カタクリとシドが結婚式をしている夢を見た   作:アルビノ鮫

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カタクリ誕生日おめでとう!
この作品のカタクリの年齢は18歳くらいです


青天霹靂

 赤い目を光らせながら素早く伸ばされたカタクリの手がオレを捉えんと目の前に迫っ……

 

 

 それは考えての動きじゃなかった。

 

 

 条件反射的にオレは後ろへ飛び退き、掴まれる寸前の腕から逃れんと動いていた。腕から水を産み出し、自身の出せる最高速度で逃れて。

 その腕を、背を、首筋すら覆うように鱗越しにですら立つ無数の鮫肌が凄い。

 

 だというのに彼はそれすらも上回る速度で動いてきた。

 

 逃れた筈の腕が足を掴んできたのは、避けた筈の二本の腕ではなく新たに生やされた腕だったから。

 そして偶然その腕から逃れられたのは、産み出した水が足を濡らし水分で粘りつくそれの粘着が効かなかったから。

 

 けれど逃れられたのはそこまで。

 瞬きをする一瞬の間に、いつの間にかオレは尾びれを彼の右腕に掴まれカタクリを見下ろしていた。

オレより背が高い彼を見下ろす理由は真っ直ぐに腕を伸ばして頭上へと掲げているから他にない。

 千切られそうな程強い力で尾びれの根元を鷲掴みにされ、頭骨がミシリと鳴った、気がした。

 

 痛い、とにかく痛い! ダイフクの能力で作られた者に首を絞められていた時よりも遥かに強く危険を感じている。何がなんだか何もわからないのに。

 

 

 燃えるように赤い目がオレを捉え、指をバキボキと鳴らしながら強く握り締めたのを目の端に見えて……

 

 「カ、タク……ん…ぐっ!」

 

 何をしているのか、何をされようとしてるのか、離してくれないか……それらの何かを掴まれている痛みを堪えて聞こうと口を開こうとした。

 痛みで震え、触れ合った歯がガチガチと鳴り……その、違和感に気付く。

 

 歯が上手く噛み締めれない。これは。……あ、ああ、オレはここまで弱っていたのか……

 

 

 「おい! カタクリ!」

 「待て流石にそれは…!」

 

 遠くから声が聞こえる。止める言葉かもしれない、が。もはや、遅い。

 

 

 「待っ、て欲し……ゾ……!」

 

 痛みに堪え何とか絞り出した声も彼には届いていないようだった。大きく持ち上げられ振りかぶった左腕の動きに連動し尾びれを掴んでいる右腕が揺れるだけ。

 ああ、ああ。揺らさないでくれ。今は非常に……まずい、のだゾ……! あっ。

 

 

 

 

 カツン、とその揺れに合わせて、歯が落ちた。

 

 噛み締めた際にどうにも怪しい感触がした歯が。一本。二本。……三本、根元からポッキリと抜けて落ちたようだった。

 

 

 二本は抜けたままオレの胸元に当たり、そのまま絨毯の上へ。毛の長い絨毯では落ちた音すら何も聞こえず。

 そして抜けたもう一本は他二本と同じように胸元へ当たり、信じられない程に跳ねたかと思えばカタクリの顔面の、丁度右目下の頬へと当たりにいった。

 

 違和感は感じていた。噛み締めた際に噛み合わせがおかしく、根元から抜けているのではないかとすぐに解る程に。

 

 ああ、オレはこんなにも弱体化していたのか。鱗が剥がれ落ちたりヒレの湿りが無くなるだけではなかく、強く叩き付けられるだけで歯が三本も折れるなんて。

 

 

 「………は……?」

 

 自身の頬に無機質なエナメルをぶつけられたカタクリが感情のない低音を漏らした。意識化のものではなく、本当に無意識にポロリと漏れてしまったかのように。

 先程まで真っ赤に燃え上がっていた瞳がゆらゆらと動揺しているかのように動き、不可解と不愉快に声色と同じように揺れている。

 

 どう見てもそれは呆気にとられた表情。

 ああ……本当にこれは申し訳ない事をしたゾ……!

 

 

 「すま、ないカタクリ……歯が抜けて、君に当ててしまっ、たよう……だ、ゾ」

 

 思ってもみなかった事だろう。当然だ、誰が持ち上げた相手の歯が抜けると思うだろうか。

 予想外すぎるそれにカタクリは呆気にとられたからか、掴まれていた腕の力が幾分か抜けて痛みは大分マシになっていた。それでも未だ掴まれ吊るされたままの体勢ではあるが。

 

 喋る度に不思議な違和感がある、つい先程まで有った筈の箇所に障害物がなくなり風が抜けるから当然ではあるが。

 一度に三本も同時に、それも同じ場所ではなく前の右の隣同士の下の歯が二本、左の上の歯が一本というあまりにアンバランスな形で喋りも少したどたどしくなっている。

 

 幸運なのは途中で折れた訳ではなく根本からポッキリ綺麗にいった事だろうか。半端に折れていたら改めて抜かなければいけなかっだろう。

 

 

 「血などはついていないだろうが不衛生だし気になるだろうからまず顔を洗った方が良いゾ!」

 「………」

 

 オレが言葉を続ける度にカタクリの眉間の皺はどんどん深くなっていく。何をそんなに考え込んでいるのだろう。怒っている?困惑している?もう少し仲良くなれればその表情だけで理解出来るだろうか。

 ……ん?そういえば今何気なく歯が当たったから顔を洗えと言ったが、その水は大丈夫かと不安に思われてたりするだろうか。勿論生活している以上平気だと判られているだろうが、水質云々はオレが勝手に言い出した事だし……

 

 

 「……お前、おれの……」

 「ゾ?」

 「……何とも、ないのか」

 

 そうこう考えていればカタクリはいつの間にか空いた手で自らの口を押さえていて、オレを見上げながら聞いていた。

 いつかの時ようにねめつけるようなものではなくまるで悪事を働いた稚魚が親にバレないかと確認するような動作で……ん? 隠している? 何を?

 まぁ気のせいか……ならば何を……あっ。歯が折れたオレを心配してくれているのだろうか。カタクリ本人を指す「おれ」と言っていたような気もするが聞き間違えかもしれないな!

 

 「心配してくれてありがとうだゾ! 歯が折れたのは流石に痛かったが、でもまぁ生えてくるし別に良いゾ!」

 「……お前……笑わねェのか」

 「ゾ? 笑わない?……笑い掛けてるつもりだがそう見えなかったか? すまない! 歯が欠けていても笑顔に見えるよう頑張らなくてはな!」

 「………」

 

 拳を握り胸の前に掲げて笑い掛ける。ああっ今歯が三本無いのだから非常に間抜けな顔になっている為に違和感を覚えられてるのか……でもまぁ!それは仕方ないな!

 オレの答えに信じられないようなモノを見るかのような目でカタクリが見てくる。そして無言のまま腕をおろし、オレを床へと優しく下ろしてくれた。

 良かったあのまま吊るされたままでゾーラの干物になってしまうかと思ったゾ。

 

 

 「いやいやまさかこんな事になるとはな……何とかなったみたいだが、悪かった」

 「ってかお前生え変わるって乳歯? 結構若ェ顔だと思ってたけどガキなのか」

 「違うゾ、オレはもう大人だゾ。だが歯は生え変わるものだろう!」

 

 ダイフクとオーブンが背後から謝罪の声混じりに歩いてくる。全く本当にどういう目的の何だったんだ?三つ子である彼らなりの戯れだったのだろうか。

 鍵のかかった扉を壊しヒトサマを放り込むのが? ……うーむ、男兄弟の戯れはそういうものなのかもしれないな。オレには少し年の離れた姉さんしかいないしそういったものが判っていないのかも。

 

 「いやァカタクリもよ、メリエンダ邪魔して悪かったな」

 「でもまァ結果オーライだろ?」

 「……まァ歯云々は後々聞く」

 

 そしてカタクリに対しても軽く謝罪…? ……恐らく謝罪をしている二人にカタクリが近付き腹を思い切りぶん殴った。悶絶の表情で痙攣しながら倒れる二人。

 ……えっ。

 

 

 「だが馬鹿ども、テメェらは殺す」

 

 倒れた彼らを見下ろしながらカタクリが冷たく言い放つ……本気、ではない筈だ。これもきっと彼らなりの戯れ。そうか男兄弟の遊びとは結構乱暴なのだな……まぁ槍の鍛練で怪我をするのも当たり前だし、あれと同じか。

 

 ……あっ、そういえば精神統一だなんだとやらはどうなったのだろう。室内に漂う甘い香りでそれを思い出すも、起き上がった彼らの抗議とそれに対しての正論での反論の口喧嘩に割り入るタイミングが掴めなかった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 「ゾッ、ゾッゾッゾ~♪」

 

 ダイフクとオーブンが来て色んな出来事があった数時間後、日が暮れ暗くなった窓枠から外を通りすがりに眺め鼻唄を歌いながらオレは少し遅くなった夕飯を自ら食堂へと運んでいた。

 改心の出来映えの海王類或いは海獣の出汁をとった野菜たっぷりスープと他はコック達が作ってくれた夕飯と共に抱えて。明日あたりにもう少し他の料理を作ってみようか、新鮮な魚や貝などを手に入れる為にもコック達に聞かねば。

 

 ……この国に来てそれなりの日数が経った。体は弱っては来ているがそれでも先日おもいっきり泳がせて貰って少しはマシにはなった事だし、カタクリとの仲もまぁそれなりに良好にはなってきた気がする。

 でもそれとは関係なく少しばかりホームシックになってきたかもしれない。父上や姉さん達と会話はしていても顔は見れてないし、守り神であるルッタの水も浴びれてないし、ムズリやセゴン爺達の小言もオレを思っての事で今となっては恋しいものだ。

 

 あぁ、ホームシックになった時にまざまざと感じるのは故郷の味が恋しくなることだ。里付近のヒンヤリマスとマックスラディッシュを使ったアクアパッツァを作って食べたい。

 あれさえ食べればこの弱った体もすぐに元気になれそうだ。それかヤギのバターを焦がし煮込み岩塩を大胆に振りかけたマックスバスのムニエルでも食べたい……

 ああ、ゾーラの里が恋しい。

 

 

 「ゾ~ゾ、ゾッ? ……カタクリ?」

 

 料理を両手に抱えている為に食堂の扉を開ける手がない、カタクリならば増やして開けれるのだろうがオレにはその腕がない。

 だから多少行儀が悪いが扉に対して背中を向け、尾びれでドアノブを捻り、そのまま背中で押し扉を開ける。

 

 そして歌いながら部屋に入れば、腕を組み椅子に腰掛け座っている青年を発見する。弟である彼ら二人は帰っているし、口元は相変わらず布地で隠されヒゲの有無は確認出来ないがカタクリで間違いない。例えこの場で見るのが本当に珍しい存在でも。

 

 「珍しいゾ、君がここにいるなんて。オレに何か用か? もう君は夕食を食べたのだろう?」

 「……ああ」

 「そうか、スープが冷めてしまうから食べながらで悪いが話は聞くゾ」

 「それで良い」

 

 無礼を承知で言えば快く承諾される。そして一瞬どこに座るのが正しいのか悩むも直感のままに、というか今までと同じ入り口から入り奥の右手の二番目の席に腰掛ける。

 つまり、カタクリの座っている位置から角を挟んでの隣になる。

 一度だけチラリと彼の顔を見て反応を伺うも……何もわからない。取り敢えず拒絶されてないから大丈夫だろう。

 

 

 用意していた料理に合う柑橘類を絞った水をグラスへと注いだ後、創世の女神達や女神ハイリア、そしてジャブジャブ様への祈りを捧げて食事に取り掛かる。

 まずは一杯注いだばかりの水を手に取り口に運んで口内に含み、満遍なく行き渡らせた後呑み込む。

 ああ体に新鮮な水が行き渡る感覚がするこの瞬間は何よりも堪らなくて体が震える……そしてそれらのオレの行動をじっと見ていたカタクリを見る。

 何か話があるのなら話して貰って構わないのだが。

 

 「えっと、カタクリ?」

 「本題の前に聞くが歯が無いのに食事は平気なのか?」

 「ああ、まだ完全ではないが生えてきてるからな! 熱いのも平気だゾ!」

 

 厳しい顔をしていたから何か文句を言いたいのかと少し身構えたがどうやら単純に心配してくれていたようだ。心配というか、好奇心かもしれないが。

 とにかく我らの信仰に対してのあれやこれやではなくてホッとした。信仰に対してそれぞれ思うところはあるだろうが互いに踏み込まなければ問題ない。

 ハイラルとゲルドに起きたあれやそれやをここで再現などしたくない。

 

 笑みを浮かべて彼に歯を見せる。折れた直後にはポッカリと空いていたろう空間に僅かに白いエナメルが生えてきているのがきっと解るだろう。弱ってはいるがオレはまだ大丈夫、数時間も経たずに元通りになる筈。

 ああ、ほんの少ししか見えなかったがカタクリの歯並びも綺麗だったな。オレと同じ一つ一つが鋭く尖っている歯で、ダイフクやオーブン達とは違う形の……あ。そうだ。

 

 「そういえば君と間違ってオーブンに聞いてしまったのだが、このスープ中々良く出来たのだゾ。良ければ君も飲まないか?」

 「………」

 

 首を傾げながら訊ねてみるも、真顔だったその顔はしかめっ面にすぐに変わる。まぁ想定の範囲内、今までの傾向からして断られるだろうと思って聞いたのだから。

 しかしこのスープの出汁を手に入れる元々の理由、彼にとって色々とあるだろう中で融通を利かせてくれた人に聞かない訳にはいかないだろう。

 

 だから嫌がられたり、無理されたり、断られるのは想定内だった。

 だが。

 

 「……頂く」

 「ゾッ!?」

 

 返答は予想外なそれだった。まさか……受け入れられるとは思ってなかった、嬉しい! ガタガタと音を鳴らしながら立ち上がる。

 

 「すぐに用意してくるゾ! ほんの数分待っててくれ!」

 「後でも良い、お前のが冷めるんだろう?」

 「構わないゾ! 熱いと舌を火傷してしまうからちょっと冷めるくらいが丁度良いってものだゾ!」

 「いやお前さっき……。……まァ良いが」

 

 彼のため息を背に浴びながら部屋を飛び出し、廊下を出来る限り素早く移動する。流石に水を出しての移動は怒られるだろうから足を動かして。ビチビチと尾びれが跳ねているのを感じ、何だか自分の気分が上がっているのを感じる。

 厨房へと入り、鍋と金属の杓子を手に取る。手をかざせばまだ温かいのを感じとれる。これなら暖め直さなくても平気だな。

 

 具をたっぷりスープをたっぷり注ぎ、オレ特性の海鮮に合うように味をつけた飲み物と共にトレイ乗せ食堂へと急いで戻る。水分が多いから溢さないようにするのは、水棲のゾーラ族の腕の見せ所というやつだろうか。

 

 

 片手にトレイを乗せ逆の手で扉を開けてすぐにカタクリの目の前に差し出す。すぐに飲んでくれ! さあ! さあ!

 ……ああ、忙しない事をしてしまう。姉さんにも父上にもせっかちだとさんざん注意されて治そうと心掛けてはいるけれど……でも今回ばかりは許して欲しい。あのカタクリとまた少し仲良くなれそうな一歩が目の前に迫っているのだから。

 

 

 急かす言葉を口には出さずにじっと見続けていれば眉間に皺を寄せた顔のまま数秒見合う事になるも、小さく息を吐いた後口元の布地を退け一本の匙で掬い一口飲む。

 どうだ。美味いか?美味いだろうか?オレは美味いと思うのだがカタクリはどうだろうか。ただただ彼の口から評価される反応を待つしかない。

 

 「……どうだゾッ!?」

 

 けれど結局待てず、訊ねてしまう。味見は何度もしたし不味い訳ではないだろうが、好みというものがあるから不味いと言われても仕方ない事ではあるが気になるのは仕方ないだろう?

 そして合わなくて酷評されたなら多少落ち込みはするだろうが失敗というわけではない、改善を考え個人の好みを擦り合わせ次への成功に活かせばいいだけの事。

 

 

 「……あァ。悪くない」

 「そうか! それは良かった嬉しいゾ!」

 

 けれどオレと彼の好みはそんなに遠くなかったようだ。それに口数が多い方ではなく、また厳しい口調を使うカタクリにしては中々の褒め言葉だったのではないだろうか。

 思わず立ち上がりかけた姿勢を正し、一通り評価の言葉を喜び噛み締めた後改めて食事の挨拶と共にスープを一口飲む。

 

 

 うむ、少々冷めてしまってはいるが変わらずに美味しい。特にこの海獣か海王類の出汁をとろとろに味が染み込むまで煮込んだ芋が本当に美味しい。舌の上に乗せた瞬間噛んでないのにほろほろと崩れて……

 スープも少し辛みをつけて正解だった。明日の朝はカリカリに焼いたパンを浸けたり、逆にパンに具材を乗せて食べようか。うむ、そうしよう。

 

 

 「お前の反応、初めてされた」

 「ゾ?」

 

 彼が何も言わないからと食事を進めていれば時間にして数分後、やっと言葉を掛けられる。でもそれは……突然言われた謎の言葉でしかなかった。

 

 「反応? いつの何の話だゾ?」

 「……口を、初めて見たろう。おれの」

 「ああ……数時間前のメリエンダ、だっけか。その時の話か」

 

 ダイフクとオーブンに部屋に投げ込まれ、歯を折られたあの時の話か。

 そうだな。彼の口を初めて見て……オレは口を床に打ち付け歯を折ったあの時の話だな。

 

 「どう思った」

 「……どう、と……言われても」

 

 カタクリにそう訊ねられはしたものの、何を聞きたいのかわからず何も言えなかった。どう、という抽象的なものですぐに答えれる具体的な質問ではなかったから。

 そもそも口を見たと言ってもあの時オレは顔をしたたかに打ち付け、歯が折れた痛みで大分悶えていたし彼を見て何か思っただろうか?思った事といえば……いや、うん。口だなーとしか……

 

 ……えっと、口……口か。そういえば、口の端から傷が伸びているのを見たような。そうだ、布地をずらし露になっている今でも見える傷がある!それの事か!!

 

 「そうか! 傷があるが痛くはないのか!?」

 「遥か昔の傷だ。痛みなど無い」

 

 違うらしい。心配をして欲しかった訳ではなかったのか。

 

 ん……そういえば、カタクリの口元は二人と違って何もないな。傷はあるが違うというし……つまりそういう事か。

 あの二人にあってカタクリに無いもの! そういうあるなしクイズなのだな!

 

 「ダイフクやオーブンみたいにヒゲは生やさないのか!?」

 「邪魔な上興味がない」

 

 むっ、これも違うらしい。目尻がピクピクと小刻みに動いている。望む解答が得られず多少イラついているのだろうか。でもこのクイズは難しいのだから仕方ないゾ。

 と言っても他に何かあるだろうか……今の、口を出してオレの作ったスープを飲んでいる彼の顔をじっと見る。目が合う。うん、赤色の目がルビーのように輝いていて美しい。尖っている白い歯も室内灯の明かりを反射して……あっ。

 

 「歯の形オレと同じだゾ! お揃いだな!!」

 「もういい」

 

 そして思い付いた解答もやっぱり違ったらしい。難しいな!

  見合っていた目線をすぐに逸らし、スープが入っている器を乱暴に掴み一気に流し込む姿をオレは見ていた

 んん……勿体ない。ちゃんと全部味わって欲しかったな。こんなにも美味しいのに。まぁカタクリは食事を元々終えていたし、スープに合う付け合わせもないから仕方ないか。

 この野菜オムレツなど卵がトロトロで本当に美味しいな……ああ、フォークに絡み付く半熟の卵が堪らない。こっちにも出汁を加えて味に更に深みを加えたい。

 

 

 「……おれが横に、背を付け寝ているのを見たろう」

 「……ん??……え? ……そうだったか?……。……ああ、そうだったな」

 

 すっかり会話が終わったと油断して食事に夢中になっていたオレの思考に割り込むようにカタクリは話し掛けてきた。一瞬何を言われたのかわからず言葉に詰まったが、時間は多少掛かったがちゃんと受け止め返答をする。

 けれど歯が折れたインパクトでそんな些細な事は忘れていたからまともな返事ではなかったな。確かに寝そべっておやつを食べていたような気はするが……でもそれが?

 

 「寝そべって食べるのは体に良くないゾ?……という事か?」

 「違う」

 「そうか……ん? そういえば仕立て屋が君は立って寝るとか言ってたな……だがオレも水中で寝るゾ!!」

 「………」

 

 カタクリは横になって物を食べる習慣があるという事か。だからいつも食事は一人でしているのかもしれないな、心配をされたりするだろうし。

 だが今はオレに合わせてか座ってスープを飲んでいたし……そもそも横になって食べるのを悪だとは言わない、オレらゾーラ族が水中寝をするように誰がどんな何をしようとも誰に何かを言い責める権利など無いのだから。

 

 「……背をつけないのが、強さだ」

 「ゾッ、そうなのか!? ……確かにオレらゾーラ族も尾びれもある為にか確かに背をつけて寝ない……つまり背をつけないオレらは強いのか!?」

 「知らん。……だがおれのは、広めてくれるな」

 「了解だゾ! 別に広めれる知り合い相手もいないし、連絡を取っている姉さんもカタクリに会った事はないしな!」

 

 カタクリの低い声が淡々と言葉を紡ぎ、オレはその言葉に力強く返した。その言葉の真意はわからないがとにかく……えっと、食事方法とその体勢を誰かに言うなという事なのだろう。大丈夫だ、オレがここで話せる相手はカタクリかペロスペローしかいないのだから!

 カタクリは当人でペロスペローがどこにいるかわからない以上オレは誰にも話せないな! あと料理人達くらいだろうが……カタクリの部下である彼らに上司であるカタクリが秘密といったそれらを話せる訳がない。

 

 しかし……もしオレが地上で寝るとするならば背をつけて寝るしかないがどうだろうか、強くなるのだろうか弱くなるのだろうか。

 試してみねばわからないが……今これほど弱っているのにそれをやるつもりはないな。もし今後体が完全回復するような事があれば地上で横になって寝てみようか。まぁ、その為には美味しいものを食べ新鮮な水を取り入れるしかないな。

 

 つまりご飯を食べよう。うむ、美味い!

 

 「……お前は」

 「ぁむ……何だゾ?」

 

 食事を続けていればカタクリがどうにも奇妙な表情で語りかけてくる。本当に……今まで何日もカタクリと過ごしてきたが今日は初めて見る顔ばかりだな。

 

 「何も、本当に気にしないんだな」

 「……えっいやそんな事はないゾ?」

 

 何も気にしない? そんな訳がないだろう。オレ自身の事なら体調を含め様々な事を物凄く気にしている。

 

 ヒレの湿り気や鱗の剥がれ具合は常に気にしているし、今だって歯がどれくらいで生えてくるかとか自分がどうなるかいつも気にしている。

 あと遠く離れてしまったゾーラ族の事も心配しているし今現在どんな様子なのか、何か起こってやしないかとか片時も思わない時はない。それに……ラネール島では見る事も知る事もなかった外の出来事を味わい身に付け知れるのを楽しみにもしている。

 

 それに……あー、カタクリ達の事だって気にしていない訳じゃない。どんな人物か、どんな思考回路をしていてオレとどんな違いがありどうすれば仲良く……、んん、いや、まぁ。ゾーラ族に何か危険な事をしたりしないかと企んでいないか、とか……

 

 

 ……それこそ、今こうして彼がわざわざこちらに出向き時間をとって話をしているのだって。オレにとっても彼にとっても。それはつまり……彼が何を言いたいのかといえば。

 

 「君の精神統一のメリエンダの邪魔をした事を詫びろ、という事なのだろう?」

 「………違う」

 

 彼と関わって数日、この短期間でもわかる。彼は拘りがとても強く、妥協を許さない……もしくは妥協をしたのを気付かせないし見せないタイプだ。

 

 「だがそれはオレを掴み上げ放り込まれた挙げ句弱っていたとはいえヒトの歯を折った弟達に言っ……あれっ、違うと言ったか?」

 

 だからその拘りの時間を邪魔するなとの警告忠告の文句かと思ったのだが。なんだ、これもまた違っていたのか。

 カタクリは難しいヒトだなぁ……どんな行動をしても、何をしても、彼の望む行動や好ましい行動をするのを至難の技な気がする。別に懐に入り込んだからと媚びるつもりはないが。

 オレにだってプライドというものはあるのだゾ、ゾーラ族の平和と安全のためならばそのプライドなど投げ捨てはするが。

 

 

 オレのカタクリについて思った事そのまま口にしたそれがそのカタクリ当人に引っ掛かったらしい。

また新たな表情である、少し目を見開き瞬きを数回した不可思議だと言わんばかりの顔でオレを真っ直ぐにみていた。

 

 「何だ精神統一とは」

 「これも仕立て屋が言っていたのだゾ。カタクリには一日に一度甘いものを口にしながら精神統一を行う時間があるのだと」

 「………」

 「……なるほど! そうか、違うのだな!」

 

 カタクリの僅かに動いたその眉の様子でオレが聞いた噂話は嘘だと解った。

 まぁ噂とは尾ひれ端ひれが付くものではあるし許して欲しい。ゾーラ族ではないニンゲンである彼には尾ひれも端ひれもないのにな。そもそも端ひれとは何なのだ、オレらにも多分ないゾ?

 

 「精神統一……とか、ではない。おれはただ……人前では食事をしない、そしてその時間を大事に思っている。それだけだ」

 「うむ。ルーティーンなど拘りがあるのは悪い事ではないゾ! ……でも今、オレの前でしているゾ?」

 「……弟達の無礼の詫びだ。滅多にしないこれで許せ」

 「そうか、詫びなら仕方ない。許すゾ」

 

 別にカタクリが食べる姿を見たからと詫びられてる気分にはならないが……だが確かにオレの作ったものを美味しく食べてくれた、それだけでされた事を許してしまいたくなる。

 歯なんて後数時間で今の弱ったオレの体でも完全に元に戻るだろうし、それに何より……カタクリの口の重さでわかる。

 

 

 "何をか"……は解らないが、彼に関する秘密の何かを伝えるかどうかを悩んでいたろうに今さっきの少ない会話でオレに伝えてくれたのだろうという事が。

 信用されている、伝えた方が脅しやすい、そもそも全てが企みで嘘……様々な想定が出来るがオレはただ与えられた情報を受け取り飲み込むだけ。

 それらを駆け引きとして遊び企み利用するような器用さはオレは持ち合わせない。ただ父上に言われた言葉を律儀に守るだけ。

 

 オレらゾーラ族を舐められないように、そして憐れまれないようにする。それだけ。

 

 

 ……だから、こそだ。

 

 「結局オレに何を確認しに来たんだ? 直球で言ってくれた方がありがたいゾ」

 

 カタクリの遠回しで理解出来ない不可思議な質疑応答をただ鵜呑みに受け流す訳にはいかない。解りきった顔をして見て見ぬふりをして問題を直視せず無かった事にするなど出来ない、すれば全てが台無しになってしまう。

 解りやすく言えば「カタクリの言っている意味が良く解らないから解りやすくまとめて説明してくれ」だ。

 

 「お前……今のやり取り全部無駄だったのか……」

 

 そしてそう告げたオレを呆れたような目付きで見られてしまう。肩を落とし小さくため息。

 むぅ……ゾーラ族の代表である王子として来ている以上解らない出来事を解ったように見せ掛け失敗するような変な事は出来ない。だが正直に訊ねるのもまたあまり宜しくはなかったかも……そう思ってはいる。

 

 「……おれは人前で背を付けない、人前で食事をしない事を……と、いうか口元を見せない事だな。それを徹底している。だから広めてくれるな」

 「ああ、それなら分かりやすい! 了解だゾ!」

 「………」

 

 だが恥を忍び正直に訊ねたからか彼はちゃんと答えてくれた。まさに古い言葉だが正直者はエラを見れる、というヤツだな!

 話しているとついつい食事がおろそかになってしまう、ちゃんと熱があるうちに食べないと勿体ない。中には皮に包まれ未だに温かな肉汁が溢れる焼き物もえるから気を付けなければならないが。

 

 「うまいっ。しかし訊ねて良いか? なぜ口元を隠すのだゾ? 恥ずかしがり屋さんなのか?」

 「……。……以前言ったろう。人は、人と違う部分を拒絶し嘲笑い、排除する。おれは気にしていないし、お前は完全にスルーしたが……大多数の人にとって、おれのこの裂けた口はそれに該当するようだ」

 

 ……口。…………口? …………ほ、ぉ。………え、いや本当に何が?確かにスルーしたのだろう、何を言っているのか本当にわからない。

 裂けた口が拒絶する箇所? 笑うところ? 傷痕があるのに……心配するではなく、笑うところなのか……

 

 …………なんだか、ゾーラの里を出て今までで一番難しい事を言われている気がする。

 別のモノだから怯えるじゃない。ヒトは、同じ種族でも大多数のヒトと違うところを嫌がる……か。

 

 …………。難しいそれらの事を、これからも話していけば理解できるだろうか。斜め向かい前にいる、彼と。

 

 「それで以前トラブルになった、おれだけの問題なら構わなかったが周りを巻き込む……だからこそ隠している」

 「そうなのか……ならオレは別に口が裂けていようが二個あろうが百個あろうが何も気にしないから隠さなくて良いゾ」

 「……百個あれば流石に気にしろ」

 「でも貝は目がそれくらいあるゾ?」

 「………」

 

 そういえばカタクリがおれを人前に出さなかったのはゾーラ族……というか魚人族と思われて歓迎されず面倒になるだろうからと言っていたな。そして実際その露骨な態度で接され重々に理解してはいたが……けれど全く同じヒトであるカタクリに対しても同じなのか。

 カタクリとオレは対話をしている、あの時に話した通りに。だが、ヒトとヒトで対話をしてもそれでも交わらない考えの違いがあるのなら……どうすれば良いのだろうな。

 

 うーむ……今のオレにはこのスープに沢山の貝を入れてブイヤベースにしたらもっと美味しくなりそうだ、という事しかわからない。

 そんな事を考えながら会話をしていたせいか少しズレた回答をしてしまったらしい。眉をひそめ口元を大きく歪ませ見るからに不満げな顔をカタクリに向けられてしまったのだから。

 

 「ヒトサマを貝と勝手に同類にするな」

 「ゾッゾッゾ、すまない。君の体は伸びるし増やせはするから百の数は出来ても流石に貝と同じは嫌なのだな!」

 

 貝の美味しさはカタクリも知っているだろうがその素晴らしさや便利さ、愛らしさは知らないのだろう。いつかゾーラの里に生息するシノビタニシを見せて触らせ、食べさせたいものだ。

 あ、ゾーラの里といえば……カタクリの口は伸びる。つまり大きくなれるという事だ。なら。

 

 「教育係の大臣がエイのゾーラなのだが口が大きく端から端までこーれくらいあるのだが、どうだ比べてみないか? 会いたいか?」

 「いや全く」

 「そうか! まぁ会わせたかったが結婚式には来ないそうだ、残念だな!」

 「なら何のために聞いた」

 

 オレの無意味な質問に今まで見た事ないくらい顔を歪めて答えたカタクリの顔が大変に愉快で、オレは声を上げて笑った。

 

 

 *

 

 

 久し振りの賑やかで楽しい食事を済ませ、オレはカタクリと共に食後の槍の鍛練を行おうと話しながら廊下を歩いていた。隠さなくてもいいとは言ったが別に見せろと強制するわけではない。変わらずカタクリは布地で口元を覆っている。

 流石に食べたばかりの今の今であの激しい鍛練は厳しい、多少の猶予を貰いたいと頼みながら毛の長い廊下の絨毯の上をもふもふ歩いている。

 相手はなにせあの複雑怪奇な力と信じられない強さを持つカタクリ相手だ、食後すぐでなくても弱った体で対峙するには大変な相手なのにお腹が膨れている今、激しく動いても万全のパフォーマンスが出来ず力不足にしかならないだろうと話して……

 

 

 その時、電伝虫が鳴いた。遥か遠くの廊下にいるオレらにも聞こえる程の大声で。

 

 カタクリから故郷の者と話す専用にすれば良いと渡されたオレの電伝虫が鳴いている。

 大きな声で、必死に。

 

 

 オレ専用、と渡されたのだからその番号を知っているのは……決まっている。ゾーラの里の誰か。

 と、言っても電伝虫の向こうにいるのは九分九厘姉さんだ。毎日、それこそ昨日だって丁度同じくらいの時間帯に話したのだから。

 ……ん? いや、昨日より少し早い時間だな。そもそも姉さんからかけてくるなんて初めてかもしれない、いつもせっかちなオレがかけていたから姉さんはかけられる側だった。

 

 「すまない、鍛練は姉さんと話してからで良いか?」

 「ん。しかしまァ、毎日毎日よく飽きずに話せる。飽きないのか」

 「飽きるわけがないゾッ、家族は何よりも大事だからな!」

 

 斜め後ろに立っていたオレの言葉にカタクリが頷いたようなそうでもないような……とにかくその動きを見る事もなくオレは電伝虫の受話器に手を伸ばした。カタクリの背はオレよりかなり高いから見ようとするならちゃんと見上げて見ないと細かなところが確認出来ない。

 しかしまぁ今はそれよりこっちだ。電伝虫の殻を片手で掴み、もう片方の手で取り「カチャリ」と受話器を上げた……瞬間。

 

 

 『王子!!!』

 「ゾッ!?」

 

 耳どころか頭の奥まで震わせるような甲高い大声が受話器から鳴り響き脳を揺らした。予想していた姉さん相手ではあり得ないあまりの急な大声に足元がふらつき倒れそうになってしまう。

 それでも何とか耐え、強く床を踏み締めて姿勢を固定して会話相手の真似をしているのか大袈裟にも思えるほど表情を動かしている電伝虫を見る。

 

 「そ……の、声はトルフォーだな、どうしたのだゾ?」

 

 受話器から聞こえてきた声は我ら王族直属の兵士であるトルフォーだった。少々生真面目な所があるがしっかり規律を正し常に凛々しくしている彼女の慌てた声など初めて聞いたかもしれない。

 いや、そもそもなぜトルフォーがオレに連絡をしてきたのだろう。ペロスペローから使い方を教わった時彼女はその場にいたから出来ない訳ではないが、かけてくる理由がわからない。

 

 『ああっ! 良かったです王子! 連絡がついて! でも大変で、来たんだ! どうすれば良いんでしょうか! 防ごうにもどうしようも、意味がわからないんだ、皆傷付けられた! 魔物ッ、妙に静かだったのはその、きっと! でも王子には言うなって、でももうどうしようも! 我らは、でも、王も姫もご無事ではあるが、しかし!』

 「ちょっ、ちょっと待て! 落ち着け!」

 

 まるで限界ぎりぎりまで溜め込んでいた貯水槽が決壊したかのように捲し立てるトルフォー。しかしその言葉は支離滅裂で、言われた言葉そのままを飲み込もうにも要領を得なくて飲み込めない。

 静止の言葉をかけても未だ混乱し続けているのか止まらない彼女に強く呼びかけ、何とか落ち着かせる。尋常でない、明らかに異常事態であるのを感じ取ったのかカタクリは鍛錬場へと向かわず背後の壁へと凭れかかった音が聞こえた。

 

 「何の話をしているのかわからない、落ち着いて肺呼吸をするんだゾ。そしてまず一番最初に何があったか言うんだ」

 『は、い…! シド王子……えっと、えっと……なんだっけ、ドクロのニンゲン……あ、いえ、ドクロ模様が入った布地を纏ったニンゲンの男が里を攻めてきたんだ! その男が魔物を率いて、我らを襲ってきました!』

 「……何だって……ドクロ……?」

 

 しばらく電伝虫から大きく呼吸する吐息とその真似をする電伝虫の姿を見て聞いていた。時間にして十数秒経ち、少し落ち着いたのか荒い息混じりでやっと意味がわかる言葉を紡がれる。しかしその内容には意味が分からなかった。

 

 受話器を上げて捲し立てられた最初の支離滅裂の言葉を聞いた時、オレはゾーラの里に魔物が攻めてきたのだと思った。それこそボコブリンやモリブリン、我らの天敵であるライネルが。そしてそれなりの被害が出たのだと。

 

 だが……ニンゲンだって? ニンゲンと魔物を間違える訳が無い。それもドクロを身に着けた……ドクロというより頭蓋骨は魔物も持つためにどういった理由かは不明でも掲げていたりもするが、布地に模様として纏っている。そして外海に住むモノ達が意味するものとすれば。オレとトルフォーのやり取りを聞いていただろう、後ろに立っているカタクリをチラリと見る。

 まさかとは思うが迎えにいった船の人が? いやだがそんな事をする意味がない、私利私欲で独自で勝手に動いたとでも? そう思った思考が目に表れていたのかしかめっ面を隠そうともせず近寄ってきたカタクリに受話器を奪われる。

 

 「そのドクロはどんな模様だ」

 『なっ、だ、誰だ貴様!?』

 「答えろ、どんな模様だ」

 『どんな、って……』

 

 突如現れたカタクリ相手に困惑しつつもトルフォーが思い出しながらゆっくりと答えたそれにカタクリは無言で、けれども目を閉じた事と受話器をオレに返して来た事で無言の否定をした。自分の海賊団が迎えに行った船の者ではないと

 まあ当然だ、迎えの船は早くても明日。それよりもっと延びるだろうとカタクリは言っていたのだから。オレも可能性は低いだろうと考えていたが一応確認したまで。

 

 

 ……ならば、今ゾーラの里を襲っているのは、誰だ? 何の目的で、我らゾーラ族を襲っている?

 

 

 『……ぁ、え……お、王子……』

 

 オレの心の呟きは声に出ていたようだ。カタクリに困惑していたからか少し落ち着こうとしていたトルフォーの声がオレに引っ張られたように明らかに動揺し始めた。

 だって、だってそうだろう? なぜそんな事に。あの、美しいゾーラの里がなぜこんな短期間で二度も襲われるような事になったのだ。

 

 『男は、魔物を……シド王子が確認された時にいなかったあの凶悪な獣人をどうやったのか、手懐けていて…!』

 

 オレの故郷、ゾーラの里。晴れの日中は鮮やかな太陽光が照り返す美しい水面を輝かせ、雨の日中は濡れた岩肌の静かで趣がある癒しを提供してくれる場所。夜間は仄かに青緑に灯る夜光石があちらこちらに散りばめられているあの雨奇晴好な自慢の故郷。

 それらの風景はついこの前壊された、それでも景色なんてどうとでもなる。命さえあれば、ゾーラ族は……皆はオレがこちらに来る事で守れた筈だったのに。

 

 『王も姫も電気の攻撃にも立ち向かい、それでも最初はなんとか耐えて……! でも、でも、この前の海賊に襲われた傷でか上手く……限界はもう、すぐ近くに、どうす……ああ、王子……アタシ達はどうすれば!』

 

 何の為にオレはここに来たのか。ニンゲンと仲良くなる交流目的なんかじゃあない、ゾーラ族の為だ。皆が苦しんで戦っている時にオレは何を呑気にしていたんだ。

 守る為に来たというのに傍にいないからと言い訳なんてしたくもない、守らねば。守るんだ、オレが! 皆を! 家族を! ゾーラ族を! 

 

 

 「オレが行く! すぐに帰るからそれまで堪えてくれ!」

 

 行かなければ! 帰らなければラネール島へ、ゾーラの里へ!

 潰さんがばかりに握りしめていた受話器を叩ききり、即座に飛び出さんがばかりに走り出す。……出そうとした。なのに。

 

 「待て」

 

 その腕をカタクリがガッチリと掴み、行く手を阻んできた。この前の鍛錬時とは違い、増やした腕ではない。水を作り出したところでこのオレより遥かに力強い腕力に敵わなければ抜け出せない。

 

 

 「離せ! 迎えの船になんて任せる気はない! 時間が掛かり過ぎる、オレなら何よりも速く行ける! オレが行かないと駄目なんだゾ!」

 「お前一人が行ったところでどうなる、少しの衝撃程度で歯が折れる程弱りきったお前が」

 「だからといって見捨てろというのか! 故郷がピンチなのにオレだけ何もせずにいろと!?」

 

 カタクリが掴んでいる腕からなんとか抜け出そうと、むやみやたらに振り払い力付くで抜け出そうと体重をかけ引っ張る。それでも離さないからか肉が締め付けられギシギシと骨が鳴る。

 それでも、骨の一本や二本折れたところで。母親にだって折られたんだ、息子に折られたところでなんだって構わない。

 

 

 「止めてくれるな! 君に関係ないだろう! オレの故郷だ! オレの家族だ! オレの守るべき民だ! 血反吐を吐こうともヒレが千切れ失おうとも、例えどうなろうともオレは行く! 行かねばならないのだゾ!!」

 

 

 

 「シド」

 

 

 

 ミシリ、と掴まれている腕が鳴った。なのにそれよりも小さく呟かれたカタクリの低い声の方が耳に残った。オレの暴れる音も、足元も、外の雑音ですら……他には何も音が聞こえないかのように。

 

 

 ……今、まさか。……嘘だろう?

 ……初めて、名を呼んだのか? オレの、名を。

 

 

 振り返り彼の顔を見上げる。朝焼けが射し火を纏ったかのように燃えるように赤い水面のような瞳がオレをとらえていた。

 眉を潜めながら見開いていた目が、すっと細められ全てを射抜かんばかりの赤色を研ぎ澄ます。

 

 

 「落ち着け。行くなとは言っていない、お前一人が行った所でどうなる、と言っている」

 「じゃあ!……じゃあ……なら、どうしろと、言うのだゾ……」

 

 

 「おれも行く」

 

 

 淡々と、それでも全てを絡めとらんばかりの燃えるような真っ赤な目をしたカタクリはそれだけを呟いた。

 

 

 「おれも共に行く。おれを背に乗せ、お前の故郷のゾーラの里に連れていけ」

 

 

 

 

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