迷宮料理店 作:店主
扉を開ける。チリン、と吊るした鈴の音がした。
「いらっしゃい。空いてる席なら好きにしな」
開いた扉の先には客が入ってくるなり、ぶっきらぼうに言い捨てる男がいた。見慣れたその光景に、客は注文をした。
「店主の思う今あるなかで美味な酒とそれに合う料理を一品、頼めるか」
「任された。今日の銘は赤の葡萄酒、産地はここオラリオ、生産者【ソーマ・ファミリア】の逸品だ。合うもの……お前さんの図体じゃあそうだな、いい肉が入ってる。それでステーキでもどうだ」
「構わん。……店主、お前の言うことに間違いはない」
客の男は、店主の出したプランに頷いた。そして、改めてカウンターについてあたりを観察し、一言。
「にしても……相変わらず空いている店だな」
「ふん……この店はなんでか知らんがお前らのような強者しか寄り付かん。昨日は道化んとこの小人が来た、今日は美神の眷属その頭……やれやれ、明日は誰が来るのやら」
呟くように語る店主。すでに鉄板で肉が焼かれ始めており、ひどく旨そうな肉の焼ける香りがする。
「わからぬさ、明日になってみれば存外簡単に知れることだが」
そう男……オッタルは返す他なかった。
しばらくしたのち、オッタルの目の前に差し出されたのは堂々と肉を主役にし、芋の揚げやコーンなどを乗せたステーキだ。
「お待ちどうさま……【インファント・ドラゴン】のテイルステーキだ。味は保証する……それと、これがソーマんとこの新しい酒だ。今までは危なくて出せたもんじゃなかったが……なんだったか、【リトル・ルーキー】か、アレのおかげで内部が刷新されてな」
「ふむ……では頂こう」
「存分に食い、ゆっくりしていけ。なにかあれば声をかけろ」
オッタルはすでにカットされたソレにフォークを刺し、まずその柔らかさを楽しむ。牛の、特に柔らかさを求めて作られた子牛のステーキでさえ柔らかさではこの肉に勝てない、そう思った。
ゆっくりと、付け合わせでさらに2度焼きできるよう置かれた鉄板に押し付けて焼き加減を好みにしていく。
ジュゥゥゥッと脂が弾ける音が響き、胃が「こいつを食わせろ」と叫んだような気がした。
衝動のまま、まずはソースをつけず肉そのものの味を楽しむ。軽い塩コショウで味付けされたそれはダイレクトに脂と肉の旨味を伝え、柔らかく口のなかで溶けるように消える。
「ほぅ……旨い、な。これは……!」
次はソースにつけ、もう一切れ。
ガーリックがよく味を主張するが、肉がソレに負けぬ味を出す、そういった意図のソースはオッタルに次になにをすべきかを明確に語りかけている。
これまた肉を頼むと付属する、米の乗せられた平皿からフォークで米を取り、口のなかに放り込む。
「おおぉ……これが、本当に肉か……驚いた!」
思わず声に出た本心。強い旨味が飯を口に運ばせ、飯で薄れた肉の味を再び身体が求め、永久機関はここに成立するかと思われた。
だが、酒も頼んでいる。それを思い出したオッタルは、脂を流し込むようにワインの杯を傾け……
「この酒もいい……ふふ、本当に間違いはない店だ」
大きく頷いて、また肉と米とを喰らう。
肉、米、肉、酒、肉、米、酒……喰らう。ひたすらに。
そうしていれば無論、食事が終わるのも早まる。胃が満足を訴え、気分が充足し、オッタルの食事は終わりを告げる。
付け合わせの芋やらなにやらも根こそぎ食いつくし、綺麗な皿と鉄板になったそれの前で、感謝を捧げる。
「旨かった……実に」
満足して、目を閉じる。今暫し、休息の時だろうなと己に定めたオッタルは腹がこなれるまで休むことにした。
このオラリオという街は、ダンジョンありきで回っている。しかし、この店は異常だ。普通の冒険者が寄り付かないどころか、一人もいない。
「まあ、望んでそういう風に作ったんだが……上手いこと行きすぎだし、昔はもっと客もいたしな……」
店主はそう呟いた。この店はある一定以上のレベルと【偉業】を成していることを証明する恩恵を持つ者だけが入れるように作られた、言わば【英雄たちの酒場】だ。
オラリオから古き派閥が立ち去り、多くの者が死んで、今や立ち入れる者もほんのわずかとなってしまったこの店……【迷宮料理店 マゲイロス】は、今日も営業を続行する。
もはやその日の客が1人であろうと、仕方ない……ここは、英雄に捧ぐ飯を出す場だ。英雄の休息をこそ促す場だ……終わらせるわけにも、行かないのだから。
「ふう……店主、会計を頼めるか」
オッタルはそう店主に声をかけた。
店主もいつも通りに頷いて、紙をこちらに寄越す。紙通りの、【豊穣の女主人】で飲み食いするよりは随分と安い金額……本当にこんな価格で一人の客だけでやりくりしているのかと疑うくらいの金額を置き、オッタルは扉へ向かった。
「また世話になる」
「あぁ、生きてまた飯を食いに来い」
そんなやり取りが交わされ、オッタルが店を出ていく。
一人になった空間に、店主は笑みを浮かべる。
「さぁ、明日は誰かな、あるいは何かな? 明日は明日の客が来る、それこそがこのマゲイロスだ」
この店は、これからも続く。これは、ほんの小さな飯の時間をマゲイロスで過ごす、オラリオの英雄たちとその料理を、綴り綴った物語。