俺を守るように立っていたのは、黒い服を着た女の人だった。 そのあまりにもの美しさに、思わず呼吸が止まる。
「2B!」
「敵は私が。9Sは彼をお願い」
「わかりました!」
女性は軍刀を引き抜くと、機械生命体を豆腐のようにバッサバッサと切り裂いていく。嘘だろあれ俺が一体倒すのにめちゃくちゃ苦労してた種類なのに。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ.........」
あっけに取られているうちに、女の人と同じ黒と白で構成された俺と同い年か少し年上ぐらいの男の子が、転んだ俺を支えるように背中に手を置いてくれていた。
「まずはこいつらを何とかしないと...! 人間さん、僕から離れないでくださいね」
目元の黒い布越しにこちらにニコリと笑いかけると、手に光が集まる。その光を受けた機械生命体が──爆発した。どうやっているんだろう。2人によってあっという間に機械生命体は倒されてしまった。強い。圧倒的に強すぎる。
「敵殲滅完了 」
「ふぅ、これでもう安心――...ああっ、人間さんが白目を向いて......!2Bどうしよう!!人間さんが!!」
「えっ」
「大丈夫ですか!?もしかして、間違って攻撃が当たっちゃったりとか...!」
「大丈夫じゃないです」
「えっ!?」
「ご、ゴメン......助けてもらったのに、なんか、取り乱しちゃって」
「いえ。気にしないでください。――あの、本当に大丈夫なんですよね?」
「うん。自分の弱さにうちひしがれていただけだから気にしないでください...」
「そ、そうですか...?」
こちらを助けくれたふたりはよくよく見ると、ものすごく全身真っ黒で似たような服を着ている。 そして2人のそばに浮かぶ箱といい、どこか既視感があるような。
「自己紹介が遅れましたね。 僕はヨルハ部隊9号スキャナー型の
「スキャ......バト...............スペースキャット...じゃない。えーと、9Sさんと2Bさん?は2人もアンドロイドなんですか?」
「私たちはヨルハ部隊に所属するアンドロイドです。そして、私たちに敬称は要りません」
「そうなの?じゃあ2Bと9S、俺は
「顔をあげてください! 僕達アンドロイドはあなた達人類のために生まれ、この星を機械生命体から奪還するために生まれてきたんですから、助けるなんて当たり前なんです!寧ろこうやって...人間であるあなたに会えたことは身に余る光栄です」
「でも......」
「9Sが言っていることは全て事実だから気にしなくとも構いません」
「それなら俺に敬語はいらないよ。俺、人間の中で偉いわけでもないし。」
9Sは敬語の口調が素みたいだけれど、2Bは先程砕けた口調で9Sに話していた。いくら人間といったって同い年っぽい9Sとどうみても歳上の2Bに、俺みたいなただの学生に敬語を使われるのは気まずい。初めて会ったアンドロイドは全裸だったけど、彼らはきちんと服着てるし優しいし出来れば仲良くなりたい。
「いいじゃないですか、2B。人間さんがせっかくこう言ってくれてるんですから」
「なんならアッキーって呼んでくれても」
「それではアカツキさん!、よろしくおねがいします」
「アッハイ」
▲▼
「アカツキさんを安全な場所に送りたいんですけど、飛行ユニットで運ぶ訳にもいけませんし。どうしましょう」
「.........」
「速く移動できる飛行ユニットを使わない手はない気もしますが...。でも一人乗りだしな。」
「私の飛行ユニットは...」
「2Bの?」
「...」
「...海に沈んでますね」
「着陸する前に飛び出したから...」
「前から思ってましたけど、2Bってやっぱり大胆すぎるところがありますよね。これは後で整備部に絞られるな...。」
「なあ、飛行ユニットって少し向こうに止まってる人型のロボットのこと?」
「そうですよ。僕達ヨルハ部隊は主にバンカーから地上に降下作戦を行う時にこの飛行ユニットを使うんです」
「めっちゃくちゃかっこいい......」
一人乗りだという飛行ユニットは遠目で見ても複雑な機体の装甲といい、まさに男の夢を実現させたようなかっこよさだ。 乗っているところが見たかった。
「い゛っっっつ゛!!!」
立ち上がろうとしたところ足がいうことを聞かず倒れ込んでしまい、慌てた2人に支えてもらう。そういえば怪我をしていたのを忘れていた。
「いててててててて自覚したら傷口が痛くなってきた」
「アカツキさん!!」
「飛行ユニットじゃ彼の体が持たない。とりあえず徒歩で早くレジスタンスキャンプに向かったほうがいい。」
「そうですね...! アカツキさん、僕がおぶります。掴まってください。」
「あ、ありがとう...」
けが人を1人背負って移動なんてかなりの重労働だが、俺ももう一歩も歩けそうになかった。お言葉に甘えてこちらに背を向けてしゃがみこむ9Sの肩に手をかける。 あやばい。背負われた衝撃で内蔵が死にそう。
「―――――――...............」
「ポッド。司令部に連絡を」
『報告:魔素反応により通信機能がダウン』
「応援は見込めないか...」
「2Bと喋ってるあの箱がポッド?」
「えっ?、......、.........ああ!そうですよ。ポッド達は戦闘や通信における支援をしてくれるんです」
キェアァァアシャベッタァァアア!!!!
ポッドはよく見れば9Sの傍にも浮かんでいた。何?あの箱といい黒い人といい…やっぱりこの2人はもしかすると、あの黒い服と同じ組織の人達なのかもしれない。
俺を背負った9Sは人1人の体重をものともせずボコボコの地面を歩き出す。
暗い下水道のような場所を抜け、ハシゴをあがった先には見慣れたあのでかい森があった。初めて見た当初は美しい緑だと思っていたが、苦い思い出がある今ではただの一面のクソミドリという感想しか浮かばない。
「ところで、ヨルハ部隊って何?」
「ヨルハ部隊は機械生命体との戦争の膠着に決着をつけるべく開発された、僕たち新型アンドロイドの総称のことですね。」
「その黒い服を着てる人がヨルハなのか?」
「この系統の服を着てるのはヨルハ部隊所属のアンドロイドだと思います。 レジスタンスのシンボルカラーは白ですし。 それがどうかしましたか?」
「いや、ヨルハ部隊の服、似合ってるしめちゃくちゃかっこよくていいなって思って。」
「そ、そうですか?なんか照れるなぁ... 」
やはりあの廃工場で出会ったのはヨルハ部隊のアンドロイドであったらしい。 だからといって今更どうしようもないのでとりあえず黙っておくことにする。
ヨルハ部隊の黒い隊服がかっこいいのは本心だが、護衛のために目の前を走ってくれる2Bのスカートの切れ込みが深すぎて目をそらすのに必死だ。別の意味で死んでしま―――白?????????
「そういえば、アカツキさんはどうして地球に来たんですか?」
「へっ!?ごめんパンツのことしか覚えてない!!!!」
「?下着がどうして...」
「下着履いてないマッチョの成人男性に襲われて」
「!?」
「そ、それで月を降りたんですか!?」
「あ、やっぱり違うわ」
無言ではあるが2Bの肩が跳ねていた。あの短いスカートの──...じゃない。あの全裸にボコボコにされたのが自分でも気づかないほどにキていたらしい。そういえば2Bと9Sの前に出会ったのは───
・森で助けてくれたクールビューティな女性アンドロイド
・廃工場で襲われた一般通過ヨルハ部隊(暫定)
・同じく森で助けてくれた機械生命体平和主義者のパスカル
・白い街で襲われた変態男性アンドロイド(全裸)
あれ、なんかアンドロイドに襲われてることが多いような。 多分印象が強すぎただけで気のせいだな。
「うーん。なんというか頭が混乱してて、ここに来る前に何をしていたのか全く覚えてなくて不安だったんだ。だから君たちに会えて本当によかったよ」
まず俺がいたのは月ではなく西暦2000年代の地球だが、この場所に来る前何をしていたのか覚えていないのは本当だ。
「これからは私たちが貴方を護る。だからその、安心して欲しい。」
こちらを振り返った2Bはそう告げると、再び前を向いてしまった。 俺を背負う9Sが笑う気配がする。
「もー、素直じゃないんだから。2Bは」
▲▼
「ひゃぁぁぁいあべべべべびばばばばばばばばばばばばは高高高高高高高高高死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ゛!!」
「あ、アカツキさーん!舌を噛まないように気をつけてください!!」
「お゛ぇ゛............」
「すみません。高いところから飛びすぎましたね......2B、僕は水を取ってきますね。アカツキさんを頼みます。ポッド!」
『了解。近くの水源を検索、マップにマーク完了』
「な、9S!」
2B達がレジスタンスキャンプまで選んだ進路は、なるべく機械生命体と接触しないものを選んだつもりだったものの、ビル群をジャンプで移動しながらの回り道は人間の平衡感覚には耐えられないものであった。 2Bが自責の年に駆られている内に、9Sは的確な判断を下しどこかに姿を消してしまう。
「私はどうすれば...」
『提案:背中をさすることで精神的なケアが可能と推測』
「わ、わかった」
「─────..................」
暫くオロオロと辺りを見渡していた2Bはしゃがみこむと、アカツキの背をさすろうと手を伸ばす。 そして背に触れた瞬間その手から身体中に伝わる感情に、思わず手を離してしまう。
「(この感情は)」
「ぅう゛...俺は平衡感覚すらゴミカス雑魚ダメ人間......」
「!!」
アカツキの声に正気に戻った2Bは、恐る恐る触れるとぎこちない動作でその背をさする。今度は拒絶せず、その幸福と安堵に身を委ねながら。
▲▼
「これで全部?」
「ああ、これで終わりだ。」
「ちょっと時間がかかりすぎちゃったわね」
遅くなるどころか、あたし達が帰ってこなくても気にするやつなんて誰もいないさ、と口にしようとしたが…やめた。ポポルの表情の寂しげな表情を見れば分かりきったことだった。
「そういえば、アネモネが私たちに用があるって」
「アネモネが? 何の用だ」
「さあ?でも旧世界の魔法について聞きたいって言われたわ」
「旧世界のことなんて聞いて一体どうするんだよ」
『記憶』は消されたとしても『記録』は残っている。旧世界という言葉から連想される胸の痛みに顔を顰めながら、デボルは集めた機材をまとめていく。 ポポルは半分に分けられた素材を背負った。 あまりの重さに足が軋みそうになるのも変わらぬ日常だ。
「もう、デボルったら。せっかく頼られたんだから協力しましょう?」
「わかってるよ」
アネモネと「頼られた」「協力」のような生易しい関係ではないことも、分かりきっている。 迫害の末たどり着いたレジスタンスキャンプを追い出されれば、待ち受けるのは決まりきった末路だ。
重すぎる荷物を2人で支え合い引きずりながら、なんとかレジスタンスキャンプにたどり着く。 レジスタンスのアンドロイド達はこちらをちらりと見るだけで、手伝おうともしてこない。酷い時は舌打ちをされることもあるが、殴られないだけマシだ。
しかし、今日は違った。誰もデボルとポポルに見向きもしない。
―――レジスタンスキャンプ全体が異様な雰囲気に呑まれていた。
「?何が起きてるんだ」
「随分騒がしいわね」
キャンプの中心地に向かって、何やら異様な人だかりが出来ている。 帰還に気づいたアネモネに切羽詰まった声で名前を呼ばれ、体が硬直する。
――ついにここも出て行かなければならないのか
咄嗟に身構えた2人の、まるで海が割れるように開かれた人混みの先の先、黒いアンドロイドに抱えられた人物を目にした。
ゴトリと背の機材が落ちる音がする。