ソファの上で、暁は暇を持て余していた。
地面につかない足をブラブラと揺らすが、普段それを咎める母は頭上で誰かと話し込んでいる。
暁は太陽光に照らされてキラキラと光る大理石をじっと睨んだ。
外は天気が良くて暖かいのに、どうして遊びにも行けず室内にじっと座っていなければならないのだろう。苦痛を母の隣の父に訴えても、大人しくしていなさいと窘められるだけだ。
見かねた母が、◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎とあっちで遊んで来なさいと言う。しかし、暁にとってそれは最も癪に障ることだった。
そもそも、こんなに長時間外に遊びに行けないのは◾︎のせいだ。
「記念写真」を撮るために動きにくい服を着させられて、同じポーズで何枚も写真を撮られる。それだけでもうんざりなのに、今度はやれ半目だのこの笑顔がいいだので悩み始めたので我慢の限界だった。
――◾︎のところに行ったって、どうせまた新品のランドセルを見せつけてくるに決まってる。
つい先日の、自分にも欲しいと泣いても、暁にはまだ早いと諭された苦い記憶を思い出しながら◾︎の所には行かず、暁は外に出た。
室内から開放的な外に出ると、ようやく息苦しさが無くなった気がする。
「うわぁ」
暁の目の前に飛び込んできたのは、あまりにも大きな赤い塔だった。
普段から遠目で目にする度に、母からその名前を教えられていた筈だったが思い出せない。こうして近くまで来ると、青い空と相まってその迫力は段違いだった。
「.........?」
しばらく見惚れていると、初夏の風が、その穏やかさに不釣り合いな不穏な音を運んで周辺に響いている。きょろきょろと当たりを回しても何も見当たらない。どうやら、視界に入らない程に遠くから鳴っているらしい。
一瞬考えて、その音の正体が記憶から引っ張り出された。
――――学校のチャイムだ。
「!?」
そして、暁の頭上にははるか大きな――東京タワーに負けないくらい深紅の生き物が空を飛んでいた。
映画に出るような壮大な翼は、目を擦っても消えはしない。「竜」は東京タワーの周りを大きく旋回すると、空中で止まった。
暁がもっと近くで見ようと足を踏み出した時、眩い光が「竜」に向かって走り、激突した。 体が吹き飛ばされるのではと思うほどの爆風に包まれる。
光の後に訪れた爆発音と静寂。世界がようやく音を取り戻し、暁の目と耳の機能が復活した時、その瞳が最初に焼き付けたものは「竜」が東京タワーに突き刺さる光景だった。
「...............!」
途端に恐ろしくになって、両親の元に帰ろうと駆け出そうとするが、左足が動かない。
見ると、大きな黒い手が暁の小さな足を掴んでいた。
足から伝わる潰れた肉と滴る血の感触のあまりの気持ち悪さに悲鳴を上げる。
振り払おうとした時、もう黒焦げて、辛うじて人の形をしているとわかる「それ」と―――――――目が合った。
「!!!!!」
目が覚めた。
あたりは薄暗く、寝間着は汗でぐっしょりと濡れている。
暁の為にあてがわれた部屋は、暁の睡眠時にはなるべく日光が遮光される様に設計されていた。
太陽光が人体にもたらす影響を考慮して、せめて少しでもかつての地球と同じ環境に近づけるようにという計らいだった。
ヒトは本来、夜に眠り昼に活動する昼行性の生物である――という夜についてのデータをデボルとポポルは見つけてきた。
かつて人間は日の出と共に起床し、日没共に就寝した。 殆どの生き物と同じように、自然と共に生活をしていたはずの人間は、灯火の発展とその文明を持ってそのあり方に反することも増えた。
レジスタンスキャンプに夜は来ない。 正確にいえば地球の地軸が傾いてしまったせいで、自転も狂い地球は陽の光が当たる部分と、当たらない部分――昼と夜に分断されてしまった。
「アカツキ?」
「.........ポポル?」
「どうしたの? まだ眠っている時間なのに」
「.........」
「顔が真っ青よ」
ポポルがこちらの顔を覗き込む気配がする。部屋の扉から差し込む光だけの部屋で、ポポルは暁の顔をきちんと認識しているようだった。眩しさに目を細めている頬に手を当てられ、指で目元を拭われた。
「夢を.........」
「夢?」
「............」
それだけを言うと暁は口を噤む。 きっと夢を見たのだろう。表情からして、あまり良くない夢を。
「大丈夫よ。起きたらきっと悪夢なんて忘れてるわ」
そう言ったは良いものの、何か彼に出来ることは無いだろうかと考える。そうしていると、記憶の奥にひとつの「歌」が見つかった。
人類はかつて、歌で子供を寝かしつけていたという。
口にした音は、すんなりとひとつの旋律となって紡がれていく。
暁が再び眠りにつくまで、その音は途切れることはなかった。
記憶の断片は、そのまま闇にへと消える。
▲▼
レジスタンスキャンプでの日々はおはようからおやすみまでいたせり尽くせりだった。
人間は水分を取らなければ1週間で死に至ると聞きつけたらしく、キャンプに海ができる程の水が持ち込まれたりしたのだ。水素水をキラキラした目で差し出された時はどう反応すれば良いのか全くわからなかった。 特別な水らしいので、紅茶に使わせてもらったけど。
この前なんてチョコレートが食べたいと雑談で話したらチョコレートとはなんだと大騒ぎになって、レジスタンスキャンプでカカオ捜索部隊が結成されかけていた。
後から聞けば、カカオの生産地は機械生命体との激戦区だったらしい。 罪の無いアンドロイド達を、俺の何気ない一言で死地に追いやる所だった..................。
「アカツキさーん?」
「あ、9Sに2B。ここだよ、ここ」
「何をしているんですか?」
「......地面に落ちてる石を数えてた」
「それは...永遠に終わらなさそうですね...」
ひょいとしゃがんでいるこちらを覗き込んできた9Sに、2Bが続く。
「お疲れ、今日は何してたんだ?」
「今日は廃墟都市に行ったり、パスカルの村の迷子を探したり...特に機械生命体の子供に質問攻めにあって......色々大変でした。ね、2B?」
「私にその話を振らない」
今日もどうやら色々あったらしい。
「パスカル、元気にしてた? 俺の事心配してくれてたからさ」
「はい、変わりはありませんよ。 アカツキさんのことは…、すみません。伝えられませんでした」
「そうなの?」
9Sの謝罪の理由がわからず首を傾げていると、2Bの手元に目がいく。
「あれ、そのリボンは?」
「............!」
「あ、そのリボン。村の子供に貰ったんですよ」
「へー、つけないの?」
「......アンドロイドに装飾品は必要ない」
「こんな感じに恥ずかしがっちゃってつけないんです」
「恥ずかしがってはない」
「似合いそうなのに」
「.........」
9Sと目が合うと、ニヤリと笑った。
「ほら2B、アカツキさんもこう言ってますよ」
「......」
「クールな2Bにかわいいリボンをつけたら似合うだろうにな」
「村の子供達も2Bにつけて欲しくてリボンを贈っただろうに、勿体ないですね」
「なぁ」
「ねぇ」
「〜〜〜ッ!!!」
観念したように、2Bはリボンを頭に着けた。鮮やかなピンクの可愛らしいリボンは、白と黒で構成された2Bに良く似合っていた。
「リボンかわいいな」
「似合ってますよ。2B」
「――お、お茶入れてくる!」
「あ」
「行っちゃった......」
2Bの後ろ姿を見送りながら、俺はようやく2人に話そうとしていたことを思い出す。 しかし、2Bが帰ってくるまで、それを口にするのはやめておくことにした。
「からかいすぎちゃったかな」
「2Bは素直じゃありませんから、ただの照れ隠しですよ」
「そうだといいんだけど」
帰ってきた2Bに淹れられた紅茶を見て、再び今日こそ2人に代わって俺が用意しようと思っていたことも忘れていた。しまった。
「どうぞ」
「? ぁあ、ありがと」
2Bからカップを受け取ると、紅茶に映る自分の瞳が合う。一度深呼吸して、乾いた舌のまま話を切り出す。
「2人は...その、無理をしてないか」
「無理?」
「.........?」
「俺が寝ている間にヨルハ部隊や、アネモネ達に頼まれた依頼をこなしてるんだろ?ずっと働きっぱなしで、疲れないか?」
「確かに、バンカーの自室に最近めっきり帰っていませんけど、僕達アンドロイドは任務によってはもっと過酷な状況で長時間戦うことも想定されていますからね。問題はありませんよ」
2人が何に対して無理をしているのかわからないといった顔に、ほっとした俺がいた。
「それに」
9Sの答えは、簡単に予想できるものだった。
食事や睡眠といった補給や栄養は、 生命活動に必要不可欠なものだ。
9Sと2Bは「昼」は俺と共に居て、「夜」は任務に走っている。人間ならば、すぐに体に悲鳴が来るスケジュールである。
しかし、彼らはアンドロイドだ。
「今はアカツキさんを2Bと一緒に護ることが、任務と関係なく何よりも楽しいですから」
そして、その答えは俺が欲しかったものだった。たとえそれが、俺の意図したものであったとしても。
「そうですよね。2B」
でも9S......その言葉のニュアンスだと......
「...............」
「...............」
「...あっ!えーと!2B。僕と一緒にいるというよりかはその、アカツキさんを守ることがですね...」
「感情を持つことは禁止されている」
「あっ、はい」
「でも、私もその思いを否定は、しない」
「2B...!」
(なんか俺を挟んで2人がデキてるんですけど)
一瞬生じたリア充に対しての恨みはすぐに霧散する。 何故ならば、2Bと9Sの目線は途中から俺に向けられていたからだ。
「アカツキさんは、ここの生活で何か不便なことはありませんか?」
「不便なこと...ないなぁ」
「本当に?遠慮なんていりませんからね」
「いや、本当になんも思いつかないんだって。不便とか何もなくて、毎日快適で。......だから、なんだろ。暇すぎて色々考えちゃったりするけどさ」
「成程」
ウンウンと頷く9Sに、何かを気づいた2Bが9Sと声を掛ける。
「アカツキさんも、外に出ませんか?」
「んん???」
「外って、レジスタンスキャンプの外ってこと?」
「はい。僕達が護衛すれば大丈夫だと思うんです」
「外、外かぁ。外...うーん」
「行きたくありませんか?」
「そりゃ行きたいけど。2人の手間が...」
行きたくない言えば嘘になるが、俺がレジスタンスキャンプの外に出るのは色々と面倒な事態になるのではないか。それに9Sはともかく、2Bは...。
「私は構わない」
「構わないんかい」
「やった! アカツキさん。さっそくアネモネの所にいきましょう!」
「え!? え、うん」
▲▼
「...すまない、アカツキの外出は許可できない」
ですよね!!!
アネモネの元に尋ねた俺達は、さっそく許可を取ろうとしたが、結果は予想と同じだった。
9Sがガックリと肩を落とし、アネモネは難しい顔をしている。
「せめて廃墟都市だけでも、彼を連れ出すことは叶いませんか」
「...それも許可できない。お前達の強さを疑っている訳では無いが、万が一アカツキの身に何か起こっては取り返しのつかないことになる」
隣の2Bの提案に、またしてもアネモネは首を振った。言葉にはしていないが、「許可できない」の一言にはレジスタンスキャンプのリーダーとしての責任や多くの葛藤があるはずだ。その中でも俺は彼女の中で大きな重荷になっているにちがいない。
2Bと9Sとの外出は期待に胸が膨らんだのは事実だが、アネモネを俺のわがままでこれ以上困らせるのは本意ではない。
正直俺はアネモネが考える程重要な存在ではないと思う。しかしもし俺に何かあった時、その責任を彼らが取らされるかもしれなないと考えればここは引くべきだろう。
「もういいよ。9S、2B。 アネモネ、ごめん!このことは忘れてくれ」
気まずさにアネモネの返事を待たず、俺は2人を連れ出した。
「すみません。結局外出の話は無しになってしまって...」
「俺も、俺のことだから俺がアネモネに頼むべきだったのにありがとう」
「...............」
「2B?」
袖を引かれた先を見ると、無言の2Bがこちらを覗き込んでいた。顔の近さに思わず少しのけぞる。
「行こう」
「行こうって何処に、うぉぁぁぉお!!?」
2Bに連れられた先は、レジスタンスキャンプの入口を隠す廃墟の屋上だった。いきなり抱き上げられて登ったせいで、足がガクガクする。
「ののののの登るならいいいい言ってよ」
「ご、ごめんなさい」
「2Bってやっぱり大雑把なところありますよね」
猫のように支えられた脇の下の手をどかしてもらい、立ち上がる。
目の前には広大な緑と街と、何にも遮られない青空があった。
「外に出られないなら、せめて景色でもと思って」
此処に来た当初、まだ機械生命体に追わていた頃も空を眺めていた。
でもそれは、押し寄せる不安と焦燥感を誤魔化すための現実逃避であって、本当の意味で楽しんでいたわけじゃない。
今は穏やかだった。そして孤独でもなかった。
「そういえば、どうして外に出ようなんていってくれたんだ?」
「それは......」
「2Bと話してたんです。アカツキさんはいつか月に帰るかもしれないって」
「......月に?」
思い出した、今人類は月にいるんだっけ。
人間は空気も食料もない中で、どうやって暮らしているんだろうか。
「だからその前に何か思い出を残せたらいいな、と」
2人の思いやりの言葉に、俺は何も返せなかった。
俺が帰りたい場所は月では無いなんて、なんと言えばいいのかわからなかった。
2022 10/31 ちょっと加筆修正。9S達がパスカルに主人公の無事を告げたというセリフを告げなかったことに変更しました。