カタクリとシドが結婚式をしている夢を見た   作:アルビノ鮫

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東雲の躍進

 

 

 

 腕を掴まれている。

 

 カタクリの、彼の腕が手袋を着けていない手のひらが熱を持っていて肌を焦がされそうな程に熱い。オレの水に濡れ冷えた体を熱するかのようなそれに対して何かを言える言葉をオレは持っていない。

 明かりのついていない暗がりの中で彼と何度も何度も目が合う。

 

 「な、ん……だゾ……何、をしてるんだゾ、カタクリ……」

 

 無理矢理に引っ張り出された意識がやっと言葉を紡いでいく。なぜオレを引っ張りあげたのかと聞くために。いや……そもそもなぜここ にいる?

 この島に来て数日経つがカタクリがオレにあてられたこの部屋に近付く事なんて一度も無かったのに。

 

 

 寝起きで震える声で彼に訊ねれば、オレの腕を握る彼の手の力が強くなった。 

 

 「……お前、が」

 

 低い低い声で回答をしようと呟く、暗がりの中でオレを見下ろす赤い目と目が合う。

 

 

 それが何かを言おうとする瞬間、被せるように咳き込んでしまった。無理矢理に引っ張り出された為に器官に水と空気が入り込み妙な刺激となって数回ゲホゲホと喉を鳴らしてしまい……

 収まり再度彼を見上げた時には、先程の射抜くような赤い目は無くなり、ただ長い毛に縁取られた鋭い目と視線が合うだけになっていた。 

 

 「……いや。お前何をしている、なぜ風呂場で……沈ん、でいる」

 「……ゾ。あっ、そういう事か」

 

 彼のゆっくりと紡がれた……寝起きでも理解出来るような言葉を少しずつ噛み締めるようにのみ込めば、ボンヤリする頭でもなんとか納得出来た。

 

 もしかして。オレが自棄になって脱ぎ捨てたあれを見て……この浴室に入る前に絶対に見掛けるであろう部屋に散らばっている服を見て何かを思わせ、浴室内に入ってきてからすぐに目に入らせた沈んでいるオレの姿で……心配させてしまったのだろうか。

 日中に色々あって、その上で水切れを起こす程疲れているオレが……気を失って沈んでいるとでも思わせてしまったのだろうか。

 

 

 ……それ、は。本当に申し訳ない。

 

 「すまない、ゾ……オレは溺れていた訳じゃない、ここで寝ていただけだゾ」

 「……は?」

 

 暗がりでも解る程彼は不可解そうに顔をしかめた、声色もまるで地底から震わし脅してくるかのような低音をオレにぶつけてくる。

 解っているだろうに浴室内をぐるりを見渡し、置かれた器具やら何やらを見た後に再度オレを見下ろす。

 

 「風呂場で……か?」

 

 その心底呆れ果てたかのような声に……言い訳ではないが、少しだけ反論をしたくなる。

 

 「ここしか水を溜めて眠れる所がないから仕方ないんだゾ! 君だって立ちっぱなしで眠るとあの洋服店の者達が言っていたゾ、同じようなものだろう?」

 「………」

 

 オレの言葉に何かを言いたそうに少しだけ目を見開いた……が、何も言わずに彼は黙った。何かを言った所で、言われた所でオレたち二人が納得する結論は出なかっただろうから……無意味な討論をする選択を選ばなかったのだろう。 

 

 ああ、そうだ。これは……オレも、彼も、両方の失敗ではあるのだろう。

 どちらが悪いとかではない、オレ達は結論を出すのが早すぎたのだゾ。

 

 「すまない。互いに関する知識が乏しいのに話し合いも、それこそ会話すら録にしなかったツケがここで現れた……だがまだ間に合うゾ。これから少しでも良いから……会話を、対話をすべきだゾ!」

 

 オレの満面の笑みと拳を握った姿を彼は背を向け見ようともしなかった。むう、前途多難……というヤツだな。

 だがまあ……こうして言ったからとすぐに解決するとは思っていない。物事は大体全てだが、時間が解決する……と共に時間を置かなければ解決しないものなのだから。

 

 

 とにかくこんな夜更け……夜明け?に訪ねて来たのだから大事な用があると判断し、浴室から上がる。ザブリと水が音を立てて揺れるがオレが入っていた分が抜けた水は浴槽から外に溢れる事は無く、ただゆらりゆらりと揺らめいていた。

 水から上がった乾ききった体は一瞬にして表面についた水を吸い取り、床に足を付いた時点で体は乾いていた。そしてそのまま備え付けられていた棚の前へと歩いていき、ゾーラの里の中以外でのマナーとして用意していた新しい衣服を身に付ける。

 

 カタクリが立ったまま眠るとの情報をくれたこの街に住む、仕立て屋に仕立ててもらった衣服を。

 流石にゾーラの里では産まれたままの姿だったとしても、相手の国土にいる以上それは守らねばならないルールだろう?胸元のボタンを全て止め、微動だにもしないままオレに背を向け立っているカタクリを見上げる。

 

 

 「それより何故オレの部屋に君がいるのだゾ。それも日が明ける前に……溺れていると判断する前にまずここに来る理由がある筈だろう?」

 

 外に出て服を身に付けるそれがいくら日常になろうとも、衣服を身に付ける習慣がなかったのが人生の大半だ。どうにも手際よく着る事が出来ずモタモタと身に付けるオレ。

 そんな最中カタクリは何も言わずオレに背を向け顔を片手で覆っていた。何かを考えているのだろうがその思考までは読めない。

 

 ならば当初ここに来る事となった理由を訊ねるべきだ。

 オレ達は……そう。話し合いすらも録にせずに、思考と行動のすれ違いを続けているのだから。

 

 「……今なら、行けると判断しただけだ」

 「ゾ?」

 「着いてこい、泳げる場所に連れていってやる」

 「……ゾッ!?」

 

 だからまさか……それは、オレを気遣うにも似た言葉と行動のそんな事を言われるとは想像の欠片すらも考えていなくて。

 彼が紡いだその言葉を噛み締め、理解し飲み込んだその瞬間頭部の尾ビレが跳ね上がり夜更け或いは夜明けの時刻に出すようなものではない大きな声を上げてしまっても仕方ないも思ってしまった。

 

 

 あの、カタクリが……泳げる場所に、案内を?オレ、を、だって……?

 

 

 

 

 *

 

 

 

 夜明けにはまだ早い時間帯、街にともる灯りは少ないというのに見上げた空に満天の星は見えなかった。まだ日中降り続いていた雨雲が残っているのだろうか。

 外に出る事は禁止されていたが連れ出したのがカタクリなら何も構わないだろう、しかし日の明ける前の道は暗くほんの少しの吐いた泡先ですらうっすらとしか見えない。

 

 

 雲の切れ目から覗く星を一つ二つ数えていると案内をする為少し前を歩いていたカタクリの足が止まった。

 

 「ゾ? どうしたカタクリ」

 「ゾーラ族……おれ達には対話が足りないと言っていたな」

 「ああ、言ったゾ! 確かにオレ達はお互いの事を知らなすぎるのだゾ」

 「……これはただの一般的な知識だが」

 

 早歩きで歩いていたオレが彼の隣へと到着したのを横目で確認したカタクリは再び歩きだした。歩幅が大きいから早歩き、もしくは小走りで進むそれに変わりはないがどうやら言った通り対話をしてくれようとしているらしい。

 

 「昨日の日中の態度で理解しているだろうが……一般的に現在魚人族そのものに対し好意的な感情や意見を持つ者は少ない。そして違いも分からず魚人に似ているゾーラ族という存在そのものの認知がない為お前自身、魚人という括りになり好まれていない」

 

 遥かに高い場所にあるカタクリの横顔を見上げながらその言葉を聞き……オレは首を傾げた。言われた意味は分かるが、そもそもが分からない。

 

 「魚人族……は人だろう? オレらゾーラと比べて。勿論ゾーラ族を知らないとしてもだゾ、彼ら或いは彼女らはオレらよりは遥かに君達に近いのだゾ。それを何故……」

 「人は人と違うそれを拒絶する。ほんの僅かでも違いがあるのならば……理屈も理由もない。魚人程多数の一般から離れれば当然だ」

 「……不思議だゾ。違いへのそれは恐怖によるものか? 魚人族達とはそんなに関わりがないのか? 君の弟か妹がいるのだと女王は言っていたゾ」

 

 淡々と紡ぐ彼の言葉にオレは必死に返す。それは折角の会話を続けたいという思想と、心底理解が難しい前提を言われたからだ。

 オレらゾーラ族はニンゲン達との関わりを遠ざけていた、それは海から離れた島内部だけで簡潔していたから他ない。だが海という場所で繋がっていた魚人族らは……それこそ、そう。

 ゾーラの里を襲った彼の母親、女王に深く関わった者がいた筈だ。オレらが彼女に直接関わる必要なくその血を受け継いだ息子経由で構わないと言う程には。

 

 

 オレが問い掛けたそれに下から見上げる横顔ですら分かるほど彼は眉間に皺を寄せ、不愉快そうに顔を歪めた。

 

 「魚人島……あそこは、白ひげ……他の海賊の縄張りだ。普通の人間は逸れ(はぐれ)の魚人ですら早々見る事はない。それこそ今ママの腹にいる弟か妹の父親人となりですらおれらは録に知らない」

 「……見ないから、知らないから怯えているのか」

 「言ったろう、姿形が多少違うだけで大多数は拒絶する。それこそ……。……いや、誰でもだ」 

 「難しいのものだゾ……オレ達ゾーラだってそれぞれ姿形が多少違うのだが君達から見るときっと同じなのだろう」

 

 オレが、君達ニンゲンの姿形をそう感じるように……そう、語りかけるも返事は無かった。何か嫌な事を思い出すかのように目を細め、構わずに歩き続けている。

 返事のないカタクリから目線を外し、オレは離れてからまだほんの僅かだというのに遥か遠くの記憶になっている気がする者達を思い浮かべた。ニンゲン達程の大きな違いはないにしろ、個性というものがある愛しい大事なゾーラ達の顔を。

 

 「父上の体はオレよりも遥かに大きいし、頭部が他ゾーラの比べて平べったかったり口が頬裂けているかのように大きいゾーラもいるゾ……ああ、そもそも体色すら全く違うのだゾ」

 「………」

 「オレらゾーラと魚人が違う種族、そして敵意が無く安心安全であるとの事も……徐々に解ってもらうしかないのだな! むぅ対話が必要なのは君だけではないようだゾ…!」

 

 カタクリが言うその不可解な事実、なぜそのような事になっているのか……それを完全に理解するにはオレはきっと知識不足だ。ニンゲン社会の話じゃない、ニンゲンそのものに対する知識不足。

 そもそもゾーラ族と似ているという魚人族の事すらよく知らない、もしかしたらとんでもない……極悪な魔物と同類の可能性もあればこの世の善を全て注ぎ込んだような心優しき者達なのかもしれない。

 

 それにそんな極端でもなんでもない、ただ良い者も悪い者もいる当たり前の普通の者達なのかもしれない。

 

 

 知らないそれを怖がる理屈はわからなくはない、だがオレ自身が納得出来るかは別物だ。

 だからもっと……仲良く、なりたいのだゾ。そうすればもっと歩み寄れる筈。もっと、もっと……

 

 

 「おいこっちだ」

 「ゾッ?」

 

 新たに芽生えた強い決意を胸に抱き、拳を作り空に掲げようとした瞬間遮るようにカタクリが声をかけてきた。

 見れば建物も無く灯りに沿って真っ直ぐ進んでいたオレの道から外れ、横道にカタクリは向かっていた。慌ててその後を追っていれば、整えられた通路は無くなり柔らかな砂地に変化し……

 そうして鼻先を掠める香りは濃くなり、暗闇の中でさえ見える目の前に雄大に広がるそれは……

 

 

 「……海」

 

 夜明け前のタコ墨を垂らしたかのように暗がりに広がる景色にも関わらず鮮明に見えてくる視界の先。鼻先を擽る潮の香りと、僅かに鳴らしている波間と陸地にぶつかる衝突音が心地よかった。 

 遥か先まで何の障害物もなく広がるそれに声量を吸いとられたかのように口元からこぼれ落ちるように呟いた言葉は、きっと近くにいるカタクリにすら届かなかった。

 

 「……良い、のか」

 

 確かにオレは泳ぎたいと言った。必要だと何度も説いた。けれども。

 

 どこまでも、世界の遥か先にまで繋がる海にオレを行かせてしまって。もしかしたら……オレ自身はする気なんて微塵も無いが、万一の可能性としてこのまま海を泳いで、責任も重圧も尊厳も約束も、何もかも逃げてしまうかもしれないのに。

 

 

 「見て分かると思うが、この海は今陸地からそれなりの距離が夜の外気に冷やされ固まった水飴に覆われている」

 「ゾッ!……っとと……ああ、どうやらそのようだゾ」

 

 オレの問い掛けをまるで耳にいれていないかのように彼はそのまま話を続け、そして砂地を何にも構わずに進み続けた。角度からして波打ち際に入るだろうと思われる場所にも関わらずそのまま。

 普通ならそのままドボンと水に落ちてもおかしくなく、反射的にオレは彼を掴もうと手を伸ばした。

 

 だがそうはならず、オレの手も空を切る。

 

 そして理解する、波ではなく今目の前にあるのは海の表面を覆い被さるように固まっている昨日散々空から降り注がれていた水飴なのだと。波間の音は水飴の下を打っているやつなのたろう。

 その上を彼は何事もないかのように歩き……オレもその後を追う。

 

 「夜が明けるとこの固まる水飴は溶け、川から流れ出るジュースが関係ない海に溶け込む……純粋に海を味わえるのは夜中か今しかない」

 

 きっとそれはオレを思っての親切心。強く強く胸を打たれる。オレが果汁の川で泳いでもゴタゴタの事件によって爽快感より疲労感が増した事、そもそも海水なら大丈夫とは言ったがそれ事件が起こる前で彼は聞いてすらいないかのようだった……

 なのに、覚えていてくれて尚且つ友好的に……ああ!!

 

 

 「カタクリ! 君も泳がないか!?」

 「は?」

 「勿論一人で思いっきり泳ぐのは好きだゾ! だが今は君とも泳いでみたい心情なのだゾ!」

 「断る」

 「そこを何とか!」

 「断る」

 

 泳ぐのならば久し振りにヒレを伸ばして思いっ切りの全速力で泳ぎたい。だからゾーラ族の遊泳速度にニンゲンである彼が着いてこれるとは思わないが、だがそれでも今は衝動のままに共に泳ぎたい気分だった。

 そうすれば何よりも仲良くなれる、そう思えたから。だがカタクリの反応は芳しくなかった。

 

 「あっ、ならオレの背に乗るか!? 君一人くらいなら乗せて泳げると思うゾ!」

 「断る」

 「泳ぐのは良いゾ、最高だゾ!! あの水飛沫を飛ばし巻き上げながら水面を泳ぐ感覚を是非とも味わって欲しいのだゾ!」

 「断る」

 

 何度誘っても統べからずあっさりと断られて……ゾー、確かに元々服を着ているからか水に濡れるのを嫌がるニンゲンはいるらしいしカタクリはそれだろうか。それでも風呂場があり、シャワーとかで慣れているだろうに。

 

 「ならオレの横に共に泳がないか! 君の泳ぐ速度に合わせるつもりだゾ!」

 「……。……違う、そもそも気分とかじゃなく、おれは泳げねェだけだ」

 「ゾ? ……ああ、確かに君はまだ若いからな。分からなかったり練習をしたりするなら泳ぎ方は教えるゾ?」

 「そうじゃねェ」

 「ゾ?」

 

 オレからの提案を断る理由をカタクリは"泳げないから"と言った。確かにニンゲンとしては大人に近くても、オレより遥かに年下な彼が泳げなくても仕方ない。オレら水に生きるゾーラ族だって泳ぐための練習を遊びを交えながらするのだから。

 だから水の民であるオレが手伝えばすぐに泳げるようになるだろう……そう思い提案をするもあっさり否定されてしまう。……彼の顔を真っ直ぐに見つめればカタクリもオレを真っ直ぐに見つめてくる。

 

 

 「悪魔の実の能力者は……おれは、この能力を得た代わりに生涯泳げん。完全に海に、水そのものに嫌われる。根本的に不可能なそれに練習もなにもない」

 「ゾッ!? ……そう、なのか……残念だゾ……」

 

 そうして彼から教わる衝撃の事実。胸元に掲げられた彼の暗がりの中でも見える程、右手がドロリと白い粘着力のあるものに変化する。あの厄介な能力。

 その一般的なニンゲンでは有り得ない変化を見せられて……否応なしに理解させられる。彼や彼の母親の種族として持ち得ない不思議な力は……そう、か。

 

 それはあんなに素晴らしい自由自在に泳ぐ為の権利を、生涯捨ててまで得た力なのか。

 当然だ、泳げない彼を背に乗せると誘っても了承はしてくれない。オレに命を預ける事になるのだから、そもそも練習するとかも同じ事か。

 

 

 ……最早有り得はしないが、一緒に泳げたら……きっと、楽しかっただろうに。 

 

 

 あ。いや、それなら。

 

 ……泳げないカタクリでは、オレがそのまま遠くの海へ泳いで逃げてしまえば彼は何も出来ない。ゾーラ族に対して泳いで追い付ける早さとかではなく、根本的に泳げないのならば……万一でも追い付くなど不可能だ。

 だと、いうのに……。絶対に不可能、なのに。……泳ぐ、許可を……ああ、本当に彼は、優しい!

 

 

 「い、今すぐ感情のままに抱き締めたいのだが!! 良いだろうか!?」

 「嫌だ」

 「そうか! きっとそうだろうな、すまない! だがありがとう嬉しいゾ!」

 

 

 体の奥底から湧き出る止められない衝動のままに行動をしたかったが顔を歪めながらあっさり断られる。断られはしたものの衝動のままにカタクリの手を握手の形で掴んでブンブンと力のままに降る。

 

 何度も何度もお礼を言いながらそのまま降り続けていれば舌打ちと共に振り払われる。

 だがここ連日でされめ当然だろう彼のその振る舞いに堪えきれず笑いが漏れ、そのまま怒鳴られ怒られる声を聞きつつも流して地面を強く蹴り、遥か後ろ向きに飛び上がりながらそのまま暗い海の水面へと飛び込む。

 

 

 

 とぷん、と飛び込んだ衝撃も音もなく水音に体全体を包み込まれる。

 両手足を大きく放り出して力を抜き、口を大きく開けて体内から全ての空気を吐き出す。

 

 ……ああ、ジリジリと皮膚や鱗を焦がすようにひび割れ疲れきった体に染み込んでくる海水がオレの体を縁取っていく。

 

  

 そのまま水面に浮き上がる事なくとにかく満足するまで泳ぐ事にする。果汁の川では出来なかったありとあらゆる方向に深さに、縦に横に、時間なんて意味がない。数分、十数分、何十分経とうとも関係ない。

 とにかくオレの体が心が精神が満足するまでただひたすらに海を泳ぎ回る。

 

 それでもあまりに離れすぎてしまえば彼が不安になるかとあまり陸地から離れすぎないように泳ぎ、時折何度か水面を跳ねるようにして泳ぐ。水面に出た時に彼に向かって腕を振り上げてアピールをして。

 

 ああ……夜明けが近いのだな。水平線が仄かに白く染まり、水面がキラキラと朝日の暖かさを反射している。

 オレが何度も水面から飛び上がる度に仄かな星の光しか無かった海は先程とは違い、飛ぶ度に太陽の柔らかな光を反射し飛び散る水粒はゾーラの里を輝かせる夜光石のように方面を輝かせていた。

 

 

 彼へのお礼も楽しんでいるアピールをかねてしていた水面を跳ね飛びるのに飽きたオレは逆に今度は潜っていた。全速力で体に存在する全てのヒレを動かし、思う存分遥かなる深みへと。

 そうして海底近くを泳いでいれば太陽の光が入ってきた海底ですら見えてくる謎のシルエットを発見する。

 ……あれは、船だ。それも結構な大きさの種類は分からないがとても立派な船だ。

 

 

 海藻が絡み付き、ゆらゆらと揺れる緑色に染まった少し不気味にも思えるそれだがその不安定な美しさに心惹かれる。

 招かれるようにふらふらと近寄っていけば、海底近くに僅かに届いた一つの光を反射した何かに目を奪われる。それは近くの砂浜に沈んでいたがほんの少しだけ顔を覗かせていたもの。

 

 それを手に取り……何よりも高鳴る胸そのまま興味津々にオレは潜り込んだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 「カタクリー!」

 

 船内に潜って数分、海中に潜って十数分後水面へとオレは顔を出してそのまま飛び上がるように陸地へと上がった。

 大分待たせてしまっただろうにいつもの不機嫌そうな顔をカタクリはしていなくて……いや、気のせいかもしれないが少しだけ穏やかに見える顔をしていた、気がする。オレが現れ近付いてしまえばいつものように眉間に皺が寄っていたが。

 

 それでもオレが手に持つ赤色に光り輝く物を見て少しだけ眉をつり上げ表情を変えた。

 

 「……ルビー? それもかなりの大きさの……そんなもの何処から拾ってきたんだ」

 「これは海底に落ちていたのだが、沈んだ船体がいくつも箱に納められてあったゾ! きっと探せばまだまだ有ると思うゾ!」

 「……そうか、近くで海戦をして沈めた数隻分の残骸が流れ着いたのか」

 

 手に持っていた赤い石を差し出してきた彼の手に渡す。そのまま太陽光にかざしたり、指先でノックするように固さを確かめたり……色んな事をしていたカタクリが何かに気付きポツリとこぼす。

 この夜光石のような美しい石がどうして海底に沈んでいるのかは詳しくは理解出来ていない、解るのは彼ら海賊団は容赦しないという事だけだ。

 

 「必要ならば他の分も取って来るゾ? あの深さはきっと君達ニンゲンではいけないのだろうし、魚人との仲も深くないのならばオレ以外いけないだろう?」

 「それは助かるが……」

 「ゾ! 任せてくれ!」

 

 少し困惑しているように見えるカタクリから了承の言質を取るが早くオレは再び海中へ潜った。あてもなくただ泳ぎ続ける気楽さはあるが、目的物を探しながら泳ぐというゲーム感覚で泳ぐ楽しみはまた格別なのだから。

 そうして泳ぐ事十数分、今度は先程よりも少しだけ小さな宝石をいくつも手に持てる範囲で拾い上げて地上へと持っていく。

 それを、何度も何度も繰り返す。

 

 そうして続けた結果飴の上には剥き出しの宝石そのものや、アクセサリーに加工された物などの様々な宝石類がかなりの数山のように積み重なっていた。

 いつの間にか暗かった空もうっすらと白み始めており、岩のようにガチガチに固まっていた水飴も爪先でつつけば僅かに跡がつく程に柔らかくなってきている。

 

 

 どれだけ泳いだのだろう。一時間は優に越えているはず。

 それだけ彼を待たせてしまったという事になるのだが……何だか申し訳なく思ってしまいここらがやめ時だろうと胸元から上だけ水面に出した状態で彼に話し掛ける。

 

 「探せばまだあるかも知れないが、そろそろ終わりにしようと思うのが構わないだろうか?」

 「ああ、それで良い。そろそろ夜明けも近いし、これらの事は帰って報告しておく」

 「ゾッ。理想論ではあるが海中を住み処や縄張りにする者達に力を貸して貰えればいいのにな」

 「……僅かな異変の報告、侵入者発見の連絡を出来る生物、ねェ……まァ確かに理想論だがいないと断言出来ねェ以上不可能とも言えない、頭の片隅には置いておく」

 「ありがとうだゾ! では行ってくる!」

 

 足場のない水中から体のバネだけで一度空中に飛び上がり、水飛沫を飛ばさず着水しそのまま潜る。よくよく見てみれは海中無いにも朝日の世界を縁取るような輝きが射し込み実に美しい。

 この光景を見てしまえば日中もさぞかし綺麗なのだろうと想像してしまい、また泳ぎたくなる。だが……厳しいのだろうな。

 こうして誰にも何も言われない沈黙の時間である夜明け前に連れ出したのは、彼の精一杯の譲歩で優しさなのだろうから。

 

 

 隅々まで探し終えた船一隻を横に通り過ぎ、別の場所へと向かう。先程潜った時に潮の流れからして、小さな物が集まりそうな妙に窪んだ場所を見付けていた。

 案の定そこにはゴロゴロと海底を転がり集まったであろう様々な自然物、人工物を眺めてから掻き分け手に取る。

 

 両手の平から溢れそうな程の輝く宝石を取り付けた金属を持ち、オレは海面へと向かうために水を蹴った。

 これだけの量だ、最後に渡すものとしては相応しいだろう。これらがどうしてここに転がっているかなんて詳しい理由も原因もわからない、それでもこの残酷でしかない世界に生きているのならば予測は出来ている。

 

 オレがこの場所にいるのが、近しい理由。

 

 

 

 水中全体を揺らす程の衝撃を背中や尾びれに受ける。

 何事かと振り返り見れば納得する。

 

 こちらを親の仇かとばかりに先程の窪みの奥から身を乗り出している、睨んで襲い掛からんとしている大型のツノの生えたサケに似ている小型の海王類が目に入ったから。

 どうやらさっきの場所は彼の縄張りでズカズカとヒレ先のまま入って好き勝手所有物を奪い出ていこうとするオレは彼にとって獲物らしい。牙を剥き出しにこちらへ襲い掛かってくる小型とはいえ十数メートルあるその巨体を避け、海面へと全速力で向かう。遠退きながらも後ろに追ってきているその気配を感じながらオレは逃げていた。

 

 

 そして海面へと勢いよく飛び出す。海面よりも遥か高い場所へと飛び出し、見下げて牙を剥く海王類の顔と、陸にいるカタクリの顔を見る。

 海中の出来事を何も知らない彼は何事かと訝しげと困惑した顔でこちらを、オレを見上げていた。

 

 「カタクリ!」

 

 手に持っていた物全てを大きく振りかぶりカタクリに投げつける。ジャラジャラと散らばるそれらを体を白くフヨフヨしたモノに変形させ受け取ったのを見ながら一回空中回転し、飛び出したオレを追ってきている海王類へと腕先指先を向ける。

 

 

 「すまない。君に恨みはないのだが」

 

 指先に身体全体から集めるように力を込め、手のひら全体を覆う程の水を作り出し、それの中心部分を一本の指先に集中させる。

 そしてそれを、オレを飲み込まんとばかりに大口開けた海王類の体を撃ち抜くサイズに大きく広げ、水全体で体全てを。中心分のまるで名刀とばかりに鋭く尖らせた水で海王類の体を頭から足となる尾びれまで撃ち抜く。

 

 その大きな体はビチビチと何が起きたかもわからないように空中を跳ねながら動いているのを音で感じていた。回転してスタリと飴の地面に着地したオレを食らわんと口を大きく開閉している、その姿を再び撃ち抜かんと腕を構えた途端海王類は痙攣を起こし、そのまま側面から海面に叩き落ちた。

 

 そしてビクビクと動いていた体はやがて動かなくなる。

 

 きっと縄張りに容赦なく踏み込んできた上攻撃してきたオレの事を許せないだろう。だが、それでもこの世は弱肉強食で当然なのだゾ。許せなくても……ただ無意味に足掻くだけではどうにも出来ない事もあるのだから。

 

 海王類の命の灯火がゆっくりと絶えるのを見届け、カタクリへと向き合う。空中から些か乱暴に投げ付けたそれをあっさりと受け止めてくれた彼を。

  

 「すまない、騒がせてしまったな! あっ、乱暴に投げ付けたが受け止めてくれてありがとうだゾ、カタクリ!」

 「……ああ。今の水柱は……昨日見たものより遥かに素晴らしかった」

 「ゾッ。ああ、君のおかげだゾ! 思う存分深く長く自由に泳がせて貰って体が回復したのだゾ!」

 

 カタクリか昨日見たというそれ、は。果汁の川に溺れ流されたニンゲンを助ける為に作り出していたものだろう。彼と戦った時そんな大した水柱を作れていないから。

 確かに人員を助ける為に打ち出したそれと、襲ってきていた海王類を倒す為のそれは全く違う。規模も威力も、鋭く磨かれた技術から放たれた一撃も……全く違っていただろう。

 今のオレならきっと昨日よりも彼の相手になれる。もっと戦える。

 

 鱗のガサつきが少しマシになった気がする腕をブンブンと振り回し好調である事をアピールし満面の笑みを彼へ向ける。何か反応されるのを期待していた訳じゃない、いつもオレがやりたいからやっていただけ。

 ここ数日常であればそのまま無視されるのが当然だったから。

 

 

 ……だが。

 

 

 「……魚人族を深く知る訳ではないが……ゾーラ族の泳ぎは、流麗だな」

 「ゾッ!?!!!」

 

 想定外の言葉をかけられ、その言葉の衝撃を受け止めきれずまるで古代シーカーの技術で動きを止められたかのように微動だにも出来ずに腕を振り上げた体勢のまま固まってしまった。

 

 ……え、オレは今、褒められた、のか?

 

 

 ……ゾッ……!

 

 

 な、なんだ。なんだゾ……!こんな真っ直ぐに彼に褒められるなんて想像もしていなかった、普段ヒレ先まで全て湿らせひんやり冷たく保つのが好ましい体が異常に熱を持って発している!

 

 照れる、照れるゾ!だって、なにせ……ゾーラ族の事をこうもストレートに褒められては、嬉しい他ないのだから!

 理由や思惑なんて何もわからない、だが泳ぐ姿が素晴らしいなんて褒められる、なんて……!ああ!他意は本当にないのだろうが、嬉しい。素直に褒められたそれが嬉しくてたまらない!

 

 動きの見えない拘束が溶けた瞬間からジタバタと意味のない照れを誤魔化す暴れ方をするオレから彼が一歩離れる、確かに不審なオレから離れるのは当然だ、でも止められない!

 

 嬉しい!泳ぎを褒められるなんて考えていなかった!

 

 

 「……。……そろそろ戻るが、お前はまだ暴れる気か」

 「ゾッ! す、すまないオレも共に戻……あっ、あれを持って帰っても良いだろうか?」

 「は? ……何故だ」

 

 彼の低い声が妙にひきつったような声色でオレへと話し掛けてきた。その言葉に慌てて否定し暴れていた動きを止め、彼と共に戻る事を伝え……そして海面に浮かんでいる先程オレが仕留めた海王類を指差す。

 オレの指先を顔を動かさず横目で確認し、指し示したそれはわかるが何故とばかりに眉間に皺を寄せる。食べ物でいえば確かにこの国には沢山ある、こうして仕留めて持ち帰るそれが理解出来ないのかもしれない。

 

 それでもオレは持ち帰りたい、それがオレの行動に対しての責任で、後は……うん、美味しそうだからな。

 

 「オレの朝食に食べようかと思っているのだゾ。この島の水は魚料理に使うのに相応しい水質をしているし、キッチンもあの料理人達に言えば使わせてくれるだろうからな!」

 

 勿論全てではない。流石に一人で朝食として食べるには量が多いだろうし、今から様々な料理にするには圧倒的に時間が足りない。

 まずは朝食分を切り取り調理して食べた後、色々と調理を行って昼食や夕食分の料理をしよう。そう思い伝えるもカタクリは納得したようなしていないような不思議な表情を浮かべてオレを見下ろしていた。

 

 

 「……料理が出来るのか」

 「ゾ! 海王類を含め、魚料理ならそんじょそこらの料理人に負けるつもりはないゾ!」

 

 なにせ研究家に様々な魚料理を教わった事があるからな!得意なのは魚だが、貝でも甲殻類でも、それこそ海王類でも作れる!オレの作った料理を様々な者達に食べてもらった時の評判もかなり上々だったし、自信は結構あるゾ!

 オレのその堂々としている様子と理由を述べた言葉に何かを言いたげにしつつ目を細めていたカタクリだったが、何も言わずに翻して歩き始めた。うむ、どうやら許可が出たらしい。

 

 海へと飛び込み、海王類のツノを抱え持ちそのまま引っ張る形で水飴の上を引き摺りながらカタクリの後を着いていく。

 カタクリはしばらく何も言わずに、横を海王類を引き摺りながら歩くオレを相変わらず首を動かさず横目で僅かに確認するだけで歩いていた。

 

 そして海の上で固まる水飴が終わる海岸まで辿り着く。流石にまだ人気がない夜明けと早朝との狭間の街中を海王類引き摺りながら歩くのはどうなのかと、一瞬悩んで立ち止まり……取り敢えず陸へと上げる。

 そんなオレのその姿を立ち止まり見ていたカタクリがタン、と足を一歩踏んだ。思わず見上げれば彼の赤い目と目が合う。怒られるのかとそのまま見上げ続けるも彼は何も言ってこなかった。

 

 そしてそのまま暫く互いに無言で見合い……この海王類を持っていって良いのか確認しようとした瞬間。

 

 「お前……スイーツは作れるのか」

 「ゾ? スイーツ?」

 

 本当に、予想していた何よりも斜め上からの質問を投げ掛けられ思わずそのままおうむ返しをしてしまった。

 ……スイーツ?スイーツとは、あの……食後に出してくれる甘い果物や砂糖を使った様々な物、お菓子だよな。お菓子が作れるかどうか、か?

 

 ……正直、やった事がないからなんとも言えないのだが。

 

 「……まぁ習えば出来ると思うゾ」

 「……。………そうか」

 

 決して不可能ではないとだけは伝えておく。自画自賛ではないが習えば大抵なんとか出来る。不思議な能力を手にする事で泳げなくなった彼が泳げるようになるよりは遥かに高い率で作れるようになるだろうから。

 オレのその答えに返答ではなく息を吐き、それっきり彼は何も言わなかった。海王類を持っていっていいのかと訊ねても適当とばかりに頷くだけで。

 

 

 だからオレはそのまま海王類を抱え持ち、進むのを止めはしなかった。

 カタクリの言葉を不意に吹いた風の音にかき消されて録に聞き取る事も出来なかったのもある。聞き返しても彼は答えてはくれないから

 

 

 「……飲み物、と……」

  

 その真意を確かめる事なんて、オレには到底。

 

 

 そして。我らゾーラ族の民を迎えに行く船が本日出掛けると聞いたのは、彼の屋敷へ戻って一時間と数分後の事。

 

 ああ、結婚式が近付いてきている。父上や姉さん達もこちらへとやってくる。間も無くだ、穏やかに何事もなく終わる、筈だ。

 

 ……こんな緩やかに迫っていて大丈夫なのだろうか。

 

 んん……何だか妙に嫌な予感がする。何がという訳ではないのだが、勘がそう言っている……気がする。

 

 

 

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