カタクリとシドが結婚式をしている夢を見た   作:アルビノ鮫

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災害の襲来

 「シド王子!待ってくださいゾラ!」

 「駄目だ、聴いたろう先程の信じられない程に轟いた音を!里の方角だ、落雷したのかも知れないゾ!」

 

 後ろからオレを呼び止める声が聞こえているが走るスピードを緩める事は出来なかった。彼らを置き去りに前だけを向き走り続ける。

 走る振動で頭部の尾と顔横のヒレが大きく跳ねる。姉さんとオレしか持たない赤色が、今は何だか嫌な予感を呼び起こす。

 陸地を走るに向いていない足を必死に動かし、何とか里を見下ろせる高台へと出る事が出来た。

 

 

 そして愕然とした。

 

 百年以上もの期間見続け、知らない事など何も無い筈の見慣れている景色がすっかりと変わり果て全く知らないものに見えたのだから。

 

 「……これは、何だ。一体何が起きたというのだ」

 

 追い付いて肩で息をしていた警備兵達が里の現状を見て悲鳴に似たざわつきを繰り返していた。そして暫くの沈黙の後にオレのこぼれ落ちるように漏れた言葉に、一斉に黙り込んだ。

 当然だ、誰一人として答えれる筈がない。彼らはオレと共に里を離れていたのだから。

 

 

 まるで全てを破壊尽くさんばかりの嵐か暴風雨に被災したかのような、災害に襲われたかのようなゾーラの里の理由など誰にもわからない。

 

 

 

 *

 

 

 今日は朝からどうにも妙な感覚が心を占めていた。まるで揺らぐ胸ビレを撫でるかのようだ。

 天候は変わりなく時おり青空が覗く穏やかな雨天で、里を見守るかのように立つ崖上に立つ神獣ヴァ・ルッタもいつものように荘厳だったというのに。

 

 そんな折にルル湖付近から妙な聞き慣れない音が鳴っていると警備兵から連絡が入る。

 

 ルル湖は里の周り付近に複数ある湖の一つで面積はさほど大きくはない。

 近くにはライネル達の生息地であるライジュウ山がある。通常のライネルですらそれなりの強さを持つというのに、電気の力を持つ彼らは我らゾーラ族とどうも相性が宜しくない。だがいくら相性かま悪かろうともその区域から出ない限り干渉しないのが当然の事だ。

 

 しかし……ルル湖を越えてしまえばゾーラの里までそう遠くない。

 その快音がライネル達が我らゾーラ族に対して何かしら企んでいる音だとしたら?もしライネルが里に入って暴れようものならどんな害を及ぼしてくるかわからない。生息地から外れてしまえば……それは。

 

 

 「シド、警備兵と共に向かい異音の原因を確認してくるゾヨ。もしライネルが何らかの企みを持っていれば……わかるな?」

 「了解しました、ゾーラ族の王子(プリンス)として里の為に身命を賭すのも惜しくありません!」

 

 ゾーラの里のドレファン王である父上に呼ばれ数人の警備兵と共に銘を受ける。それは間違いなく光栄な事、かつて父上が里を守る為に負った額の傷跡を見て新たに決意を固める。オレもそうであらねばと。

 父上の傍に寄り添うように立っている姉上……ミファー姉さんが心配そうな表情を浮かべこちらを見ていた。止める言葉は持てないのだろう。

 

 その不安を吹き飛ばすように満面の笑みを作り、胸の前で拳を握った。安心して欲しい、無事に戻ってくると。

 

 オレ達は、勢いよく絶えず流れる川を遡るように泳ぎ続けそうしてミカウ湖へと到着した。そこからは陸地を歩き不審な音がしていたというルル湖へ向かう。

 どんな事があるかわからない為に、常に周りを警戒しながら。両手に持った銀鱗の槍を強く強く握りしめて。

 

 

 だが結論から言うならば。我らは何もわからなかった。

 ルル湖の近くで暴れるライネルの姿など影も形も無く、それどころか妙な音の正体も何かを企んでいる様子も何もかも見付けられず。

 

 

 ただ一つ違和感を覚えたのは異常なる静けさだった。

 湖には何の音も無く、ただ降りしきる雨音だけが静まり返った世界に響いていた。

 ライネルも、虫も獣も、魔物も、何もかも全ての生き物の気配が、何一つ感じれなかった。

 

 

 あまりの奇妙さに立った鮫肌を撫でた、その時。 

 

 「───ッ!?」

 

 体全体を振動させる程の爆音が遠くに轟いた。

 

 

 違和感を感じる思考を引き裂くかのように鳴ったそれは、間違いない。我らゾーラがヒレの底から苦手としている電気の音、雷鳴。

 

 鳴った方角は間違いない、来た方向……ゾーラの里だ!オレはルル湖の近くにある高台へと急いだ。

 ゾーラの度胸試しに使われる突き出した高台の試しの岬程ではないがそれなりに高い場所はここルル湖にもある、そこで里が無事である事を確かめたかった。

 

 

 なのに、見えたそれは。悪夢としか言い様の無い………。

 

 

 「お前達急いで戻るゾ!何が起きたか解らないが無事ではないのだからッ」

 

 彼らの返事を聞かずにオレはそのまま真っ直ぐに頭から飛び降りる。遠ざかっていく後ろから何かしらの叫び声が聞こえるがその声が届く前にオレは水の中に飛び込み着地をしていた。一瞬世界の全てが音を無くしたように静まり返り、そして遅れて弾けたように音が鳴る。

 そのまま勢いを何一つ殺さず、寧ろ速さを上乗せして泳ぎ進む。あまりの早さにヒレ周りから全てを破壊するようなバリアでも出せそうだ。

 

 

 ……泳ぎながら、高台から見た光景を思い返す。

 

 水に濡れた岩肌に囲まれ建つ建物、神殿のように作られたその場所の全てが石だ。柱も、手すりも、壁や階段や屋根や、内部に置かれた書物ですら全て。

 それは我ら王族が住む王宮であり、ゾーラ族が住む場所だ。他者の侵入を許さないラネール島の中で更に外部からの侵入を阻むよう濡れた岩肌に囲い込む形で作られ、常に流れる水面から柱を伸ばして佇んでいる。

 

 水と共に生きるゾーラ以外を阻む侵入禁止の王宮。

 

 それでもそんな一面を覗かせないそれらは、普段空からの僅かな光を吸い込み水面からの輝きを反射し、建築物を美しく彩る細かな装飾部分を滑らかな青緑色にただただ輝かせていた。

 

 

 なのにあれは、高台から見下ろし見たあれは何だ。

 美しかった景色は一変していた。

 

 細かな装飾をあしらった壁面には遠くからでも分かるひび割れが入り、数本の柱が折られ細い渡り通路は渡る手段を失っていた。

 この美しき里を象徴するであろうラネール島の川から取れる魚を象った屋根を司る巨大な石像は、まるで何かを叩き付けられたかのように数ヶ所崩れ落ち、大きな破片を地面に散らばせていた。

 

 それだけではまだ、複数同時の落雷の被害の可能性があった。

 

 

 だが。そんな破片散らばる広場に我らゾーラ族より遥かに大きな一人のニンゲンが、堂々と立っているそれが、何もない事故の可能性をゼロにした。

 

 

 

 *

 

  

 「我が子達、殺しちゃあ駄目だよ。勿体無 ─ 「一体何をしているんだゾ!」

 

 広場の真ん中に佇み叫ぶ彼女の大声に、あちらこちらに散らばった場所から返事の声がした。

 その声は男女まばらに、だが一様に「はい、ママ」と統一されていた。

 その言葉を途中で遮るようにオレは川から跳ねるよう飛び出し、ロスーリーに向かって剣を振り上げていた複数の人型をした何者かを突き刺し飛ばす。そのまま右手付近の者達を幾人も弾き飛ばす。

 

 襲撃によってやられ倒れている、脅えながらもオレの到着に喜ぶ幾人もの声色に怒りで肌が鱗立つ。

 ライネルや魔物と呼ばれる生き物達に襲われたよりも遥かに大きな被害を視覚聴覚嗅覚全てで感じ、鋭い歯を砕きそうな程噛み締める。あまりの怒りで目元が痙攣する。

 

 

 叫びながら襲い掛かってきた者の切っ先から避け反撃した後、数メートルの高さがある建物の中でも最も高い屋根に飛び乗った。

 

 感情のまま睨み付けるオレの言葉を聞き姿を見た先程の大きな彼女は満足げに微笑み口角を上げた。その目線の先には父上と姉上が槍を手に持ち立ちはだかっていた。

 二人がいて、この被害規模だとこの者はどれ程の強さを持つというのか。

 

 そんな桃色の髪を持つ八メートルを悠に越える身長から伸ばされる手の先には……濃緑色に輝く皮膚を持つピクリとも動か、な……

 

 

 「タッカ!!」

 

 ポタポタと血液を垂らしながらぐったりとした彼の……普段甲斐甲斐しく我ら王族に使えてくれている彼とは真逆のその姿を目に写した瞬間、身体中の血が沸騰したように怒りによって燃え上がる。

 怒りのまま地面である屋根の上に手をかざし水柱を発生させ、それの外周を円描くように登りこの世の出せる全ての速さを極めた後に。

 

 

 ニンゲンが使う銃如く弾丸のように勢いよく飛び出し、先に居た彼女の首元に両手の槍を突き立てる。

 

 本来ならば槍先が突き刺さり血飛沫を舞い散りながら痛みで悶える筈のそれが。

 まるで金属同士をぶつけ合ったかのような甲高い音と共に、硬い硬い石壁よりも硬いそれに押し退けられるように止まった。

 

 

 ……何だ?これは。

 

 

 「面白い、活きが良いじゃないか」

 「ぐッ!?」

 

 攻撃した槍先が刺さらず、空中から落ちようとしたオレを攻撃した相手である女が掴んだ。タッカをまるで要らなくなった玩具のように放り捨て、両手でオレを挟み込む。

 ギリギリと大きな手に締め付けられる痛みに耐え、音を立て付近の壁面を破壊する速度で投げられたタッカの名を大声で呼ぶ。

 

 返事はない。

 けれど石造りの床に叩き付けられた彼は……僅かな身動ぎだけをしていた。鎧を破壊されあちこちの間接が妙に曲がっていても幸いな事に、生きている……それだけで、良かっ……

 

 

 「うーんコイツは違うねェ、中々悪くない攻撃だった。他の奴らの攻撃や技とは比べ物にならない」

 「──ッ!」

 「……だがまァ、それはおれに楯突いて良い理由にはならないが」

 

 それはまるで立ち上がった父上の顔の高さ。そんな彼女の顔の横に、寄り添うように漂っている……顔を持つ熱の塊と水蒸気の塊のようなそれは何だと考える間も無く。

 彼女が軽く指を動かしただけで左腕が嫌な音を立て激痛が走った事で、口から抑えられない悲鳴が飛び出す。

 

 牙を噛み締め叫ぶ事をなんとか止めは出来たがそれも無駄な抵抗と言わんばかりに、白色の水蒸気が漆黒に染まり不気味な笑みを浮かべた口先に腕を突っ込み。

 

 

 「雷霆(ライテイ)!!!」

 

 

 空気中を震わす程の、先程の落雷の正体を、身をもって感じる事とな ──

 

 

 *

 

 

 攻撃を受け喉を裂きそうな程の大声を上げたのかもしれないが、判別が出来なかった。

 何せあまりの衝撃と痛みに意識を失い、目覚めたのは恐らく気絶をして数分後だったのだから。

 

 なぜ床に寝転んでいるのか、それも普段父上が座っている玉座が見える場所で……理解出来なかった。何故体が痛……

 

 「!!」

 

 数秒のタイムラグがあれども気絶前の記憶が鮮明に戻るなり、動こうと……立ち上がろうとした体勢のまま崩れ落ち、オレは再び冷たくて心地いい石の床に転がった。

 視界が急な明暗と回転しているかのように強く揺れ動き、ろくすっぽに動けない。そもそも体には限界を超えそうな痛みや痺れが絶えず走り続けている。

 

 「シド!動いちゃ駄目、本当に体がボロボロなんだよ!」

 「……姉、さん」

 

 それでも何とか立ち上がろうと使える右肘をヒレを巻き込まぬよう床について立とうとするも、細い小さな手のひらが肩のヒレの上に置かれ聞き慣れた優しい声がオレを止める。

 ミファー姉さんが横に座り、オレを心配そうに見ていた。恐らくオレの看病を名乗り出て治してくれたのだろう、折れた筈の左腕は布地と硬い何かで固定され包帯を巻かれていた。

 

 だが、これは何だ?

 

 違和感のまま近くにいた父上を見上げる。オレの視線に気付いた父上は何も言わずにただ首を横に振った。それだけで理解し、オレも軽く頷く。

 そのやり取りを侵略者達は見ていただろうが意図までは読めないだろう。せいぜい抵抗をするなと諌められオレが承諾したと思うくらい。

 真の意図は伝わらないし、伝えてはいけない。

 

 ミファー姉さんが持つ()()の力を知らせてはいけない。バレてしまえば、それこそどんな目に合わされるかなんてわかりもしない。

 

 

 だからこそ、オレを治そうとした姉さんを恐らく父上が止めた。治すと宣言したその言葉が変にならぬよう姉さんは治癒の力を使わず通常の治療だけを行ったのだろう。

 良く良く見なくとも父上や姉さんも決して無傷という訳ではない。見渡し見える範囲の負傷した者達には見知った兵達が多く、力無く倒れ込んでいる。

 それでも何とか頑張ってくれたのだろう。負傷した者の中に戦えない一般ゾーラや女性や子供達の姿は一人もなかった。

 

 

 オレが里に辿り着いた時に聞いた声が確かなら……殺すつもりはないのだろう。恐らく頭である彼女に槍先を向けたオレが生きているのだから。

 だが、そうだとして許容など出来るものではない。

 

 

 「さァて少し大事なお話をしようか、ええと……ゾーラ族?」

 

 槍を突き立てたにも関わらず何一つ傷を負った様子の無い女が、オレを感電させた白い塊に腰を落としながら話しかけてきた。

 ……落雷を落とすという事は、あれは空に浮かぶ雲と同じものなのだろうか。天候を操る……不可思議な能力を持っているのだろう。確か何とかの実とかいうものを食べた者。

 

 「まずは名乗ろうか、おれはシャーロット・リンリン。ビッグマム海賊団の船長だよ。こんなクソ辺境で薄汚ェような場所に名が届いてるかは知らないが」

 「海賊……」

 「海で暴れる者達が何の用ゾヨ」

 

 女の呟いた言葉に聞き覚えはあった。ラネール島は確かに閉じているとばかりの外界から隔離された場所ではあるが全く情報が遮断されている訳ではない。

 縁深い空を飛ぶ種族やゾーラ族とは違う魚の種族との交流が全くのゼロという無い訳でもないし、ゾーラ族の中にも外に出ていき世界を見たものがいない訳でもない。

 

 海賊。下の海で船と呼ばれる物を使い移動する者達。冒険者と名乗る者達との詳しい違いを語れる程は関わりも知識もない。

 だが賊が付くものに対して、そもそもこのように暴力から始める者にどう良き印象を持てようか。

 父上の言葉に女はにんまりと笑みを浮かべ何事もなく当然のように語り続けた。

 

 「なァに。おれは世界中の珍しい種族が欲しいだけでね、殆んど知られていない岩の種族や木の種族なんかも狙ってるよ。だからその中の一つ、ゾーラ族も欲しいと思っただけさ」

 「……和平を結びたいという事ゾヨ?」

 「おれの言う事を聞かない奴らはいらないね、血縁関係になり従い傘下になるならおれのナワバリだ。守ってやろうか」

 

 ………。………。

 

 父上の疑問を当然のようにはね除け、続けられたそれは何よりも勝手すぎる言い分でしかないものだった。

 いや。まず対話でなく侵略をしてきた者達に期待するようなものではないのかもしれない。もしまず穏やかに和平を結びたいと交渉に来ていたなら……どうなったかなど、今更だ。

 

 「お前らは様々な種類の魚が産まれる魚人や人魚族とは違う……そう聞いてたんだがあまり変わったもんじゃないね、あーあ……この ──」

 

 その後に呟かれた言葉は罵倒と言うにも憚られる程のもので……言い返すどころか呆気にとられるしかない我らを一瞥した後、自らの腹を軽く撫でる。

 

 「この中にいるのと同じようなのをもう産む気はないね。だがお前らの持つポーネグリフのような石碑と……アレ、は欲しいね」

 「なっ……無礼者ゾラ!神獣ヴァ・ルッタを指してアレなどと…!」

 「だからウチの子供達との結婚をするってのはどうだい?所謂政略結婚ってやつさね」

 「……何を、言っている?」

 

 守り神であるルッタを指しての言葉に怒ったセゴンの声など聞き入れてさえおらずそのまま自分本意の言葉を続けた。

 理解出来ない。その言葉を呟いたのは誰だったのだろう。オレだったのか、父上か、元老院か。

 

 

 彼女は我らの総意の言葉を大きく笑い飛ばした。しばらく声を上げ笑った後に、受け入れるのも躊躇う恐ろしい言葉を続けていく。

 

 「まァ別に問答無用に奪っても良いんだが勿体無いだろう。折角の貴重な種族だ、我が子の能力で本に閉じ込める事で生き殺してもね?……だから王族達、選びな?」

 

 女は立ち上がり、一歩一歩高い靴を石の床で鳴らしながら近付いてくる。

 そして。座り込んでから満面の紅を塗った唇を歪ませるよう笑みの顔を脅すように近付けて、問いた。

 

 「我が子の能力で標本になるか、政略結婚をするか、さ。滅ぼされるより、悪くはないだろう?」

 

 

 

 『DEAD OR MARRIAGE?』

 

 

 

 他でもない。そう、ミファー姉さんに対して。

 

 

 ……当然なのだろう。王族であり、女性。勢力を増やす為に嫁に迎え入れるとするならばこの上無い人選でしかない。

 だが、だけど。

 

 

 そんなのは許されない。姉さんは。

 

 「駄目だ、そんな事は駄目だゾ!」

 

 痛み痺れていた体を無理矢理起こし、姉さんを押し退け庇うように前にそびえ立つ。すぐ真後ろから驚きと困惑の声が聞こえるが……今だけは聞き入れない。聞き入れる訳にはいかない。

 

 「ん~?つまり、死を選ぶとい ─「オレが行く!オレがその結婚をするゾ!!それなら構わないだろう!」

 

 目の前の大きな彼女の言葉さえも遮り、出せる限りの大声で胸に手を当て宣言する。周りの全ての声をかき消すように。

 姉さんの声も、元老院達の声も、それこそ、父上の声も。

 

 きっと海賊の無茶苦茶でしかない提案ですらない命令も、ミファー姉さんは優しいゾーラだから請け負ってしまう。不本意でも、涙を飲んでも。姉さんには、永年の想いを巡らす特別な人がいるというのに。

 海賊の彼女はきっと長らくそうしてきたのだろう。恐怖と支配で押さえ付け、人身御供でしかない存在一人を差し出す事でその場を仮初めに丸く治めんと相手を苦しめて。

 

 こんな事が許されて良いものか。こんな略奪などそんな事、許されない。許されて良い筈が無い。有り得ない。だがどうしようとも、手も足もヒレも敵わぬ相手に吼えるは愚かな稚魚のする事だ。

 場に居れず守る事が許されなかったオレが、オレが守らねばならない!どんな手段だろうとも今度こそ、全てをなげうってでもだ。

 

 今度こそ。オレがゾーラの里を、ゾーラ族を守るんだ。オレは誇り高き水の民、ゾーラ族の王子なのだから。民を全てを守る事は当然だ。

 

 

 「シド王子!」

 「シド!そんなの駄目!」

 「ゾーラ族の王子(プリンス)であるオレで不服では無いだろう!?」

 「勿論良いとも。あァおれ相手に切っ先を向けてきた無礼はその度胸に免じてやろうかねェ」 

 「その代わりもう他の誰にも手を出さないでくれ。これ以上傷付けないでくれ」

 「マママママ。勿論さ、子供一人の結婚程度で珍しい種族や石碑、あの未知の像を独り占め出来るなら安いもんさ」

 

 すがり付くような姉さんの腕を振り払い、目の前のあらゆる意味で強大な女相手に啖呵を似た言葉を切る。軽く受け流されはするが、取り敢えずはそれで良い。

  

 賊相手が吐いた泡の約束を必ず守るなどと信じれるものではないが、取り敢えずはそれで良い。

 一先ず愚かに疑似絵に飛び付いた雑魚と思われようとも……

 

 

 海賊は話は済んだとばかりに立ち上がり、遠目からこちらを伺っている乗組員だろう者達に声をかけた。彼らの返事の挨拶である「ママ」の意味はどちらなのだろうか。単なる掛け声なのか、それとも。

 

 「じ……条件があるゾラ、女海賊!」

 「ムズリ!?」

 

 後ろで悲鳴や文句に似た言葉を小さな声でひたすら呟いていたゾーラの元老院が一人、ムズリが背を向けた彼女に向かって叫んだ。

 止めるというより驚きで彼の名を呼べどもそれで止まらず、ムズリは言葉を続けた。

 

 

 「お……王子の相手は、子供の中で一番()()()()で頼むゾラ!!」

 

 振り返り見た顔は怒りで浮き袋が煮え繰り返らんとばかりに赤黒く染め、大きく裂けた口を思い切り開き食いかからんとばかりのものだった。

 

 「………」

 

 何を、どんな罵倒に似た言葉を言わんとしているのかと思う間も無く紡がれたそれに……何も言葉が出ず、ただ開いた口そのまま固まってしまった。

 ………何を、言っている?

 

 

 「フン、別に何だっていいさ、単なる政略結婚なんだから」

 

 ─ それの子供が絶対に必要って訳でもないしねェ。近くに迎えの船を寄越すから大人しく運ばれな。

 

 そんな台詞を残し女海賊達は引き上げて、姿を消した。残されたのは災害によって荒らされ回ったゾーラそのものでしかなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 「ごめんね、ごめんねシド。こんなに傷だらけになった上に、あんな……」

 「泣かないでくれ姉さん。オレは姉さんを守れて本当に嬉しいのだゾ」

 

 はらはらと何粒もの涙をこぼしながら治癒の力で治してくれている姉さんを落ち着かせるよう肩に手で触れる。細く小さな負担をかけるに憚られる程の優しい肩に。

 他の皆の治療をと言えども逆に他の皆から一番重傷であるオレを優先してくれと、治された折れていた左腕で。

 

 歳が離れているからか、姉さんから様々な事を教わった。背に乗せてもらい導かれた。幼すぎて理解出来ず、弱く守れなかった事もある。

 

 だから今度は、この身で姉さんを守れる事を誇りに思う。

 

 

 「ムズリ、それにセゴンもゾヨ。教育係やお目付けをしていたソナタ達の気持ちは解るが、止めず、止まらずなぜあのような事を……」

 「しかしドレファン王!どうしても、どうしてもあのような……ニンゲンに…!」

 

 近くで父上が、去り際に突如とてつもない条件を放り投げたムズリと傍にいながら制止どころか大きく頷いていたセゴンに対し溜め息混じりに問い掛けていた。

 危険だった、もしあの場であの女海賊がムズリの言葉に怒り不殺を取り消し再度雷を撃てば……どうなっていたかなど、想像に容易い。

 それはきっとムズリも理解していたのだろう、それでも。今でも怒りが収まらないとばかりに顔を怒りで赤らめながら体を小刻みに震わせていた。

 

 「海賊は恐ろしい。どのような無茶苦茶な事を要求されるか……シド王子を信じていても種族そのものを欲しがる者が、簡単に諦めるとは思えませんゾラ」

 「あのようなニンゲンとゾーラの"証"など万一にでも残す事すらおぞましく恐ろしい。ならばゾラ。ニンゲンのただでさえ短い命、更に賊であるならば……すぐに、尽きて終わりましょうゾラ。そうして、全てを無かった事にすれば良いだけ」

 

 それは、彼らにとっての決死の意趣返しだった。オレや姉さん、ゾーラ族そのものを大切に思う心と暴れるだけ暴れ破壊していった彼らへの憎しみが混ざりあったそれ。

 

 ……ゾーラと他種族の、結果など今更考えられない、が。 

 我らより遥かに短い生を持つ者達に対して、など。

 

 

 父上は暫く彼らに対し様々な言葉をかけていたが途中で言葉を止め、大きく大きく息を吐いた後オレの方へと向き直る。視線はかなり前から気付いていたのだろう。

 

 「……シド、まずはミファーを身を呈し守った礼と辛い立場を押し付ける事の無念と謝罪を。すまなかったゾヨ」

 「とんでもないです父上。オレは何一つ後悔していません」

 

 あのままでは全てを、本当に全てを奪われてもおかしくなかった。大切な人々や変わらない日々を守る為には、現状を嘆き恨むのではなくまず自分の使える全てを使い行動せねばならない。

 

 「奴らはゾーラの石碑を渡した所で読めもせず、動かすに繰り手が必要なルッタの事は像としか認識していません。それに……姉上の力は」 

 「そうか。そうだな……治癒の力を、海賊に隠したのはワシだったゾヨな。すまない、ミファーいつもいつも、ワシはそうゾヨ」

 「そんな、御父様……」

 

 父上の長い尾が顔をわずかに横に振る度に揺れた。夜行石で作られた壁が、光を反射して輝く。

 

 この美しい里からオレは少しの間、いやニンゲンの感覚でいえば()()()()の間離れる事になるかとしれない。今の内に出来る事をしておかねば。

 ルル湖の異変や、海賊達がどうやってこの島に一度ならず再び訪れる事が出来るのかその手段を確かめねば。

 

 

 「シド。お前の置かれる立場はさぞ厳しいものになると考えられるゾヨ。実の子に対してでさえ、あのような……人を人と思わぬ、まるでモノの如くの言いようをする者では」

 「……はい」

 「ムズリが条件に上げた年齢もそうだ、ニンゲンの生命は短い上に海賊の命など一枚の鱗よりも簡単に剥がれるゾヨ。だが、それを嘆いてはいかんゾヨ」

 

 オレの相手はまだ、どんな相手かはわからない。人間がいかに大人になるのが早いとしてもそんなに年功を重ねてはいないだろう。

 どれだけ年嵩だとしてもあの母親より、自分よりも遥かに年下の相手。親から支配されている、自由な恋を望めない存在。

 だからと……そうだ、誰かの事を思い出し重ねてはいけない。産まれ育ったそれに罪はなく選択肢の無い人生だとしても。

 

 

 「海賊に舐められはするな。そして、選択肢の無い相手に憐れみの情を考えるな」

 

 

 此度の自分は人身御供の生け贄。人質でしかないのだから。オレは軽はずみに憂いた考え一つ持つ事も許されない。

 

 オレは、オレがゾーラ族全てを守らねばならないのだから。

 

 

 

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