもいてもしょうがないので、歩き出すことにした。
「人類が月に逃げた、か......。」
エイリアンなんているのかという疑問や、ここが西暦1万年の世界なんて信じられない…というよりかは実感がわかない。 月で人間が生活できるのかと思ったが、そこは西暦5000年の科学を信じるしかない。 かがくのちからってすげー!
.........こんな遠い世界に来てしまった。きっともう誰もいないし、何も残ってないんだろう。家族も、家も、友達も...。正真正銘、今の俺は独りなわけだ。
「しっかし、地球人類滅亡の理由が白塩化症候群じゃなくてエイリアンかぁ。世の中分からないもん、だ.........な」
街角を曲がった先には男がいた。
俺はひとりではなかった。
人は人でも今まさに下着を脱ごうとする真っ最中の男の人がいた。
やっぱりひとりでいいです。
「へ、変態だー!!!」
いや、まてよと目頭を抑える。これは幻覚だ。エイリアンだの機械生命体だの訳の分からないことを言われてしまったせいで、狂った脳が見せるものだ。きっとそうだ。再び目を開ける。
パンツ一丁の男性とぱっちり目が合った。
oh......
天国にいるお父さん、お母さん...■■■■......どうやら俺は紛れもなく新世界に来てしまったようです.........。
「お邪魔しました〜〜」
「おい、待てよ」
「ヒイッ!」
回れ右をして帰ろうとした瞬間、肩を掴まれる。振り返ると案の定ムキムキ全裸の男性が俺の肩を掴んでいた。
「お前、なんでここにいる?どこから来た?」
「お楽しみのところほんとすみません邪魔者は帰るんで」
「あ゛?さっきから何言ってるんだ。いや、待てよ...お前...」
「!?がぁッ!!!」
▲▼
機械生命体であるイブはケイ素で形成された、白い街でただ佇んでいた。
決して我慢強くない彼がそうしているのは、一重に彼の兄たるアダムがそう命令したからだ。 アダムはイヴを待機させ、本人はしばしどこかに行ってしまうことが多かった。
下着を履くのも、食べなくてもいい植物を摂取するのも全ては兄のためだった。
兄が喜ぶからそうしているに過ぎなかった。
イヴにとって、兄は全てだった。
アダムがイヴの前から居なくなる期間としては、比較的長い時間が過ぎていた。
一人で遊んでいても何も面白くはない。ニイちゃんがいなければ何も意味は無い。
苛立つ心の中、自身の下半身を覆う布が煩わしくなってくる。
兄がいるならばこんな布切れを履いている意味は無いと、イヴは下着を脱ぐことにした。
そうして、彼の目の前に突如人影が現れた。
「お前、なんでここにいる?どこから来た?」
兄や自分達機械生命体が作ったこの街に、アンドロイドが入ってきたことなど1度もなかった。 そういった建前を持ちながらも、イヴは暇つぶしにちょうど良いと思っていた。このアンドロイドで遊んでいれば、少しはこの苛立ちも収まるだろうと考えて、手に力を込める。
その時手の触覚から、確かに肉の感触が伝わった。
「!?がァっ!!」
確信を持って地面に叩きつけ、首に手を添える。力を込めると、そこには生命だけが持つ体温があり、鼓動があり、血潮があり、脈があった。
「ハハ...お前、人間か!!!!」
月にいるはずの人間が地球にいることはイヴにとってどうでも良いことだった。
ただ、あまりにも「人間」が珍しいのもあって生まれて初めて『観察』という行為をしていた。あまりにも弱いというのがイヴの率直な感想だ。 目の前の「人」は最も量産される小型の機械生命体よりも、ずっと脆く弱い生命だった。
つまらない、と思った瞬間イヴの体は吹っ飛ばされていた。右肩を見ると、なにやら赤黒い槍が刺さっている。 その槍はイヴが引き抜く前に消えた。人間がこちらに攻撃を仕掛けたらしい。
「お前、面白いものもってんな」
―――きめた。にいちゃんが来るまでこいつで遊ぼう。人間はこちらを睨んでいる。イヴは無邪気に笑った。
▲▼
状況は最悪だ。
抑えられて咳き込む喉でなんとか呼吸を整えて、おれは目の前の相手を睨む。ニヤニヤと笑う全裸のド変態に命を狙われるなんて冗談じゃない。
ふざけるのは置いておいて――...パスカルの言葉を信じるならば、この目の前にいるのは機械生命体か、もしくはアンドロイドだ。 見た目は人間だから、恐らくアンドロイドだろう。 少なくとも、俺を助けてくれたあの女の人のように、俺よりずっと強い。
こちらにありえない速さで近寄ってくる変態に対抗するために、地面に魔力を全力で流す。
「嘘だろ!?」
地面から串刺しに生えた槍をあっさりと避けた男は、相変わらずニヤニヤ笑いながらこちらに襲いかかってくる。
「なぁ、それ。どうやって攻撃してるんだ?」
「知るか!!うわぁっ!?」
あっさりとこちらのすぐ側に近づいてきた男(全裸)は、まるで子供のじゃれあいのように素手を振りかぶってくる。
受け止めようと張った魔法の障壁はいとも簡単に破られ、俺の体は吹っ飛んだ。
地面に這い蹲るこちらに無防備に近づいてくる男に、背後から最後の魔力を振り絞って作った大きな拳を脳天に突き落とす。しかし、渾身の一撃は、相手が光のような防壁を出したせいでほんの少しのダメージも与えられなかった。
「な...!」
「へー。人間もやっぱりそういう風に血が出るんだ。にいちゃんがみてた“どらま”と同じだ。」
「ぐ.........うぅ.........誰、だよ...にいちゃんって...」
鉄パイプを杖に立ち上がろうとするが、全身が痛くてたまらない。先程の最後の魔力は攻撃ではなく、逃走のために取っておくべきだった。制御が効かずとも魔法で逃げられることはできたはずなのに!!!
「ああ?にいちゃんは、にいちゃんだ。それ以外あるか?」
「会話が、成り立って、ねーよ。お前は、ペットの犬に「いぬ」って...名前つけんのか」
「は?何お前、すげーむかつくんだけど」
「誠に申し訳ございませァァァァ゛!!!」
「そういえば思い出した。」
「っが......」
殴ろうとした拳を鉄パイプを盾にして必死に受け止めても、向こう(全裸)は何処吹く風だ。鉄パイプから伝わる衝撃に足が踏ん張れず、再び地面を転がる羽目になった。
「人間に興味があるのは兄ちゃんほうだった。」
「うげぇっ」
首根っこを掴まれるとそのまま持ち上げられて、地面に足がつかなくなる。
「あんまり遊びすぎて先に壊しちゃったら、にいちゃんが怒るからな」
「がっ......首が絞まる絞まる絞まる!!下ろせ変態露出魔下着のセンス最悪ゥ!!」
「うるっせーな。おまえ、にいちゃんが選んだものにケチつけんのか?」
「そのにいちゃんが来る前に窒息死しますが!!?いいのか!!?お!?!? いいのか!?お前の兄貴が来る前に俺が死んでも!!お!? ぶぶべぇ!!!!!」
こちらをまるで玩具のように扱う全裸に持ち上げられた体は今度は手を離され、地面に受け身も取れずに激突した。 怪我に響いて体から鳴ってはいけない音がした気がする。
「っぐ...............ぐ..................」
「お前、めちゃくちゃうるさいな。人間は皆こんなやつばっかなのか?」
「......人類は少なくとも、お前よりかは服を着ているっーの。それに、」
俺は男の腕を掴むと、地面に這いつくばった姿勢を利用して鉄パイプを握り直した。歯を思い切り食いしばる。
「お前の方こそ、ニイチャンニイチャンうるっせぇんだよ!!!」
▲▼
「――――人が、この星にいる?」
「ええ、それが一番あり得ると思うんです。」
遊園地にて『歌姫』を倒した直後、劇場に飛び込んだ際に割れたステンドグラスを眺めながら9Sはそう言った。
「あの魔素を含んだ遺物、保存状態の良さに対して僕達アンドロイドが修復した痕跡が一切無かったんですよね。 地上に残されていたものとは考えにくいと思うんです。なら、月から来た人間さんが落としたって考えるのが自然かなーって。」
「人類は全員、月にいるはず」
「でも月で僕たちの知らない事情があって、地上に来たとも考えられませんか?」
9Sの言葉に2Bは黙り込む。 確かに人類の為に生まれ、人類の為に戦うアンドロイドであったが、人類に会ったことは1度も無い。
2Bは月で人間がどのように過ごしているのかは一切知らなかった。それはきっと9Sもだろう。
「それは私達じゃなくて、司令部が決めること」
2Bは結局、いつも通りの返答をした。
そして遊園地を後にしようとした2人は、白旗を振る一体の機械生命体にとある村に導かれることになる。
▲▼
平和を掲げる機械生命体の言葉に嘘はない事は、レジスタンスキャンプのアネモネから言質を取ったことで確定となった。 生憎2B達が訪れた時は不在であったが、森の機械生命体のコロニーは「パスカルの村」と呼ばれているらしく、文字通りパスカルという機械生命体が村を治めているらしい。
用事で出かけているそのパスカルも、再訪の際には会えるとのことだった。
「うわ!?」
「うわぁ〜!!」
パスカルの村に向かおうと廃墟都市を通り過ぎている時、2Bの後ろで何かがぶつかったような音が響く。 振り向くと、9Sが何やら大きなものと衝突していた。
「9S!?」
「うわぁぁ〜 よそ見をしていたらぶつかっちゃいました!! 」
「いてて......僕は大丈夫です。2B」
「あっ! あなた達は先日の......あの時は逃げちゃってゴメンなさい!僕はエミールと言います。見ての通りショップを営んでいます!」
「み、見ての通り?」
「ショップを営んでるようには見えませんが...。じゃあ、魔素を検知できるプラグインチップはありませんか?」
「魔素、ですか?う〜ん。ちょっと待ってくださいね。え〜と、あれでもないこれでもない...」
商業施設で初遭遇した不可思議生命体は、エミールと言うらしい。 摩訶不思議でわからないものから何か買って大丈夫なのだろうかという2Bの不安を他所に9Sはエミールから魔素探知のチップを購入していた。
「魔法を使う生命体を探しているんだけれど、もしかしてあなたの事?」
「僕は魔法を使えますけど、最近は使ってませんね。 この体で体当たりすればイチコロ!!ですので!」
2B達が追う魔素を使う存在はエミールのことかと思ったが、エミールの存在は最初に確認された森での魔素爆発より前に、レジスタンスキャンプで報告されていることを思い出す。2Bの勘は外れてしまったようだ。しかし、車体のユニットで縦横無尽に走る回るエミールなら、何か知っているかもしれない。
「何か変わったことは?」
「そういえば最近、機械生命体さん達が妙にざわざわしているというか。」
「機械生命体が...?」
「はい。落ち着きがない、と言った方がしっくりくるかもです!」
それでは!と元気よく挨拶をしたエミールはよく分からない音楽を流しながら去って行った。