「どうだ、レトーガン。壊された壁面や飾りは治せそうなのか?」
「はい王子!まだまだ若輩者ですが、必ずや成し遂げてみせます!」
「うむ!頼むゾ、フーキュ達と力を合わせての里の復旧を任せたい!キミ達なら出来る、是非ともこのゾーラの里を元通りにしてくれると信じてるゾ!」
「は……はい!お任せ下さい!」
オレの言葉を彼は体を震わせる程の衝撃で受け取ってくれた。爛々と輝く瞳はラネール島の上空に登り始めた太陽光を浴び、輝く蒼緑の鱗と共に彼の頼もしい言葉を増長させるよう光り輝いた。
嗚呼。彼らの眩しい輝きを見れば……きっと、この里は大丈夫だと思える。きっと。きっとだ。
オレが、いなくとも。
だから。
「シド王子!下海から……この前の、海賊、が」
警備兵が慌てたように声を上げオレを呼んだとしても心も体も落ち着いて聴く事が出来た。数日間、どのような行動を行ったとしても頭によぎっていた不気味で恐ろしい存在を確認したとしても。
オレは、いかねばならない。
人質。人身御供。生け贄。……違う。ゾーラ族を守る為に選り抜かれ、自ら選抜した立場なのだから。
*
迎えに寄越された殆んど初めて見る船という乗り物は、何とも奇妙でしかないものだった。
一番高い場所には黒地で描かれた何かの絵(海賊旗というらしい)を掲げ、側面に付けられている返しの着いた槍の先端のようなもの(錨というらしい)をラネール島から落ちぬように岩に引っ掻けるよう落とし、まるで生き物かのように喋っている先端部分(後で聞いた所によると船首というらしい)がご機嫌に歌っていた。
それら見た事も聞いた事もないそれら全てに圧倒されながらも、島を出ていくオレを見送りに来てくれた姉さんとその御付きの者である警備兵達に向き合う。
里の近くに行こうと船から降りてきた相変わらずよくわからないものを止める兵を横目で確認する。オレが来たのだから行く必要など無いだろうと。
オレ達が大人しく従っているからと、賊である向こうもそうするとは限らない。約束を守るかどうか、何をされるかわからないなら見張るしかない。
遠くへと出ていくオレを心配し、海賊達が去ってから今日この日までの間に里の女手達が作り上げた衣服を身に付けて。
それは伝説のゾーラ族だけで作られたバンド、ダル・ブルーをイメージして作られているのだろう。青緑で彩られた美しき布地や差し色の茶色。体を覆うようなゆったりとした形はそれは体格を隠し、ニンゲンで無い事は解れども全く見ず知らずの者は極論オレの性すらわからないのではないだろうか。
そもそもニンゲンのように肌にピタリと張り付くような衣服等はどうも……脚は自由に動かしたいし布を巻くだけで悪くないだろう。
「元気で、無茶なんて決してしないでねシド。何か、何かあったらいつでも言って。お姉ちゃんが絶対に守ってあげるから」
「……姉さん」
どれだけ語ろうとも終わらずに語り続け、不安げな姉さんの手を取り告げる。
「大丈夫だゾ……どうか、お元気で」
そう発した時の顔を一生オレは忘れない。
あの、黄金に輝く宝石のような瞳をふやかさんとばかりに水面で濡らしたそれを。
「それに連絡を取るなんて手段もないゾ、残念だが」
「ん?もしかしてここには電伝虫も無いのか」
「ゾ?」
船から降りて物珍しそうに遠くに見えるルッタを見ていた青年が呆れたような声色でオレと姉さんの会話に入ってくる。
彼は……この前争った中にいただろうか?駄目だ記憶に無い、そもそもゾーラ族でない者を見た事自体が多くないのだから見分けを出来るようにならねば。
彼は船内にいるものに声を掛け何かを二つ、持ってこさせた。それは片手よりも少し大きな殻を持つ生物。シノビタニシと似ているが形が違う、下海にいる生物だろう。
そして片方の生物な殻に取り付けられた器具を取り外し、下海の数字が書かれた箇所の器具数回回転させた。
すると。
「ジリリリリリンッッ」
「!?」
触っていない方の生物が鳴き始めた。急な鳴き声に戸惑ったのは我らゾーラ族のみ。彼は何事もないようにその鳴いている生物、確か電伝虫だったろうか。それに取り付けられた工具を彼がしているように手に取るように言ってくる。
危険であるとは思わないが、他の者にさせるには不気味だとオレが真っ先に手に取る。これは一体……
「『どうだ?これならば連絡が取れるだろう?ペロリン♪」』
目の前にいる彼の声が、更に目の前にいる電伝虫の口から聞こえてきた。彼の真似をするように大きく舌を付き出して。
……こ、れは。間違いない。
「
「は?」
「本当にこんなのが有るんだね……創られた歌詞かと思ってた」
「何という事だ、ならば他にも知らぬが知っている事があるかもしれないのだな……」
我らの言っている意味が理解出来ないだろう彼はただ首を傾げていた。当然だ、ダル・ブルーの歌う曲の中の一つ「風の魚」にある歌詞など彼が知る筈がない。
歌詞の中にあり歌われている、遠くの者と答えを探すに語る手段、それが……これか。
「何の事だか知らないがこれで連絡を取れば良いだろう?式の詳しい日程と両家の顔合わせと結納の際の連絡はこれでする」
「ゾ?……父上達を後日招くのならば何故オレは先に?」
「結婚相手との顔合わせを当日する訳がないだろう。それにゾーラだか何だか知らないが人間サイズでないんだ、衣装合わせもあるしな」
「ああ……成る程、確かにそうだゾ」
そして彼と同じように器具を元の場所に戻せば部下が姉さん、そして御付きの兵に使い方を説明していた。オレも知りたかったが……まぁ良い。
そして説明し終えた部下が船へと戻り、彼も早く乗るようにと告げてくる。
別れの挨拶は先程行ったし、連絡も取れるという。どう、言葉を告げるべきなのだろう。
ミファー姉さんの方を見れば何とも言えない、もしかしたらオレと同じ事を考えていたのかもしれない瞳と目が合う。そして、先程とは全く違う雰囲気と言葉が出てきた。
「では姉さん、また近い内に会いましょう」
「うんシド。またね」
握手をするように軽く触れるように繋いだ両手を離し、背を向け船へと続くスロープを登る。どうにも履きなれない靴底が木の板と歩く度に乾いた音を立てて鳴っていた。
船を固定していたという錨を引き上げれば、水の流れで船は少しずつ陸から離れていく。見送る姉さん達の姿が同じ速さで小さくなっていく。
「そういえば、この船はどうやってここまで登って来たんだ?船というものは滝のように流れる水流や半ばにある返しのように広がり丸まった部分も関係なく登れるものなのか?」
「いいや?そんな事は無理だ、基本的に船は風を受けて進むもので上になど登れるものじゃあない」
「ゾ?ならばどうやって?」
「今からそれがわかる、ほらお前ら準備は良いか」
彼の合図と同時に船のあちらこちらから紫色の何かが膨らみ始めた。それは徐々に大きく丸く形を変化させていき、それに連動して船が徐々に浮遊し始める。
そしてそれは見覚えのあるものだった。どうにもあまり良い思い出のないそれに反射的に、そして無意識に顔の左を覆うように長いヒレに触っていた。微かに残るヒレの、その部分に。
「オクタ風船……オクタロック?」
「ん?タコバルーンは知っているのか?」
「ラネール島やラネール港に似たようなのがいるんだ。だが形が違う、岩を吐き出す訳でもなさそうだし」
「むう、空島程ではないが高度があるからか?……まァ、わかる事でもねェかペロリン♪」
彼のいう通り別物でも、似た物でもオレにはわからない。しかしこんなに大きなサイズのオクタロックは中々お目にかかれない。
今こな船を持ち上げているこれはあの動くものと見れば襲ってくるような狂暴性は薄いように思える、まさか船を浮かすように躾られ改造されているのか?それともラネール島外のオクタロックはそう進化したのか?
ああ、オレは外の事をなにも知らないのだな。
ふわりふわりと浮かんでいた船はいつしかゆっくりと降下していた。船の縁を持ち下を眺めれば遥か下に海面が見える。ここから飛び込めば流石のオレでも……うむ、痛いだろうな。
遠ざかっていく姉さん達の姿はビリビリマスの鱗よりも小さくなり、そしていつしか見えなくなった。
そうしてふわりふわりと漂う事それなりの時間、水面に自然発生した揺れる気泡が弾ける程の長い長い時間の後に下海に辿り着いた
ラネール島から流れ落ちる滝のような水を見上げても、それだけしか見えない。島の形も、ゾーラの一人も何も見えない。
船はそのまま、目的へと進む為に進路を取りはじめた。
下海に来た事は両手で数えれる程しかない。何も知識を持たない事にこれからどんどん触れる事になり、また目にする事になるだろう。
それでもこんな近くの場所では何度か降りてきた時に見た景色とさほどの違いはない。精々時間帯くらいだ。
「ところであの電伝虫とやらは頂いて良かったのか。後であの
それでも水平線を変わらずに眺めていれば指示を出し終わった電伝虫をくれた彼が再び近付いてきた。
彼が今この場では一番上の者なのだろう、それでもきっと最も位の上の者はこの前の女海賊だ。
海を眺めたまま、振り返らずオレは訊ねた。
「あー問題ない。おれがおれの判断で渡したからな。それに連絡がつかないと不便だし、流石にママもそれくらいで怒りはしない」
「そうだそのママという呼び名なのだが、全てが実子ではないのだろう?」
「当然だ。殆んどがそうでないな、この船にもいるアイツらはママが悪魔の実の能力で作り出したホーミーズだ」
彼はそう言い、船で働いているどう見てもニンゲンには見えない彼らを指差した。悪魔の実、そうだ。それだ。奇妙な力を後天性に手に入れられる不可思議な果実。
そしてその能力は無機物に新たに命を吹き込む能力とやらなのだろうか、この船の船首にしているように。それとも生物にもそれは可能なのか……
「っと、そうだ。まだ名乗っていなかったな、おれはシャーロット・ペロスペロー。今向かっている
そう名乗った彼、ペロスペローは片方の口角を上げ握手時に手を差し出すように手に持っていた杖の先端をオレに向けた。
一瞬どうするのが正解なのかわからなかったが……そういう意味なのだろう。オレも自らの名を名乗りながら、最初に思った通りその部分を握り、握手をする。
そうでなければわざわざ……
……そして気になっている事がある。真っ先に聞くべき事だったそれ。
「君のシャーロットの姓はそのママ、と同じだが……もしや」
「ペロリン、正解。おれはママの実の息子で長男で……ああ。一応言っとくがおれじゃないからな、おれは別の政略結婚をしている」
「ゾ? そうなのか。なら君の……」
「そうだ。一つ下の弟が結婚相手になり、おれは所謂まァ義理の兄になる訳だペロリンペロリン」
そうして告げられたのは予想していたものであり、なんとも奇妙な気分にさせられる言葉だった。そうなる事に不思議は無いとハッキリ言い切るようなそれ、政略結婚。
勿論それは当然ではある。結婚をするという条件でオレが今この場のいる状態は作り出されているのだから……だが、本意でないそれにそう簡単に割り切れるのか。
彼の相手がどのようなヒトなのかは鱗の一枚も何一つ知らない。いい人であれば、割り切れるのだろうか。抗議の言葉を飲み込むしかないのだろうか。
オレの相手も、そうして飲み込んだのだろうか。顔も名前も何も知らない、オレの政略結婚相手。
彼には望む好ましい相手がいるのだろうか。いたとしても、何も出来ずに飲み込むしか……そうでなければ、あんな自分以外の者だけで勝手に決めた結婚に従うのは。
……いけない。勝手に考え、勝手に同情などするべきではない。この思考に正解がどれだけあるかもわからない。
……そもそも賊というものは、結婚したからと大人しくなるものでもないだろう。他者を泣かせ苦しめるも当然、それは結婚という枠で止められるものでもない。
オレの相手がそのような相手なら、オレは全力で被害に遭うヒトを守ろう。それがオレの政略結婚へのケジメになる。
「まァ万国に着くまで数日はかかる、ゆっくりすれば良い」
「距離はどれくらいあるんだ?」
「んーそうだな、恐らく ── 」
「……?」
ペロスペローの言った場所への距離、そして時間と船の走行速度を考え……どうにも納得いかなく首を傾げる。
「全力で泳いでいけば夜には着くのになぜ船で……ニンゲンは呑気なのだな」
「ゾーラ族基準で考えるんじゃあない、人はそんなに長時間軽く泳げないんだ。ったく改めて魚人は水の中では規格外だぜペロリン」
「………」
勿論オレ達だって永遠に泳ぎ続けれる訳ではない。そもそも塩分の多い海と川では体の自由は全く違うし、長く海に使っていれば艶やかに保つのを心掛けているヒレの具合も変わってくる。
それにニンゲンとゾーラの違いだけではなく、船を使う理由には海賊や組織や物品輸送……様々な理由もあるのだろう。
子は必要なくとも我ら
ああ、考えなければならない事が多すぎるゾ。煮えそうな頭を今すぐに水に飛び込んで冷やしてしまいたい。
「そう難しく考えなくても良いぜペロリン♪弟もそんな悪い奴じゃあない」
「……そうだな。取り敢えず、着くまで顔も知らない相手の事でも考える事にするゾ」
「ん?……ああ、そうかまだ見せてなかったな。弟の顔を」
「ゾ?」
飛び出た額を抱えたオレを笑うようにペロスペローは笑った。そしてオレの言葉に舌を軽く左右に何度か動かし、遠くにいるホーミーズとやらに声をかけていた。
そして数分後、声をかけられたニンゲンでない兵士が手に持ってきたそれをペロスペローへと渡す。紙、のようなそれを……オレに見せてくる。
「ほら、やるよ。これがお前の結婚相手だペロリンペロリン♪」
「!?……。………」
差し出されたそれ、を。ちらりと見えてしまったそれ衝撃をまじまじと食い入るように見続け、水掻きを震わせる手で受け取る。
ペラリと重みに垂れるそれを手のひらで広げ、隅から隅までじっくりと眺める。それに描かれている、目と目が合い、戸惑う。
鋭い赤い赤い、瞳と……目が。あ、ああ。これは、これは凄い。
何せ、なにせ、これは。
「まァ凶悪なツラをしてはいるが害にならないと証明すれば良…」
「なん、て……正確なウツシエだゾ!?!!」
「……は?」
オレの予想外に大きくなってしまった声にペロスペローは驚いていた。でも仕方がないだろう、こんな……このような素晴らしいウツシエを目の前にしてしまっては。
手の中にあるそれはどう見ても視界に映るそれをそのまま切り取り紙の中に納めてしまったかのような正確さだったのだから。
「なんて、何て素晴らしいウツシエだ!こんな今にも動きそうなウツシエをオレが本当にもらって良いのか!?」
なんて、なんて正確なウツシエなのだろう!何度でも思い、口に出す。描かれているそれはまるで呼吸さえも聞こえて来そうな生きているかのようなその、絵に、驚愕するしかない。
どれだけ素晴らしい絵師が筆をとればこのように生きている人物そのものを切り取れるかのような絵が描けるのか。
この手の中にある紙に描かれた人物がオレの同姓の政略結婚相手だなんて、そんなのどうでもよくなる程の衝撃。
下海には、絵を絵とは思わせない。このように人物を生き生きと紙にウツシエとして見事に描ける人物がいるというのか!
「……あー、面倒だな。詳しい知識の擦り合わせはその手の中の男としてくれ」
手の中にあるそれに感動している中、ポツリと吐き出すようなペロスペローの声が聞こえたが、すぐに頭の隅に追いやってしまった。
何せオレの頭の中は新鮮なる衝撃でいっぱいだったのだから。
*
そうして時間は過ぎて数日後。
たゆたう海を行く中で遭遇した数々のオレの知識や常識をはね除け押し退けるような出来事。それらは片手で足りない程起こり、出来事を噛み砕き飲み込む暇も無く過ぎ去っていった。
それでも何とか辿り着き和やかに歓迎するよう迎え入れてくれたのは、到着地点である万国だった。
先程からずっと、ずっとくらりとするような甘い匂いが漂い続けている。水の中で無くともオレの鼻はそれなりに効きはするがそれでもこの香りは凄まじい。クラクラするゾ。
ラネール島程ではないが遥か高い場所まで伸びる建物を見上げながらオレは息を吐いた。
さて、これからここで短く永い
「どうだ、我が母が治める国を見た一先ずの感想はペロリン?」
離れた場所からペロスペローのからかうような声色が聞こえる。怯え、圧倒されていると考えてられているのだろうか。
それはそれは……何とも不本意だ。彼のいる方向へ振り向き胸の前で拳を握り満面の笑みと共に返す。
「勿論、最高に決まっているゾ!」