始末屋は再度夢を見る   作:ゴマ醤油

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無慈悲な旅立ち

 足場のない床に立たされるかのような、ゆっくりと落ちるような感覚。

 

 この感覚は覚えている。記憶にないはずなのに、頭ではなく魂が記憶している。

 かつて経験した一度目の死。けれどもどこか、あのときとは少しだけ異なる感覚。

 暖かくも、冷たくて痛くて寂しいだけだった最期とは、少し違ったものだとぼんやり理解出来る。

  

 ──ここはどこなのだろう。これから俺は、どうなるのなろう。

 

『命とは巡るもの、厄災とは紡がれるもの』

 

 何かが聞こえてくる。

 どこかで聞いたことのあるような、けれどどこで聞いたかも見当の付かない音の羅列が、耳ではなく体にそのまま染みこんでくる。

 

『身勝手なる(***)の加護すら力へ変えろ。すべてはいずれ来るであろう、異端なる厄災の要を断ち切つために』

 

 意識が、体が、この空間にある自身の何もかもが、どこか遠くへ急速に吸われていく。

 一切の抵抗すら許されず。まるで空間に穴が空いたように、この場から追い出されるように。

 

『我は輪廻(*****)。下において輪廻(ドゥワルグ)と呼ばれるもの』

『哀れなる人の仔よ。遡り贖おうと、なお渇く強欲なる人よ』

『定めから解き放たれるまで。その魂から後悔が拭えるまで。死を許すことはない』

『振り返ることなく走り続けるがいい。それこそが、貴様に与える唯一の使命だ』

 

 朧気に聞こえた平坦な口調。

 抑揚などないくせに、それはまるで頼み事でもするかのような声色。

 それがこの空間で聞こえた最後。

 次の瞬間にはまるでそんな場所などなかったと、目に映る景色は地獄に戻っていた。

 

 

 

 

「──がはっ」

 

 既にぼろぼろの刃。けれど砕けても構わないと、この場から離れようと羽を広げる魔族(デモーリア)を全力で突き刺す。

 パキンと、固い石が砕けたような感触が伝わってくる。

 魔族(デモーリア)の根源たる魔核。人で言えば脳か心臓、脊髄に値するくらいには命を繋ぐ急所。恐らくだが、偶然にもそこを貫いたのだ。

 

「なぜ、なぜ生きて……??」

「……知るかよ。んな、こと」

 

 魔力を霧散させ、天の力に従うよう倒れ伏す魔族(デモーリア)

 魔族(デモーリア)の魔力で編まれた体は少しずつ塵と化し、彼女が自ら撒いた村の炎へ消えていく。

 瞬間、役目を終えたかのように力尽きる体。

 もう言うこと一つすら聞かず。ようやく追いついた激痛に呑まれながら、それでも懸命に脳を回す。

 

 あの姿すらなかった声。ドゥワルグ(オーバード)の名を語った音。

 何となくだがわかる。あれこそが俺を過去に飛ばし、今死んだはずの俺をこの世に戻した張本人。

 本当に、あれは六王(オーバード)なのか。

 存在すら曖昧な超常存在。世界を創世したとされる、上位者六人の一角なのか。

 

 わからない。それが真実であれば、あれはどうして英雄共ではなく俺なんぞを選んだ。

 力も知恵も勇気もない。二度目のチャンスを与えられ、それでも誰一人救えない愚か者。そんなやつに使命を与えようと、熟せるはずがないだろうに。

 上位者の思想など欠片も理解できない。こんな俺でなく、聖騎士(ルアリナ)でも選んだ方が目的を──その過程でこの村を救えたはずだ。

 なのにどうして、どうして俺なんかが。なんで、俺なんだよ……。

 

「おやおや? ムルナの魔力が途絶えたので来てみれば、これはどうしたことでしょうか」

 

 後悔に打ちひしがれる俺の耳が新たに拾ったのは、この場に似合わない男の軽い声。

 この世の何もかもより軽薄で胡散臭い、狂乱なる道化の声色。紡がれる音一つ一つが偽りでしかないと示すかのように、疑問と警戒を煽る音。

 姿の確認は出来ない。最早体のどこも動くことはなく、視線はその方向へは届かない。

 

「いやはや、まさかあの()がしくじるとは。一応改心の出来ではあったのですが、普人(ヒューリア)とはいえ侮りすぎましたかねぇ?」

 

 娘と呼んだ存在の死を知ろうとも、なお男は愉しげに声を跳ねさせる。

 

「……さてさて、まあいいでしょう。英雄の卵ですらない異分子。希望たる勇者の素質すら持たずとも、命を賭して奮戦した君の勇姿に心からの敬意を」

「そして君に別れを。ただでさえ忙しいこの時期に、君のような不明存在(イレギュラー)に盤面へ上がられても困りますしねぇ?」

 

 ぱんと両手を叩いて空音を響かせ、急激に魔力を高めていく男。

 量、質共にあの魔族(デモーリア)以上。死にかけの子供を殺すにはあまりに過剰な魔力が俺を狙っている。

 

「これより送るは地獄の果て。異なる大陸の奥底に沈みたる、哀れ負け組が集う光なき終着点(おわり)。どれだけ強くとも、どれだけ勇ましくとも、最早この地に戻ること叶わずの彼方」

 

 業火の中。男は実に愉しそうに、詩でも唄うかのように術式を唱えていく。

 周囲に形成される赤光の陣。火にすら負けぬ無数の光は、俺へと集まり付着していく。

 

「餞別代わりに教えましょう。私の名はアーデンネルク、アーデンネルク・アハトルージュ。次に会う機会でもあれば、憎悪のままそう呼んでいただければと」

「アー、デン、ネルク……」

「──はい。ではさようなら少年。もう会わぬよう願って(リミド・テレポース)

 

 術式が完成したと、そう感じた直後に訪れる急激な浮遊感。

 音、熱、光。地獄を中だと実感させる何もかもから引き離されていく。

 

 遠くなる。

 見えなくなる。

 守れなかった悲劇の舞台。俺が受け入れるべき死に場所が、無情にも点のように小さく彼方に消えていく。

 

「アーネン、デルク……」

 

 意識を光に塗りつぶされる最中、その名を何度も何度も記憶に刻み続ける。

 ……覚えた、覚えたぞ。絶対に忘れるもんか。必ず、必ずこの手で殺してやるぞ。

 

「アーネンデルグゥゥゥ!!」

 

 最後の叫びは声にならず。けれど誓いは確かに心に刻まれる。

 何も救えなかった愚かな人が、心内に刻んだ生涯の決意。

 それは誰かを守るなどより遙かに醜く。けれどクソッタレの自分には実にお似合いな想い。

 そうだ、やはり俺には冒険も出会いも宝も輝きも必要ない

 賞賛の光を浴び、生を謳歌する人が求める物など、求める資格などなかったのだ。

 

 

 かくして、小さな村の二度目の悲劇は終演を迎える。

 跡に残るは残骸と亡骸のみ。あれほど後悔し、もう二度と失うまいと足掻いた結果など欠片も残ることはなかった。

 けれど彼はまだ知らない。かつてと違い、滅ぶべき人々の半分はその命を繋いだことを。救えた物は確かにあったということを。

 

 その村の名はエルス。かつて崇高なる六王が祝福を与えた、最初の巫女の故郷であった場所。

 総人口五十七名のうち生存者は四十名。ギルダの父を含む、死亡者十六名。そして行方不明者、一名。




中途半端ですがとりあえず完結です。
読んでくださった方ありがとうございました。
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