カタクリとシドが結婚式をしている夢を見た   作:アルビノ鮫

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鍛練

 

 カタクリの筋肉で盛り上がっている大きな背中を見つめながら後をついていく。大股で進む彼を必死で走って追いかけて……そして鍛練する為の下準備の場所へと辿り着いた。 

 彼が扉の鍵を開き、通されたその部屋の中を見てつい驚きの声をあげてしまう。沢山の棚や壁を飾り立てる圧倒的な武器の数を確認したのだから。

 

 剣や銃は当然に、見た事もない何に使うかもわからない武器が所狭しと並んでいる。鎖で繋がれた斧と鉄球なんてどう使うのだろう。

 そしてその一角に望みの槍コーナーがあった。ゾーラ族が使う武器であり、カタクリが使う武器でもある槍。小さな物からカタクリの背丈よりも大きな槍もある。

 

 「おぉ……こんなに沢山様々な大きさの槍があるとは驚きだゾ! 全て使っているのか?」

 「いや」

 「ゾッ……ならば何故…?」

 「まァ貢がれたりしての色々だ。おれが使うのは決まっている、それよりお前は決めたのか」

 「勿論! この二本にするゾ! なんと美しい、切れ味鋭そうな槍なのだろうか」

 「……二刀流って訳か。フン、相手にしてやるせいぜいおれに感謝しろ」

 「当然だゾ、ありがとう! 君は最高だゾ! 出会った当初から君は優しかったから常に感謝はしているゾ!」

 「………」

 

 オレの思うがままの、裏も表も何もない感情そのままをぶつけた言葉にカタクリは顔をひどくしかめた。それはまるでオレの言葉を端から嘘と決め付けおぞましいものを見るような……

 ゾ、オレは本心で言ったのだが……カタクリはなんとも気難しい性格ではあるな。どうも言われたそのまま受け取るような事はしないようだ。だが疑り深いそれは決して悪いものではない。

 

 言い換えればそれは今までの人生の裏返しだ。海賊の人生など想像するしかないが、里で王族として過ごしてきたオレと全く違う事だけはわかる。

 突然現れたオレのような他人の言葉をそう簡単に受け入れてはいけなかった厳しい人生を送ってきたのかもしれない。

 

 仕方ない。誰だってそう簡単に今までの人生や信念や考えを変えれないし、そんな事実はないがオレが何かを企む極悪人であるかもしれないのだから疑う事は間違いではない。

 オレはカタクリではないし、産まれも育ちも違うオレ達の考え方が全て一緒だなんて有り得ないのだから。

 

 

 そもそも無理に変える必要はない。ゆっくりでも受け入れなくても、自分の中で納得が出来る結論が出せれているのなら。感謝も許容も変更もしなくて良い。

 だけども。うーん、カタクリとオレは結婚、するのだろう?少なくとも今はそうらしいから。なら少しでも仲良くしたいじゃないか。

  

 オレの……ゾーラの長い人生、少しばかり手助けをするくらいなら、オレで良ければいくらでも手を貸してあげたい。見返りを求めるものじゃない、オレがしたいだけだ。

 

 

 「さぁ! 鈍った体を叩き起こすくらいの鍛練をやるゾ!」

 「……フン」

 

 腕を振り回しながら精神にも肉体にも気合いをいれる、そのせいか出した声は想像よりも大きくなってしまった。

 そんなオレの言葉にカタクリは返事を返さず受け入れも拒絶も何もせず、ただ軽く息を吐いた。

 

 

 

 *

 

 

 

 カタクリの屋敷の中でも開けた場所にオレ達はいた。部屋にしては何もなく、屋敷の中にしては壁は無く柱のみで繋がれた通り抜けそうに高い屋根がある。

 風がかなりの頻度で通り抜ける室内にしては開けた部屋の中でオレらは向かい合っていた。互いに槍を手に持って。

 

 「手加減はしてやる。好きなように掛かって来い」

 

 カタクリは自前の自身の背よりも長い槍を手に持ちオレを指先だけでクイクイと呼ぶ。そうだな、一先ずオレと彼の力量を確かめねばならないだろう。

 一人でオレを止められると判断されたカタクリは強いのだろうが……オレだって舐められる程ではないと力を見せつけねば。

 

 「では行くゾ!」

 

 地を蹴り、槍を構えながら真っ直ぐに突進し突きを放つ。先制として左槍を振りかざすもあっさり最低限の動きで避けられる。だがオレにはもう一本ある!

 勢いそのまま体を回転させ右槍で狙いの頭部、脳天を狙う! しかし槍の先端がカタクリに触れる前に素早く振り上げられた槍によって弾かれてしまう。やはり素早い。

 

 「ゾッ!!」

 

 空中で回転し、続けての両槍での連撃も彼の一本の槍に難無く防がれてしまう。

 

 「まだだゾ!」

 

 着地と同時に足払いへと移行する。本来は足で行う行動だろうがゾーラ特有の短い足ではするのは難しく、それを槍でやる訓練はしているのだから。

 カタクリの長い足を膝裏側面から叩くよう掬い上げようとして……手応えもなくすり抜けた。不可解なそれに心を乱さないよう慌てずに手で支えながらしゃがんでいた体勢を後方へと翻しながら建て直しカタクリと向かい合う。

 彼は何事もなかったようにオレを横目で見ながら、当初から一歩も動かない場所で仁王立ちをしている。

 

 ……今のは何だ?妙な感覚だった。

 

 ……分からない、分からないならば、分かるまでやるのみ!カタクリの鉄壁のような防御を崩そうと躍起にならないように角度を変え、素早く動き何度も突く。

 だがカタクリはそれを全て見事に受け流してしまう。流石だゾ!

 

 

 それでも二槍で一瞬の隙間も作らないよう攻め立てれば一歩も動かなかったカタクリが足を数歩動かした。踏み込み場所を変えるように、後ろへ一歩、二歩。そして。

 

 「ッ!?」

 

 オレが突いていた槍先、両槍がいつの間にか右手で一纏めに掴まれていた。慌てて体を捻るが間に合わず、左手に持ちかえられていた槍の柄で横腹を強打されあまりの勢いに飛ばされる。

 柱に叩きつけられ、肺から空気が絞り出され視界に星が飛ぶ。背中よりも痛む脇腹を押さえながら素早く翻りカタクリを見据えると彼は追い討ちをかけるような事はせず悠々とした態度のまま、彼に持たれ飛ばされた際に手を離した二本の槍をオレの近くへと投げ捨ててきた。

 

 「終わりか?」

 「まだ、だゾ。そもそも一度食らっただけなのだからオレはまだやれるゾ!」

 

 投げられた槍を拾い、強く握り締め構え直す。

 ああ、分かっていたがオレはこんなにも弱っていたのか。手に力が全く入っていないじゃないか、なんて情けないのだろうか。だが言い訳なんぞ見苦しい、する時間があれば衰えた体を鍛え直すべきだ。

 

 

 槍の使い道はセゴンとの厳しい鍛錬の中で学んだ。槍は本来刺すものだ。漁に、戦いに、訓練に。それをオレは知っている……だが同時にお手本通りの槍の使い方に囚われ過ぎてはいけない。

 槍とは矛であり、盾にもなる武器なのだから。槍を使う彼だってそれを理解しているだろう。槍は穂先や柄だけに注意をするものではないのだと。

 

 「……」

 

 カタクリが目を細め眉を寄せた。オレを纏う雰囲気や振る舞いが変わったのを理解したとばかりに目元を微かに湾曲に歪めた。

 それが少しだけ楽しそうに見えたのはオレの考えすぎで気のせいだろうか。口数少ない彼は言葉にせず、再度オレを呼び寄せるように指先でオレを呼ぶ。

 

 「……かかってこい」

 「当然。……だが、すまない。訊ね確認するのを忘れていた」

 「?」

 「ゾーラ族であるオレは普段水を使った鍛練をしている、それを使って良いのかどうかを。そして君も体をあの粘つく白い体に変えて鍛練をしているのかを。しているのならばその力の牙をオレへと向けて欲しいのだゾ!」

 「……フン」

 

 床をカタクリの身長よりも長い槍の石突で叩き、彼は笑った。先程上手く掴めないまま突き抜けていった笑みのようなものよりも遥かに深くおぞましさを含めた……ヒトを食ったような笑い方で。

 

 「……元々ゾーラ族特有の力を確認する、そのつもりだと言ったろう。好きにしろ。だがおれの能力を攻撃に使わなくともお前はやられているようだが」

 「今まではそうだったかもしれないが次からは、そうさせないゾ!」

 

 足に力を込めれる限り入れて地面を踏みしめ、そして足裏に生み出した水を動かす事で一気に加速しカタクリに向かって走り出す。

 右手に持つ槍先をカタクリの胸元に突き立てるも呆気なく、カタクリは自身の槍の先端の刃を使い受け流し弾くようにオレの攻撃を捌く。だがそれは想定内だ。

 槍の先は鋭いが、それでも逆にいえば所詮は先端のみ。つまり槍の根本には刃はない。良く言うだろう、雨降るゾーラのヒレとウロコの使いどころ、と!

 

 だからその部分を狙って打ち込む!

 

 カタクリが槍を振るうタイミングに合わせ、弾かれた片手の槍で彼の槍を押さえ込んで懐に入り込み手のひらを水で滑らせ槍を回転させて槍を持つ手を目掛けて突きを放つ。

 

 「……!」

 

 流石にこれは予想外だったのか、カタクリの目が見開かれるのが見えたがもう遅い。

 槍の先端がカタクリの手に当たり、そのまま貫通する……ように思えた。その手が白い何かに変形し輪っかを作りその中を槍が通り抜けなければ。

 

 「………」

 

 いつか見た、つい先程にも見たその一見奇妙な光景を視界に納めた瞬間……吐いた泡が割れて弾かれるように慌てて飛び退きカタクリから距離を取れば、カタクリは腕を伸ばしたままじっとオレの事を見ていた、その腕は白く変化している。

 カタクリはちらりと自身の腕を見たあと胸元に戻し、腕組みをして動かせないように固定する。腕を組む今の彼の手はどう見ても普通の何でもないニンゲンそのもの。

 

 

 不思議、だ。体を変えれるのは日中に見たから知っている。だが先程彼は……気のせいだったか?その奇妙なそれを使わないと言っていなかったか?

 

 「……今奇妙な力を使って避けたな?」

 「そうだな。思っていたよりお前の速さに少し驚き思わず能力を使って避けた、間違いない」

 「ゾッ……一応言っておくゾ……確認前に、足元、それを使って避けなかったか…?」

 「避けた。それがどうした、攻撃に使わなくとも……とは言ったが避けないとも使ってないとも言っていない」

 「そんなの詭弁だゾ……」

 「そう不服そうな顔をするな。今受けたお前の槍や水を使うやり方は……中々悪くない。認めてやる」

 「ゾッ!?」

 

 海賊相手にどうのこうの言うのも無駄とは分かっているが……なのに紡ごうとしていた言葉を吹き飛ばす返し言葉に息が詰まり、オレは酸素の足りない魚のように口をパクパクさせるしかなかった。

 まさかこの男からそんな言葉を聞けるとは思いもしなかったのだから。オレを、オレを真っ直ぐに褒めるようなそれを。

 

 だって、いくら他の人のように人種の違いを批判も区別もしない達観しているような彼だとはいえ。同じニンゲンとはいえ一括りに纏めれない彼だとはいえ。

 それでもまるでこの世の全てに警戒心を向けて形を作っているように思えたカタクリに……真っ直ぐに褒められる時がくるなんて。

 

 何だ?鍛練をすると話した先程から何でこんなやり取りをするようになっているのだろう。それほどまでゾーラ族特有の力は彼ら海賊にとって珍しいものなのだろうか。

 

 

 力を集中出来なくて留めれなくなり手のひらを覆っていた水がボタボタと床に落ちていく。

 その光景を見ていた彼が鼻で笑い、布地で覆われた顎を上向きに上げながら見下す声色で指示を出してくる。

 

 「だがまァ、まだまだだな。もっと水を使った面白ェ戦いをやってこい」

 「!?」

 

 言うが早くカタクリの体はその一瞬で消え去った。何となく感じる目に見えない程の速度で部屋のあちこちを動き回っている彼に、オレはただ翻弄されていた。

 それでも何とか追っていた存在を一瞬見失った隙に飛んでくる攻撃。それは槍ではなく彼の手袋に覆われた拳。

 

 頭を首筋から切り離さんとばかりに叩き込んできた拳をギリギリに、顔面を掠めたそれを避けカウンターを狙い手首まで水を生み出して打ち出し追えども届かず、別方向からあからさまにブラフでしかない槍が飛んでくる。

 分かっていても放っておけば突き刺さるそれを防がない訳にいかず左槍でそれを止めれば、右側面にカタクリの長い足から繰り出された蹴りが右全面脇を破壊せんとばかりに叩き付けられた。内部を破壊しそうな強さのそれの衝撃で胃液が逆流し、閉じた牙の隙間から飛び出してくる。

 

 だが。

 

 「ッ!?」

 

 痛み衝撃それを堪え、構えた腕をそのまま右腕を伸ばし槍で突く。蹴りに撃たれた衝撃そのままの腕の力の弱さでは当然ように避けられはする。槍を振り回すが当たらない。

 だが……オレの()()()()()()()()だ。

 

 

 「ぐっ!」

 

 カタクリの斜め背後、オレの全ての力を込めるつもりで生み出した細長い水柱が彼の。カタクリの顔面や防いだ腕、防げなかった脇腹などに無数の止めどない弾丸のように降り注ぐ。

 水の力を彼は決して侮ってはいなかったろう。だからこそオレとの鍛練を受け入れてくれている。

 だがオレが生み出した水柱が、ヒトビトを助けた水柱が。肌を刃物のように裂き抉り取らんばかりの衝撃を浴びせれると、きっとそこまで考えていなかっただろう。

 

 

 「ン、の!」

 「ゾッッ!」

 

 ゾーラ族特有のオレの反撃に対しての反応にカタクリは顔をしかめさせ、いつの間にか増えた腕が語気と感情のままに目の前に迫っていた。防御をすれども顔面ごと殴り付けられたオレの体は宙を舞う。

 高い天井には当たらず、それでも柱と天井を繋ぐ壁に叩きつけられんばかりに飛んでいた。冗談、だろう。オレの体ゾーラ族の中でも大きい、方だというのに軽々と飛ばされている。

 

 

 それでも叩きつけられる寸前衝撃を受け止めようと背に水を生み出そうとして……あっ。

 

 「がッ!?」

 

 そのままクッションも何もなく背中に受けた衝撃に脳が揺れ、全て吐き出された息が意識を止め、割れた石板のように何も出来なくなる。

 殴られた事で口の中が鉄臭い。血反吐を吐きそうだ。受け身も取れず床に落ちたあと激しく息を吐き出すも水のようなポタポタと微かに透明な液体を落とすのみで……これはなんとか、セーフだろうか……

 カタクリは無慈悲に追撃してくる事なくその場に立ち床に転がるこちらを見下ろしていた。多少回復したオレがなんとか起き上がればカタクリが舌打ちをしながら大股で近付いてくる。

 

 「おい、一撃当てたとはいえその程度か。日中散々繰り出した移動する水や水柱をやってこい。水泡すら出さずに何やられてやがる」

 「ああ……そう、か。すまない……あれはもう、さっきの攻撃で打ち止めのようだゾ」

 

 だから今防御しようとして出せず、無残に叩き付けられてしまった。咳き込みながらオレの言った言葉に彼は足を止める。見上げれば困惑したように潜められた眉と長い毛に縁取られた目と合う。

 

 「……一日に出せる数が決まっているのか」

 「違う、ゾ。アレは、アレを生み出すのは体力消費が激しくて……だからこそ、もう今日は出せないのだゾ」

 

 カタクリの低い声で呟かれた言葉にオレは軽く首を振り否定した。

 

 「ヒトビトを助けるために今出せる全ての力を使いきってしまった。君に呼ばれるまで休みはしたがまた同じ様に水を友とし呼び出すには、ゆっくり休むか……ああ、そう。日中も言ったが満足するまで泳ぐ等して回復するしか方法はないのだゾ」

 

 少なくともラネール島に住み、満足いくまで泳ぎ体を休め適正に鍛え上げていた時と今とでは全く違う。

 清らかで美しく栄養価のある水に囲まれていたあの時とは比べ物にならない程……オレは弱っている。適度に湿ってなめらかだったヒレは干からび縮み上がり、ウロコはガサガサにひび割れ少し触れただけでも剥がれ落ち、普段ウロコに隠され覆われたその下の皮膚ですら硬く醜く割れている。

 

 

 ああ……なんて事だろうか。こんな弱った醜い体……人質になるには相応しすぎるではないか。

 

 

 カタクリがオレの言葉を聞き呆れたようにため息をついた。それに対して申し訳なく思いはするが同時に当然だとも思う。

 カタクリの力になりたいと願っている訳でも無いし、なれると思っている訳でもない。どれだけいくら鍛え上げて頑張ろうとも……ラネール島を、ゾーラの里を離れてから……オレの体は弱るばかりだ。

 

 「あ、でも大きなのは出せなくとも水そのものはまだ出せれるゾ!だからまだやるゾ!」

 「……チッ……!」

 

 カタクリの槍が風を切り裂く早さで突き出される。オレはそれを体を捻って避け、すぐさま手から水を指先から飛ばした攻撃を繰り出すものの、カタクリは難無く最低限の動きで避け槍の切っ先をオレに向ける。 

 彼ならばそのまま突き刺せただろうに……なのに鋭い刃先ですらない側面による思い切り振り回された一撃を喰らう。胸元に叩き付けられたオレの体には切り裂かれ取り返しのつかないような傷は一つもつけられずに、ジクジクとした鈍い痛みだけが鋭く走る。

 この男はオレを殺す気などない。これはあくまでもただの訓練で鍛練なのだから。

 

 

 「行く、ゾッ……!」

 

 オレは雄叫び混じりの声を上げつつカタクリに向かって数発の水を生み出し飛ばす。槍で弾いても水にぶつかったそれらは纏わり付いてしまう為にそれらを無駄だと理解しているようで、彼は体をドロリと変形させて避けた。

 

 なんて不思議な体なのだろう。だが構わない、オレの手には槍が二本ある。

 

 手に持っていた槍を、絶対に避けれ無い角度と速度で勢いをつけて投げつけるも槍を持っていない空いている手で掴まれ止められる。

 だがその隙を逃しはしない 武器を放棄するオレの行動に気を取られて、手に持つ槍を角度や早さや心境の変化で使えないと判断出来た一瞬を逃さないように……投げ捨てたもう一本の手と反対に持っていた槍先をカタクリへと伸ばす。

 

 

 普通ならばその槍先はカタクリの喉元へと突き立てられ、彼の口から降参の言葉を呼び起こしていたたろう。 

 ……普通では有り得ない、首筋と肩の間の場所から現れたもう一本のに腕によってあっさり止められてしまわなければ。

 

 

 「……何だゾそれッ!?」

 

 相変わらず理解の範疇を越えた存在に驚愕する間も無く、今度は背中側から生えた二本の手に首筋と肩を掴まれそのまま床に叩き付けられるかのように投げ捨てられる。

 その光景に唖然とする間もなく、すぐにカタクリの長い足から繰り出される膝蹴りがオレの腹目掛けて叩き込まれる。

 

 衝撃のままに吹っ飛ばされながらも何とか中指と薬指の先に水を生み出しカタクリに向けて放つも元いた筈の場所に既にその姿は無かった。床や柱に触れる音からして物凄い速さで移動をし続けている。

 そんな中時折攻撃をされる際に反射にも似たカウンターの要領で水をカタクリに当てれはするが、簡単に弾かれる。

 

 あんな啖呵を切りはしたが、案の定水柱を生み出せないオレではカタクリには録に敵いそうにない。オレはオレを押さえ付ける為に寄越されたカタクリには勝てず、そんな彼に勝てないという事はその上の立場である女王に勝てないという事だ。

 

 ……女王は元気いっぱいだったオレの一撃を受けた所で何事もなかったかのように振る舞って……凄い親子だ。 

 何より、見えない程の速さで動く彼に当てるように打ち出していた水滴ですら目に見えて……水を生み出す力が底をつくのを自分自身で実感していた。

 

 

 水に浸かり少し回復したとはいえ……流石に、限界だ。

 槍を突き合い、水を生み出してはカタクリに散らされ、彼の能力で産み出された白い柔らかで粘つくのを何度も水で弾き……

 

 「すまない!もう限界だゾ!!!」

 

 彼の持つ三叉槍の切っ先がオレの右腕の間接近くに線を残す程切り裂いたそれを合図に、オレは降伏宣言をした。

 槍先の進路を水の流れで歪めようと伸ばした手のひらにはもう何も集まらず、ただの遅れた無理矢理の回避だけでは間に合わなかった。

 

 ポタポタと血を流す怪我をしたのが理由じゃない。これ以上やり続けてもジリ貧でオレがただいたぶられるだけで、彼が望むゾーラ特有の力を交えた鍛練を出来ないからだ。

 ただの何でもない二刀流相手のものなら出来るが、ただでさえ実力は彼のが上で更に弱りきったオレなど鍛練どころか足手まといの邪魔者でしかない。

 

 ポタポタと垂れる血液を手で受け止めれば、軽く擦れただけで剥がれ落ちたウロコが地面へとヒラヒラ舞いながら落ちていった。

 不快にならないようにそれを集めていれば遥か頭上から小さく息を吐く音がした。

 

 

 「……必要な休息時間は」

 

 手の中で長い槍を回転させ、ガチャリと石突で床との音を鳴らしながらカタクリは訊ねてきた。

 どうやらまた改めて鍛練をやってくれるらしい。こちらの都合で勝手に終わらせてしまったというのに……海賊相手にこんな事を思うのは本当にどうかと思うが、彼は優しいと思う。少なくとも、敵ではないにしろ人質であるオレ相手にする態度としては。

 

 「ゾ、少なくとも一晩ゆっくり休めば何とか……って所だゾ。勿論それだけでは全回復するという訳でもないが」

 「………」

 「あ、だが明日この時間再びこうして鍛練をするのならばオレはまたやりたいゾ!いくら体が弱体化していたとしても訓練するのに悪い事は一つも…」

 「いや、結構だ」

 「……ゾ…」

 

 だから、そう低い声色でバッサリと切り捨てられた時は……一瞬声も行動も時が止まったように固まってしまった。

 カタクリは手の中の槍を遊ばせるように大きく振り、滑らかに柄の部分を滑らせた。近くの柱をコツコツと叩き腕を大きく真っ白く変形させ膨らませたかと思えば素早く動かし……柱を槍によって抉りとった。

 断面が痛々しく乱れ、あんなものを体に向けられれば一目で一溜りもないのがわかる……が、それを見て彼は小さく気に入らないとばかりに舌打ちをした。

 

 「充分理解した、回復もしていない弱りきったお前を相手にした所で意味がない」

 「………」

 「何をしている、さっさと戻ってゆっくり休んだらどうだゾーラ族」

 「……そう、させて貰うゾ」

 

 もはや彼はオレに背を向け一瞥もしなかった。当然といえば当然、求めていた水を操り戦うゾーラ族、はもういないのだから。

 手に持った槍を握り直せば金属音がカチャリと鳴り、それを切っ掛けにオレはこの部屋を立ち去った。

 

 元の武器庫へと槍を片付けようとして……手入れをしなくていいのかとふと考えるも、ろくすっぽに当てれていない槍にオレが何が出来ようか。

 せいぜい濡れたそれを拭う程度だろう。槍先はカタクリに届かず当てれたのは特有の操り武器となった水だけ。こんな具合では……失望されても仕方ない。

 

 

 ……ああ。

 

 「……折角…」

 

 どうにも世間から軽んじられ遠ざけられているらしい、ゾーラ族という存在価値を一歩だけでも進めれそうだったのに。まだ拒絶反応ではなく興味がないだけの彼に、一目置かれてほんの少しだけでも重視される可能性があったというのに。

 

 「なのにオレは……ああ、ダメダメだゾ~…!」

 

 どうにも悔しく地団駄を踏む。誰もいないからとこんな感情任せのヒレ暴れをすべきではない。こんなではまるで卵から孵ったばかりの稚魚のようだとわかってはいるが悔しいのは悔しい。

 せめて彼には、カタクリには「流石だなゾーラ族!」くらい言われたかった。

 ヒトビトから助けたそれに対しての無かった感謝の言葉より、上っ面の友好的な言葉より、技術の関心からの度肝を抜かして浮かせて泡まみれにしたかった!

 

 何故かなんて決まっている、彼が……、彼が?

 彼が……とても強い、凄いヤツだからだろう、きっと。多分。

 

 それでもなんだか納得出来ず首を傾げながら廊下を歩く。そうだ当初から見張りも何もなく自由に動けていた、それは彼の余裕でありつまりはオレの弱さ故にだ。

 

 

 明かりのついていない自室へと当てられた部屋に戻り、暗い部屋の中寝支度を済ませる。といっても殆どする事などはないが。

 せいぜい新しい水が湯船に溜まっていくのを見るだけだ。

 

 一度浴室から部屋に戻り一度も使った事の無いベッドを眺め、その近くにある窓枠を覆うカーテンを押し退け外を眺める。明かりのついていない部屋から眺める外は明暗の違いがなく、遥か遠くまでよく見えた。泳いだ果汁の川も、全て。

 あれほど降っていた飴は降り止み、分厚い雲の隙間から一つ二つ明るい星が明るい街を照らすように覗いていた。

 そして高い場所にあるこの屋敷から見える景色は他でもない、ヒトの多い街。家。灯り。……何もかも、煩わしく感じてしまうオレは……いけないゾーラだ。

 

 ゾーラの里とは全く違う景色に言葉に出来ない訳のわからない喪失感を感じて、廊下を歩いていた時とは違う煩わしさに悶えながら身を覆っていた布地を脱ぎ捨てた。

 脱いだそれらを次々床に投げ捨て……大声で何かを叫びたくも、叫ぶ内容が出てこず……大人しく、そのまま浴槽へと戻る。水はもう少しで溜まるようだ。

 

 

 透き通る透明度に手を伸ばし、カタクリの槍先に切り裂かれた傷跡に水を流す。ピリリッとした痛みが走るがそれを堪え流し続ける。

 これくらいの傷ならば一晩水に浸かり休めばすぐに塞がる筈だ、それよりも体力回復の方が問題だ。ああ……澄みきった川で思い切り泳ぎたい……ウロコもガサガサで痛いとか痒いとかじゃなく、もはや落ちるだけになってしまったただ剥がれ落ち汚す不快なモノでしかない。

 

 

 ……オレはゾーラ族の王子で、里の代表としての人質で。でも戦士として、同じ槍を使う者同士……少しでも仲良くなれればと思ったのに。打算と思われても良い、ワガママだと思われても構わない。ただ日々共に暮らす相手と良好的な関係を築きたかった。

 

 それが出来なかった。ああ、悔しい、自分に腹が立つ。

 

 

 ……いや、それよりも。

 

 「切ない……ゾ……」

 

 浴槽の縁に腰掛け足から水槽に音もなく入り、そのまま頭や背ビレまでしっかりと浸かり潜り込む。

 コポコポと体を覆う心地良い水泡に身を任せ淀みなく全身を包み込む水に身を任せるように力を抜いた。

 

 口を開き、身体中に残っていた空気を全て吐き出す。衣服を身に付けていない為に自由になった脇腹にあるエラがヒクヒクと水中の空気を取り込むように僅かに痙攣する。

 これがゾーラ族の生態、なのにその力を求められて発揮出来なかった。答えれなかった。きっと他のニンゲンから言われたなら……オレは、ここまで落ち込む事はなかった。思い悩むのはあまり好きではないのだが、でも、仕方がない。

 

 

 そうだ。彼がただ凄いからじゃない。オレは。

 オレは彼に、きっとカタクリという存在そのものに情景を抱き始めていた。優しいとか頼りになるとか、そうじゃない。

 

 強く気高く……初対面時に大切なモノを傷付ける恐れがあるオレという存在のそれから、全てを守ると威圧するように宣言した強き高潔さに。それに憧れた。

 オレは……姉さんを守りたかった。彼女から常に守られていたオレが今度は。

 オレは、里を守りたかった。オレはゾーラ族の王子(プリンス)だから。何から……じゃない、今度こそ出来る限りの全てから守らないといけないと思ったから。

 

 

 思考が、まどろんで、鈍っていく。

 

 

 彼は、きっと、それを……オレが知らない年月ずっと、守り続けている……なんとなくだが、そんな、気が、する。勝手に……考えてしまう。

 事実がどうであれ、例えば本当はそうでなくとも……そう、思わせてしまう立ち振舞いをする、彼が……凄い事に、違いはない……

 

 

 日中から先程まで様々な事があり、ヒレの隅々まで溜まった疲労まみれの体が水中を漂う。

 意識が水に溶けていくように薄らいでいく。

 

 

 ゾーラを守る、大事……だから、明日……もっと、頑張、る……、……ゾ……

 

 

 

 いしき、が。とけ、る。

 

 

 

 ………

 

 

 ……

 

 

 …

 

 

 

 

 

 一瞬、何が起きたのかわからず呼吸が出来なくなった。

 

 

 苦しい。押さえ付けられるかのよう、な。

 

 「ぶ、ふぁ!?」 

 

 動かしていたエラが、呼吸が止まって。次にエラでは無く口を動かし酸素を取り入れたのはやろうとした訳ではなく本能的な切り替え。呼吸すらままならない不可思議な意識下。

 

 ……ぜぇぜぇと荒く繰り返し呼吸をしていれば徐々に意識が戻ってくる。

 

 

 水。オレは、眠っていた。

 暗闇。夜。今は夜だ、確か浴槽で寝ていた。

 腕。掴まれている。オレの腕より大きな手に。

 人影。眠っているオレを水中から引き摺りだした……側に立つ、人影。

 

 

 ヒト、ヒト?その影に、オレは、起こされ……た、らしい。恐らく。水から、無理矢理出された。苦しい。多分、ああ、頭が働かない。

 

 

 それでも側に立つ、その影をゆっくりと、首が錆びた金属かのようにギリギリ鳴りそうな速度で見上げ、れば……

 

 誰なのか、理解する。

 

 

 「……カタ、クリ……?」

 

 

 寝起きの、掠れた声で彼の名を呼んだ。

 

 寝起きで霞む視界ですら……今までに見た事の無い暗がりのせいか僅かに青ざめているように見える顔色で。

 こちらを見下ろす射抜かんばかりの鋭い、怨恨を思うかのような目で、こちらを見ている……彼の、名を。

 

 

 

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