始末屋は再度夢を見る   作:ゴマ醤油

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勧誘

 次の日。変わりなくいつもの労働(にちじょう)に勤しむ中、俺は静かに周囲を観察する。

 このクソみたいな施設から脱獄すると決めた以上、行動は迅速でなければならない。

 幸いにして天は見放してないというべきか、時期としてはこの上ないタイミング。

 今から仕込みをすれば、宣言通り決行は翌月。それを逃せば次の好機は歳を一つ重ねた後になってしまうだろう。

 

 さて、誰に声を掛けるか。肝心なのは一人目、担ぎ上げるべき首謀者(リーダー)だ。

 子供や老人、屈強な悪人面など、働かされている人間は老若男女で多種多様。

 この中から扱いやすく、それでいてこの環境に屈服せず、未だ心を折られていない手駒(なかま)を探す必要がある。

 さてどうする。残念ながら人を見る目はないが、裏切る度胸のない輩とまだ希望を抱いている奴くらいは出来る。個人的には後者のようなやる気のある人材が欲しいところだ。

 

「鞭打ち終わりィ!! ほらとっとと労働に戻れ糞餓鬼がァ!!」

 

 思考の最中、広間に響いた煩く下品な怒鳴り声が脳を揺らしてくる。

 ただ見下し、悦に浸るためだけのお仕置き(ひまつぶし)。平和ぼけした一般人が見れば吐き気を催すであろう平常運転(にちじょう)だ。

 災難だとは思うが、よくあることだしどうでもいい。

 興味を失い、再び人材発掘に勤しもうと思った時。ゆっくりと立ち上がる、鞭を打たれたであろう褐色肌の少年が目に入る。

 

(へえ……。いいじゃん)

 

 髪は黒。距離の都合大まかにしか測れないが、背丈は俺と同じくらいか。

 去っていく看守を睨みながらも作業に戻った彼。恐らくまだ入ってきたばかりなのか、他の連中よりおぼつかない動作で周りに合わせて労働している。

 

 ……あいつにしよう。下手に賢しい大人より、純真な子供の方が素直に聞いてくれるしな。

 

 気配を殺し、周りに紛れながら目を付けた少年の元へ近づいていく。

 背中に見え見えの不満を背負いながら、こちらへ気付くことなく黙々と熟す少年。

 他の者に比べるとそこまで肉は落ちていない。やはり入ったばかりで間違いないらしい。

 

「なあ少年。力を抜けよ、楽にやった方が利口だぞ」

「な、なんだ──」

「しっ、静かに。バレればまた鞭打ちだ。驚きは押し込めながらそっと話すのが互いにためだぜ」

 

 咄嗟に大声を上げそうな少年の口を指で塞ぎ、看守共に気付かれてないことを確認する。

 右、それと左。……どうやら気付かれなかったらしい。危ない危ない。

 

「……誰だよお前。何のようだ」

「ここじゃあ名前に価値なんてない。だがそうだな……俺のことはエンドとでも呼んでくれ」

 

 少しだけ悩み、本名(ギルダ)ではなくかつて背負った始末屋(エンド)と名乗る。

 ここで名前を名乗ったことはない。こんな場所だと名が知られないに越したことはないし、ないとは思うがあの魔術師に俺の生存の痕跡を掴まれたくなかった。

 それに、ギルダ(おれ)はあの日に死んだのだ。

 例えここに命があろうと、家族や友人にとって俺は過去に消えた亡霊に過ぎない存在でしかない。再会を望まないのであれば、あの村で生きた少年の名は俺の胸の内に閉まっておくのが一番だ。

 

「なんだよそれ。意味わかんねえし」

「そう言うなよ兄弟。それより、名乗られたからには名乗り返すのが礼儀じゃないか?」

「……偽名のくせによく言うよ。……はあっ、ぺテルだ」

 

 訝しげにこちらを睨みながら、それでも名前を教えてくれる少年。

 ペテルか。それが本名かも何に由来するかも知らないが、いい響きの名前じゃないか。

 

「そうか、それじゃよろしくペテル。さっきは災難だったな」

「……見てたのかよ」

「そりゃあもうはっきりと。だが安心しろ? あんなのここじゃ日常茶飯事、のどかに暮らしてりゃすぐに慣れちまうさ」

「……慣れる、か。そりゃいいな、くそがっ」

 

 軽薄に励ませば、ペテルは案の定露骨に顔をしかめてくる。

 そう、それでいい。宥めるのではなく焚き付ける、魚も人も釣るためには分かりやすく餌を垂らしてやるのが最も効果的な方法だ。

 

「ご不満かい? だが諦めな。ここは無限炭鉱(インフベグ)。一度入れば二度と出ることは叶わねえ。すなわち、脱走者には制裁をだ」

「……死か。やっぱり、そうなのかよ」

 

 言葉を続けていくにつれ、ペテルは先ほどまでの反骨心を薄れさせ俯いてしまう。

 ……このくらいか。あんまりいじめても折れちまうだけだし、そろそろ餌を垂らしてみるか。

 

「なあペテル。お前、ここに入ってどれくらいだ?」

「……わかんない。もう数えんの、辞めちまったから」

「そか、まあ俺もだ。一年経つと暦なぞどうでも良くなっちまうものさ」

 

 ゆっくりと、隣で話す少年の心を同情と共感で浸していく。

 人の心というものは強いが脆い。必死に体を動かして雑念を捨てようと、こんな場所で未来(さき)がないと突きつけられれば必ず動じてしまうものだ。

 ましてはこいつはまだ子供。いくら強がろうと所詮は成長途中の未熟な果実でしかなく、付け入る隙間を作ることなど造作もなかった。

 

「どうしてここに? 売られたか? それとも罪でも犯したか?」

「……父さん、あの屑親父に。姉ちゃんは娼婦に、俺は役立たずだって生活費にって」

 

 一度懐に潜り込んでしまえば、案の定ペテルの口は緩くなる。

 人とは実に面白い生き物で、例え初見の胡散臭い相手でも共通の話題さえあれば最低限仲を深めることが出来る。

 こんな世間話でさえ、ここでは数少ない娯楽。今にも狂いそうになる気を紛らわし、負け犬通しで傷を舐め合うだけの無意味な延命行為に他ならない。

 けれどそれでいい。どれだけ苦しくとも、人は言葉にして吐き出すだけで救われる生き物なのだから。

 

 ……今からこいつに提案するのは、文字通り人の道から外れた悪の所業だ。

 誠実さの欠片もない、嘘をつかないだけの虚構。偽りの希望でしかない張りぼての餌に過ぎない。

 失敗すれば間違いなく死。例え成功しようとも、こいつが生きてここから逃げ果せる可能性は限りなく少ない、あくまで俺のための作戦。俺だけが生き残ればそれでいい、ただそれだけのために人を利用するのだ。

 嗚呼、今まで始末してきた外道共と何ら変わりない。これを悪党と呼ばずしてなんと蔑めばいいのだろうか。

 

 だが、どれだけ恨まれようと許しを乞う気は毛頭ない。

 どうせここで何もしなければ、俺もお前も死を迎えるだけ。それだけは純然たる事実だから。

 

「ほーう、そりゃ災難だ。お前と姉はなにも悪くないってのに、父親の横暴で全てを失ったってわけだ」

「……そうだよ。くそっ、思い出したらまたむかついてきた。……お前はどうなんだ?」

「俺? まあ似たようなもんさ。知らない誰かに拉致られて、遙々たらい回しの果てにここへ流れ着いたってわけ」

 

 あくまで嘘はつかず、けれど一を百に盛りながらそれっぽい過去を話していく。

 案の定、ペテルの警戒は俺への同情と共感で塗りつぶされている。

 信頼はともかく、最早彼にとって俺は敵ではなく味方。……さて、そろそろ釣り上げ時だ。

 

「……なあペテル。外に帰りたいか?」

 

 今まで見せていた軽い態度を急変させ、真面目な声色でペテルへ問いかける。

 

「……そりゃ出たいよ。けど無理なんだろ? お前が言ったんじゃんか」

「そうとも。俺が知る限りの成功者は零。難攻不落、堕ちることなき敗北者の終演場。それこそがこの無限炭鉱(インフベグ)。ただし、それは俺達が出会う今までの話さ」

 

 つい作業の手を止め、きょとんと首を曲げるペテル。

 掴みは上々、さあ問題はここから。散々落とした彼の心を上げて、夢と言う名の餌を与える番だ。

 

「俺に計画がある。上手くいけば一月で決行可能、ここから抜け出せるとっておきの策だ。しくじれば死かそれよりも辛い拷問が待っている大博打ではあるがな」

 

 俺の言葉を聞き、ペテルは顔に戸惑いを貼り付けながら、ごくりと唾を喉へ流し込む。

 

「俺だけじゃ人手が足りない。人を集める魅力(カリスマ)も足りない。ないない尽くしで手詰まりだった机上の空論。思い浮かんでも叶わない理想でしかなかった」

「……じゃあ無理じゃ」

「けど今は違う。ペテル、お前がいればやれる。お前こそが俺にとって……いや、この地獄の終わりに必要な最後の一ピースだったんだ」

 

 まっすぐにペテルを見つめ、これ以上なく真剣さで彼の心へ訴える。

 お前こそが必要だと。お前だけが頼りなのだと。微塵も迷いなく、偽れぬ幼子のような正直さで。

 

「どのみち俺は限界だ。お前の選択がどうであれ、俺は一月後に脱獄を試みるつもりだ」

「……勝算はあるのか?」

「正直塵程度さ。けどだからこそ、俺はお前に声を掛けた。この出会いは運命なんだよ、ペテル」

 

 ペテルは作業を忘れ、完全に止まる。その困惑を見逃すことなく、俺は彼に手を差し出す。

 

 

「どうだ? ここにいてもどうせ死ぬだけ。なら最期くらいは派手に暴れないか?」

 

 

 それは悪魔の、或いはそれ以上にたちの悪い人間の勧誘だ。

 例えこの手を掴もうと死の可能性は高く。そもそも誘い手である俺は、誘いに乗った人達を踏み台にするための詐欺同然のあくどい誘いでしかないのだから。

 だがそれでも。生き残りたいのならば手を取るしかないのは事実。ここで従順に働かされようと末路は一つ。使い捨ての労働者など、ここにいる限り何の価値もないのだ。

 

 さあ手を取れ。決意を固めろ。命を賭けろ。

 それこそが唯一の生存策。一度堕とされた負け犬が、再び世に戻れるただ一つの選択肢だ。

 

「本当に、出来るのか? また姉ちゃんに、会えるのか……?」

「ああ。上手くやれば、最後に立つのがお前ならば。その時はきっと会えるさ」

 

 俯き、そして迷うペテル。俺は一瞬だけ周囲を確認し、彼の答えを無言で待ち続ける。

 十秒か、或いはそれ以上か。数える気のない合間の中、ついにペテルは首を上げた。

 

「……わかった。どうせ死ぬなら好きにやれって、姉ちゃんもそう言ってたしな」

「決まりだ。よろしく、相棒」

 

 握手を交わしながら、内心上手く説得できたことに安堵してしまう。

 元より口で拐かすのは苦手なのだ。子供とはいえ、いや子供だからこそ成功するか不安だったのだ。

 そこいらの大人程度の知能と理性であれば逆に誘導しやすいのだが、ルアリナやアルトラのような子供の領分を超えかけたガキであれば手綱を握ることは難しい。そういう意味では、子供を選んだのは中々に賭けだったのだろう。

 

 だが、そんなことはもうどうでもいい。

 俺は勝った。見事契約を成し遂げ、おあつらえ向きな少年を手中に収めることに成功したのだ。

 幸先はいい。後は決行の日までにどれくらい準備を整えられるかだ。

 

「んでエンド、俺は何すればいいんだ? 武器の調達か?」

「ああ、その辺は気にするな。どうせ戦ったら勝てないし、武器なんて少しあれば充分だからな」

「じゃあ……」

「お前に頼みたいのは一つ。信頼できそうな奴に声を掛け、仲間を集めるってお仕事さ」

 

 ペテルへやってほしいことを告げながら、脳内でこれからやるべきことをまとめていく。

 さあ行動開始だ。時間は多いようでほとんどない。やれることは、しっかりと熟さなければな。

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