「今日の選抜レース、注目するのはやっぱりシューティングスターだよな」
「そうだね……。入学試験の成績もぶっちぎりの一位……。
クラシック三冠も夢じゃないと言われている程だし……」
「そんだけ期待のホープならスカウトもすごいんだろうなぁ……。新人の俺達が担当する、なんて事にはならないか」
「スカウトするだけならタダだし、ダメ元で声を掛けたらどうかな……?」
「ダメ元か……。ま、元々新人はスカウトを受けてもらえる可能性が低いから、どんどん声掛けていかないとだしな」
「噂をすれば、本人の登場だよ……」
二人の新人トレーナー視線の先には、ゲートインの準備をするウマ娘達の姿があった。
選抜レース。ウマ娘達にとってそこは戦場。
選抜レースで良い成果を残し、トレーナーにスカウトしてもらえないと公式レースに出られないのだからそれも当然。
それほど大事な選抜レースのゲートインを待つウマ娘達の表情は一様に固い。皆が皆、緊張している。
しかしそんな中にも例外はいる。鹿毛色の髪に大きな白のメッシュが入っているウマ娘。彼女は右側の前髪やもみあげが左側より長い、アシンメトリーな髪型をしており、顔つきは中性的。
ともすれば美少年にも見える彼女は、選抜レースの場で思いっきりあくびをかましていた。
「ふぁ……」
選抜レースなど恐るるに足らず、と言わんばかりの態度。しかしそれもむべなるかな。
彼女こそ入学試験をトップで合格し、クラシック三冠すら望まれているシューティングスター、そのウマ娘なのだから。
(みんなピリピリしてるなぁ……。そんなに気を張ってちゃ、実力を出せないだろうに…)
彼女は辺りを見回し、引き締まった空気を感じたので、一応態度を取り繕う。
「………………ぁふ……」
しかし、すぐにあくびが
緩みっぱなしの彼女がふと振り返ると、目の前に人影が。
「こんにちは」
「あ……どうも、こんにちは」
シューティングスターの目の前に立っているのは、青みがかった黒色の髪を持つウマ娘だ。
ゼッケンには「レイハウンド」と書かれている。
彼女は今後の命運を左右する選抜レースの前だというのに、微笑を携えていた。
「今日はよろしくお願いしますね」
レイハウンドはそのままの表情で、シューティングスターに向けて手を差し伸べる。
(この娘は緊張してないなぁ……。良い走りするかも……。
でも入学試験の時にはこれといって目立ってなかったよな……だったら別に警戒しなくてもいっか)
「……よろしく」
シューティングスターはとりあえず握手を返す。レイハウンドはそれに満足したのか、すぐに離れて行った。
(……何だったんだろ? 単純に勝負の前の握手? でも僕以外には握手を求めてないし……うーん)
「ゲートイン、お願いします!」
色々考えるシューティングスターだったが、その声を聞いてとりあえずゲートインを果たした。
「…………くふっ」
その一方で、レイハウンドは不気味な笑みを浮かべていた。
「さぁ、各ウマ娘、ゲートインを果たしました!」
年に四回の選抜レースには、トレセン学園内の催しとはいえ実況が付く。
「そして……今スタートを切りました! おっとぉ! このレースで一番期待されているシューティングスター、思いっきり出遅れたぁ! 次々と外の娘達が覆いかぶさってくる! 完全な失策!!」
「思いっきり出遅れたね……」
「あれは完全に油断してただろ……。ゲートインしてからもあくびしてたぞ、あいつ」
「とはいえ、彼女の実力ならあそこからでも……」
「……さぁ! レースも中盤! スタートで大分出遅れたシューティングスター! しかしここに来て前に上がってきているぞ!
速い速い! 出遅れのハンデをものともしない! クラシック三冠を期待されるだけはある走り!」
「盛り返してきたね……」
「なんだありゃ、一人だけ早送りじゃねぇか。いくら実力差が出やすい選抜レースとはいえ圧倒的だな」
「軍団は第三コーナーに差しかかる! ここで先頭に躍り出た! シューティングスター! 脚色は全く衰えていない! コーナーさばきも上手いぞ! 速度を落とさず第四コーナーへ!」
「このレース、決まったかな」
「……いや、後ろの方に……」
「後ろ? ……あいつは……」
「はっ……はっ……はっ……」
(出遅れた時はどうなる事かと思ったけど、今は先頭。やっぱり入学したてのレベルじゃ話にならないなぁ……。
私と張り合うならクラシック……いや、シニアの先輩ぐらいじゃないとね……)
軽快に芝の上を走るシューティングスター。ゴールまでは残り300m。
自分が勝つものだと信じて疑わない彼女は、まだゴールにしていないのにも関わらず、手を抜いて走っていた。
そんな彼女の横を、深い紺色の髪が通り過ぎて行く。
「……え?」
シューティングスターから先頭を奪ったのは、スタート前に握手を求めてきたレイハウンドだった。
あり得ない、あり得るはずのない現象に一瞬戸惑う彼女。
しかしすぐに正気を取り戻し、足に力を込める。
(まさか僕が抜かれるなんて。でも本気を出せばすぐに……っ!)
残りは200m。それだけあれば十分差し返せる。
そう思っていた彼女だったが……
「おっとぉ! ここに来て後ろから上がってきたのはレイハウンド! 物凄い追い込みだ! 先頭に立ったぞ!
シューティングスターも負けじと速度を上げる! ……しかし! 差が縮まらない!」
「…………くっ!?」
前を行くレイハウンドと距離が縮まらない。それどころか背中が遠くなっていく。
(なんで……っ!? 本気で走ってるのに……!!)
これまで同世代の中では自分が一番強いと信じて疑わなかった彼女。
しかし今はその信仰をズタズタに引き裂かれていた。
(なんで……っ!? なんでなんでなんで……っ!)
ゴールまで残り200m。
時間にして11秒ほどの短い間だったが、彼女のプライドをズタボロにするのには十分な時間だった。
「今ゴールイン!! 一着はレイハウンド! シューティングスターは二着!
期待のホープを下したのはノーマークの黒い猟犬!! 鋭い牙で流星をかみ砕いたぁ!!」
「おいおい……シューティングスター、負けちまったぞ……」
「しかも大差で……。序盤の出遅れと途中で明らかに手を抜いていたのを加味してもレイハウンドの方が……」
「こいつは思わぬ掘り出し物が出てきたな……」
「……………」
(負けた……? 負け? 僕が……?)
シューティングスターは地面に手を付き、呆然としている。
初めての敗北を受け止め切れていない彼女に、
「良いレースでしたね」
上から声が降り注いだ。
それに反応し、顔を上げるシューティングスター。
その視線の先には、スタート前と同じ微笑を携えたレイハウンドが立っている。
「……何が良いレースだよ。勝ったからって調子に乗って。出遅れと途中で手を抜いたのが無ければ……」
「自分が勝っていた、と?」
レイハウンドはシューティングスターの言葉を遮る。
「本当にそう思っているのですか?
私としましては、その言い訳が出来ないぐらい大差で勝ったつもりだったのですが……本当はアナタも苦し紛れだと分かってるのでは?」
「……っ! そ、それは……」
言葉に詰まるシューティングスター。その顔がどんどん歪んでいく。
「……くふっ、くくく……」
レイハウンドはそれを見て不気味に笑っていた。スタート前、一人でそうしていたように。
「苦虫を嚙み潰したようなその表情……良い……実に良いです……。
三冠も夢じゃないと見込まれ、また本人もその自覚あり。
そんなアナタが。自他ともに認める期待の流れ星が! たかが選抜レースで堕ちてしまった……! 泥を掛けられてしまった……!
その時、アナタはそんな表情をするんですね……」
感極まったのか、声を荒げながらシューティングスターに顔を近づけるレイハウンド。
「自分が絶対強者と信じて疑わなかったのでしょう?
選抜レースでも当然一着を取って、たくさんのトレーナーに囲まれて、引っ張りだこになってしまうな……なんて思っていたんでしょう?
そしてそのまま無敗でクラシック三冠……なんて夢想していたんでしょう!?
でも……初めの一歩目でくじかれてしまいましたね……。
くふっ……くふふ……くふふふふふ……っ!」
「お、お前は……いったい、何なんだよ……」
眼前で狂気的に笑うレイハウンドに怯むシューティングスター。
それに対してレイハウンドは鷹揚に返答する。
「……私ですか?
私はレイハウンド。人が夢破れる……その絶望の表情を食い散らかして愉悦に浸る、最低最悪の猟犬ですよ」