機動戦士ガンダム LostCentury外伝   作:Gust/81

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 時間は戻らない。時間は止まらない。それは生きている限り当たり前の事実であり、逃げられない現実。

 

 間違った何処かにも、後悔した事象にも、二度と干渉はできない。存在するのはその延長線上にある今という現実と、それと向き合わなければならない自分。

 

 大袈裟な話題に聞こえるが、間違いではない。

 

 夢から目覚めること、寝床から身体を起こすこと、ぼやけた視界越しに現実と向き合う日々をまた始めること。何も違わない。

 

 この一連の行動をたった今行った少年、トウドウ・イブサ。彼の部屋には窓が無く、簡素なランプに照らされているのは傷んだ机に椅子とベッド、そして彼本人のみ。

 

 

「っ……う……」

 

 

 寝ぼけ眼にランプの光が刺さり、瞼と手で遮る。何度か瞬きして視界を取り戻すと、ベッドを降り机の前に立った。いつもなら椅子に掛けた黒いコートに袖を通している頃なのだが、何か違和感を感じる。

 

 

「ん……何処に置いた……?」

 

 

 独り言ちては机上をペタペタと探る。探しものは小さい人型の――

 

 ……いや、何だったか?

 

 そろそろ自分がかなり寝ぼけていることに気付き始めたが、探索を続行してみる。次は下の引き出し。ここに入るサイズだったか、入りきる物量だったか等々の疑問はぼんやり浮かぶが、取り敢えず開けてみた。

 

 ――人型の何かは見当たらない。

 

 代わりに姿を現したのは黒い拳銃。それを見た途端、眠気が去っていくのを感じる。

 

 

 ――何やってるんだ俺は。

 

 

 気を取り直して、コートを手に取り袖を通してつつ、ドアへと向かう。開こうとして、また違和感が脳内を走った。

 

 振り向き部屋を見渡して、違和感を確かめる。何がとは言わない、否、言えないのだが、何かが足りない。

 

 この部屋はもっと手狭だったような、何かに囲まれて、何かに熱中していたような。

 

 

「……何かって何さ?」

 

 

 余りにも掴み所のない思考に呆れて、思わず自分へと指摘する。何か何かと不明瞭で、人に向けてそんな疑問を投げつけたところで、投げ返しどころかキャッチすらしてもらえないだろう。

 

 意識が覚醒したことで何か夢を見ていたことを思い出していたイブサは、夢と現実の混同であると結論付けることにした。

 

 

 そう、決めたのだが。

 

 

 部屋を出て廊下に立っても、その出口に向かっても、自身の機体(オーガスガンダム)の置かれた格納庫まで向かっても。

 

 何か付き纏ってくる。頭に浮かぶばかりの"何か"が語源化できない息苦しさが段々と気持ち悪くなってくる。

 最低限の食事を摂ろうと訴えていた食欲も鳴りを潜めてしまった。

 

 傍らにある薄汚いテーブル席に腰を落ち着けて、ぼんやりと格納庫の外を眺めた。特にシャッター等での防護はされていないため、外の景色が四角く収まっている。

 

 シャッターは錆びついてすっかり動かず、そうでなくとも余り襲撃は受けない。敵が来ても見晴らしのお陰ですぐに判別できる。

 

 だが今のイブサには警備という目的は存在していなかった。ただぼんやりと、晴れたことのない灰色の空と一面の砂漠を眺めるのみ。

 

 普段から持っていた警戒心も何処へやらと、自分でも思っていた。だが、頭が回らない。

 

 

 また、眠気。全く……何……だって――。

 

 

 首がガクンと傾き、即座に起こそうと顔を上げた。頭を小刻みに振って意識を取り戻そうとする。

 

 

「寝坊助になったもんだな……」

 

 

 ……? 俺の声。いや、俺は何も言っていない。そんなことを思いはしたが、それが何故ここまでハッキリ聴こえる?

 

 イブサは黒い空間に立っていた。格納庫も席もオーガスも見当たらない。

 

 

「あー、悪いな突然。後ろだ」

 

 

 声に誘われて振り向く先に、白いパーカーを着た少年がいた。一言で風貌を表すなら"自分"だ。

 

 暗い紺色のやや伸びた短髪、銀色の瞳。ただ、目の開き具合の違いか、向こうの表情は若干明るい印象を与える。まずそこが"自分"と呼ぶには不気味だった。

 

 だが、これで思い出した。

 

 

「変な感じしたろ?俺のせいなんだ、それ」

 

「……つまり?」

 

「"向こう"で一時期人格が混ざってさ。今は糸一本でお互いギリギリ繋がっている状態……って言うのかな。寝坊助って言ったのは、俺も直前まで忘れてたと言うか」

 

「……部屋に感じた違和感」

 

「そう、"俺"の部屋と混同したんだろう。俺は逆に『こんなに散らかってたか?』なんてさ」

 

「今になって話すのか?自分同士で」

 

「今だからだ。そんな暇無かったのはよく分かってるはず」

 

「……それもそうか」

 

 

 にしても不気味だ。向こうの口の軽さは特に。

 

 

「一応繋がってるから解るからな?不気味はお互い様だよ」

 

 

 向こうから"チュウニビョウっぽい"という言葉が浮かんでくる。正直意味は解らないが、心中が筒抜けなのは確かだ。

 

 

「閑話休題と。まぁ驚いたよな。あんなバトルは初めてだった」

 

「俺はまずバトル自体が初めてだった」

 

「面白かったろ?止められないんだなぁ、これが」

 

 

 向こうの心中曰く、何か作品の台詞の捩りらしい。やめろ、幾ら自分同士でも伝わらないんだよ。

 

 

「ごめん、癖が。兎に角聞いてみたかったんだ。なぁ、どうだった?」

 

「聞いてどうする?」

 

「興味だって解るだろ?疑り深いなぁ」

 

 

 目を逸らし、答える。

 

 

「……柄じゃなかった。馬鹿みたいに武装の名前やら叫んで、相手の顔も名前も分かってるなんて」

 

「……殺し殺されよりいいと思うな」

 

「要は遊びなんだろ。にしては熱かったけど」

 

「楽しかったから?」

 

「それは分からない」

 

 

 向こうの声がワントーン下がる。

 

 

「"楽しい"を知らない、から?」

 

「……」

 

「もう一つ驚いたのは、お前のことだよ。俺の現実だったら有り得ないことばかり頭に流れ込んできて」

 

「有り得ないか……羨ましいな」

 

「MSは俺も一回乗ってみたいけど」

 

 

 気の抜けた一言がつい癪に障ってしまう。お前に何が分かる?

 察した向こうが表情をやや暗くする。

 

「悪かったよ。軽率だった。特にお前には」

 

「……平和なんだな」

 

「まぁ……」

 

「申し訳ないとかどうとかはいい。お互いそう言う時代に生まれたならどうしようもない」

 

「それもそう、か」

 

 

 ふと向き直って見ると、向こうの姿がぼやけ出す。

 

 状況は理解できた。制限時間は残り僅かの様だ。

 

 

「阻止限界点を、越える……」

 

「やめろ。意味不明な文章が流れ込む、やめろ」

 

「ごめん癖が。まぁ最後は結局命懸けみたいだったがな」

 

「性に合ってた気がする。宇宙での戦闘もそっちが憶えてるお陰で楽ができた」

 

「俺は説明書代わりかよ……」

 

「……そもそも何を話しに来た?」

 

 

 向こうが申し訳なさげに頭を掻く。

 

 

「悪い、何話すか考えてたんだけど――」

 

「いざ本番で全部飛んだと」

 

「そういうこと」

 

 

 向こうの苦笑いに釣られて口角が微かに緩んだ。

 

 

[00:10]

 

 向こうの顔が更にぼやけていく。もう表情を読むことも難しい。

 

 

「そういえば答えを聞いてなかった」

 

「あぁ」

 

 

[00:09]

 

 

「楽しかったか?」

 

 

 お互いの想いを交わす最後の時間。

 

 

[00:08]

 

 

「……あぁ、最高だった」

 

 

それは間違いない。久々に笑顔になれる程には充実した時間だった。あの時間が続いていたら、きっと自分が自分で無くなっていただろう。

 

 

[00:07]

 

 

 悪い意味ではない。堕落とは多分違うだろうし、そもそもその呼び方は彼らに失礼だ。

 あの場で感じ続けていた"熱"は、現実で感じる熱と似て非なる熱さ。人と人とを切り離さず、繋げていく熱。

 

 

[00:06]

 

 

「この繋がりを支えるのは俺の仕事……いや、やりたいことだ」

 

「あぁ」

 

 

[00:05]

 

 

「お前に言えることは一つだけだ」

 

 

[00:04]

 

 

「もう会えるか分からないけど、生きてほしい。どんなに時空が違っても、俺だから」

 

 

[00:03]

 

 

「言われるまでもない」

 

 

[00:02]

 

[00:01]

 

 

「……みんなに、よろしく」

 

 


 

 

 目が開く。

 

 黄土と灰に埋まった見慣れた景色。よく知る自分の拠点に、しゃがみ込んで駐機されたオーガス(ガンダム)

 

 

「また寝てた、か」

 

 

 椅子から立ち上がり、何の夢だったかと心内を探ってみる。探ってみるのだが。

 

 ――何だったか?

 

 一度起床して、フラフラと眠気に踊らされたままここまで歩いてきたことは覚えている。夢を見たかは思い出せない。

 今日はやけに寝坊助だなと自嘲しつつ、ふと気付く。

 

 今現在、眠気は全くと言っていいほど無かった。それどころか、誰かに背中を押してもらえているような気さえして、気持ちが少し良い。

 いつもなら理由を求めていたところだったが、その必要も感じない。久々に清々しい気分だ。

 

 

 

 

 

 時間は戻らない。時間は止まらない。それは生きている限り当たり前の事実であり、逃げられない現実。

 

 間違った何処かにも、後悔した事象にも、二度と干渉はできない。存在するのはその延長線上にある今という現実と、それと向き合わなければならない自分。

 

 大袈裟な話題に聞こえるが、間違いではない。

 

 夢から目覚めること、寝床から身体を起こすこと、ぼやけた視界越しに現実と向き合う日々をまた始めること。何も違わない。

 

 夢より後ろにある"交差点"は彼には既に過去であり、干渉は許されない。彼が向き合う道は交差点を通過し、まだ見ぬ未来へと続いている。

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